歩行運動の発現と制御の神経機構
西丸 広史
富山大学 学術研究部・医学系・システム情動科学講座 教授
自発的に体を動かす運動は、我々ヒトを含む動物の本質である。様々な運動のなかでも、陸上の哺乳類の歩行や水に棲む魚類の泳動などの移動行動(locomotion)は、天敵から逃れたり食べ物を探すためなど、個体の生存に欠かせないものである。移動行動の発現に関わる神経回路は脊髄から大脳にいたるまで広く分布しており、ヤツメウナギ、ゼブラフィッシュ、ネコ、ラット、マウスなどの実験モデル動物を用いて研究されてきた。これまでに、脊髄に局在する中枢パターン発生器(central pattern generator, CPG)をはじめとした、移動運動におけるリズミックなパターンを形成する神経機構の基本構造が明らかにされ、これが種を超えて進化的に保存されていることが示されてきた。また、近年の新たな遺伝学的手法、神経活動のイメージング技術、電気生理学的実験技術の飛躍的発展により、脊髄と脳幹の神経回路の細胞レベルでの理解が進み、その上位中枢である大脳基底核や大脳皮質運動野による制御機構も明らかにされつつある。さらに、目的指向行動の際の報酬の情報やそれに基づく意思決定に関わる高次脳領域が、これらの歩行運動制御回路をどのように修飾しているのか、という点についても研究が進んでいる。本講演では、一世紀あまりに渡る様々な実験モデル動物を用いた神経生理学的アプローチによる脊髄のCPGの研究から、主にげっ歯類を用いた脳幹や大脳皮質などの上位中枢の歩行運動発現における役割についての最近の研究動向を紹介し、現時点における歩行運動発現の神経メカニズムの理解について議論したい。
ご略歴
1994年3月 筑波大学医学専門学群卒業
1998年3月 筑波大学大学院博士課程医学研究科修了(博士(医学))
1998年4月 筑波大学・基礎医学系・ポスドク(日本学術振興会特別研究員)
1998年9月 筑波大学・基礎医学系・助手
2003年4月 カロリンスカ研究所・神経科学研究部門 (スウェーデン)ポスドク(日本学術振興会海外特別研究員)
2005年4月 独)産業技術総合研究所・脳神経情報研究部門・研究員
2008年1月 筑波大学大学院・人間総合科学研究科・准教授
2015年10月 富山大学大学院・医学薬学研究部システム情動科学講座・准教授
2022年11月 富山大学・学術研究部 医学系システム情動科学講座・教授