(まだまだ工事中)
現代社会における半導体
現在社会では、半導体という単語をあらゆる場面で耳にします。AIを支える高性能な半導体チップの設計や製造を担う企業が連日ニュースに取り上げられるように、経済全体に与える影響はますます強まっています。こうしたロジック半導体だけでなく、私たちの身近な機器にも多様な半導体が活用されています。たとえば、自動車には数百個以上の半導体が搭載され、エンジン制御や電動化、自動運転などに貢献していますし、医療機器においても高精度な画像診断装置や人工臓器の制御など、あらゆる場面で半導体技術が不可欠になっています。
加えて、エネルギーの観点からも半導体は極めて重要です。クリーンなエネルギー源である太陽光発電においては、光を吸収し電気に変換しているのは半導体ですし、また得られた電気を安定的に送電するにはパワー半導体が欠かせません。発電所のような大規模なエネルギー供給に限らず、ウェアラブルデバイスやIoTのように小型化してく電子デバイスの自立電源としても半導体材料を利用した熱電変換や振動発電などが着目されており、今後ますます私たちの生活の細部にまで半導体が浸透していくことが予想されます。
一次元性×半導体
こうした半導体材料として、現在もっとも活躍しているのはシリコン(Si)であり、また青色LEDでも有名な窒化ガリウム(GaN)やペルチェ素子に使われるテルル化ビスマス(Bi2Te3)もありますが、いずれも結晶が3次元に広がるバルク結晶です。これに対して、次元を落とし低次元性を持つ半導体材料が存在します。固体潤滑剤でもある二硫化モリブデン(MoS2)は厚さ1 nm以下の層が重なったものですが、それを1枚取り出した単層MoS2は量子効果が強く現れる二次元半導体として注目されていますし、炭素の原子層シートであるグラフェンを細長い円筒状に巻いた構造を持つカーボンナノチューブは一次元半導体として振る舞うことがあります。私は、特に一次元化された半導体材料の持つ可能性に着目しています。例えば、一次元空間に閉じ込められた電子は、ファンホーブ特異点とよばれる風変わりな電子構造(状態密度)を持つようになりますが、これは物体内の温度差と起電力を結び付けるゼーベック係数を高めることに寄与しています。つまり、同じ温度差からより高い電圧を得ることができることを意味し、材料の一次元化は熱電素子としての活躍の場を新たに提供するわけです。
また、半導体中の電子とその抜け殻である正孔は、通常は独立して存在していることが多いのですが、(誘電率が小さい)一次元半導体では正負の電荷を持つ正孔・電子間に働くクーロン相互作用が遮蔽されにくいため、まるで水素原子で原子核と電子が束縛されて安定化するのと同様に、電子と正孔の束縛状態である励起子を形成しており、これが理由で興味深い光学特性が生じます。最近になって、1000K以上に熱せられたカーボンナノチューブ内で励起子が安定して存在し、黒体放射とは全く異なる熱放射特性を有することが発見され、太陽電池の限界を超える新たなエネルギー変換技術に応用できる可能性が示されました。すなわち、単に「面白い」に留まらず、半導体を一次元化することの「有用性」が分かってきたのです。
ナノエレクトロニクスと一次元半導体
上では、電気エネルギーを得ることに着目しましたが、その電気を活用する際にも一次元化された半導体はいろいろなチャンスを提供してくれます。繊維状の一次元半導体を不織布のように膜にすることで、柔軟で丈夫な半導体デバイスを構築しやすくなります。シリコンなどのバルク結晶が脆いことと対照的です。これも重要なのですが、より顕著な効能がロジック半導体の分野で知られています。
先にも触れた近年のAIの劇的な躍進は、いわゆるビッグデータ収集やそれを処理するアルゴリズムが重要なのは当然ですが、莫大なデータを高速に計算する計算機の存在なしには実現しません。半導体チップの製造現場では無数の技術的進歩があるはずですが、計算機の能力向上はムーアの法則(あるいはデナード則)とも言われる半導体素子の微細化と集積化に集約することができます。一般的なPCに使われるCPUでも、数十nmの寸法を持つトランジスタ(電流のオンオフを切り替える蛇口のようなもの)が何十億個と集積され、高速な計算を行っています。トランジスタを短くすればするほど、短チャネル効果という量子的な影響が強くなり、漏れ電流が増加して機能しにくくなるのですが、これは電気の通り道となる半導体(チャネル)を薄くすることで抑制できます。つまり、一方向に薄くしたフィンやナノシート(2次元)、横にも薄くしたナノワイヤ(1次元)構造にすることによって半導体の微細化が継続される見込みです。
ところが、ナノメートルレベルまで薄くなったシリコンでは表面の影響によりバルクとは物性が大きく変化し、特に3 nm以下では電子を運ぶ能力が極端に劣化します。薄くすれば短チャネル効果は防げ、オフ状態を維持できるものの、肝心のオン状態での電流がなくなってしまうのです。すなわち、シリコンのようなバルク結晶を削り出してナノ構造化することには限界があります。一方で、結晶や分子としてはじめからナノスケールの構造を持つナノ物質・ナノ材料では、このような特性の劣化は問題になりません。そうした観点で、私は特にカーボンナノチューブ(CNT)に興味をもっています。ひとくちにCNTといっても形や特性は多様ですが、例えば(8,7)とよばれるタイプのCNTはシリコンに近い約1 eVのバンドギャップを持つ半導体で、さらにシリコンよりも電子や正孔がはるかに速く移動できるという優位性があります。幸運にも、こうした特性と1 nmの薄さを両立できる一次元物質であることが最大の強みで、1 nm以下のプロセスノードでシリコンに代わるロジック半導体材料の究極的な候補として、産業界からも期待されています。
高すぎる構造自由度(工事中)
ですが、問題も抱えています。巻き方によっては金属になるものもおり、このナノチューブにどんな指令を与えてもオンオフは切り替わらず、常に蛇口が全開になってしまうのです。これが少数であっても全体を台無しにしてしまうので、よくこの割合を0.0001%以下にしないといけない言われます。また、全体が一様で作られるシリコン単結晶と異なり、カーボンナノチューブは筒状であるがゆえにいろいろな向きを向いてしまったり、チューブ同士の粗密に自由度が出てきてしまいます。カーボンナノチューブがスカスカに散らばっているものやぎゅうぎゅう詰めになったものは簡単に得られるのですが、トランジスタに使うのには全く適していません。同じ方向に向いたナノチューブが互いに接することなく数 nmおきに並んでいるのがベストですが、それがとても難しいのです。逆にこのような夢があふれる材料でありながら、小さくて細いがゆえに我々にはまだ制御できないという現実があり、どうにかそのギャップを埋めるべく研究をしてきました。このトピックに関連して行った研究をいくつか紹介します。
・自己ジュール発熱から始まる金属的カーボンナノチューブの長尺燃焼
関連論文:Nanoscale 6, 8831 (2014),
・水によって促進されるナノスケールのカーボンナノチューブ燃焼現象の考察
関連論文:Nano Research 10, 3248 (2017)
・長い半導体カーボンナノチューブアレイ上に作製される多数のトランジスタ
関連論文:ACS Nano 11, 11497 (2017)
・電圧印加によって広がるカーボンナノチューブのナノギャップ
関連論文:Nanoscale 8, 16363 (2016)
・半導体選択成長のためのカーボンナノチューブ成長過程追跡と速度論
関連論文:ACS Nano 16, 5627 (2022).
関連論文:ECS J. Solid State Sc. Technol. 11, 071002 (2022).
(工事中)
・ナノ物質の自在配置
関連論文:Nat. Commun. 12, 3138 (2021).