研究内容

専門分野:島嶼生物学・分子生態学・保全生態学

島嶼に生息する絶滅危惧種の遺伝構造の解明

集団遺伝構造は、生物の移動能力や生息地が分断された歴史を反映して形成され、絶滅危惧種の保全方針を検討する上でも重要な情報となります。生物多様性ホットスポットである島嶼に生息する鳥類や哺乳類を対象に遺伝構造解析を行い、島間及び島内の集団間における遺伝的な交流の程度を評価しています。

大型海鳥のクロアシアホウドリは小笠原諸島に散在する繁殖地間で十分な遺伝子流動を維持しており、4000km以上離れたハワイ諸島との交流も示唆されました。


Ando, H., Kaneko, S., Suzuki, H., Horikoshi, K., Chiba, H., Isagi, Y. (2011). Lack of genetic differentiation among subpopulations of the black-footed albatross on the Bonin Islands. Journal of Zoology, 283, 28-36.Ando, H., Young, L., Naughton, M., Suzuki, H., Deguchi, T., Isagi, Y. (2014). Predominance of unbalanced gene flow from the western to central North Pacific colonies of the bleck-footed albatross. Pacific Science, 68, 309-319.
クロアシアホウドリ

小笠原諸島の固有亜種であるアカガシラカラスバトは、かつて飛翔能力が低いと考えられてきましたが、遺伝構造解析により150km離れた列島間で遺伝子流動を維持していることが明らかになりました。


Ando, H., Ogawa, H., Kaneko, S., Takano, H., Seki, SI., Suzuki, H., Horikoshi, K., Isagi, Y. (2014). Genetic structure of isolated islands and captive population of the critically endangered Red-headed Wood Pigeon Columba janthina nitens: implication on the management of threatened island populations. Ibis, 156, 154-164.
アカガシラカラスバト

奄美群島に固有の哺乳類であるアマミノクロウサギは、わずか1kmしか離れていない生息地間で遺伝子流動が制限されており、集団の分断には近年の人為撹乱だけでなく、様々な歴史的要因やアマミノクロウサギの生態特性が影響している可能性があると考えられました。

Ando, H., Tsuda, Y., Kaneko, S., Kubo, T. (2018). Historical and recent impacts on genetic structure of island rabbit. Journal of Wildlife Management, 82(8), 1658-1667.プレスリリースhttp://www.nies.go.jp/whatsnew/20180824/20180824.html

DNAメタバーコーディングを用いた食性解析の精度検証

観察が難しい野生動物の食性を詳細に評価する方法として、糞のDNAメタバーコーディングを用いた食性解析が普及しつつあります。しかし、手法の確立に向けた研究の蓄積は十分ではありません。信頼性の高い食性解析結果を得るため、また結果に対して適切な解釈を行うため、他手法との比較や給餌実験に基づく精度検証を行なっています。

小笠原諸島の固有亜種アカガシラカラスバトの食性解析を行うため、食物の候補となる植物約230種を対象としたDNAデータベースを作成しました。同一のサンプルを用いた比較により、糞のDNAメタバーコーディングは、顕微鏡による観察よりもはるかに多くの食物を検出できることが明らかになりました。


Ando, H., Setsuko, S., Horikoshi, K., Suzuki, H., Umehara, S., Inoue-Murayama, M., Isagi, Y. (2013). Diet analysis by next-generation sequencing indicates the frequent consumption of introduced plants by the critically endangered red-headed wood pigeon (Columba janthina nitens) in oceanic island habitats. Ecology and Evolution, 3, 4057-4069.

ニホンジカへの給餌実験により、次世代シーケンスによって得られる食物に由来する塩基配列の割合と、シカが採食した植物の重量比は一致しないことを明らかにしました。一方、採食量の多い植物は検出される塩基配列の割合も高いことから、塩基配列の割合によって主要な食物を特定することはできると考えられました。また、参照するデータベースによる解像度の違いも評価しました。


Nakahara, F., Ando, H., Ito, H., Murakami, A., Morimoto, N., Yamasaki, M., Takayanagi, A., Isagi, Y. (2015). The applicability of DNA barcoding for dietary analysis of sika deer. DNA Barcodes, 3, 200-206.

