研究紹介

主な論文の内容を簡単に紹介しています。

※ 試験的に、各論文が何誌にリジェクトされたかを表示しています。雑誌への不満ではなく、見えない苦労?を可視化するための実験です。

交雑回避で生じる棲み分けの進化へのオスとメスの異なる貢献 (Kyogoku & Yamaguchi 2023 J Evol Biol)

Kyogoku & Kokko (2020)ではハビタット選好性はオスとメスで共有された形質だと仮定しました。オスとメスが独立にハビタット選好性を進化させられるときに何が起きるかを見ました。最終的に棲み分けが進化するにしても、棲み分けが成立する過程でのオスとメスの役割が異なる、という結論です。

研究の裏話 チューリッヒで研究を始めたときに「オスとメスの選好性が独立な場合も考えてみたら?」という Hanna の提案でやった研究です。途中までは Hanna と一緒にやっていましたが、途中から山口さんとの共同研究になりました。

リジェクトされた雑誌数:3

メスでのみ見られた交尾行動の進化 (Kyogoku et al. 2023 J Evol Biol)

性選択の実験進化によってメスの再交尾受け入れ率や交尾時間に応答が見られたこと、オスでは同様の応答が見られないことを報告しました。

研究の裏話 アズキゾウムシの実験進化の副産物その2。Kyogoku & Sota (2020 JEB)も同様ですが、当初の予想に反してメス形質の進化が見られました。これらの研究をしたことでけっこう世界観が変わりました。

リジェクトされた雑誌数:1


性選択がメスの適応度を増加させる (Kyogoku & Sota 2020 J Evol Biol)

性選択による形質進化でメスの適応度が上昇すること、この変化がオス・メスの複数の形質を介して生じていること、メスの適応度を低下させるような形質の進化も認められたことなどを明らかにしたアズキゾウムシの実験進化。データてんこ盛り論文です。

研究の裏話 アズキゾウムシの実験進化はもともと繁殖干渉能力の進化を見るために行ったものでした(Kyogoku & Sota 2017 Evolution)。膨大な労力をかけて行った実験進化なので、他にも論文を書けるならデータを採ろうと思って行った研究です。

リジェクトされた雑誌数:4

タンポポの繁殖干渉の機構:混合受粉ではない? (Kyogoku 2020 Weed Res)

外来タンポポから在来のカンサイタンポポへ繁殖干渉があります。これまで、同種と外来種の花粉を同時に授粉しても、カンサイタンポポは同種花粉を識別することが出来ず、雑種胚が正常に発生しないことで種子生産の低下が起こると考えられていました。しかし、カンサイタンポポが花粉を識別しているらしいこと、タンポポにおける繁殖干渉は未知の機構によって生じている可能性を指摘しました。

研究の裏話 一言では語り尽くせないストーリーがあります。先人の結果を否定するというのは(健全な科学の姿だとは思いますが)あまり良い気分のするものではありません。実験をする直前に所属が龍谷大学から東北大へ異動しましたが、龍谷大学のご厚意で継続してハウスを利用させていただいて行った実験です。

リジェクトされた雑誌数:1

隔離強化のモデル:棲み分け vs. 種認識 (Kyogoku & Kokko 2020 J Anim Ecol)

隔離強化というと種認識の進化が想定されがちですが、棲み分けが生じる可能性もあります。数理モデルにより種認識と棲み分けの進化を比較したところ、棲み分けのほうがずっと生じやすいことが予測されました。どちらの形質も交雑を軽減する効果はあるのですが、これに加えて棲み分けには同種個体を集合させることで資源をめぐる種内競争を強める効果があります。これにより棲み分けのもとでは2種が安定的に共存できます。種認識にはこのような共存を安定化させる力はありません。種認識しか進化できない場合には、早々に一方の種が絶滅してしまうので隔離強化が観察されにくかった、という訳です。こうした結果は種分化過程に対する理解を深めるだけでなく、近縁種の資源分割についても示唆を与えるものです。

