蓮野小150周年特集


      ~蓮野小学校のお宝~

初代校長 二宮 孝順 先生

 蓮野小学校は、初代校長(当時は塾頭と呼びました)の二宮 孝順(にのみや たかのぶ)先生が、自宅に「明徳塾」を開設したところから始まります。今から150年前の1873年(明治6年)3月20日のことです。男子生徒22名、女子生徒6名でした。

 当時、15条からなる「明徳塾則」がありました。そのうちの一つを紹介します。

 「堂々正直を第一にして偽らなくものを言い、和やかにして雅やかなるよう心がけ、とがり声を出すべからず、勿論喧嘩口論停止のこと」

 正直であること、友との和を大切にすること等、開学時の精神は、今に引き継がれています。

蓮野小学校 校歌

 現在の蓮野小学校の校歌は、昭和14年に制定されました。

(創立100周年記念誌による)

 作詞は、新潟県糸魚川市出身の文学者、相馬 御風 先生です。早稲田大学出身で、同大学校歌「都の西北」や童謡「春よ来い」「かたつむり」などの作詞で知られています。また、全国の200校を超える校歌の作詞を手掛けています。

 作曲は、中山 晋平 先生です。言わずと知れた有名な作曲家です。「シャボン玉」「てるてる坊主」「肩たたき」などの童謡や「ゴンドラの唄」「波浮の港」「東京行進曲」などの流行歌の作曲者として知られています。

 校長室には、相馬 御風  先生直筆の歌詞が飾られています。

明徳塾の定

 「定」とは、当時の塾のきまりです。

1 毎朝掃除を致し九時まで読書 十時より四時まで家業怠らず相務め

  四時より夜九時半まで手習い算術修行を致す可き事

1 毎月日曜日は終日読書 詩作二首 夜中は群読の複文を講究の事

1 毎月十六日は朝読書 十時より和歌三首あるいは発句五句を詠み

  休日の事

 当時の塾生が大変熱心に学問に励んでいたことが分かります。

 二本松 田中 保人 様より寄贈。

昭和8年度(昭和9年3月卒業)

蓮野尋常高等小学校高等科第21回卒業写真

 校長室の棚にあります。

着物姿が多い中、学生服を着ている卒業生もいます。

彫漆額(三彩彫)

 村上市出身の日展作家、大滝 源一 氏による彫漆の作品です。

「泥のうちより 咲き出でて にごりにしまぬ よき性の」

という校歌の一節が添えられています。第19代校長 大竹 清 先生(昭和54年9月~55年10月)夫人 大竹 テル 様より寄贈。

 校長室壁面に飾られています。

文部大臣 稲葉 修 揮毫の書

  村上市出身の政治家、稲葉 修 氏揮毫の「体 徳 知」の書。

 蓮野小学校創立100周年記念として贈られました。

 稲葉 修 氏は、第94代文部大臣や第34代法務大臣を務めました。

 会議室に飾ってあります。 

県知事 亘 四郎 揮毫の書

 三条市出身の政治家、亘 四郎 氏揮毫の「校風靡七海」の書。

 蓮野小学校創立100周年記念として贈られました。

 亘 四郎 氏は、衆議院議員を8期務めた後、第47,48代新潟県知事更に参議院議員1期を務めました。

 会議室に飾ってあります。