特定の植物を食べさせたカリガネの糞を野外に一定時間放置した後に回収し、糞サンプルに混入した食物以外のDNA塩基配列を定量的に評価しました。その結果をもとに、混入が起きやすい環境を推定し、信頼性の高い食性解析結果を得るための実験・解析上の留意点について検討しました。


Ando, H., Fujii, C., Kawanabe, M., Ao, Y., Inoue, T., Takenaka, A. (2018). Evaluation of plant contamination in metabarcoding diet analysis of a herbivore. Scientific Reports, 8, 15563.

上記の他、実験プロトコルの整備や文献レヴューも行なっています。

DNAメタバーコーディングを活用した野生動物の採食生態研究

DNAメタバーコーディングを用いた食性解析により、これまで知られていなかった食物を特定し、対象種の保全上の課題を明らかにしています。

絶滅危惧種アカガシラカラスバトの食物の季節変化と島ごとの違いを解明しました。その結果、季節によっては駆除対象の外来種が食物として利用されることが明らかになりました。


Ando, H., Setsuko, S., Horikoshi, K., Suzuki, H., Umehara, S., Yamasaki, M., Hanya, G., Inoue-Murayama, M., Isagi, Y. (2016). Seasonal and inter-island variation in the foraging strategy of the critically endangered Red-headed Wood Pigeon Columba janthina nitens in disturbed island habitats derived from high-throughput sequencing. Ibis, 158, 291-304.
アカガシラカラスバトが好む在来種キンショクダモ
アカガシラカラスバトが季節的に利用する外来種ガジュマル

海洋で採食するオナガミズナギドリの食物構成とその季節性を評価した結果、深海魚が主要な餌資源である可能性が示されました。


Komura T., Ando H., Horikoshi K., Suzuki H., Isagi Y. (2018). DNA barcoding reveals seasonal shifts in diet and consumption of deep-sea fishes in wedge-tailed shearwaters. PLOS ONE, 13(4), e0195385.

上記の他、霞ヶ浦の農地で採食する水鳥 (マガモ属・オオバン) の食物構成の季節性、土地利用との関連及びハスの利用状況の解明を行なっています。また、様々な動物を対象とした共同研究を行なっています。

オナガミズナギドリ

島嶼生鳥類の島間移動パターンと生態系機能の解明

海洋島では鳥類の飛翔能力が低下することが知られていますが、中には飛翔能力を維持している鳥類もいます。カラスバトは日本と韓国周辺の島嶼にのみ生息していますが、様々な時空間的スケールで島間を移動していることがわかってきました。カラスバトによる島間移動のパターンとその意義、生態系機能に着目した調査を進めています。

標識個体の観察により、アカガシラカラスバトが小笠原群島と火山列島の間を、長くとも数ヶ月単位で往復することが明らかになりました。各島での結実状況が大きく異なることから、変動の激しい食物資源を効果的に得るために、アカガシラカラスバトが島間を移動している可能性が考えられました。


Ando, H., Sasaki, T., Horikoshi, K., Suzuki, H., Chiba, H., Yamasaki, M., Isagi, Y. (2017). Wide-Ranging Movement and Foraging Strategy of the Critically Endangered Red-Headed Wood Pigeon (Columba janthina nitens): Findings from a Remote Uninhabited Island. Pacific Science, 71(2), 161-170.
火山列島最北端の北硫黄島

互いに4km離れた伊豆諸島の八丈島と八丈小島の間を、1日に延べ約2000羽の基亜種カラスバトが往復することを確認しました。これまで観察されてきた、広範囲に及ぶ季節的な島間移動だけでなく、近接する島間では短期間で多数の個体が移動することが明らかになりました。


安藤温子,森由香,佐藤望 (2017). 伊豆諸島八丈島と八丈小島におけるカラスバトの島間移動行動. Bird Research, 13, S35-S40.

カラスバトの島間移動と食物資源との関連を評価するため、移動個体数と結実状況をモニタリングしています。また、このような島間移動が植物の移動分散に与える影響について評価するため、予備的な実験を行なっています。

島間を移動するカラスバトの観察