研究概要

生物は新規な状況や予測不能な環境において柔軟かつ多様な行動を示します。近年における分子生物学の発展にも関わらず、このようなの適応的行動の発現メカニズムはいまだ謎に包まれたままです。一方、このような生物特性の一般原理の本質的理解は、災害現場で実際に動けるロボットの実現を含む幅広い分野への応用が期待されています。私は数理モデリングを柱とする理論的研究と生物の行動学的実験研究の両面からこの問題に取り組んでいます。具体的項目は以下の通りです。



研究内容の詳細


無脊椎動物における主要な移動方法である這行(しゃこう;這う移動)は、多数の移動器官を時空間的に協調させることによって実現される移動方法で、生物における自律分散制御の実態を明らかにするための研究対象として好材料の一つです。私たちは、多足類(ムカデ等)の脚式這行および腹足類(カタツムリ等)や環形動物(ミミズ等)の示す非脚式這行について、力学的数理モデリングと高速撮影した動画の独自解析の両面から、その共通メカニズムを明らかにすると共に、非脚式這行から脚式這行への進化について新たな仮説を提示しました[3,4]。また、これまで這行に伴う運動波の方向は、生物種によって決まっていると信じられてきましたが(一種一波説)、我々は運動波の方向が移動中に逆転するムカデが存在することを世界で初めて明らかにし、その詳細な解析を行いました([1,2])。



ゾウリムシなどの単細胞繊毛虫は泳ぐ神経細胞と呼ばれ、生物における感覚・情報処理・運動の間の密接な関係を明らかにするための研究対象として好材料の一つです。これまで我々は様々にデザインされた狭小空間を用いて、このような原始的な生物がもつ新規な適応行動や空間記憶能力を発見してきました。また生理学的知見をもとに数理モデルを構築し、そのメカニズムの解明を行っています。



細胞のアメーバ様運動や多細胞生物の輸送ネットワーク形成のメカニズムを解明するための研究を、巨大な単細胞生物である真正粘菌変形体を用いて行っています。これまで、自由運動中の真正粘菌変形体を用いて、細胞の大きさ、形状、伸展速度および原形質流動周期の間に成り立つスケーリング則の存在などを実験的に明らかにしてきました。また、更に得られた知見に基づき数理モデルを構築し、そのメカニズムの解明に挑んでいます。



脳の部分領域である海馬はエピソード記憶生成に必須の部位として知られています。我々は力学系理論における情報論的考察(歪積変換の統計的性質と幾何学的性質)と当該脳部位の神経生理学的知見を照らし合わせて海馬の数理モデルを構築し、海馬において経験履歴情報がフラクタル集合上への動的コーディングされる可能性を提起しました。更に、神経生理学者との共同研究を行い実験的に(in vitro) でこれを検証しました



視交叉上核におけるカルシウム濃度, 数種の遺伝子発現の時空間ダイナミクスにおける周期構造を解析する動画像処理プログラムを独自に開発し、サーカディアンリズムを生み出す神経核の活動に大きな空間的異方性が存在することを明らかにしました。(北大医学部時間生理学講座との共同研究)