バクテリア細胞巨大化の研究記録

私がここに来て、バクテリア細胞を巨大化することを始め、それを今まで続けています。もちろん、それ以外にも研究テーマとして行っているものがありますが、バクテリア細胞の巨大化へのチェレンジからは多くのことを学ぶことができるような気がしています。

最初に矢部さんの話をします。私が東京大学分子細胞生物学研究所で助手をしていたとき(1997~2003年)、隣の研究室で、一人で顕微鏡をのぞきながら、実験をされていたのが矢部勇さん(当時、助手)です。矢部さん曰く、「バクテリアの細胞は小さいので、通常のパッチクランプ技術を適用できない。よって、バクテリアの細胞を大きくして、パッチクランプを行い、ミッチェルの化学浸透説の全貌を明かにしたい」。研究目標を設定してから10年ほどの時間をかけて、矢部さんはバクテリアおよび酵母の細胞巨大化に成功し、パッチクランプによって、膜輸送系のタンパク質などの機能解析をやってのけました。詳細は、「巨大化微生物細胞に何を語らせるか」(蛋白質核酸酵素 44, 2582-2590)を参照してください。

矢部:「いままでに、光合成における電子伝達をパッチクランプで測定したひとはいない」

西田:「それならば、光合成細菌を巨大化すればよいではないですか」

矢部:「プロトコールはすべて教えるから、西田がやってみれば」

ということで、培地の条件を検討して、酸素を発生するシアノバクテリアの巨大化をはじめました。それらしきものを数個見た程度でした。また、シアノバクテリアの光合成は細胞内部に形成されるチラコイドにおいて行われるため、スフェロプラストの巨大化の意味が薄く感じられました。その後、私は職場を変え、光合成細菌の巨大化は中途半端な状態で途切れてしまいます。その後の研究の中心はゲノム科学およびバイオインフォマティクスになり、10年の歳月が流れました。2013年4月、バイオインフォマティクスをかじったことによって、富山県立大学生物工学科応用生物情報学講座に着任することとなりました。

その年の10月に、応用生物情報学講座に配属された3年生、野尻茜さんと杉村奈津希さんにバクテリア細胞の巨大化をお願いしたことがすべてのスタートです。

10年間眠らせていたテーマに取り組むため、野尻さんと杉村さんには、「酸素を発生するシアノバクテリアは手ごわいので、酸素を発生しない光合成を行うバクテリアを対象として、巨大化にチャレンジしてください」とだけ伝えました。矢部さんからいただいたプロトコールを渡して、菌株についても、完全に任せました。そうしたところ、野尻さんは好気性(Acidiphilium cryptum NBRC 14242, Erythrobacter litoralis NBRC 102620, Roseobacter denitrificans NBRC 15277, Roseobacter litoralis NBRC 15278)、杉村さんは通性嫌気性(Rhodobacter sphaeroides NBRC 12203, Rhodoferax fermentans NBRC 16659, Rhodopseudomonas palustris NBRC 100419, Rhodospirillum rubrum NBRC 3986)の紅色光合成細菌を対象としました。驚いたことに、その年の12月には、野尻さんから海洋性・酸素非発生型・好気性・紅色光合成細菌Roseobacter litoralis NBRC 15278のスフェロプラストが巨大化したとの報告を受けました。

通常の光合成細菌は、酸素が存在している場で呼吸を行い、酸素がない場で光合成を行います。よって、通性嫌気性のものは、それに従います。他方、好気性のものは、酸素がある場においてのみ光合成を行い、酸素がないと光合成を停止します。このバクテリアにおいて、光合成はATP生産の第二エンジンの働きをもっているように見えます。

野尻さんはErythrobacter litoralisの巨大化にも成功していますが、その大きさはR. litoralisよりも小さかったと報告を受けました。他方、通性嫌気性のものは、杉村さんが様々な条件検討を行っても、酸素存在下では、巨大化が生じませんでした(のちにR. rubrumの巨大化に成功、後述)。そこで、杉村さんには、放射線抵抗性細菌Deinococcus radioduransの細胞巨大化にチャレンジしてもらうことにしましたが、D. radioduransのスフェロプラスト作成やその巨大化がとても困難なことがわかり(のちに成功、後述)、このバクテリアのDNA取り込み能の高さに注目した実験に変更しました。

