2025.7.2
シェイクスピアの喜劇 Much Ado About Nothing(邦訳:『から騒ぎ』)に使われている ado は「騒ぎ、骨折り」の意味で、1380年頃の初出とされている。『英語語源辞典』によると ado は at do からできたもので、at は ‘to’ の意味を表す古ノルド語(Old Norse)からの借用と説明されている。
『英語語源辞典』によると、古ノルド語では at は不定詞標識の前置詞、つまり英語における to の役割に対応する。『英語語源辞典』における前置詞 at の項によると、英語の at は古英語では æt であり、ゲルマン祖語の *at(古ノルド語では at )から発達し、さらに印欧祖語の *ad-(ラテン語では ad に発達)に遡る。ゲルマン語族における *at の行く末は語派によって異なり、ドイツ語やオランダ語では *at に遡る語は消失し、代わりにドイツ語では zu、オランダ語では te が概ねその用法を表している。これらは西ゲルマン祖語の *tō に遡り、ここから発達したのが英語の to である。一方、北欧語では to の対応語は消失し、at の対応語が to の用法を補っている。 英語では前置詞 at と不定詞標識も担う to が併用されているが、西ゲルマン語派のドイツ語やオランダ語では at に対応する語が消失し、to がその役割を包含するのに対し、北ゲルマン語派の古ノルド語では to に対応する語が消失し、at がその役割を包含しているのである。
つまるところ ado は語源を考えると ‘to do’ を表していることになるが、1570年から1576年にかけて口語で「大騒ぎ」を意味する to-do も用いられていた。また、ado の異形で(古ノルド語の)語源をより明確に表した at do は中英語北部方言で用いられたようだ。また、『英語語源辞典』には「行為、用事、仕事」を意味するフランス語からの借用語 affair と比較にするようにと書かれている。affair は à faire からできた語で、 à は ‘to’ の意味を表し、 faire は ‘to do’ の意味を表す。
affair が to do に相当する語の成り立ちから「行為、用事、仕事」の意味を表すのはまだ理解できるように思うが、なぜ ado は「騒ぎ」を意味するのだろうか?OED では4つの語義が示されている。第1義は to have ado のフレーズで「~することを持つ、~する必要がある」である(ado は不定詞として用いられている)。第2義は「行為、活動;仕事;騒ぎ」で、フランス語の affair が表す意味、そして「騒ぎ」の意味がここに含まれる。第3義は to have ado with のフレーズで用いられ、「関係、交流」などを意味し、to have to do with と関係する。第4義は「骨折り、困難」である。「すること」は「行為」であり、「仕事」であり、それらは「大騒ぎ、一騒動」、「骨折り」ということであろうか。
参考文献
「Ado, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「At, Prep.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「To, Prep.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「To-do, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Ado, N. & Adj. (2) (& Adv.)” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/ado_n?tab=meaning_and_use&tl=true#10399217. Accessed 2 July 2025.