秩序‐無秩序相転移は水、合金、誘電体、磁性体などで観測されるありふれた現象である。近年、イオン伝導体材料として注目を集める2次元層状物質でも、しばしば層間に挿入されたイオンの秩序‐無秩序相転移が観測される。しかし、そのイオンダイナミクスは未だ謎が多く、現在でも基礎物理・応用材料の観点から精力的に研究が行われている。
本研究ではCu0.33TiSe2に注目した。室温では無秩序状態であったTiSe2層間のCu+イオンは、約200 Kで√3×√3の長周期秩序構造を形成する。このとき、高温相におけるCu+イオンダイナミクス、つまり、Cu+イオンが動けるか否かは興味深い。そこで、我々は放射光弾性・非弾性散乱実験、第一原理計算、モンテカルロ(MC)シミュレーションを用いてTiSe2層間のCu+イオンの振る舞いを調べた。その結果、以下の3点が明らかになった。
1. 非弾性散乱実験の結果、Cu+イオンの振動モードに対応するピークの半値幅が相転移によって大きく変化しており、高温相では液体的な挙動を示す。
2. X線回折実験の結果、相転移温度直上において特徴的な散漫散乱強度が観測された。
3. この散漫散乱強度パターンは長距離Cu+イオン間相互作用を考慮したMCシミュレーションによって非常によく再現される。
本研究の結果は、層間のCu+イオンが高温相でホッピング的に動いていることを解明しただけでなく、本来は多体問題である2次元物質層間のイオン間相互作用を非常に簡単な古典的なMCシミュレーションで取り扱えることを提案した。
図(a) Cu0.33TiSe2の高温相の結晶構造。(b) 低温相におけるCu+イオン秩序パターン。(c,d) Cu+イオンの振動モードの温度変化。(e) 相転移温度直上におけるX線散漫散乱強度パターン。(f) MCシミュレーションで得られた散漫散乱強度パターン。(fの挿入図) 実空間におけるCu+イオン配列。赤色と青色の菱形はそれぞれ√3×√3と2×2の短距離秩序構造に対応する。
動画: MCシミュレーションによるCu+イオン配列(上図の白い点がCu+イオンに対応)と散漫散乱パターン(下図)の温度変化。