野尻さんと杉村さんの1年間の実験活動によって、極めて重要な知見が得られており、現在の研究室における土台となっています。「R. litoralisとして購入したNBRC 15278」(カッコ付の理由は後述)のスフェロプラスト巨大化において、紅色が消失し、脱巨大化(線維化)によって、紅色が復活することを示しました。そのため、分光光度計によって、バクテリオクロロフィルaの測定を行い、確かに巨大化にともなって、そのピークが消失し、紅色が戻るとピークがあらわれました。また、培地のpHを測ることによって、巨大化とともにpHが下がり、プロトンが細胞外へ排出されていること、脱巨大化(線維化)にともなって、pHが上がり、プロトンが細胞内へ入り込んでいることを強く示唆しました。さらに、R. litoralisのゲノム塩基配列に基づき、定量PCR用のプライマーセットを作成し、巨大化におけるDNAの定量を行った結果(巨大化とともに、DNA量が劇的に減少)は極めて正直なものでしたが、その重大性については、のちに気づくこととなります。

現在、研究室では、巨大化させる際、海洋性でないバクテリアに対しても、マリン培地を使用していますが、それは、最初に巨大化に成功した「R. litoralisとして購入したNBRC 15278」の培地がそれであったからであり、さらに、その中にコンタミしていたEnterobacterが巨大化していたことによって(後述)、海洋性でなくてもマリン培地で巨大化することを示したことによります。さらに、当初は、マリン培地に食塩を添加していましたが、そもそも海水レベルの塩濃度に調整されている培地であることから、食塩添加をやめたところ、問題なく巨大化することを確認しています。マリン培地で様々なバクテリアのスフェロプラストを巨大化できることは、本研究室における地味ではありますが大きな発見です。

スタートより、1年が経過し、3年生があらたに配属され、高橋沙和子さんと高柳綾奈さんが巨大化のテーマで研究をはじめます。高橋さんは杉村さんと、高柳さんは野尻さんと半年間、実験を行いました。

巨大化におけるDNA複製開始点を決めるため、「R. litoralisとして購入したNBRC 15278」の巨大細胞から抽出したDNAの網羅的シークエンスを行うことにしました。その塩基配列を見たところ、ほとんどの塩基配列はR. litoralisのものではありませんでした。シークエンスを開始した時期でもあったことから、その原因についてはしばらくの間わかりませんでしたが、やがて、「R. litoralisとして購入したNBRC 15278」に生じた数々の疑問点がつながり、真実が明らかとなります。

野尻さんと杉村さんは卒業し、高橋さんにR. litoralis、高柳さんにErythrobacter litoralisを研究対象として、研究を継続しました。R. litoralisの巨大細胞への形質転換系を構築するため、RSF1010のレプリコンを持つプラスミドを導入する計画を立てました。そこで、「R. litoralisとして購入したNBRC 15278」のストレプトマイシンに対する最小生育阻止濃度を調べたところ、論文記載とは大きく異なり、極めて耐性であることがわかりました。さらに、高濃度における細胞の色は、白色であり、紅色にはなりませんでした。この高橋さんの細胞観察より、紅色と白色は異なるバクテリアであるかもしれないと考えるようになり、それを明らかにしないと前に進むことができないと判断しました。

そこで、あらためて、「R. litoralisとして購入したNBRC 15278」の塩基配列を眺め、もし、白色が違うバクテリアであれば、そのバクテリアのゲノムにヒットするはずであると考え、類似配列を探したところ、ほとんどのDNAシークエンスが腸内細菌科のEnterobacterにヒットしました。よって、Enterobacterが白色のバクテリアである可能性が極めて高くなりました。

高橋さんには、紅色と白色のバクテリアを分離することに集中してもらい、ついに、両者の単離に成功しました。コンタミしていたバクテリアの塩基配列に基づくPCRプライマーセットを作成し、そのプライマーでは、白色バクテリアだけ、R. litoralisのプライマーでは、紅色バクテリアだけが増幅することを確認しました。このことによって、すべての謎が明らかになり、ばらばらの点がつながった瞬間です。

すなわち、「R. litoralisとして購入したNBRC 15278」のアンプルには、すでにEnterobacter sp.がコンタミしており、両者はどちらかを全滅させることなく、共存できる状態にあったということです。よって、巨大化の過程においては、Enterobacter sp.が巨大化し、やがて、そこに微量に存在しつづけたR. litoralisが増殖をはじめ(おそらく、増殖するためには、Enterobacter sp.によるペニシリンの効果減が必要だったと考えられます)、紅色となります。そのため、巨大化におけるR. litoralisの細胞数は激減していたことになります。バクテリオクロロフィルaのピークの消失も、単にR. litoralisの数が減ったことを示します。これら両者の共存関係は微生物学としてとても興味深いのですが、特に研究を進めてはいません。

