平成25年5月26日
『一貫堂漢方における皮膚病治療』
八風堂薬局 伊藤 晴夫
【はじめに】
私は漢方薬局を28年前に開業したが、その当時治療に最も苦労したのが皮膚病である。ある時いろんな処方で治療したが改善しない皮膚病の患者に、荊芥連翹湯や防風通聖散を使用してみたら著効した例が続いたことがあった。その効果に驚き一貫堂漢方の勉強を開始し、皮膚病の治療に使用したが、やはり良く効いた。
その後は多くの疾病にも応用するようになった。その結果、ほとんどの疾病に有効である事が解り、現在では一貫堂漢方の考え方で一貫堂処方を中心とした漢方治療をしている。
一貫堂漢方とは昭和の初期に森道伯が創設した漢方であるが、日本人を三大体質に分類し治療するのが特徴である。しかし森道伯が三大体質の治療法をどのように創作したのかは、何も書き残さなかったので謎である。しかし私は『万病回春』に手がかりがあると考えている。『万病回春』は明の龔延賢が著した方剤書で、中国の医書では最も実践的であり、日本の後世派だけではなく、その後の日本の漢方に大きな影響を与えた。『万病回春』で化膿性疾患の治療が書かれているが「癰疽門」は皮膚病全般の治療の基本になる。『万病回春』の「癰疽門」の治療方法から一貫堂漢方を考察すると、一貫堂漢方の処方と運用法が皮膚病の治療に効果的であるのは十分頷ける。
今回は『万病回春』の「癰疽門」の皮膚病治療の基本となる部分を紹介し、私の一貫堂漢方による皮膚病治療の基本と症例をお話しする。
「万病回春」 龔延賢( 明・西暦1587年初版)
「万病回春」は 龔延賢が著した方剤書である。中国の医書では最も実践的で、日本の後世派に最も影響を与えた。例えば曲直瀬道三の「衆方規矩」 甲賀通元の「古今方彙」など多くの医書に「万病回春」の影響が多く見られる。江戸時代には何回も印刷されている。後世派だけではなく古方派、折衷派にも多くの影響を与えている。
◎「万病回春」癰疽門(万病回春解説・松田邦夫)
〜略〜
①瘡瘍の症は、当に経の伝受、病の表裡、人の虚実を察して之を攻補すべし。
②たとえば瘇痛、熱渇、大便閉結は、邪、内に在り。之を疎通す。
③瘇れ、焮くが如く痛みを作し、寒熱、頭疼するは、邪、表に在り。之を発散す。
④焮瘇、痛み甚だしきは、邪、経絡に在り。之を和解す。
⑤微し瘇れ、微し痛んで膿を作さざるは気血の虚なり。之を補托す。
⑥漫く瘇れ、痛まず或いは膿を作さず、或いは膿成って潰えざるは気血の虚すること
甚だしきなり。之を峻補す。
⑦色黯くして微し瘇れ痛み、或いは膿成って出でず、或いは腐肉潰えざるは陽気の虚寒なり。之を温補す。
⑧ 若し其の未だ潰えざるに泥んで而も槩ね敗毒を用て復た脾胃を損ずれば、
惟だ瘇るる者膿を成すこと能わざるのみならずして、潰ゆる者も亦収斂し難し。
七悪の症蜂起して多くは救わざることを致す。
〜略〜
【現代訳】
①瘡瘍の症状は、経絡を伝わり、病は表裏にあり、その人の正気の虚実を調べ治療法は攻撃剤、補剤を使い分けねばならない。
②例えば腫れて痛み、熱があり口渇があり、便秘である患者は、邪毒が内蔵に溜まっている。邪毒を体外に排泄させるのが良い。
③腫れがあり、焼かれるように痛みがあり、発熱があり、頭痛するのは、邪が体表にある。これを発表剤で発散させるべきである。
④焼かれたように赤く腫れ、痛みは甚しい場合は、邪は経絡中にある。これは和解すべきである。(発表剤・瀉下剤を使用せずに治療する。)
⑤少し腫れ、少し痛んで膿ができないような患部は、気血が虚しているからである。これは補托法で治療する。
⑥みだりに腫れ、痛まず、或いは患部に膿ができない、患部に膿ができ崩れないのは気血の虚が甚だしいからである。補剤でしっかり補いなさい。
⑦患部が黒く、少し腫れ痛み、或いは膿ができても排出されない、患部が崩れないのは陽気の虚寒である。この場合は温補しなさい。
