【はじめに】
私は漢方薬局を28年前に開業したが、その当時治療に最も苦労したのが皮膚病である。ある時いろんな処方で治療したが改善しない皮膚病の患者に、荊芥連翹湯や防風通聖散を使用してみたら著効した例が続いたことがあった。その効果に驚き一貫堂漢方の勉強を開始し、皮膚病の治療に使用したが、その後は多くの疾病にも応用するようになった。その結果、ほとんどの疾病に有効である事が解り、現在では一貫堂漢方の考え方で一貫堂処方を中心とした漢方治療をしている。この小文では私流の一貫堂漢方を紹介する。
【一貫堂漢方とは】
森道伯(慶應3年~昭和6年)が昭和初期に完成した漢方医学である。森道伯は漢方や鍼灸だけでなく、僧籍もあり慈善運動家としても活躍した。スペイン風邪の時には積極的に治療活動をし、胃腸型には香蘇散加茯苓白朮半夏、肺炎型には小青竜湯加杏仁石膏、脳症型には升麻葛根湯加白芷川芎細辛を与えたところ効果は絶大であった。関東大震災の時にも大活躍し、その時には通導散を多用したと言われる。一貫堂漢方は後世方派に分類されるが、それまでの日本漢方とは全く違い、現代人を体質分類し治療する漢方である。森道伯自身は何も書物を書き残さなかったが、弟子の矢数格が「漢方一貫堂の医学」を著し現代に伝えた。戦後では中島紀一が一貫堂漢方の名医として有名である。その後、中島流一貫堂漢方を松本克彦は「漢方一貫堂の世界」に著し、また山本巌は多くの著書や講演で紹介している。
【一貫堂漢方の基本哲学】
◎毒素の排泄
治り難い病気は体内に毒素が蓄積され、それが原因で発病し、いったん発病すると毒素あるがために治り難い。毒素を体外に排泄し体内が浄化されれば、自然治癒力が回復して症状が改善する。このように発病原因の根本を取り除く治療であるので、予防にも有効である。
【一貫堂漢方の特徴】
◎毒素の種類によって現代人を大きく三つの体質に分類する。
臓毒証体質、瘀血証体質、解毒証体質に分類し、それぞれの体質を治療する基本処方がある。治療には一つの体質の基本処方だけを用いるとは限らない。むしろ各体質の基本処方を組み合わせて、体内の毒素を排泄させる事が多い。
【臓毒証体質】
◎先天的に身体が丈夫な人である。
◎臓毒には風毒、食毒、水毒、血毒がある。
臓毒とは臓器の中に溜まる毒の事で、人間が生活するうちに生成される毒素である。臓毒証体質の人は生来丈夫であるがために、日頃より美食や暴飲暴食や運動不足など不摂生である事が多い。そのために多量の臓毒(風毒、食毒、水毒、血毒)が生成され、それが体内に蓄積されて発病する。
【臓毒証体質の基本処方】
◯防風通聖散 「宣明論・中風門」 劉 河間(金)
防風、川芎、当帰、芍薬、連翹、薄荷、麻黄、石膏、桔梗、黄芩、白朮、梔子、荊芥、滑石、
芒硝、甘草、大黄、生姜
臓毒を人間の解毒・排泄に関与するすべての経路を活性化して、体外に排泄する処方である。
人間の身体の60%は水である。毎日2〜3ℓの水を摂取し、かつ排泄し水分量を一定に保っている。臓毒証体質の人は風毒、食毒、血毒が蓄積されると、水の排泄障害が起き水滞が生じ、水毒となり、熱証を呈する。防風通聖散は瀉下、利胆、利尿、呼吸、発汗の作用を活性化し、臓毒を排泄する。
【防風通聖散の適応症】
1、生活習慣病(糖尿病、高血圧、等)
2、神経痛、リウマチ、知覚麻痺、脳障害後遺症、等
3、皮膚病(アトピー性皮膚炎、湿疹、化膿症、酒皶鼻、等)
4、眼炎、鼻炎、目眩、浮腫、痔出血、神経症、等
