研究紹介

棲管や巣穴を形成する海産環形動物の多様性と進化

捕食者や環境要因から身を守るため、構造物や巣穴を作って住処とする行動は、陸海を問わず様々な分類群において獲得されてきました。その過程で、棲管や巣穴を使った防御や摂食などに関する興味深い行動や形態が進化しています。私は海底に体を覆う管(=棲管)や巣穴を作る環形動物(ゴカイやミミズの仲間)の多様性を明らかにすることを目的として、系統・分類・集団遺伝や生態の研究を行っています。

タケフシゴカイ科環形動物の分子系統

タケフシゴカイ科 Maldanidae(bamboo worms)は名前の通り竹のような体節を持つ仲間で、世界から5亜科約40属280種が記載されています。潮間帯から、深海の熱水噴出域や冷湧水域、さらには極域や水深 7000 m を越す超深海まで幅広く分布しています。

本科の仲間は、堆積物中または表面にグループごとに異なる形態を示す棲管を作ります(図)。また、虫体が棲管に引っ込んだ際に、栓となる頭部・尾部の板状の構造の有無が亜科ごとに異なります。

このような形態や生態がどのように進化してきたかを明らかにするために、52種の内群を用いて本科で初となる分子系統解析を行いました。その結果、本科の仲間は浅い潮下帯で種数を増やし、その一部が潮間帯や水深3500 m以深の超深海などの厳しい環境に進出したことが分かりました。また、棲管の形と、棲管の栓になる頭部および尾部の形が関連して進化した可能性が示唆されました

なお、の研究から20以上の日本未記録種(または未記載種)が新たに認識され、日本における本科の多様性は十分に理解されていないことが分かりました。今後は、より多くの種を用いた系統解析、 未記録・未記載種の報告を行っていきます。

Kobayashi et al. 2018 Mol Phylogenet Evol

ミミタケフシゴカイ Asychis auritus

タケフシゴカイ科が作る棲管の例(Kobayashi et al. 2018 を改変)

タケフシゴカイ科の系統進化(Kobayashi et al. 2018 の Graphical Abstract を改変)

チューブワーム(ハオリムシ類)に関する研究

ハオリムシ類は光合成生態系とは異なり、細菌がつくる化学エネルギーを中心とした化学合成生態系に生息します。栄養体という部位の細胞中に化学合成細菌を共生させ、栄養を依存しているため、口や腸をもちません。さらに、殻蓋部やハオリ部といった、このグループに特有な形態をもつため、かつては独立した動物門と考えられたこともありましたが、現在では環形動物門シボグリヌム科の仲間とされています。私は、これまでハオリムシ類の分類や遺伝子解析の研究を行ってきました。

新種記載のほか、チリ沖で漁業混獲物として採集されたハオリムシ類の乾燥した棲管からDNAを抽出し既存のDNA配列と比較することで種を特定することに成功しました(Kobayashi & Araya 2018)。棲管の形態は近縁種間では類似する場合が多く、棲管だけでは種同定は難しい場合があります。そのため、遺伝子情報を用いて棲管のみで種同定を行う本手法はハオリムシ類相の把握に貢献することが期待されます。

Kobayashi & Araya 2018 PLoS ONE
Kobayashi & Kojima 2017 Mar Biodivers Rec
小林ほか 2016 号外海洋
Kobayashi et al. 2015 Zootaxa

↑サツマハオリムシ
Lamellibrachia satsuma

→ハオリムシ類のキチン質でできた棲管(Kobayashi & Araya 2018 を改変)

環形動物のミトコンドリアゲノムの多様性

環形動物のミトコンドリアゲノム(ミトゲノム)は、後生動物の中でも塩基配列や2次構造、遺伝子の順序が多様なグループの一つであり、ミトゲノムの進化や性質を研究する上でうってつけの材料であると考えています。

これまでに5科5種の新規ミトゲノムを公表しました。とくに、Travisiidae の一種 Travisia sanrikuensis のCOI遺伝子にグループIIイントロン(以降G2I)が含まれることを初めて発見しました。本種に加え、同属4種もCOIにG2Iを持つことが明らかとなりました。G2Iは種分化の過程で容易に挿入・欠失されるので、複数種にミトコンドリア遺伝子のG2Iが保存されている事象は極めて稀な例であり、少なくとも後生動物では他には知られていません。さらに、イトゴカイ科 Notomastus 属の一種でもG2Iを発見しています。これまで、後生動物のミトゲノムからは7種からG2Iが認識されており、報告数を大幅に更新しました。

