これまでの研究

代表的なものを紹介します。僕は~2005年-2016年くらいまで、ゲノムDNAの塩基情報に基づいてRNA鎖合成する(転写と呼ぶ)RNA ポリメラーゼという酵素の調節機構を主に研究してきました。遺伝情報の正確なコピーは生物にとって本質的な機能の一つです。RNAポリメラーゼの場合、遺伝情報のコピーミスは大体10万に1回くらいです。僕たちは、ハイスループットDNAシーケンスの技術を使って、そのエラー率を明らかにしました (Imashimizu et al., NAR 2013)。しかし、こんなに正確な酵素反応の分子機構というのは、実はよくわかっていません。

転写反応中に、RNAポリメラーゼは反応を一時停止します(ポージング)。ポージングは、転写反応速度の主な調節機構です。遺伝情報のコピーミスが起こってもポージングします (Imashimizu et al., Genome Biology 2015)。しかし、細胞内でポージングを引き起こす主な機構は謎でした。僕たちは(NIHのKashlev labにて)、まずRNAポリメラーゼがポージングするDNA配列(コンセンサスDNA配列)を見つけました (Imashimizu et al., Genome Biology 2015)。同時期に、他に2つのグループが同様のコンセンサス配列を見つけ、彼らの論文は先にScienceに掲載されたのですが、僕らの方がデータ解析が丁寧で、機構の解釈も正確だと思います。僕らの論文では、コンセンサスDNA配列というものだけでは、ポージングの機構は説明できないという問題も提起しました。ゲノム上のどのコンセンサスDNA配列でもRNAポリメラーゼはポーズするわけではないからです。具体的には、ゲノム上の転写領域における97%のコンセンサスDNA配列ではポージングは起こっていないという結果が得られました。ポージングが起こる3%のDNA配列とポージングが起こらない97%のDNA配列の違いは何でしょう?

David Lukatsky, Ariel Afek, Hiroki Takahashiらとの共同研究でわかったことは、ATGCというDNA塩基の種類に依らず、反復性が高い配列(e.g. AAAAA, AGAGAG)がコンセンサスDNA配列の周辺にある時にポージングが高い確率で起こるということです (Imashimizu et al., PNAS 2016)。

僕たちは、RNAポリメラーゼがポージングしたゲノム上の位置・配列情報および、その分布から成るハイスループットDNAシーケンシングデータを統計的に解釈しました。それから、熱揺らぎによるポージング構造の微視的不均一性がポージングの強さにどのように寄与するかを定量的に扱えるようにしました。反復性が高い方が、そのDNA配列上で熱揺らぎによりポリメラーゼが変換(スライディング)し得る構造の総数が増えるため、熱平衡状態では、そのDNA配列におけるポリメラーゼの結合アフィニティーが高くなると考えられます。この考えに基づくと、従来のコンセンサスDNA配列という概念では予測し得なかったゲノム上のポージング位置を、熱揺らぎと対応づけた反復配列の関数を用いて統計的に予測できるようになりました。そして、熱揺らぎとゲノムDNAに機能的にコードされた配列反復性を組み合わせることで、転写調節機構が成立するという新概念を提案しました(下図)。

 以上のことを書いた論文 (Imashimizu et al., PNAS 2016) は、その頃の僕の一番の自信作で、この論文の総説 (Imashimizu & Lukatsky, Transcription, 2017) や続編 (Imashimizu et al., Biomolecules, 2020) も発表しましたが、この分野の研究者たちからは僕らの研究はほぼ無視され、ほぼ引用されてないです。新しい分野を自分で開拓し、もっと面白いことをすればいいと思っています。