⑧内消法である敗毒の治療は脾胃を弱らせる、そのため元々脾胃が虚弱であった患者を内消法で治療すると、患部がただ腫れたままになり、膿にならず、患部が崩れたままで治癒させることができない。そのような場合は癰疽の予後が悪い状態である七悪の症状が発症して多くの患者を救うことができない。
【解説】(山本巌「 東医雑録」 を参考)
癰疽とは、化膿性腫瘍である。「万病回春」の書かれた明の時代、日本では戦国時代より江戸時代初期にかけてであるが、現在と比べ恐ろしく衛生状態が悪く、化膿性の皮膚病が多かったと考えられる。抗生物質も無く、外科手術のレベルも低く、化膿症の治療は困難だったと考えられる。「万病回春」では多くの皮膚病の治療法が記されているが、癰疽が最初に記され、治療方法も詳しく記されている。癰疽の治療法が皮膚病治療の基本と考えられる。現代の皮膚病治療にも参考になる。
癰には内癰と外癰があるが今回は外癰の治療について述べる。
外癰は陽証と陰証に分類する。
◯陽証
発病は比較的急性で、病巣が大きいと全身性の発熱をみることも多い。
局所は発赤、腫脹、熱感があり、疼痛が強い。
境界は比較的明瞭、破れると膿は粘稠である。肉芽は紅く堅い。
陽証は外邪(化膿菌)の毒力が強く、またこれに対する生体の防御反応(即ち正気)も強い状態である。従ってその間に起こる炎症も激しい。従って治療は、清熱解毒を主とする。
◯陰証
発病は慢性で局所の発赤や腫脹も少なく、痛みも軽い。排膿する膿は希薄で治り難い。肉芽は蒼白で浮腫状。
陰証は,生体の病邪に対する抵抗力が弱いため、炎症症状は軽いようであるが、
治り難い。治療は生体の反応を振興させる補法を中心とする。
◯癰疽の漢方治療法
癰疽の基本治療法は消去・托法・補法がある。
①消去
消去というのは、炎症が発病したとき、まだ早期で化膿しない時期あるいは化膿が始まったがまだ排膿しない時期に行になって、病巣を消散させる方法である。
もう一つの消去は、病巣が局限した時、炎症がさらにそれ以上に広範囲に拡大しないようにする方法でもある。
陽証はできる限り、初期に消去を速やかに行うべきである。
消去は時期により、部位によって、汗法、清法、下法に分類できる。
Ⓐ汗法
解表法ともいう。発病初期、局所に発赤、疼痛があり、全身的には悪寒、発熱し脈証が浮、頭痛、項痛などがある時に、うまく発汗解表ができると一服で治すことができる。外癰の初期には殊に有効な方法である。
Ⓑ清法
清法というのは清熱法のことで、炎症を抑制する治療法である。
そのうち清熱解毒薬、即ち抗化膿性炎症の薬物が中心となる。さらに清熱瀉火(消炎解熱)薬を配合する。自分自身や身近の者が罹患した時には、汗法を用いることができる。しかし一般には、患者を診るときには病状が進んでしまい、
その時期でないことが多く、どうしても清法が中心となる。
Ⓒ下法
これは、大黄、芒硝の寒性下剤で瀉下することにより頭部、顔面等上部の充血性炎症を除き、また腹部の炎症を治療する。
大黄牡丹皮湯は腸癰の初期の治療に用いる方剤である。大黄、芒硝の寒性の瀉下薬と冬瓜子、牡丹皮の消炎薬を配合したものである。
◉「万病回春」では癰疽の初期の治療には荊防敗毒散等多くの処方が記されているが、日本では荊防敗毒散がよく使用されている。荊防敗毒散を紹介する。
◯荊防敗毒散
「癰疽疔腫、発背、乳癰等の症を治す。増寒、荘熱甚だしきは頭痛、拘急し、状、傷寒に似たり。一、二日より四五日に至るは一、二剤にして即ち其の毒を衰う。軽きは内に自ずから消散す。」
防風、荊芥、羗活、独活、柴胡、前胡、薄荷、連翹、桔梗、枳殻、川芎、茯苓、金銀花、甘草(生姜)
大便通ぜざるには大黄、芒硝を加う。
熱甚だしく痛み急なるには黄芩、黄連を加う。
(解説)
*荊芥、防風、独活、羗活、柴胡、前胡、薄荷、川芎、生姜は解表薬で脈浮、表証の時期に用いて癰毒が化膿しないうちに消散させる。