環境DNA(eDNA)解析などメタバーコーディング解析技術の普及に伴い、参照配列の需要が高まっていますが、環形動物では汎用プライマーでは塩基配列を取得するのが難しい系統が多数知られています。私はミトゲノム研究を通して、一部のグループを除く環形動物に広く使える、ユニバーサルプライマーを改変したCOI・16S プライマーを設計しました(ほかの海産無脊椎動物にも使用可)。

LCO-annelid,CTCAACWAAYCAYAAAGAYATTGG
HCO-clitealli,CTTCNGGRTGNCCRAARAAYCA
16Sa-ann,TCGMCTGTTTANCAAAAACA
16Sb-ann,CGGTCTRAACTCARCTCAYG

また、16Sユニバーサルプライマーのターゲットの内側にある保存的な領域に作成した下記のプライマーも、ユニバーサルプライマーが使えないグループや劣化した標本に有効な場合があります(ターゲットは350 bp 程度)

16Sann-f,CTGACCGTGCTAAGGTAGCAT 
16Sann-r,AGCCAACATCGAGGTGYCAA
16Sann-f2,CCTGACYGTGCWAAGGTAGC
16Sann-r2,CCYTAAGYCAACAYCGAGGT

Kobayashi et al. 2023 Mor Biol Rep  (カニヤドリカンザシ、16Sa-ann/16Sb-ann)
Kobayashi et al. 2022 JMBA (ボウシイソタマシキゴカイ)
Kobayashi et al. 2022 Mitochondrial DNA B Resour  (Armandia sp., Notomastus sp.)
Kobayashi et al. 2022 Sci RepTravisia sanrikuensis、LCO-annelid)
Kobayashi  2023 PeerJ (HCO-clitealli)
Kobayashi  & Kojima 2021 Species Divers (16Sann-f2/16Sann-r2)
Kobayashi et al. 2018 Mol Phylogenet Evol (16Sann-f/16Sann-r)

遺伝子解析から探るトラコトレマータ類(カニ類の一群)の多様性

トラコトレマータ類の系統関係

カニ類は馴染みのあるグループですが、実は科間の系統関係ですら、十分に理解されていません。私は沿岸で多様化しているトラコトレマータ類について、ミトゲノム配列を用い系統学的研究を進めています

これまでに、コメツキガニ Scopimera globosa (コメツキガニ科 Dotillidae )を始め、6科10種のミトゲノムを新規に決定して、トラコトレマータ類の系統関係を推定しました。また、カニ類ではミトゲノムの遺伝子の順序は比較的保存されていますが、複数の新規パターンが見つかり、従来知られていたより多様であることが分かりました。

Kobayashi et al. 2023 Zool Sci(9種)
Kobayashi et al. 2021 Genomics (コメツキガニ)

コメツキガニのミトゲノム全長配列(Kobayashi et al. 2021 を改変)

オサガニ科・コメツキガニ科の遺伝的集団構造

カニ類の多くは海流に乗って分散する浮遊幼生期を持つため、種内では遺伝的集団構造が生じにくいことが推測されます。しかし、干潟のカニ類では既往研究や、私が解析したヒメヤマトオサガニ(台湾集団を解析、日本集団のデータはAoki et al. 2012より)、ヤマトオサガニやリュウキュウコメツキガニの解析から、予想外の構造が生じていることが分かってきています。

琉球列島に固有なリュウキュウコメツキガニ Scopimera ryukyuensis について奄美大島・沖縄・石垣島・西表島の計13地点について、ミトコンドリアCOI領域を用いて遺伝的集団構造を調べました。その結果、ほぼ全ての島間の地点で遺伝的集団構造が異なり、種内の遺伝的な分化が進んでいることが分かりました。さらに驚くべきことに、奄美大島と西表島では島内で遺伝的な分化が見られました。奄美大島と加計呂麻島間の狭く複雑な海峡や、西表島の東側では海流が停滞していることなどが、遺伝的な集団構造を生じた要因と推測されました。