研究の裏話 書ききれないほど多くの裏話がある研究です。この研究の中心部分はチューリッヒ大学滞在中に行いました。夢のような3か月を過ごしたチューリッヒでの生活ですが、私生活だけではなく研究も充実していたことをこの論文が証明してくれるものと思います。初めての本格的な理論研究でしたが、専門家との共同研究のおかげで非常にスムーズに進みました(投稿を始めてから受理されるまでには2年ほどかかったので査読には苦しみましたが…)。

リジェクトされた雑誌数:4

繁殖干渉の進化生態ダイナミクス (Kyogoku & Wheatcroft 2020 J Evol Biol)

繁殖干渉は個体群増殖を低下させると同時に、選択圧にもなります。繁殖形質置換が生じるか、一方の種が絶滅するかは、個体数が減る速度や進化速度に左右されるはずです。そうであるなら例えば、遺伝分散が大きいなどの理由で、進化速度の速い形質や、進化速度の速い分類群で繁殖形質置換がより観察されやすくなるはずです。このような繁殖干渉にまつわる進化動態と生態学的な動態の相互作用をどのような枠組みで捉えれば良いのか、またどういった要因が最終的な帰結に影響しそうかをこの総説では議論しました。

研究の裏話 2015年の個体群生態学会の基調シンポジウムで、何か喋らないといけないことになりました。そこで無理やりひねり出したのが「繁殖干渉と進化的救助」でした。無理やりひねり出したアイデアでしたが、けっこう気に入ったので、論文にまとめることにしました。当時はまだ総説執筆の経験が浅く暗中模索でしたが、何とか出版までたどり着きました。査読者やエディターに大いに助けられました。

リジェクトされた雑誌数:2

タンポポの性的対立? (Kyogoku, et al. 2019 Evol Ecol)

カンサイタンポポ(有性生殖種)の花序が受粉によって閉じること、どの個体由来の花粉をつけるかによって花序が閉じる速度が異なることを報告しました。受粉先の花序が閉じることで花粉は他の花粉との受精をめぐる競争を軽減できるかもしれません。もしかしたら花序の閉じる速度に花粉が影響するのは、受精をめぐる競争への花粉側の適応の結果かもしれません。

研究の裏話 タンポポの研究を始めたのはタンポポの繁殖干渉に興味があったからです。しかし、この過程でカンサイタンポポの花序閉じ行動に気づき、簡単な実験を行ってみました。その結果がこの論文です。動物の繁殖生態を研究していた身からすると「花粉が受粉先の花の行動に影響する」というのは自然な発想なのですが、植物でのこの手の実証研究は驚くほど少ないです。思いがけず未開の地に足を踏み入れた気分です。個体群間交配は龍谷大の卒研生だった片岡さんが一生懸命やってくれました。

リジェクトされた雑誌数:4

異形花柱性の超優性による維持? (Arima, Kyogoku, et al. 2019 Evol Ecol)

異形花柱性の維持機構について実証・理論の双方から検討しました。遺伝マーカーを使った野生個体群の観察では、外交配が短花柱花のオス機能と長花柱花のメス機能の間でしか認められませんでした。また自殖はほぼ短花柱花に限られていました。これらの結果と先行研究で明らかになっている異形花柱性の遺伝機構、さらに新たに作成した集団遺伝モデルの結果から、異形花柱性が超優性により維持されている可能性を新たに指摘しました。

研究の裏話 京都大の森林生物でポスドクをしていた時に、当時修士学生だった有馬さん(筆頭著者)が興味深い野外データを報告しました。保全遺伝学的な興味から行われた研究でしたが、進化生物学的にも意味があるのではないかと思われました。有馬さんは民間企業に就職されたので、私が中心になって追加の解析・論文執筆を進めました。それまで馴染みの無かった分野の論文だったので共著者に大いに助けられつつ何とか出版までたどり着くことができました。

リジェクトされた雑誌数:3

繁殖干渉能力の実験進化 (Kyogoku & Sota 2017 Evolution)

性選択により繁殖干渉能力が進化する、という Kyogoku & Sota (2015 J Evol Biol) の結論を実験的に検証しました。アズキゾウムシを性選択が有る or 無い環境で17世代にわたり実験室内で進化させたところ、性選択を受けていないアズキゾウムシのオスよりも性選択を受けたアズキゾウムシののオスのほうがヨツモンマメゾウムシに対してより強い繁殖干渉を示しました。一方で、期待された交尾器形態の進化が認められないなど、予想外の結果も得られました。