*金銀花、連翹さらに黄連、黄芩を加えて化膿性の炎症を抑え、化膿しかけた病巣を消散させる。若し消散させられなくても、病巣の拡大を止め、炎症を局限化させ縮小させる。
*大黄、芒硝、枳殻、甘草は大便を下し、下法により、炎症を除くのである。
即ち、汗法を主に清熱解毒の消法と下法を併せて、初期の癰疽(化膿性疾患)を消散させる方剤といえる。
*桔梗、枳殻、生姜、甘草は排膿散及湯のようなものである。
◉日本の古方派は伝統的に葛根湯加減を荊防敗毒散の代わりに用いている。
まず初発、太陽病の時期(悪寒、発熱、脈浮で頭痛、項強などの表証がある時期)に葛根湯で発表し、熱が盛んになれば(炎症が強く、局所が痛み、発赤と腫脹が強くなると)石膏を加えて清熱し、便秘をしているものには大黄を加えて下法を行う。化膿がみえれば桔梗、石膏を加える。排膿させるためには桔梗、川芎、枳実(枳殻)等を加える。
◯葛根湯の癰疽に用いる繁用加減
葛根湯加辛夷川芎、葛根湯加桔梗石膏、葛根湯加石膏、
葛根湯加川芎大黄、葛根湯加荊芥大黄
◉華岡青洲は癰疽の治療に荊防敗毒散より十味敗毒散を創方し使用した。
十味敗毒散
防風、独活、柴胡、荊芥、川芎、茯苓、桔梗、生姜、甘草、桜皮
十味敗毒散は荊防敗毒散より前胡、羗活、薄荷、連翹、枳殻、金銀花を除き、桜皮を加えたものである。浅田宗伯は桜皮の代わりに樸樕を使った。金銀花と連翹は化膿性炎症に対して効果があるため、浅田家では連翹を方中に加えている。
方意は荊防敗毒散も十味敗毒散も同じで、十味敗毒散は薬味が少ないだけである。
浅田宗伯は「之方ハ青洲ノ荊防敗毒散ヨリ取捨シタル者ニテ、荊防敗毒散ヨリハ其ノ力優ナリ」と言っている。
*湯本求真は濃厚な膿には十味敗毒散に石膏を、希薄な膿には薏苡仁を加味して
用いていた。
②托法
内托、托裏、托毒などとよばれる。托法に補托と透托の二つがある。
Ⓐ補托
炎症の拡大傾向は止まり、病巣が限局し、化膿したが膿はまだ堅硬で口が開かない時期に行う法で、膿を軟化させる。
主に黄耆、当帰、川芎、白芷等が用いられる。
Ⓑ透托
深部の膿を表面に近づけ、潰れて排膿させるようにする。
主に皀角刺、穿山甲、桔梗、貝母、栝楼仁、天花粉等が用いられる。
◉「万病回春」では托法の処方として千金内托散、托裏消毒飲等多くの処方が記されている。千金内托散を紹介する。
◯千金内托散
「癰疽、瘡癤を治す。未だ成らざるは速やかに散じ、已に成るは速やかに潰え、膿を敗し自ら出ず。手を用て擠すことなかれ。悪肉、自ら去る。刀針を用いずして薬を服して後、疼痛頓に減ず。此の薬、血を活かし、気を匀え、胃を調え、虚を補い、風邪を祛り、
穢気を辟く。乃ち王道の剤。宜しく多く之を服すべし。大効あり。
黄耆、当帰、人参、川芎、防風、桔梗、白芷、厚朴、甘草、桂皮。
金銀花を加えるも亦好し。
右を細末となし、毎服三銭、黄酒にて調え下す。
酒を飲まざるには木香湯にて調え下すも亦可なり。
或いは都て一剤と作し、酒を用て煎ずるも尤も佳なり。
◯癰疽腫痛するには白芷を倍す。
◯腫痛せざるには、官桂を倍す。
◯飲食進まざるには砂仁、香附を加う。
◯痛み甚だしきには乳香、没薬を加う。
◯水乾かざるには知母、貝母を加う。
◯瘡穿たざるには皀角刺を加う。
◯咳には半夏、陳皮、杏仁、生姜五片を加う。
◯大便閉には大黄、枳殻を加う。
◯小便渋るには麦門冬、車前子、木通、燈草を加う。
(解説)
*本方は、膿の「未ダ成ラザルモノハ速ヤカニ散ジ…」と述べているが、実際に用いるのは、膿がなってから用いることが多いのである。即ち、炎症の病巣が限局し、炎症の勢いが鎮まり、全身の熱もなく、局所の炎症も拡大傾向がなくなってから用いるのである。
*黄耆、当帰、川芎、桂皮は膿が醸成して流れ出すようにする托法の薬物で、これが主薬となる。
*炎症がまだ鎮火せず、拡大傾向のある場合には、消毒薬が必要で、托裏と消毒を併せた托裏消毒飲のほうが良い。
