2025.8.19
aitch は H の字、[h] の音の名前であるが、house や high などにみられる [h] の音はどこにも入っていない。なぜ H [h] を表すのにこのような名前が使われるようになったのだろうか。
『英語語源辞典』によると、aitch はフランス語の hache から借用された語であり、hache は俗ラテン語の *haca から発達したもので、それ以前の語源は不詳だという。 英語が使用しているアルファベットはブリテン島で生まれたものではなく、ラテン・アルファベットから借りてきたものであることを考えれば自然なのかもしれないが、H [h] の名前 aitch は英語本来語ではなく、フランス語からの借用語なのである。
OED によると、後期ラテン語やラテン語から発達したフランス語をはじめとするロマンス語では、帯気音は発音されておらず、古フランス語では <h> のない ache の綴字も用いられていた。そのため、中英語では ache などと綴られていたが、Upward and Davidson によると「痛み」などを意味する ache と同じ綴字になってしまうことを避けるために19世紀に <tch> に綴り直されたという (p. 159)。<tch> の綴字のほとんどは watch や stretch などゲルマン語由来の語に見られるが、主に <ch> で綴られていたフランス語からの一部の借用語も crotch, match「マッチ棒」, butcher, hatcher など <tch> で綴られるようになった (Upward and Davidson p. 159)。<tch> の綴字は上記の例のように短母音の後につくのが一般的であるが、aitch は2重母音が先行している稀な例である。
参考文献
「Aitch, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“H, N.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/h_n?tab=etymology#2141448. Accessed 19 August 2025.
Upward, Christopher, and George Davidson. The History of English Spelling. Wiley-Blackwell, 2011.
キーワード:[initial <h>] [French] [Latin]