Kobayashi et al. 2023 Zool Sci(ヒメヤマトオサガニ)
Kobayashi et al. 2022 PBR (ヤマトオサガニ)
Kobayashi 2020 Mol Biol Rep(リュウキュウコメツキガニ)

リュウキュウコメツキガニの採集地点とCOI658塩基対に基づくハプロタイプネットワーク(Kobayashi 2020を改変)。琉球列島の島ごとに明瞭に遺伝的集団構造が異なり、奄美大島と西表島では島内でも構造が見られた。

環形動物の種の多様性

環形動物は、記載されているだけで約2万種が知られています。特に海洋で著しい種分化を遂げ、多様な形態や生態を示す仲間を含みます。環形動物は沿岸域から深海底の砂泥底でしばしば卓越するため、その多様性を研究することは、水産や保全の観点からも重要です。私は国内外の様々な地点でフィールド調査を行い、環形動物の多様性を調査しています。

五島列島からアカムシ Halla okudai を初めて報告しました。本種の日本からの採集記録はまばらであり、環境省レッドリストで準絶滅危惧 NTにランクされています。したがって、本研究はアカムシの貴重な報告例の一つになりました。また、Halla 属の遺伝子情報を初めて取得し、セグロイソメ科 Oenonidae の系統解析を行いました(残念ながら、アカムシの系統的位置について高い支持率は得られていません)。

Kobayashi et al. 2020 Check List


屋久島からタケフシゴカイ科を初めて報告しました。2種が確認され、うち1種は未記載ですが本州〜九州の潮間帯〜水深数十mから頻繁に見つかっている種(cf. Petaloclymene sp. sensu Kobayashi et al. 2018)でした。屋久島は本種の既知の分布域の南限です。

20種以上の環形動物を利尻島から初めて記録しました(小林ほか 2019)。とくに、ボウシイソタマシキゴカイ Abarenicola claparedi oceanica は1964年以来、国内2例目の発見になりました(小林ほか2018)。さらに、タマシキ属 Arenicola 1標本の 16S rRNA遺伝子の部分配列を調べたところ、 GenBankに登録されているカリフォルニア産の Ar. cristata (ただし、これが真の Ar. cristataであるかは要検討)の配列と一致しました。日本産タマシキ属の種同定には紆余曲折があり、現在はタマシキゴカイ Arenicola brasiliensis のみが分布するとされていますが、日本に生息するタマシキ属について、形態の精査を含めた見直しが必要といえます。

提唱した和名一覧(埋没防止のため)

小林ほか 2022 みちのくベントス (屋久島のタケフシゴカイ科)
小林ほか 2019 利尻研究
阿部ほか 2019 利尻研究
小林ほか 2018 利尻研究

津波による大規模攪乱が環形動物群集に及ぼした影響

干ばつ、洪水や山火事といった大規模な攪乱は、生態系の非生物・生物要因に影響を及ぼし、時に既存の生物群集を壊滅させてしまいます。私たちが生きている間に経験する大規模な攪乱(自然災害)は数えるほどですが、長い目で見ると、大規模な攪乱は数十〜数千年のスケールで繰り返し発生しています。そのため、現在見られる生物多様性が形成・維持されてきた過程を理解する上で、攪乱が群集に及ぼす影響を明らかにすることが重要であると考えられます。

私は共同研究者とともに、2011年に発生した東北地方太平洋沖地震による地震と津波が、沿岸生態系にどのような影響を及ぼしたか研究を行っています。宮城県牡鹿郡女川湾の環形動物群集を調査した研究では、攪乱前には群集組成が安定していましたが、攪乱直後に不安定となり、2013年6月以降にタケフシゴカイ科が卓越する、攪乱前と異なる群集組成で安定したことが分かりました。この群集遷移は、津波が既存の環形動物を壊滅させたこと、陸から流入した油などによる環境の劣化の影響によるものであることが示唆されました。津波前の長期に渡る情報が群集遷移を詳細に追うために重要であること、および津波前後の群集遷移を初めて示した研究になりました。

Abe et al. 2016 In Ecological impacts of tsunamis on coastal ecosystems: Lessons from the Great East Japan Earthquake
Abe et al. 2015 Mar Environ Res
阿部ほか 2014 月刊海洋

宮城県女川湾の底生環形動物の群集は攪乱後に激減し、その後、攪乱前とは異なる種が卓越する群集が形成された。