男女平等が謳われて久しい昨今、私たち女性は本当の意味で自由を生き抜いているだろうか。そもそも、「女性が自由を生き抜く」とはどういうことなのか。
2022年4月23日、清泉女学院中学高等学校に田中優子さん(法政大学前総長)が帰ってきた。後輩である高校生たちと教職員へ語る一つ一つの言葉が、不確定要素の多い未来を生きていかなければならない私たちの胸に強く響く。
今回は、田中優子さんが行われたスピーチの一部を、前編と後編に分けて紹介します。
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[プロフィール紹介]
田中優子 氏
清泉女学院中学高等学校卒業後、法政大学文学部日本文学科を卒業し、同大学大学院博士課程(日本文学専攻)修了。法政大学社会学部教授、学部長などを歴任し、2014年から2021年3月まで同大学の総長を務める(東京六大学史上初の女性総長)。現在は法政大学名誉教授。
『江戸百夢』(朝日新聞社、ちくま文庫)で芸術選奨文部科学大臣賞、サントリー学芸賞受賞。2005年紫綬褒章受章。著書に、『江戸の想像力』(ちくま学芸文庫、芸術選奨文部大臣新人賞受賞)、『きもの草子』など多数。
皆様こんにちは、田中優子です。本当は総長の任期中にお話をしたかったのですけれども、新型コロナの影響で2回延びてしまいました。今日こうして、皆さんにお目にかかってお話ができることを嬉しく思います。
講演のテーマは「自由を生き抜くために」です。この「自由を生き抜く」という言葉は、法政大学の大学憲章をつくる際に私自身入れたかった言葉で、実際に今の大学憲章に使われています。そして、私が清泉女学院にいたときも、思い出してみればそのことを大事にしていたように感じます。
今日は、皆さんにも自分自身の「自由を生き抜く」ということを考え、大事にしていただける機会となれば幸いです。
努力の上に自由は成り立つ
女性が「自由を生き抜く」ということは、男性が自由を生き抜くこととはまた別の、多様な側面があります。今、私たち女性は大人になると選挙権を持つことができますね。女性の選挙権は、戦前にはありませんでした。ここまでの間には長い歴史の積み重ねがあり、女性は一歩一歩努力して自由を獲得してきました。ということは、これからも努力を続けなければ、一人ひとりが自由に生き抜くことはできないのです。
努力をしなければいけないのは、国も同じです。今、私たちはロシアのウクライナ侵略を目の当たりにしていますが、戦争が起きたら人は自由に生きることができるでしょうか。そう考えると、女性に限らず人間がひとりの市民として自由を生き抜いていくことは、私たち自身も、国も、みんな努力をしなければ叶わないことなのです。では、そのために必要な「努力」とは何でしょうか。
自立と決断
まず女性のことに関して言うならば、自分で稼ぐ力を持つこと。これからの時代、誰かに頼って生きていくのは不可能に近いです。男性に頼っても、一生涯を養ってはもらえないと断言してもいいでしょう。
女性には育児や介護の問題が付き纏いますが、今やこれらは男性自身の問題とも言えます。なぜなら、この問題を解決するには「新しい家族像」を持たなければならないからです。「新しい家族像」を男女で共有するためには、やはりまずは女性が自分で自分の収入を得られるようにすること、そしてその決断をすることが大事です。
皆さんがそのような自立と決断をするには、あなた自身が自分のことをどう考えているのか、すなわち「自己肯定感」が重要になります。
これは、法政大学の名誉教授でもある教育評論家の尾木直樹さんがよく仰るのですが、自己肯定感には2種類あります。一つは、自分が唯一無二の貴重な存在であると実感している「基本的自己肯定感」、もう一つは、誰かと相対比較して自分の良いところを認める「社会的自己肯定感」です。しかし、学校の成績が良いとか有名企業に就職できたとか、そういう相対的な条件で測った価値は、実に脆く簡単に崩れ去ってしまいます。だからこそ、「基本的自己肯定感」をどう育んでいくかで、生き方は変わっていくのだそうです。
その場に立ってみないと分からない
女性の自己肯定感は、とても低いと言われています。これは総長をしていた時に研修会で学んだのですが、例えば何か物事について、男性は60%くらい達成すると「出来た」と感じる一方、女性は120%の力を発揮しても「出来ていない」と感じるそうです。女性は、誰かから高い地位(ポスト)に推薦してもらっても、自ら断る方が多いのです。自分では上手くできないかもしれない、周りに迷惑をかけたくない、と。しかし、本当はやってみなければ上手くいくかなんて分かりません。
かくいう、私自身もそうでした。学部長にならないかと言われたり、総長に立候補しないかと言われたりするたびに、私に出来るはずがないと一瞬思うのです。けれども、今まで様々なことに挑戦してきた経験から、その場に立ってみないと分からない、と思うようになりました。そうして総長という場にも立ってみたのです。すると、本当に見える景色、見える範囲が格段に拡がりました。
だから、地位やポストは名誉のためにあるのではない、とりわけ女性にはそれを強調したいです。中には、地位は名誉だと考える人もいます。しかし、そのポストが携わる仕事に真剣に関わりたいと考えている女性には、やはり挑戦してみるべきだ、と言いたいです。そして、ぜひ勇気を持っていただきたいのです。まさに女性が自由を生き抜くために必要な力、その一つは勇気です。
<後編に続きます>