*金銀花を加えると消毒、解毒(抗化膿性炎症)の意になる。
*桔梗は排膿。
*白芷、厚朴は浸潤、浮腫を除き、消腫の作用がある。
*黄耆、人参、当帰、桂皮は排膿後に肉芽を新生、増生し潰瘍を速やかに癒合させる補法の薬物でもある。
③補法
*陽証では膿が潰れ排膿したが、肉芽の新生が良くない場合に用いる治法である。
潰瘍が治らないというのは正気の虚である。病を治す力がない時に、正気の闘病
力を強くし、治癒を促進させる法である。
*陰証では、病原菌の毒力も弱いが、体力がないために治癒させることができず、
強い炎症症状は示さないが慢性で治らない。従って補法、ことに補陽が主となる。
*人参、黄耆を主として基本体力を補い、当帰、川芎、白辛子、麻黄等を配合し
血行を盛んにし、乾姜、細辛、肉桂を加え闘病反応を鼓舞する。
反鼻、鹿角、続断等もこの作用がある。即ち補陽である。
◉万病回春には多くの補法が記されている。
*例えば補中益気湯、四君子湯、六君子湯、十全大補湯等多くの処方が記されてい
る。陰証の補法としては托裏温中湯が記されている。
*陰証の治療は補陽薬を第一として、それに同時に体力気力を補う黄耆、人参と
血行をよくする当帰、川芎を併せ、熟地黄のような補血薬を加える。
(十全大補湯)
日本の伯州散か《外科全生集》の陽和湯を用いる。
◯伯州散《大同類聚方》
[主治]毒腫、膿ある者を治す。
[組成]津蟹、反鼻、鹿角 各霜等分( 津蟹を除き、鼹鼠を用いるものもある)。
[解説]薬は各々を別々に霜(黒焼き)にして、各等分に混和して、
1日2〜3回、1回1〜2gを服用する。
《大同類聚方》の伯耆薬である。
即ち伯耆の国(ほうきのくに)の民間薬である。
伯州散は、日本における陰証の癰ならびに慢性潰瘍の主要な方剤である。
下腿潰瘍、凍瘡の潰瘍、結核性の瘻孔、寒性膿瘍、痔瘻をはじめ、乳腺炎、
中耳炎、カリエス、リンパ腺炎等の化膿性疾患の治癒しにくいものに応用し非常に有効な方剤で「外科倒し」という異名さえとっている。
その作用は、
1、排膿を促進させる。
2、肉芽を増生して、潰瘍の治癒を促進させる。
反対に炎症症状があるときに用いると、炎症を強くして、症状を悪化させるので注意を要する。
*華岡青洲は化膿性疾患で、膿痬が自潰し、排膿が治癒しないものに、
帰耆建中湯(小建中湯に黄耆・当帰を加えた)を創し、使用していた。
④その他
Ⓐ活血祛瘀法(駆淤血法)
病巣の周辺に鬱血があり、病巣の代謝が悪い場合に加える。
薬物には桃仁、紅花、当帰、牡丹皮、赤芍、姜黄、乳香、没薬等を配合する。
Ⓑ祛湿化痰法
病巣の浮腫が強いときには祛湿薬を加味する。
陽証の場合は清熱利湿薬(滑石、黄柏、車前子)を主とし、淡滲利湿薬(沢瀉、茯苓)や温性の蒼朮、祛風湿薬の独活、羗活、厚朴、白芷、防風を加える。
リンパ腺や乳腺など深部の腫脹のある時には夏枯草、天花粉、貝母、 栝楼仁、海浮石、白辛子等の化痰薬を配合する。
【一貫堂漢方と癰疽】
癰疽の治療から一貫堂漢方の処方を考察すると、
*防風通聖散
祛風薬 麻黄・ 生姜・防風・荊芥・薄荷葉
清熱薬 黄芩・山梔子・石膏・連翹
瀉下薬 大黄・芒硝
利湿薬 白朮・滑石・(麻黄・石膏)
補血薬 当帰・川芎・芍薬
排膿薬 桔梗・甘草
防風通聖散は癰疽の消去法である汗法と清法と下法が全て配合された処方であ
る。処方内容から癰疽に使用出来る処方である。実際にニキビ等化膿症に使用すると良く効く処方である。利湿薬が含まれているので炎症性の皮膚病に浮腫を伴うようなものに良い。補血薬は配合が少量であり補助薬である。多くの炎症性の皮膚病に有効である。但し、大黄、芒硝が含まれるので便秘気味で胃腸の丈夫な人に使用すべきである。
*荊芥連翹湯
祛風薬 防風・ 荊芥・薄荷葉・白芷
清熱薬 黄連・黄芩・黄柏・山梔子・連翹・柴胡
補血薬 当帰・川芎・芍薬・地黄