森道伯は患者の30%以上に防風通聖散を基本とした処方で治療した。防風通聖散は体内の多種の毒素を排泄させる作用があり、一貫堂漢方の基本処方である。後世方派の原典である「万病回春」には「中風門」の他に10門(瘟疫門、斑疹門、眩暈門、癲狂門、耳病門、麻疹門、疥瘡門、癬瘡門、痜瘡門、諸瘡門)に掲載されている非常に応用範囲の広い処方である。
【防風通聖散の使用のコツ】
防風通聖散には瀉下の作用がある大黄・芒硝が含まれている。煎薬の場合は患者の便秘の程度や胃腸の強さを考慮して大黄・芒硝の使用量を加減すべきである。また麻黄も人により適・不適があり加減すべきである。エキス剤の場合は必ずしも全量を使用する必要はなく、大便が快通するように、用量を調節することが重要である。また必ずしも臓毒証体質とは限らず、解毒証体質の柴胡清肝湯・荊芥連翹湯・竜胆瀉肝湯や瘀血証体質の芎帰調血飲第一加減に適量の防風通聖散エキス剤を併用すると応用範囲が広がる。臓毒証体質の様にみえる人でも、熱証でない場合、或いは寒証の場合もある。そのような人の治療には防風通聖散でなく分心気飲、藿香正気散、小青竜湯合麻杏甘石湯、五積散などで治療する。
【解毒証体質】
生れつき病気がちな人。戦前は結核、現在はアレルギー体質。
戦前まで日本で最も恐れられた疾病は結核であった。森道伯は生来虚弱で結核になり易いタイプの人を解毒証体質として治療した。現在は栄養状態や衛生状態が改善されて結核はほとんど無くなってしまったが、その反面、小児よりアレルギー疾患に罹る人が増加している。現在はアレルギー体質の人を解毒証体質とし治療する事が多い。
◎「解毒証体質」の人は肝臓の解毒作用が弱い。
現代医学では、肝臓は体内の有害物質や老廃物など体内に不要になった物質を代謝して、胆汁として排泄し体内を浄化している事が解明されている。これを肝臓の解毒作用と言う。漢方医学では肝を「将軍の官」とも言い、肝の働きは身体や精神を調和することである。解毒作用は「将軍の官」の働きの一つである。解毒証体質の人は肝臓の解毒作用が弱く、体内の毒素を排泄できない為に、毒素が蓄積している。そのために皮膚や体内に慢性的に炎症が発生し、生れつき病気がちなのである。
肌が浅黒い人や肌艶が悪い人に多い。神経質な人に多い。骨っぽく痩せた人に多い。
【解毒証体質の基本処方】
◎基本処方は「柴胡清肝湯」「荊芥連翹湯」「竜胆瀉肝湯」である。
解毒証体質には三つの基本処方がある。この三処方はすべて森道伯が創作した処方である。中国の古典や文献に同名の処方があるが、構成生薬が違う。
◎「柴胡清肝湯」「荊芥連翹湯」「竜胆瀉肝湯」の基本は「温清飲」である。
温清飲は『万病回春』の血崩門(子宮出血)に出ている処方である。子宮だけでなく皮膚や粘膜が熱を持ち乾燥気味になっている状態を改善する。現在では皮膚病に使用されることが多い。黄連解毒湯と四物湯の合方であり、熱証で血虚症状を伴う時に使用する。四物湯と黄連解毒湯の組み合わせは肝臓の「解毒作用」を活性化すると考えられる。
「柴胡清肝湯」「荊芥連翹湯」「竜胆瀉肝湯」の違い。
当帰・川芎・芍薬・地黄・黄連・黄芩・黄柏・山梔子・連翹・薄荷・甘草(共通生薬)
三処方の構成生薬を比較すると11味の生薬が共通である。
柴胡清肝湯 = 共通生薬 + 柴胡・桔梗・牛蒡子・瓜呂根
温清飲に多くの清熱作用の生薬を加えた処方で、より熱証のものに適している。牛蒡子は清熱剤であるが、特に咽頭の炎症に効果がある。瓜呂根は清熱と同時に滋潤の作用がある。中島紀一曰く、『中に和す』と。小児期の扁桃腺炎や扁桃腺肥大、中耳炎、リンパ腺炎やアトピー性皮膚炎で乾燥性のものなどに適している。
