テラバイオロジー(2018~)

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揺らぎが支配的な環境下で、生物の化学反応は極めて正確に行われます。酵素のような生物の高分子複合体は、熱揺らぎを利用しながら、どうやって正確で調節的な反応を行なっているのでしょうか?その問いに答えるために、は次の事を考えました。まず、周囲の水分子達を含めて、生物の分子機能には熱揺らぎを偏らせる機構があるはずです。言い換えると、水分子・生体高分子の集団的な運動は、相互作用によって空間・時間・運動モード的に不均一化され、それが生物の機能発現に関与しているはずです。したがって、1. 生物の分子機能に関係する熱揺らぎは不均一な水と生体高分子の集団的な運動として微視的に捉え直す必要があります。そして、2. その不均一な運動を反映する形で、熱揺らぎと同等以下のエネルギーを持つ外場によって生物反応系に摂動(生物反応系を変え得る小さな作用)を与えるアプローチが必要になると思います。摂動に対する系の応答を調べることで、生物の分子機能というブラックボックスの中身を調べることができるからです(下図)。その摂動手段として、はサブテラヘルツsub-THzからテラヘルツ(THz)周波数領域の電磁波に着目しました。エネルギーの観点だけではなく、生体高分子と水の分子間のダイナミクスが、その周波数領域で重なって観測されるからです。重なるだけでなく、水和水の集団運動と生体高分子の揺らぎの緩和時間の温度依存性が良く似ていることから、水双極子ー生体高分子のイオン(あるいは双極子)相互作用で両者のダイナミクスが電気的に結びついていると考えられています。このsub-THz周波数域のダイナミクスが生物反応の素過程と関係していて、それをsub-THz照射で(ある程度)選択的に励起できた場合、うまく行けば、それは非熱的な生物反応系の応答として検出できるかもしれません。

その検出のため、(sub-)THz照射による分子間運動の変化と生物反応の変化の両方を精密に調べる計測手段が必要なります。そこで僕たちは、直接的に分子運動を知る分光学的な方法と、統計的に生物分子機能の変化を追える生化学的なハイスループット法を(sub)-THz照射に組み合わせたオリジナルなアプローチを作っています。

このような熱揺らぎを利用する生物反応の問題提起にはじまり、水を含めた(sub-)THz領域の分子間運動への摂動を中心としたアプローチを通して得られた現象を説明する学問を、はテラバイオロジーと呼ぶことにしました(この応用展開は、テラバイオテクノロジーと呼びます)。テラバイオロジーは、最も一般的な形の自然科学である物理学につながる遺伝学、あるいはDNAのような生体高分子に水の物性を加味した遺伝学と言えるかもしれません(下図)。遺伝学では、変異により遺伝子型へ摂動を与え、表現型変化を観察することで、遺伝子の機能を同定します。生物現象を評価する論理的枠組みを与える素晴らしい学問ですが、変異導入では説明できない生物の分子機能が未解決問題として残されていますは一先ず、生物分子機能の本質は、生体高分子が周りの水と形成する水素結合ネットワークの変化(水和の変化)にあると考えることにしました。生物分子機能に関係する水分子と生体高分子の熱揺らぎと、その空間的・時間的な不均一性を与えるからです。そして、(sub)-THz領域の電磁波を用いて、水素結合ネットワークに直接摂動を与えるアプローチを考案しました(最近の成果)。水の物性研究やナノ物質と光、誘電体とミリ波・マイクロ波の相互作用の研究など、色々な研究分野とつなげることで、テラバイオロジーを学術的に深化させ、テラバイオテクノロジーで産業にも波及させたいという夢があります。

まとめると、テラバイオロジーは、(sub)-THz照射で摂動を与え、生物反応系の応答を観測することにより、生物の分子機能を水の性質(水和の役割)も含めて理解する新しいバイオロジーであり、考え方は遺伝学と似ています(下図)。遺伝学との違いは、物理・化学を基盤とする複数の学問や技術と直接的なつながりが生まれる点です。摂動が測定可能な物理量であり、摂動の対象が遺伝子のような生物学的な定義ではなく、分子の運動という物理的な定義だからです。摂動のエネルギーは、熱揺らぎ以下であり、遺伝子の変異(共有結合を沢山切ったり作ったりするエネルギーが必要)と比べて、桁違いに小さくなります。DNAやDNA結合タンパク質の共有結合を変える変異は、生物システムへの摂動としては、全部の化学反応過程に費やすエネルギーが大きすぎるんじゃないかな。色んな分野からの議論や批判によって発展する境界領域の学問に挑戦しています現在の研究

ご興味ある方は、テラ清水和彦までご連絡ください。