研究の裏話 博士課程を通じてもっとも労力を割いたのがこの研究です(博士論文には含まれていませんが……)。立案から実験を終えるまでだけでも2年以上かかりました。アズキゾウムシの実験進化系統は全部で6系統240 ペアからなり、毎世代1万匹ほどの新成虫が羽化してくるのを毎日個別に回収する作業がとても大変でした。また、一度系統を失ってしまうと取り返しがつかない、という緊張感が常につきまとう作業でもありました。“狂気”に支えられないとできない実験だったな、と思います。

リジェクトされた雑誌数:3

絶対密度を考慮した繁殖干渉の個体群動態モデル (Kyogoku & Sota 2017 Sci Rep)

既存の繁殖干渉の個体群動態モデルは相互作用する2種の頻度(個体数の比)で繁殖干渉の適応度コストが決まると仮定していましたが、オスの求愛頻度にタイプIIの機能の反応を仮定することで2種の絶対密度の効果を考慮した個体群動態モデルを提案しました。また、マメゾウムシ2種を用いた境界面反応分析により、このモデルが既存のモデルよりもデータへよく当てはまる事を実証的に示しました。

研究の裏話 処女論文(Kyogoku & Nishida 2012)のあと、繁殖干渉の密度依存性に興味をもち、和文総説も書きました(京極・西田2012)。その興味の集大成がこの研究です。学振DC1の申請書(不採択)の内容でもあります。博士課程のテーマ(Kyogoku & Sota 2015 J Evol Biol)がリスキーだったこともあり、プランBとして進めた研究です。メインのテーマが上手くいったので、こちらのテーマは後手に回り、出版までには少し時間がかかりました。その後、査読者のひとりとチューリッヒで同じ研究室に所属することになり、small world な思いをすることになった研究でもあります。

リジェクトされた雑誌数:2

繁殖干渉:種間での見境の無さの進化的・生態学的帰結 (Kyogoku 2015 Popul Ecol)

特集号の序文です。序文では普通あまり自己主張をしませんが、この論文では繁殖干渉(reproductive interference)をcomponent reproductive interference とdemographic reproductive interference に分ける(正確には後者は前者の部分集合)ことを提唱しました。前者は適応度“成分”が、後者は(生活史を一周して測った)適応度がそれぞれ繁殖時の種間相互作用により影響を受けることを指します。

研究の裏話 このcomponent reproductive interferenceとdemographic reproductive interferenceの区別は、特集号の論文の著者でもある岸茂樹・高倉耕一両氏との議論の中から生まれました。一か月くらい色々と考えた末の結論で、自分ではかなり良い概念整理なのではないかと思っています。今後これらの用語が生態学者の間に定着するかどうか、歴史の評価を待ちたいと思います。このアイデアはアリー効果の文献で良く用いられる概念を援用したもので、思いがけずKyogoku & Nishida (2012)の執筆のためにした勉強が役に立ちました。

リジェクトされた雑誌数:0

極端なオス交尾器形態はメス交尾器の損傷を介して繁殖干渉を強める (Kyogoku & Sota 2015 J Evol Biol)

アズキゾウムシのオス交尾器には棘があります。交尾器の棘がより発達しているアズキゾウムシのオスほど種間交尾の際にヨツモンマメゾウムシのメス交尾器を傷つけやすく、また傷つけられたヨツモンマメゾウムシの産卵数が低下することを報告しました。交尾器の棘のような、性選択の結果発達してきたオスの加害形質が一般に繁殖干渉の強さを決める一因ではないかと考えられます。

研究の裏話 修士のころ、マメゾウムシの繁殖干渉が種間交尾による事を示しました (Kyogoku & Nishida 2013) 。その後、マメゾウムシのオス交尾器の棘とメス交尾器形態の間に見られる軍拡競争様のパタンを報告した論文 (Rönn et al. 2007 PNAS) を読んでいる時に、交尾器の棘が繁殖干渉の強さを決めるというアイデアを思いつきました。その仮説を実証したのがこの論文です。アズキゾウムシのオス交尾器の形態を定量化するために電子顕微鏡写真を1000枚以上撮りました。これがけっこう大変でした。論文は3回のエディター・リジェクトの末に4誌目ですんなりとアクセプトされました。捨てる神あれば拾う神あり。

