冷却原子を使って、凝縮系物理から中性子星の物理、少数多体系、メゾスコピック物理、解放量子系、トポロジカル量子現象までいろいろ実験してます。
最近は、冷却原子系を用いた量子非平衡ダイナミクス、量子情報、ブラックホール情報消失問題の研究などに興味があります。
冷却原子系を用いた量子非平衡ダイナミクス、量子情報、ブラックホール情報消失問題の研究(2017年~)
ブラックホールは量子論の効果で徐々に熱輻射(Hawking輻射)を出して蒸発し、最後には消滅すると考えられています。熱輻射というのは何の情報も持たないランダムな光子分布のため、これはブラックホールに投げ入れた情報は何であれ最終的には“消失する”ことを意味します。一方、量子力学は情報が保存されること(波動関数のユニタリー時間発展)を要求するため、ブラックホールに投げ入れた情報が“消失する”という話は量子力学と矛盾します。この問題は「ブラックホール情報消失パラドックス」と呼ばれています。
近年研究が進むゲージ・重力対応(ホログラフィー原理)という予想を信じれば、ある種の(重力を含まない)場の量子論(量子多体系の理論)と、1次元高い時空の重力理論とは双対(等価)であるため、Hawking輻射まで含めたブラックホール全系は何か閉じた(孤立した)量子多体系に対応し、それゆえ情報は保存されるはずですが、実際にどのような機構で情報が消失している“ように見える”のか、どのようにしてHawking輻射から情報を復元するのか、を具体的に明らかにすることは、パラドックスの解消ひいては量子力学と重力理論を統合する大きな手掛かりとなると期待されます。
我々は冷却原子系という非常に制御性の良い孤立量子系を用いて、量子多体系の非平衡ダイナミクス、特にブラックホール内部で起きていると考えられている「量子情報スクランブリング」と呼ばれる物理を解明したいと考えています。より具体的には、光格子中の冷却原子系に対して、量子情報スクランブリングを特徴づける「非時間順序相関関数(Out-of-time-order correlator, OTOC)」を測定することを目指し、現在、冷却リチウム(Li)原子の実験系を新規に構築中です。
(下図は学術変革領域HP用に作成した概念図(を少し修正したもの))
関連外部資金:JSTさきがけ(2017-2021年度), 基盤研究(B)(2020年度~), 学術変革領域研究(A)(2021年~)
量子相転移における散逸の効果の研究 [10, 11](2015年 ~ )
冷却原子系は理想的な孤立量子系ですが、原子ロスなどの制御可能な散逸を人工的に導入することも可能です。我々は光会合(光による2原子分子の生成過程)を誘起するレーザー光を入れることで、光格子中のイッテルビウム(Yb)原子に制御可能な2体原子ロスを導入し、このロスに由来する散逸の効果が光格子中の冷却原子系の超流動-Mott絶縁体転移にどのような影響を与えるかを調べました[10]。その結果、散逸が強い領域ではいわゆる「量子ゼノ効果」によりトンネリングが抑制され、実効的にMott絶縁体相が安定化され、Mott転移点がシフトすることを見出しました。これは散逸を用いて量子相を安定化させたとも言え、散逸を用いた堅牢な量子状態制御への応用も期待されます。
また2体原子ロスとして、光会合ではなく、Yb原子の準安定励起^{3}P_{2}状態間の非弾性衝突を用いた場合についても実験し、量子ゼノ効果に一部由来すると考えられるコヒーレンスの発達の抑制を観測しました[11]。
さらに最近、我々の論文[10]の理論パートの共著者である段下らのグループから、この量子相の変化が、統計物理分野や量子情報分野において近年注目を集めている「測定誘起相転移」と関連があるとの指摘(S. Goto et al., Phys. Rev. A (2020).)がなされています。測定誘起相転移は2018年にM. P. A. Fisherらのグループにより見いだされた量子多体系のエンタングルメントのダイナミクスについての相転移で、測定の頻度を増やすと、系のエンタングルメントの増え方が体積則から面積則へと変化するという新しいタイプの量子相転移です(Y. Li et al., Phys. Rev. B (2018))。我々は光格子中の冷却原子系においてこの測定誘起相転移によるエンタングルメント・エントロピーの転移を実際に観測することを目指し、現在、冷却Li原子の実験系を新規に構築中です。