荊芥連翹湯 = 共通生薬 + 柴胡・桔梗・枳実・荊芥・防風・白芷
温清飲に辛温解表薬と辛涼解表薬と排膿作用のある生薬を加えた処方である。中島紀一曰く、『表に発す』と。体表部の炎症や化膿性疾患に適している。青年期のニキビやアトピー性皮膚炎、じん麻疹などの皮膚病や、蓄膿症や鼻炎、中耳炎、眼炎など慢性的な炎症に使用することが多い。
竜胆瀉肝湯 = 共通生薬 + 竜胆・沢瀉・木通・車前子・防風
温清飲に下焦の湿熱を除く竜胆と多くの清熱利水剤を加えた処方である。中島紀一曰く、『下に利す』と。陰部や下半身の慢性的な炎症に適している。壮年期以降の泌尿器や生殖器の炎症などに使用することが多い。男性は前立腺肥大などで排尿異常がある時に有効である。女性の帯下や陰部瘙痒症などに有効である。男女ともに痔疾に有効である。また解毒証体質の壮年期の生活習慣病にも効果的である。
三処方はアレルギー疾患や慢性炎症疾患の体質改善薬として長期服用することに適している。また鎮静作用があり、怒りっぽいイライラしやすい性格の人に有効であり、神経症や自律神経失調症、更年期障害などに使用する。温清飲が基本処方であるので三処方とも止血作用がある。したがって鼻出血や痔出血、血尿や女性の不正出血に有効である。
【柴胡清肝湯・荊芥連翹湯・竜胆瀉肝湯の使用のコツ】
炎症が強い時には「防風通聖散」と併用する。
皮膚病などで赤みが強い時、浮腫をともなう時、喘息や鼻炎、蓄膿などで炎症が激しい場合で、胃腸が丈夫な人、便秘で大黄剤が有効な人には防風通聖散を併用するとより効果的である。防風通聖散エキス剤の量は胃腸の強さ、大便の状態で加減する。大黄や芒硝が合わない人には麻杏薏甘湯・麻杏甘石湯・越婢加朮湯・黄連解毒湯・白虎加人参湯などを症状により適量使用する。
女性の疾患や難治性の疾患には「瘀血証体質」の処方と併用する。
難治性の疾患には駆瘀血剤を併用したほうが良い場合が多い。特に女性のアレルギー性疾患や慢性の炎症性疾患には通導散、桃核承気湯、芎帰調血飲第一加減、桂枝茯苓丸、桂枝茯苓丸加薏苡仁などを併用したほうが効果的である。男性でも瘀血が確認できる時や、なかなか治癒しない場合には駆瘀血剤を併用すべきである。
◎気虚を伴う時には「補中益気湯」と併用する。
現代の日本は虚弱な人が増えている。気虚と考えられる時には補中益気湯と併用したほうが効果的である。気虚の人は毒素の量は少なくても、排泄する働きが弱いのでなかなか治癒しないので、気虚を改善する必要がある。気虚が強い場合は補中益気湯単方のほうが良い。虚弱な小児や腹痛を起こし易い小児には小建中湯が有効である事が多い。
*日本漢方交流会・名古屋大会にて
【瘀血証体質】
瘀血は機能を失った血液であるが細菌や他の微生物にとっては栄養源である。瘀血があると炎症や化膿が発生し、大量に存在する場合は、早急に体外に排泄しないと命に関わることもある。瘀血は血液の流れを低下させ、鬱滞させるので、痺れ・凝り・痛み・冷え・のぼせなどの症状をひきおこす。瘀血は気の流れや働きも阻害するので、いろいろな精神神経症状をひきおこす、また自然治癒力を低下させる。瘀血は早急に排泄すべき毒素である。
【瘀血の成因】