リジェクトされた雑誌数:3

アズキゾウムシからヨツモンマメゾウムシへの繁殖干渉において精液が果たす役割 (Kyogoku & Sota 2015 J Insect Physiol)

アズキゾウムシのオスとヨツモンマメゾウムシのメスの種間交尾において、射精物の輸送が無視できない頻度で起きていること、しかし射精物の輸送によるヨツモンマメゾウムシの産卵数への影響は認められないことを報告しました。

研究の裏話 あまり裏話らしい裏話のない研究です。アズキゾウムシ・ヨツモンマメゾウムシ間の種間交尾は射精物の生理活性と生殖器の物理的損傷のいずれかを介して産卵数低下を引き起こすと考えられましたが、前者の可能性を棄却するための研究です。この論文が受理されたおかげで無事3年で学位をとることができそうです。

リジェクトされた雑誌数:0

アズキゾウムシからヨツモンマメゾウムシに対する繁殖干渉のメカニズム(Kyogoku & Nishida 2013 Popul Ecol

アズキゾウムシからヨツモンマメゾウムシに対する繁殖干渉が、繰り返し生じる種間交尾(1回では効果が無い)で生じることを報告しました。

研究の裏話 当時の昆虫生態学研究室では、アズキゾウムシからヨツモンマメゾウムシへの繁殖干渉はしつこい求愛による産卵の妨害によっておこると考えられていました。学部生のときに思いついたアイデア(Kyogoku & Nishida 2012)を論文化して、やることが無くなってしまって途方に暮れていた修士2年の私は、(その場しのぎに)この「しつこい求愛仮説」を実証する事にしました。ところが、交尾器を切除することで“求愛はするけど交尾はできない”アズキゾウムシのオスを作って実験したところ、種間交尾が効くとしか考えられない結果が得られました。発見自体は素朴ですが、この経験からは実際に実験をすることの大切さを教えられました。またこの研究はその後博士課程を通じて取り組むことになるテーマの着想へと思いがけずつながっていきました。非常に思い出深い研究です。

リジェクトされた雑誌数:0

繁殖干渉によって生じるアリー効果(Kyogoku & Nishida 2012 Popul Ecol

同種個体数の増加によって個体の適応度が上昇する現象をアリー効果と呼びます(例:配偶相手の発見効率の上昇、捕食者に対する飽和)。この研究では繁殖干渉によってもアリー効果が生じることを示しました。加害者である他種オスの数が一定であるなら、被害者であるメスの増加は希釈効果を介してアリー効果を起こすと考えられます。アズキゾウムシ・ヨツモンマメゾウムシを用いた室内実験によりこの仮説を支持する結果が得られました。

研究の裏話 最初この研究を始めたとき、実はアリー効果のことなど全く考えていませんでした。学部生として研究室配属になったとき、マメゾウムシで繁殖干渉の研究をすることになりました。当時すでにアズキゾウムシ・ヨツモンマメゾウムシの競争結果が資源競争ではなく繁殖干渉で説明出来ることがわかっていました(Kishi et al. 2009 J Anim Ecol)。私に課せられた任務(?)は、Kishi et al. (2009) の結論をさらに強固なものにする個体群生態学的なデータを採る、というものでした(アイソクラインの形を調べるなど)。ここから資源競争と繁殖干渉が定性的に異なる予測をする実験デザインを模索する日々が始まり、(明確なビジョンもなく)ひたすら個体群動態モデルをいじってはグラフを書く日々が続きました。あるとき同種個体数に対して個体あたり個体群増殖率をプロットすると、資源競争と繁殖干渉が全く異なる定性的予測をすることに気づきました。これがKyogoku & Nishida (2012) の実験デザインを思いついた本当の理由です。データを論文にするにあたり、多くの方に興味をもってもらうにはアリー効果の原因として報告するのが良いのではないか、と後知恵で思いついた次第です。

リジェクトされた雑誌数:1