コンタミしたバクテリアの種を決定して、それを使った研究も考えましたが、それよりも、ほかのEnterobacterを購入し、種名がはっきりしているものを使用して巨大化実験を進めることにしました。その中に一つが、Lelliottia amnigena(購入時は、Enterobacter amnigenus)です。L. amnigenaは期待に応え、外膜直径が30 µmを超えるまでに巨大化しました。ただし、内膜の直径は15 µm程度で限界となり、内膜と外膜の乖離を生じました。この現象は顕著に見られ、L. amnigenaのスフェロプラストのユニークな特徴です。

高橋さんは、定量PCRを用いて、プラスミドを導入した大腸菌Escherichia coli SCS1の巨大化にともなうDNAの複製を、培養した全細胞より抽出したDNAを定量することによって、モニターし、クロモソームおよびプラスミドともに複製していることを明らかにしました。また、高柳さんは、E. litoralisの巨大化において、連続光照射が巨大化を阻害していることを明らかにし、E. litoralisのスフェロプラストが光を感受していることを強く示す結果を得ました。

さらに、高橋さんと高柳さんによって、腸内細菌科に属するL. amnigenaE. coliは巨大化培養において、ペニシリンの濃度が低い場合には、線維化すること、E. litoralisの巨大化では、最大直径が7 µm程度にしかならず、内部に液胞様構造も形成しないことなど、次々と明らかにしました。

次に、L. amnigenaおよびE. litoralisのRNAの塩基配列を網羅的にMiSeqで決定し、巨大化における遺伝子発現の特徴を明らかにしました。このデータは今後の巨大化研究における重要な土台となる成果です。ただ、L. amnigenaのゲノム塩基配列は複数登録されており、われわれが使用した株の塩基配列には遺伝子注釈付けがない状況であったため、遺伝子注釈付けが行われたゲノムに対してマッピングを行いました(あとで塩基配列を比較したところ、実験に用いた株とは塩基配列レベルで80%程度しか一致していないことがわかりました)。このことは、特定の遺伝子発現を定量PCRによって測る場合のプライマー設計に大きな影響があり、注釈付けされた遺伝子のオルソログを実験に用いた菌株のゲノムに探すことをして、プライマーの設計をする必要がありました。

巨大化にともなって遺伝子発現変動した遺伝子の中より、10遺伝子を選択し、それらの遺伝子発現をL. amnigenaのリゾチーム処理直後のスフェロプラストおよび43時間巨大化培養したスフェロプラストで比較しました。その際、2分裂細胞およびスフェロプラストをペニシリン非存在下で9時間培養した線維化細胞を入れて、4つの異なる細胞における遺伝子発現比較を高橋さんが行いました。

巨大細胞への異種ゲノムDNA(長鎖DNA)を物理的に導入することを目指して、2016年8月にマイクロマニピュレーターを1台設置しました。これを使用して、高橋さんが1細胞分離を行いました。内膜の直径が9 µm以上(ただし、内膜は15 µm以上にはならない)のL. amnigenaスフェロプラストを選択し、その1細胞におけるDNAの量を定量PCRによって測定しました。その結果、巨大化培養の24時間から48時間の間において、DNAの複製が停止していることを明らかにしました。顕微鏡下では、その後も外膜は伸張を続け、72時間においては30 µmを超えるものが生じていました。このことは、外膜の伸張がDNA複製停止後も継続している発見であり、巨大化の機構解明における一里塚と言えます。

L. amnigena巨大細胞から線維化を経て、2分裂細胞に戻るという仮説を持っていたため、24時間以降の巨大細胞の1細胞観察によって、このことを確かる実験を玉村慎さんが行いました。しかし、そのような細胞は確認できず、線維化した細胞の元をたどると、それほど大きくない細胞由来であることがわかりました。また、24時間以降の全培養スフェロプラストを寒天培地に撒いて、コロニー形成を調べる実験を加藤さんが行いました。その結果、24時間以降、コロニー形成率は減少し、48時間には、ほぼコロニー形成できる細胞がない状況になっていることが明らかになりました。これらの結果は、上記のDNA複製停止と関連していると考えています。

