分子系やその集合体は、光励起によって反応初期状態が生成されると、電子移動や構造異性化、分子内・分子間エネルギー移動などの多様な反応が生じる。光励起から最終の安定状態へと至る過程で、多数の電子・振動状態を経由し、かつ各状態が反応経路の分岐点となるため、多様で複雑となる。光反応経路を解明することが、光化学反応の理解へとつながるが、通常の分光解析アプローチでは複雑な経路を解き明かすことは困難である。そこで私たちは、光励起後の反応途中において、タイミング制御されたパルス光を照射することで反応経路を変化させ、その応答を解析するシステムを開発した。パルス光の波長、タイミング、強度をパラメータとして一連のデータを取得し、数理モデル解析を行うことで、複雑な反応経路の全容を解き明かすアプローチの有効性を示した。
(東北大学理学研究科との共同研究)光合成色素タンパク複合体には、太陽光を効率よく集めるための機構である超高速エネルギー移動に加え、強い光による損傷を防ぐ(光保護作用)ための超高速トリプレット生成という特徴を合わせもっている。紅色光合成細菌由来の色素タンパク複合体LH1には、バクテリオクロロフィル分子がカロテノイド2分子と結合してサブユニットを構成し、15のサブユニットがリング状に配置されている。カロテノイドによって吸収された光エネルギーは、隣接するバクテリオクロロフィルに受け渡され、さらにリング内を伝搬することが知られている。一方で、入射光が強くなると、カロテノイドはそのエネルギーをトリプレット生成のために使用し、光保護作用が機能する。私たちは、フェムト秒マルチパルス分光法によって、入射光強度が増大するにつれて、光エネルギー経路が切り替わる機構を初めて明らかにした。これまで知られていなかったカロテノイドとバクテリオクロロフィルの励起状態間の相互作用が、集光機構と光保護作用という相反する機構の調整をしていることを示した。
(東北大学理学研究科、大阪市立大学理学研究科との共同研究)タンパク質は環境変化や外部刺激に応じて適切に高次構造を変化させる。この構造変化がタンパク質固有の“機能”であり、生命システムを担う不可欠な要素である。光受容タンパク質には、光励起によって一連の構造変化(光反応サイクル)を生じるものが多く存在する。初期の構造変化はフェムト(10^-15)秒オーダーの超高速現象である一方、複数の中間状態を経て始状態へと戻る時間は数秒~数時間である。このようにフェムト秒から数時間というとてつもなく広範な時間スケールの存在が、タンパク質の光誘起構造変化の大きな特徴である。
反応トリガーとなる励起光を照射後、光反応サイクル中のさまざまタイミングにおいて紫外~中赤外パルス光を照射するマルチパルス分光や、フェムト秒時間分解吸収・蛍光・誘導ラマン散乱分光によって、一連の反応機構を明らかにした。つまり、発色団(光吸収を担う低分子)がタンパク質に内包されて周辺アミノ酸残基と水素結合ネットワークを形成することで高い非調和性を獲得し、高効率で選択的な光誘起構造変化を実現していることが分かった。
タンパク質に内包された発色団は高い非調和性を獲得しているという点と、外部環境から遮蔽されることで散逸が抑制されているという点で、光反応制御の格好の対象であると考えている。マルチパルス分光を発展させた光制御システムを構築し、現在研究を進めている。
(大阪大学理学研究科、東北大学理学研究科との共同研究)量子ドット太陽電池は、ドットの組成や量子サイズ効果を利用することにより、広範囲において光吸収領域の調整が可能であるため、次世代太陽電池として高いポテンシャルを持っている。性能向上のためには、光励起後のキャリアの挙動を正しく理解することが不可欠である。これまでに、紫外~中赤外の超広帯域領域おけるフェムト~ナノ秒時間分解分光とデータ解析を行い、光励起後のキャリア挙動を追跡した。量子ドット界面における光誘起電荷分離・再結合反応メカニズムを明らかにし、性能向上のための設計指針を得た。
(ロイヤルメルボルン工科大学、大阪工業大学との共同研究)