排膿薬 桔梗・甘草・枳実
荊芥連翹湯は汗法と清法に排膿薬が配合されているので、化膿症に有効と考えられる。実際にニキビ、蓄膿症、中耳炎など化膿疾患に有効である。消法の生薬、托法の生薬(当帰、川芎、白芷)も組み合わせられている。 慢性的で治癒しにくい皮膚疾患に有効である。
*柴胡清肝湯
祛風薬 薄荷葉
清熱薬 黄連・黄芩・黄柏・山梔子 連翹・柴胡・瓜呂根・牛蒡子
補血薬 当帰・川芎・芍薬・地黄
排膿薬 桔梗・甘草
柴胡清肝湯は汗法と清法が配合されている。祛風薬 は少量であり清熱薬が多く配合され、清法に重点をおいた処方である。扁桃腺など発熱性疾患に有効である。補血薬、排膿薬も配合され慢性的で治癒しにくい皮膚疾患に有効である。
*竜胆瀉肝湯
祛風薬 薄荷葉・防風
清熱薬 黄連・黄芩・黄柏・山梔子・ 連翹・竜胆
補血薬 当帰・川芎・芍薬・地黄
調和薬 甘草
利湿薬 沢瀉・木通・車前子
竜胆瀉肝湯は汗法と清法が配合されている。 祛風薬 は少量であり清熱薬が多く配合され、清熱利湿薬も多く配合され、かつ竜胆は下焦の湿熱に有効であり、湿が溜まりやすい陰部や下半身の皮膚病に有効である。補血薬、調和薬も配合され慢性的で治癒しにくい皮膚疾患に有効である。
*通導散
瀉下薬 大黄・芒硝
利湿薬 木通
理気薬 厚朴・陳皮・枳実
補血薬 当帰
駆瘀薬 蘇木・紅花
調和薬 甘草
通導散は本来、打撲傷の治療の為の処方であり、瘀血を排泄させる作用が強い。慢性の化膿症や皮膚病では瘀血が生じるので、瘀血を除くことも重要である。通導散は瀉下薬が含まれているので下法として皮膚病に有効であるが、さらに他の清熱薬や清熱処方と組み合わせると治り難い皮膚病の治療に有効である。
【一貫堂漢方の皮膚病の治療】
皮膚病とは言っても、皮膚炎や湿疹の様な炎症性の疾患、化膿症や水虫などの感染症、しもやけや魚の目・タコや日光障害などの物理的化学的障害、或いは角化症のような表皮の変質や色素沈着・紅斑症のような皮下組織内の異常、他の疾病からの皮膚病など、分類の仕方によるが、あまりにも種類が多い。
皮膚の構造から考えても、動脈・静脈・真皮・表皮・汗腺・脂腺・毛根など非常に複雑である。また、体表や粘膜部分など場所によりかなり構造が違う。治療法は簡単ではない。
しかし、大局的に一貫堂漢方では、体内に毒素がたまり気血水の停滞が生じ、体表に異変が生じているのが皮膚病だと考える。一貫堂漢方の基本処方で体内の毒素を排泄すれば、多くの皮膚病は改善すると考える。
*皮膚病の治療の基本は先ずは患者さんの皮膚病の状態と全身状態より臓毒証体質か解毒証体質か瘀血証体質かを見極め、基本の体質を決めることである。
【一貫堂漢方の基本哲学】
◎毒素の排泄
治り難い病気は体内に毒素が蓄積され、それが原因で発病し、いったん発病すると毒素があるために治り難い。毒素を体外に排泄し体内が浄化されれば、自然治癒力が回復して症状が改善する。このように発病原因の根本を取り除く治療であるので、皮膚病に有効である。
【一貫堂漢方の特徴】
◎毒素の種類によって現代人を大きく三つの体質に分類する。
臓毒証体質、瘀血証体質、解毒証体質に分類し、それぞれの体質を治療する基本処方がある。治療には一つの体質の基本処方だけを用いるとは限らない。むしろ各体質の基本処方を組み合わせて、体内の毒素を排泄させる。
【臓毒証体質】
◎先天的に身体が丈夫な人である。
◎臓毒には風毒、食毒、水毒、血毒がある。
臓毒とは臓器の中に溜まる毒の事で、人間が生活するうちに生成される毒素である。臓毒証体質の人は生来丈夫であるがために、日頃より美食、暴飲暴食、運動不足など不摂生をする事が多い。そのために多量の臓毒(風毒、食毒、水毒、血毒)が生成され、それが体内に蓄積されて皮膚病が発病する。
【臓毒証体質の基本処方】
◯防風通聖散 「宣明論・中風門」 劉河間(金)