E. litoralisについては、巨大化における光および酸素の影響を調べる実験をはじめました。中澤舞さんは、暗期をともなう光照射によって、スフェロプラストが無酸素条件で巨大化することを明らかにし(巨大化細胞を写真に撮り、その細胞の直径をすべて計測することよって比較する最も確実かつ根気のいる方法で行いました)、本バクテリアの巨大化が光合成によって生じることを強く示しています。また、西野弘起さんは赤色、緑色、青色の光照射実験を行い、青色が巨大化を阻害していることを明らかにし、青色応答の3つの遺伝子について、それらの発現レベルを青色(12時間照射・12時間暗期・12時間照射)、赤色(12時間照射・12時間暗期・12時間照射)、連続暗期の3条件で比較し、それぞれの遺伝子発現が光に応答していることを明らかにしました。よって、E. litoralisのスフェロプラストが光応答して、巨大化することが示されました。また、中澤さんは、通性嫌気性紅色光合成細菌Rhodospirillum rubrumのスフェロプラスト巨大化に成功し、このバクテリアが、有酸素状態では、酸素呼吸、無酸素状態では光によって光合成、無酸素条件かつ連続暗期では発酵によってATPを得て巨大化することを明らかにしました。西野さんが、線維化したR. rubrumに対してリゾチーム処理を行うことによって、スフェロプラストの直径が12 µm程度まで巨大化したものを作成しました。

2017年4月3日に、もう一台、マイクロマニピュレーターを設置して、巨大スフェロプラストを固定して、インジェクションの作業ができるようにしました。4月5日、高橋さんが、巨大スフェロプラストのペリプラズム空間にマイクロインジェクションによって、墨汁を導入しました。これは、バクテリア細胞に対するマイクロインジェクションの世界初の成果だと思います!

梅村幸佑さんはDeinococcusの巨大化にチャレンジするため、東洋大学の鳴海一成さんより、D. radiodurans ATCC13939、D. grandis ATCC43672、D. geothermalis DSM11300の3株をいただき、これらを研究対象としました。セミナーなどでの報告において、Deinococcusのスフェロプラスト化が本当に生じているかどうかが疑問になりました。そこで、2017年4月に准教授として着任された大島拓さんの指導の下、2017年8月にAL-BAKRI博士の学位論文に忠実に従ってD. radioduransのスフェロプラスト化を行いました。これまでのスフェロプラストとしていたものとは明らかに違っており、博士論文の写真と一致していました。これによって、Deinococcusのスフェロプラスト巨大化への研究が大きく前進しました。

2017年9月、D. geothermalisのスフェロプラスト巨大化に森田裕介さんが成功し、500時間に及ぶ培養で直径10 µm程度まで巨大化していることを確認しました。また、同年10月3日、D. grandisのスフェロプラスト巨大化に西野さんが成功し、約1週間の培養によって、直径60 µmを超えるまでに成長し、巨大化のチャンピオンデータとなりました。さらに、100 µm直径を超える細胞を多数観察でき、中には400 µm近くになった細胞も見られました。すなわち、これまで限界と考えていた直径40 µm程度を10倍も超えたことになり、肉眼で観察可能なレベルまで巨大化することがわかりました。また、森田さんによって、マリン培地の濃度を変えることによって、Deinococcusの種特異的な最適巨大化条件があることがわかりました。この結果は、「なぜ巨大化するのか?」という根本的な問題にまだ何も答えていないことに気づかせてくれました。今後、この問題に真摯に取り組んでいきます。

水間真鈴さんが参加することとなり、グラム陽性細菌の細胞巨大化がスタートしました。株の選定には、吉田真妃さんが行い、6株を入手しました。また、吉田さんは、玉村さんの脱巨大化における1細胞観察実験を継承し、スフェロプラストがアメーバ状に変化する様を観察しました。加藤遼弥さんのコロニー形成実験は、白谷周作さんに引き継がれ、さらに奥村真衣さんに引き継がれており、脱巨大化へのきっかけになるように願っています。

2018年3月、高橋さんがL. amnigenaの内膜(細胞膜)にマイクロマニュピレータ―を接触させ、内部に人工的な液胞を形成することに成功しました。この成果は、L. amnigenaの細胞膜が柔軟な構造になっていることを示しています。

2018年8月、D. grandisスフェロプラストの巨大化にカルシウムイオンあるいはマグネシウムイオンが必要であることを報告する論文が受理されました。上記のように、この論文の経緯は昨年の10月に始まり、一度の掲載拒否にもめげることなく再度チャレンジして、2度の修正を経て、受理されました。当初は、0.4 mmまでに直径が大きくなることを主題としていましたが、再現性に問題があり、どうして巨大化するかについて突き詰める必要がありました。そこで、種々の抗生物質が巨大化に与える影響を調べ、マリン培地組成の金属イオンに注目し、何が重要な要因かについて突き詰めました。また、巨大化の機構として、内膜内部に生じる液胞様構造体の巨大化によるとの仮説を立て、スフェロプラスト化の段階で外膜は消失していると考えておりました。しかし、査読者のコメントに従い、FM4-64による膜染色、電顕観察による膜構造の確認により、D. grandisは外膜を維持し、内膜内における液胞形成は見られないことがわかりました。すなわち、本スフェロプラストの巨大化は、外膜伸張によるものであり、そのためにはある濃度以上のカルシウムイオンあるいはマグネシウムイオンを要求することを突きとめました。興味深いことに、D. grandisのスフェロプラストにおいて、外膜伸張(合成)は促進され、細胞膜伸張は促進されず、巨大化の進行とともにペリプラズム空間が巨大化します。

