カーボンナノチューブ(CNT)が並ぶ中から、トランジスタチャネルとしての性能を著しく低下させる要素一つに、金属性のCNTが混ざって合成されることが挙げられます。回路がショートしてしまって電流のオンオフが切り替えられなくなるからですが、オフできない金属ナノチューブの性質を逆手にとって焼き切ってしまうの手法が2001年に考案されました[1]。焼き切るだけでは、金属CNTの残骸の多くが基板上には残ってしまうことが複数の面から問題となることもあり、2013年には同様に自己ジュール発熱を利用して長尺にわたって金属CNTを除去する方法が考案されました[2]。有機薄膜で覆われたCNTに電圧をかけて金属CNTを発熱させると、温度差マランゴニ流が周囲の有機薄膜を切り開くので、露出した金属CNTのみを酸素のプラズマにより燃やしてしまうのです。直接ジュール熱で焼き切るよりも必要な電圧も小さいため、半導体CNTへのダメージのリスクが小さく、また金属CNTを全長にわたって燃やすことで残骸が残らなくなり、応用の幅が広がるものと思われます。
しいてこの種の手法が苦手な点を挙げるならば、論理回路など高密度なCNT(目標は1ミクロン幅あたり100本などと言われます)が求められる場面では使いにくいといった点でしょうか。切り開かれる有機薄膜の幅が100 nmオーダーですので、金属CNTの近くにある半導体CNTも同様にエッチングされてしまい、最終的に得られるCNTの密度を高めにくいのです。そこで私はこの”惜しい”部分をどうにか解消して、電気伝導の差をフル活用しつつ金属CNTだけを全長除去できないかと思案にふけっていました。そこでたどり着いたのが大変シンプルなもので、過去の研究にヒントがありながらも、それらとはまた違うものでした(細かい経緯は下のほうに紹介しています)。
見た目は有機薄膜を金属CNTの発熱によって切り開く方法に似ています。なんと使った材料も同じです。CNTの上に有機薄膜を塗布し、その状態でやや高めの電圧を印加します。やはり金属CNTが桁違いに発熱して熱くなります。ここからが違うのですが、電圧を上げ続けるとやがて空気中の酸素によって酸化してしまいます。2001年から繰り返し使われていた手法では、金属CNTが燃えるときは周囲には基板と空気しかありませんでしたが、今回は有機分子に覆われています(が、酸素は容易に透過します)。これによって―例えるならば導火線のように―一度酸化が始まったCNTがその端まで反応し続けてなくなってくれるのです。一般的にCNTを焼き切ると100 nm程度が酸化してなくなるのですが、この方法だと15 μm以上にわたって除去されるCNTもありました。おそらく、CNT自身の酸化によるわずかな発熱に有機分子の酸化熱が自己持続的な燃焼をアシストしているものと予想しました。
軸方向に燃えやすいということで、横方向に燃え広がって半導体CNTをも燃やしてしまうかと心配しましたが、そのようなことはありませんでした。有機薄膜がない従来の方法と同様に、金属CNTだけを選択的に除去できるので、よくスイッチングできるトランジスタを作製することができました。また、普段は走査型顕微鏡でCNTを観察していましたのが、一つの方法による評価では不十分ですので、ラマン分光や原子間力顕微鏡などの測定によって、たしかにCNTが”見えたとおり”になくなっていることを確認しました。
従来と比べて飛躍的に燃焼する長さが広げられる可能性は見いだせたものの、たとえば10本ある金属CNTのうち1本は全長除去される一方で、別のものは数ミクロン(それもみなバラバラの長さ)しか燃焼しないという問題がすでに論文の中で見えていました。論文を発表し、手法の改善とステップアップを試みる中で、より大きな問題が見えてきました。これが次に発表する論文につながっていきます。
実は、研究室に配属され間もない私は、当初発表されたばかりの文献[2]の手法を追研究していました。実は学会(MRS)での発表を先に参考にしており、論文発表前で実験条件が不明な状態から始めていたため、試行錯誤を繰り返しました。例えばのちに発表された論文を見ると5分で完結している加熱処理も、私がいた実験室では2つの要素が欠けていたため、10時間も20時間も必要でした。あとで知った2つの要素が、(CNTが燃えてしまわないように)真空中で電圧印加できるシステム、そしてその中で基板をヒーターにより加熱する機構でした。10時間以上かかる処理を少しでも高速化できないかと、かける電圧を5%くらい高めて数時間後に様子を確認しにいったところ、電流値がすとんと落ちており、どうやらほとんどのCNTが切れてしまったようでした。次は電圧を元に戻して同じ処理を繰り返し、後日有機薄膜を溶解して電子顕微鏡像で処理した箇所を一通り確認していると、一つだけ他とわずかに様子の違う箇所がありました。期せずしてCNTを燃やしてしまった箇所です。
当時、研究しかやることがなかった私は、処理前の全ての箇所の顕微鏡像を細かく覚えていたため、そこにあったはずの数本のCNTがなくなっていることに気が付いたのです。2019年現在では無理かもしれません。また、使える装置に制限があり、真空中でなく大気中でCNTを加熱していたため、CNTを燃焼させることにつながったのです。また、これはのちにわかることなのですが、マランゴニ流を促進するために基板を加熱するとCNT表面から水分子が脱離してしまうので、このとき偶然見つかった長尺燃焼にはつながらなかったはずです。
この奇妙で、かといって一見どうでもよさそうな現象を何か役立てられないかと模索していくうちに、もともとのCNTの選択的かつ全長除去に最適となりうることに気が付き、のちのメインの研究対象に切り替えました。
参考文献
[1] P. G. Colins et al., Science 292, 706 (2001).
[2] S. H. Jin et al., Nature Nanotechnology 8, 347 (2013).