防風、川芎、当帰、芍薬、連翹、薄荷、麻黄、石膏、桔梗、黄芩、白朮、梔子、荊芥、
滑石、芒硝、甘草、大黄、生姜
人間の解毒・排泄に関与するすべての経路を活性化して、臓毒を体外に排泄する処方である。
人間の身体の60%は水である。毎日2〜3ℓの水を摂取し、排泄して水分量を一定に保っている。臓毒証体質の人は風毒、食毒、血毒が蓄積されると、水の排泄障害が起き水滞が生じ、水毒となり、熱証となり皮膚病を発病する。防風通聖散は瀉下、利胆、利尿、呼吸、発汗の機能を活性化し、臓毒を排泄する。
【防風通聖散の適応症】
1、生活習慣病(糖尿病、高血圧、等)
2、神経痛、リウマチ、知覚麻痺、脳血管障害後遺症、等
3、皮膚病(アトピー性皮膚炎、湿疹、化膿症、酒皶鼻、等)
4、眼炎、鼻炎、目眩、浮腫、痔出血、神経症、等
森道伯は患者の30%以上に防風通聖散を基本とした処方で治療した。防風通聖散は体内の多種の毒素を排泄させる作用があり、一貫堂漢方の基本処方である。後世方派の原典である「万病回春」には「中風門」の他に10門(瘟疫門、斑疹門、眩暈門、癲狂門、耳病門、麻疹門、疥瘡門、癬瘡門、痜瘡門、諸瘡門)に掲載されている非常に応用範囲の広い処方である。皮膚病の一部は風邪が原因であるので中風であると考えられる、実際に防風通聖散は皮膚病にとても有効である。また「万病回春」では前記の様に多くの皮膚病(疥瘡門、癬瘡門、痜瘡門、諸瘡門)に応用されている。
【防風通聖散の使用のコツ】
防風通聖散には瀉下の作用がある大黄・芒硝が含まれている。煎薬の場合は患者の便秘の程度や胃腸の強さを考慮して大黄・芒硝の使用量を加減する。
また麻黄も人により適・不適があり加減する。エキス剤の場合は必ずしも全量を使用する必要はなく、大便が快通するように、用量を調節することが重要である。また必ずしも臓毒証体質の人だけとは限らず、解毒証体質の柴胡清肝湯・荊芥連翹湯・竜胆瀉肝湯や瘀血証体質の芎帰調血飲第一加減に適量の防風通聖散エキス剤を加えると、特に皮膚病に有効である。臓毒証体質の様にみえる人でも、熱証でない場合も寒証の場合もある。そのような人の治療には防風通聖散でなく分心気飲、藿香正気散、小青竜湯合麻杏甘石湯、五積散などで治療する。皮膚病でも温めて水滞を除くことで改善する場合がある。
【解毒証体質】
生れつき病気がちな人。戦前は結核、現在はアレルギー体質。
戦前まで日本で最も恐れられた疾病は結核であった。森道伯は生来虚弱で結核になり易いタイプの人を解毒証体質として治療した。現在は栄養状態や衛生状態が改善されて結核はほとんど無くなってしまったが、その反面、小児期よりアレルギー疾患に罹る人が増加している。現在はアレルギー体質の人を解毒証体質とし治療する事が多い。アトピー性皮膚炎など先天的な皮膚病の患者の多くは解毒証体質である。
◎「解毒証体質」の人は肝臓の解毒作用が弱い。
現代医学では、肝臓は体内の有害物質や老廃物など体内で不要になった物質を代謝して、胆汁として排泄し体内を浄化している事が解明されている。これを肝臓の解毒作用と言う。漢方医学では肝を「将軍の官」とも言い、肝の働きは身体と精神を調和することである。解毒作用は「将軍の官」の働きの一つである。解毒証体質の人は肝臓の解毒作用が弱く、体内の毒素を排泄できない為に、毒素が蓄積している。そのために皮膚や体内に慢性的に炎症が発生し、生れつき病気がちなのである。
肌が浅黒い人や肌艶が悪い人、神経質な人、骨っぽく痩せた人に多い。
【解毒証体質の基本処方】
◎基本処方は「柴胡清肝湯」「荊芥連翹湯」「竜胆瀉肝湯」である。
解毒証体質には三つの基本処方がある。この三処方はすべて森道伯が創作した処方である。中国の古典や文献に同名の処方があるが、いずれも構成生薬が違う。
◎「柴胡清肝湯」「荊芥連翹湯」「竜胆瀉肝湯」の基本は「温清飲」である。