関連外部資金:学術変革領域研究(A)(2021年~)
光格子を用いたThouless量子ポンプの実現[8, 13](2014年 ~ )
光格子中の冷却Yb原子を用いて、D. J. Thoulessが1983年に提案した形での「量子ポンプ」を世界で初めて実現しました[8]。Thouless量子ポンプは断熱的に周期駆動される1次元周期ポテンシャル中の量子輸送現象で、空間1次元と時間1次元の(1+1)次元空間での整数量子ホール効果に対応します。この系で1周期あたりに輸送される原子の量は量子ホール効果と同様にトポロジカル不変量(Chern数)で決定され、系の詳細に依らない量子化による堅牢な量子輸送(ポンプ)が実現されます。我々は実際にこの系でポンプされる原子の量がパラメータの詳細には依らず、パラメータ空間での軌跡のトポロジーのみに依存することを確認しました。
また、このようなトポロジカル量子系は、乱れや相互作用などの摂動に対して堅牢であることが大きな特徴ですが、摂動が非常に大きくなり、バンドギャップが閉じる場合にどのようなことが起きるかは自明ではありません。我々は上記の冷却Yb原子Thouless量子ポンプ系に対し、その強度を制御可能な準周期的な「乱れ」を加えることで、この系の安定性に対する乱れの影響を検証し、Anderson局在転移点を超える大きな乱れまでこのThouless量子ポンプが安定であることを確認しました。さらに条件を選ぶことで、むしろ乱れが存在することで初めて生じるポンプを観測しました[13]。高度な制御性をもつ冷却原子系は、今後、乱れが関与するトポロジカル量子現象研究の新しいツールになると期待されます。
関連外部資金:日本学術振興会特別研究員(PD)(2012-2014年度), 若手研究(2018-2019年度)
冷却原子系に対する走査型ゲート顕微法の開発[9](2014 ~ 2015年)
冷却Li原子の量子ポイントコンタクト系に対して、半導体メゾスコピック系の研究における「走査型ゲート顕微鏡」に対応する観測手法を開発しました。
(ETH Zurich, Esslinger研での滞在研究)
関連外部資金:日本学術振興会特別研究員(PD)(2012-2014年度)
Lieb型光格子の研究[7](2012 ~ 2015年)
Lieb型(line-centered型)格子と呼ばれる特殊な格子構造をもつ光格子系を構築し、Lieb格子の大きな特徴である「平坦バンド」に由来する現象(トンネリングの抑制)を観測しました。
関連外部資金:日本学術振興会特別研究員(PD)(2012-2014年度)
光格子中のYb-Li混合系の研究[6](2011 ~ 2013年)
レーザー冷却による量子縮退気体が実現されている原子種の中では最も重い原子であるYb原子と、最も軽いアルカリ原子であるLi原子の同時縮退混合系を光格子中に導入し、光格子中のYb原子の分光に対するLi原子の影響を評価しました。
関連外部資金:日本学術振興会特別研究員(PD)(2012-2014年度)
6Li原子3 成分系のEfimov状態の研究[4, 5](2008 ~ 2011年)
Feshbach共鳴による散乱長(相互作用)の制御が可能な冷却Li原子系において、原子の共鳴3体束縛状態、いわゆるEfimov状態について研究しました。我々は2点の磁場強度でEfimov状態に由来する原子-分子ロスの共鳴的な増大を観測し、ロスのピーク位置の2点について分子の束縛エネルギーから間接的にEfimov状態の束縛エネルギーを決定しました[4]。さらに、有限温度の効果が無視できる十分低温な領域でラジオ波会合の実験を行ない、Efimov状態の束縛エネルギーを広い磁場範囲で精密に決定しました[5]。
ユニタリー気体の熱力学関数の研究[3](2008 ~ 2010年)
散乱長の発散したフェルミ気体(ユニタリー気体)の熱力学関数(内部エネルギー等)を実験的に決定しました[3]。