女性には子宮があり、子宮を養うために膨大な毛細血管が取り巻いている。成長とともに生理や出産や閉経を経験し、その度に子宮や毛細血管に瘀血が生じる。そのため女性は加齢とともに体内に瘀血の蓄積量が増加する。よって一貫堂漢方では女性は瘀血証体質だと考える。しかし男女ともに、打撲・外傷や手術などでも瘀血は生じる。疾病は慢性化すると瘀血を生じる事が多い。さらに体質的に瘀血を生成しやすい人もある。
【瘀血証体質の基本処方】
◯通導散 「万病回春・折傷門」 龔延賢《きょうていけん》・明
(構成)当帰、蘇木、紅花、木通、陳皮、厚朴、枳実、甘草、大黄、芒硝
「万病回春」の折傷門の処方である、打撲傷に使用すると驚くばかりに即効する。活血化瘀薬(蘇木、紅花、当帰)に大承気湯(大黄、枳実、厚朴、芒硝)を組み合わせた処方で、瀉下作用が強く、瘀血の排泄作用も強い。薬局製剤の中では最も強い駆瘀血処方である。
【瘀血証体質の人とは】
女性は「瘀血証体質」である。
1、顔が赤くなる事が多い(黒ずんだ赤い色である)。色素沈着・シミ。
2、肥満傾向。
3、爪の色が暗赤色である。舌の色が暗赤色、紫色、あるいは暗赤色の斑点がある。
舌の裏側の静脈の色が濃くかつ太い。
4、頭痛・頭重・ 肩こり・めまい・ほてり・冷え・のぼせ・動悸・耳鳴り・便秘・腹満
精神不安・閉塞感・過食など。
5、生理の異常、下腹部の圧痛、血塊をともなう経血、過少月経、閉経。
6、疼痛・しびれ(リウマチ、神経痛、癌の疼痛など)。
【瘀血証体質の治療のコツ】
現代の難病の多くは男女を問わず瘀血が関係している。
1、胃腸が強く、便秘で、瘀血症状が激しい場合は「通導散」を使用する。
煎薬で通導散を使用する場合は、便秘や症状の程度により大黄・芒硝の量の加減をすべきである。エキス製剤では適量を使用し、必ずしも全量を使用することはない。その場合には芎帰調血飲第一加減や桂枝茯苓丸と併用すると適用範囲が広くなる。
2、瘀血症状が明らかであり、便秘でない場合は「芎帰調血飲第一加減」を使用する。
◯芎帰調血飲第一加減 「一貫堂漢方」 森道伯
(構成)当帰、川芎、芍薬、地黄、白朮、茯苓、陳皮、烏薬、香附子、乾姜、牡丹皮、
益母草、大棗、甘草、桃仁、紅花、牛膝、枳実、木香、延胡索、桂皮
芎帰調血飲(万病回春・産後門)は産後の疲労した女性の身体を温め体力を回復させ、体内の瘀血を穏やかに排泄させる処方である。森道伯は芎帰調血飲に多くの駆瘀血薬や理気薬を加え、駆瘀血作用をさらに強めた芎帰調血飲第一加減を創作した。一貫堂漢方では、芎帰調血飲第一加減を通導散が使用できない虚弱な女性や大黄が不適な女性に使用する。駆瘀血処方の中では適用範囲が広く、最も使いやすい処方である。
3、冷え性で、軟便や下痢をしやすい場合は「芎帰調血飲」「温経湯」を使用する。
冷え性で裏(脾胃)まで冷えている女性は乾姜や呉茱萸を含む芎帰調血飲や温経湯で裏を温め体調を調えつつ、穏やかに瘀血を排泄させなければならない。
4、気虚の症状が強い場合には「補中益気湯」「十全大補湯」を使用する。
瘀血症状が有り、気虚の症状を伴う時には補中益気湯に芎帰調血飲第一加減または芎帰調血飲を併用する。或いは十全大補湯で治療する。十全大補湯には四物湯が含まれている。四物湯には補血作用とともに活血作用があり、穏やかであるが瘀血を排泄させる作用がある。
【最後に】
一貫堂漢方は単純な三大体質分類で、基本処方すべて熱証に対する治療の処方であり、各処方が多味で方意が理解しがたいなど、日本の古方を中心とした漢方や中医学を勉強した人には取っ付きにくく解りづらい。しかし一度使い方のコツを覚えると、とても良く効く漢方である。