温清飲は『万病回春』の血崩門(子宮出血)に出ている処方である。しかし子宮だけでなく皮膚や粘膜が熱を持ち乾燥気味になっている状態を改善する。現在では皮膚病に使用されることが多い。黄連解毒湯と四物湯の合方であり、熱証で血虚症状を伴う時に使用する。四物湯と黄連解毒湯の組み合わせは肝臓の「解毒作用」を活性化すると考えられる。
「柴胡清肝湯」「荊芥連翹湯」「竜胆瀉肝湯」の違い。
(共通生薬)
当帰・川芎・芍薬・地黄・黄連・黄芩・黄柏・山梔子・連翹・薄荷・甘草
三処方の構成生薬を比較すると上記の11味の生薬が共通である。
柴胡清肝湯 = 共通生薬 + 柴胡・桔梗・牛蒡子・瓜呂根
温清飲に多くの清熱作用の生薬を加えた処方で、より熱証のものに適している。牛蒡子は清熱薬であるが、特に咽頭の炎症に効果がある。瓜呂根は清熱と同時に滋潤の作用がある。中島紀一曰く、『中に和す』と。小児期の扁桃腺炎や扁桃腺肥大、中耳炎、リンパ腺炎やアトピー性皮膚炎で乾燥性のものなどに適している。
荊芥連翹湯 = 共通生薬 + 柴胡・桔梗・枳実・荊芥・防風・白芷
温清飲に辛温解表薬と辛涼解表薬と排膿作用のある生薬を加えた処方である。中島紀一曰く、『表に発す』と。体表部の炎症や化膿性疾患に適している。青年期のニキビやアトピー性皮膚炎、じん麻疹などで特に上半身の皮膚病に有効である。
また蓄膿症や鼻炎、中耳炎、眼炎、喘息など他のアレルギー疾患を伴う人に適している。
竜胆瀉肝湯 = 共通生薬 + 竜胆・沢瀉・木通・車前子・防風
温清飲に下焦の湿熱を除く竜胆と多くの清熱利水薬を加えた処方である。中島紀一曰く、『下に利す』と。陰部や下半身の慢性的な炎症に適している。壮年期以降の泌尿器や生殖器の炎症などに使用することが多い。男性は前立腺肥大などで排尿異常がある時に有効である。女性の帯下や陰部瘙痒症などに有効である。男女ともに下半身の皮膚病や湿熱を伴う皮膚病に適している。
三処方はアレルギー疾患や慢性炎症疾患の体質改善薬として長期服用することに適している。また鎮静作用があり、怒りっぽいイライラしやすい性格の人に有効であり、神経症や自律神経失調症、更年期障害などを伴う皮膚病に有効である。
【柴胡清肝湯・荊芥連翹湯・竜胆瀉肝湯の使用のコツ】
炎症が強い時には「防風通聖散」と併用する。
皮膚病などで赤みが強い時、浮腫を伴う時、喘息や鼻炎、蓄膿症などで炎症が激しい場合で、胃腸が丈夫な人、便秘で大黄剤が有効な人には防風通聖散を併用するとより効果的である。防風通聖散エキス剤の量は胃腸の強さ、大便の状態で加減する。大黄や芒硝が合わない人には、防風通聖散の代わりに、麻杏薏甘湯・麻杏甘石湯・越婢加朮湯・黄連解毒湯・白虎加人参湯などを症状により適量使用する。
女性の疾患や難治性の皮膚病には「瘀血証体質」の処方を併用する。
難治性の疾患には駆瘀血剤を併用したほうが良い場合が多い。特に女性のアレルギー性疾患や慢性の皮膚病には通導散、桃核承気湯、芎帰調血飲第一加減、桂枝茯苓丸、桂枝茯苓丸加薏苡仁などを併用したほうが効果的である。男性でも瘀血が確認できる時や、なかなか治癒しない皮膚病には駆瘀血剤を併用すべきである。
◎気虚を伴う皮膚病には「補中益気湯」を併用する。
現代の日本は虚弱な人が増えている。気虚と考えられる時には補中益気湯と併用したほうが効果的である。気虚の人は毒素の量は少なくても、排泄する働きが弱いのでなかなか治癒しないので、気虚を改善する必要がある。気虚が強い場合は補中益気湯単方のほうが良い。虚弱な小児や腹痛を起こし易い小児には小建中湯が有効である事が多い。
【瘀血証体質】
瘀血は機能を失った血液であるが細菌や他の微生物にとっては栄養源である。瘀血があると炎症や化膿が発生し、大量に存在する場合は、早急に体外に排泄しないと命に関わることもある。瘀血は血液の流れを低下させ、鬱滞させるので、痺れ・凝り・痛み・冷え・のぼせ・肌荒れなどの症状を引きおこす。瘀血は気の流れや働きも阻害するので、いろいろな精神神経症状を引きおこす。また自然治癒力を低下させるので、難治性の皮膚病は瘀血が関係している。瘀血は早急に排泄すべき毒素である。
