集団遺伝構造は、生物の移動能力や生息地が分断された歴史を反映して形成され、絶滅危惧種の保全方針を検討する上でも重要な情報となります。生物多様性ホットスポットである島嶼に生息する鳥類や哺乳類を対象に遺伝構造解析を行い、島間及び島内の集団間における遺伝的な交流の程度を評価しています。
大型海鳥のクロアシアホウドリは小笠原諸島に散在する繁殖地間で十分な遺伝子流動を維持しており、4000km以上離れたハワイ諸島との交流も示唆されました。
小笠原諸島の固有亜種であるアカガシラカラスバトは、かつて飛翔能力が低いと考えられてきましたが、遺伝構造解析により150km離れた列島間で遺伝子流動を維持していることが明らかになりました。
奄美群島に固有の哺乳類であるアマミノクロウサギは、わずか1kmしか離れていない生息地間で遺伝子流動が制限されており、集団の分断には近年の人為撹乱だけでなく、様々な歴史的要因やアマミノクロウサギの生態特性が影響している可能性があると考えられました。
Ando, H., Tsuda, Y., Kaneko, S., Kubo, T. (2018). Historical and recent impacts on genetic structure of island rabbit. Journal of Wildlife Management, 82(8), 1658-1667.プレスリリースhttp://www.nies.go.jp/whatsnew/20180824/20180824.htmlアマミノクロウサギ
観察が難しい野生動物の食性を詳細に評価する方法として、糞のDNAメタバーコーディングを用いた食性解析が普及しつつあります。しかし、手法の確立に向けた研究の蓄積は十分ではありません。信頼性の高い食性解析結果を得るため、また結果に対して適切な解釈を行うため、他手法との比較や給餌実験に基づく精度検証を行なっています。
小笠原諸島の固有亜種アカガシラカラスバトの食性解析を行うため、食物の候補となる植物約230種を対象としたDNAデータベースを作成しました。同一のサンプルを用いた比較により、糞のDNAメタバーコーディングは、顕微鏡による観察よりもはるかに多くの食物を検出できることが明らかになりました。
ニホンジカへの給餌実験により、次世代シーケンスによって得られる食物に由来する塩基配列の割合と、シカが採食した植物の重量比は一致しないことを明らかにしました。一方、採食量の多い植物は検出される塩基配列の割合も高いことから、塩基配列の割合によって主要な食物を特定することはできると考えられました。また、参照するデータベースによる解像度の違いも評価しました。
特定の植物を食べさせたカリガネの糞を野外に一定時間放置した後に回収し、糞サンプルに混入した食物以外のDNA塩基配列を定量的に評価しました。その結果をもとに、混入が起きやすい環境を推定し、信頼性の高い食性解析結果を得るための実験・解析上の留意点について検討しました。
上記の他、実験プロトコルの整備や文献レヴューも行なっています。
DNAメタバーコーディングを用いた食性解析により、これまで知られていなかった食物を特定し、対象種の保全上の課題を明らかにしています。
絶滅危惧種アカガシラカラスバトの食物の季節変化と島ごとの違いを解明しました。その結果、季節によっては駆除対象の外来種が食物として利用されることが明らかになりました。
海洋で採食するオナガミズナギドリの食物構成とその季節性を評価した結果、深海魚が主要な餌資源である可能性が示されました。
霞ヶ浦の農地で同所的に採食するマガモ属において、種ごとに明確な食物のニッチ分割が生じていることが明らかになりました。特に、マガモやカルガモなど体サイズの大きな種は、イネやハスなどの農産物を高頻度で利用していました。
Ando, H., Ikeno, S., Narita, A., Komura, T., Takada, A., Isagi, Y., Oguma, H., Inoue, T., Takenaka, A. (2022). Temporal and interspecific dietary variation in wintering ducks in agricultural landscapes. Molecular Ecology 32: 6405-6417.
海洋島では鳥類の飛翔能力が低下することが知られていますが、中には飛翔能力を維持している鳥類もいます。カラスバトは日本と韓国周辺の島嶼にのみ生息していますが、様々な時空間的スケールで島間を移動していることがわかってきました。カラスバトによる島間移動のパターンとその意義、生態系機能に着目した調査を進めています。
標識個体の観察により、アカガシラカラスバトが小笠原群島と火山列島の間を、長くとも数ヶ月単位で往復することが明らかになりました。各島での結実状況が大きく異なることから、変動の激しい食物資源を効果的に得るために、アカガシラカラスバトが島間を移動している可能性が考えられました。
互いに4km離れた伊豆諸島の八丈島と八丈小島の間を、1日に延べ約2000羽の基亜種カラスバトが往復することを確認しました。これまで観察されてきた、広範囲に及ぶ季節的な島間移動だけでなく、近接する島間では短期間で多数の個体が移動することが明らかになりました。外敵のいない八丈小島には多数のカラスバトが営巣しており、それらが八丈島に餌を採りに出掛けているようです。
八丈島と八丈小島の間を移動するカラスバトが、島間の種子散布に貢献していることが明らかになりました。特に、移動が活発な春から夏には、カラスバトの糞から多数の種子が検出されます。この時期に結実する植物にとって、カラスバトは効果的な種子散布者である可能性があります。一方、カラスバトは強力な筋胃で種子を破壊するため、大型で柔らかい種子を持つ植物にとって、カラスバトは種子食者となります。カラスバトが植物に与える影響は、その種子の形態や結実時期によって異なると考えられ、今後の調査が必要です。
カラスバト亜種では、より隔離され外敵も少ない小笠原諸島において、本土に近く外敵も多い伊豆諸島や南西諸島よりも、長距離飛翔に適した翼の形態が維持されてしました。また小笠原諸島、伊豆諸島双方において、個体の移動に伴う遺伝子流動が列島全体で生じていました。隔離された海洋島では鳥類の飛翔能力が低下することが知られていますが、島々を飛び回ることが適応的な場合もあると考えられました。
カラスバトの移動パターンの詳細を明らかにするため、GPS発信機を用いた追跡調査を実施しています。