巨大化のインキュベーションにおける金属塩の組成とそれらの濃度の検討は、様々な巨大細胞をつくることにつながりました。また、L. amnigenaスフェロプラストにおいては外膜だけではなく、内膜の生合成においても、金属イオンが影響していることがわかり、これまで苦労してきた、マイクロインジェクションが高効率で可能な細胞をつくることにも高橋さんが成功しました。さらに、D. grandisにおいては、カルシウムイオンの濃度条件によって、巨大化スフェロプラストの細胞融合が連続的に生じ、直径500 µmを超える細胞を再現性良くつくることに西野さんが成功しました。これらの成果は2018年内に達成され、学術論文として立て続けに受理されており、金属塩の調整が、本研究の進展を加速化させています。この研究を通して、応用研究と基礎研究は車輪の両輪のように連携しながら進むという別府先生のお言葉を再認識しています。

2019年に入って早々に、水間さん、高橋さんによって、グラム陽性細菌であるEnterococcus faecalisのプロトプラストへのマイクロインジェクションに成功しました!

D. grandisはカルシウムイオン存在下では外膜が融合し(その際、内膜は融合しない)、肉眼で見ることができるまで超巨大化することが、西野さんと土門麟太郎さんらによって明らかになりました。その際、浸透圧調整に糖を使用した場合、塩を使用した場合よりも桁違いに超巨大化が生じることがわかりました。また、桿菌であるD. grandisrodZ遺伝子を欠失させると球形となり、そのスフェロプラストの巨大化においては、カルシウムイオン感受性が高まり、外膜および内膜の伸張が野生株のスフェロプラストよりも大きくなることを森田さんによって明らかになりました。RodZは内膜に埋め込まれているにもかかわらず、外膜伸張やカルシウムイオンと関連している点は、重要な発見であると考えています。

外膜を持たないグラム陽性のE. faecalisのプロトプラストの巨大化から多くのことが進展しています。例えば、バクテリアの細胞巨大化とDNAの複製については以前にも研究していましたが、E. faecalisを使って、上慧さんと土門さんがさらに実験を行いました。その結果、プロトプラストの巨大化はDNAの複製をともなっており、DNAの複製をノボビオシンで停止させると、巨大化が強く抑制されることがわかりました。さらに、ノボビオシンを培地から除去するとプロトプラストの巨大化が再開することがわりました。通常、バクテリア細胞は分裂前にDNAは2倍化する必要があり、細胞膜の合成も2倍量必要となりますが、プロトプラストは分裂しないため、その巨大化にDNAの複製が強くかかわっていることは今後の大きなテーマとなりました。

森田さんが大島理佐さんと協力して、D. grandisのS層タンパク質SlpAをコードする遺伝子破壊株を取得し、そのカルシウムイオン依存度を調べました。S層は外膜の外側に存在し、自己組織化によって細胞表層を覆っています。この自己組織化においてカルシウムイオンを要求することが示されていることから、D. grandisのスフェロプラストがSlpAで覆われてい場合には、このタンパク質のカルシウムイオン要求こそが巨大化にカルシウムイオンが必要な理由であると考えたからです。しかし、slpA欠失株においてもスフェロプラストはカルシウムイオンを要求して巨大化しました。なぜD. grandisのスフェロプラスト巨大化にカルシウムイオンが必要であるか?まだ解決していません。

2020年3月にE. faecalisおよびL. amnigenaの巨大細胞への蛍光タンパク質のマイクロインジェクションの成功の論文(高橋さんが第一著者)が受理され、生きているバクテリア細胞へのマイクロインジェクションが可能であることを世界に向けて発信しました。

2020年11月から2021年1月にかけて、高橋さんはE. faecalis自身のゲノムDNAを含む8種の系統進化上離れているバクテリアのゲノムDNAをE. faecalisの巨大細胞へ導入し、導入ゲノムを持つ126のE. faecalisプロトプラストを作製しました。目指していた1度の操作によって、長鎖DNAを導入する方法の確立を証明したこととなります。なお、高橋さんは導入ゲノムDNAが細胞巨大化へ与える影響についての実験結果をまとめ、博士論文公聴会において発表しました。