【瘀血の成因】
女性には子宮があり、子宮を養うために膨大な毛細血管が取り巻いている。成長とともに生理や出産や閉経を経験し、その度に子宮や毛細血管に瘀血が生じる。そのため女性は加齢とともに体内に瘀血の蓄積量が増加する。よって一貫堂漢方では女性は瘀血証体質だと考える。さらに男女ともに、打撲・外傷や手術などでも瘀血は生じる。疾病は慢性化すると瘀血を生じる事が多い。さらに体質的に瘀血を生成しやすい人もある。
【瘀血証体質の基本処方】
◯通導散 「万病回春・折傷門」 龔延賢《きょうていけん》(明)
(構成)当帰、蘇木、紅花、木通、陳皮、厚朴、枳実、甘草、大黄、芒硝
「万病回春」の折傷門の処方である、打撲傷に使用すると驚くばかりに即効する。活血化瘀薬(蘇木、紅花、当帰)に大承気湯(大黄、枳実、厚朴、芒硝)を組み合わせた処方で、瀉下作用が強く、瘀血の排泄作用も強い。薬局製剤の中では最も強い駆瘀血処方である。
【瘀血証体質の人とは】
女性は「瘀血証体質」である。
*女性の皮膚病、慢性の皮膚病、難治性の皮膚病は瘀血証が関係している。
1、顔が赤くなる事が多い(黒ずんだ赤い色である)。色素沈着・シミ。
2、肥満傾向。
3、爪の色が暗赤色である。舌の色が暗赤色、紫色、あるいは暗赤色の斑点がある。舌の裏側の静脈の色が濃くかつ太い。
4、頭痛・頭重・ 肩こり・めまい・ほてり・冷え・のぼせ・動悸・耳鳴り・便秘・腹満・精神不安・閉塞感・過食など。
5、生理の異常、下腹部の圧痛、血塊を伴う経血、過少月経、閉経。
6、疼痛・しびれ(リウマチ、神経痛、癌の疼痛など)。
【瘀血証体質の治療のコツ】
現代の難治性の皮膚病の多くは男女を問わず瘀血が関係している。
1、胃腸が強く、便秘で、瘀血症状が激しい場合は「通導散」を使用する。
煎薬で通導散を使用する場合は、便秘や症状の程度により大黄・芒硝の量の加減をすべきである。エキス製剤では適量を使用し、必ずしも全量を使用することはない。その場合には芎帰調血飲第一加減や桂枝茯苓丸と併用すると適用範囲が広くなる。
2、瘀血症状が明らかであり、便秘でないひと、大黄が不適な人には「芎帰調血飲第一加減」を使用する。
◯芎帰調血飲第一加減 「一貫堂漢方」 森道伯
(構成)当帰、川芎、芍薬、地黄、白朮、茯苓、陳皮、烏薬、香附子、乾姜、
牡丹皮、益母草、大棗、甘草、桃仁、紅花、牛膝、枳実、木香、延胡索、桂皮
芎帰調血飲(万病回春・産後門)は産後の疲労した女性の身体を温め体力を回復させ、体内の瘀血を穏やかに排泄させる処方である。森道伯は芎帰調血飲に多くの駆瘀血薬や理気薬を加え、駆瘀血作用をさらに強めた芎帰調血飲第一加減を創方した。一貫堂漢方では、芎帰調血飲第一加減を通導散が使用できない虚弱な女性や大黄が不適な女性に使用する。駆瘀血処方の中では適用範囲が広く、最も使いやすい処方である。
3、冷え性で、軟便や下痢をしやすい場合は「芎帰調血飲」「温経湯」を使用する。
冷え性で裏(脾胃)まで冷えている女性は乾姜や呉茱萸を含む芎帰調血飲や温経湯で裏を温め体調を調えながら、穏やかに瘀血を排泄させなければならない。
4、気虚の症状が強い場合には「補中益気湯」「十全大補湯」を使用する。
瘀血症状があり、気虚の症状を伴う時には補中益気湯に芎帰調血飲第一加減または芎帰調血飲を併用する。或いは十全大補湯で治療する。十全大補湯には四物湯が含まれている。四物湯には補血作用とともに活血作用があり、穏やかであるが瘀血を排泄させる作用がある。
参考文献:「万病回春解説」松田邦夫著(創元社)
「和訓・万病回春」吉富兵衛著(医聖社)
漢方用語大辞典(燎原)
「東医雑録」山本巌(燎原)