2025.5.24
「奈落、地獄、深い淵」を意味する名詞abyssは、中英語期の1398年以前に後期ラテン語のabyssusから借用された。ラテン語のabyssusはギリシャ語のábussosから借用しており、ábussosは否定を表す接頭辞a-と「底」を表すbussósから構成され、文字通り「底のない」を意味する。また、bussósは印欧祖語の*gudhyo-に由来し、更に「沈む」を表す*gwadh-に遡る。また、『英語語源辞典』では中英語の語形としてabissusが記載されているが、英語化した形のabisseは1534年に初出したと注記されている。
abyssと同義で、現在は古語あるいは詩で用いられる表現となっているabysmは、後期ラテン語(『英語語源辞典』では200年から600年として区分)abyssusが中世ラテン語(600年–1500年)でabysmusに変形したものに由来する。この中世ラテン語のabysmusに対応する俗ラテン語*abismu(m)から発達した古フランス語から中英語期に借用された。abysmはabyssよりもやや早く1325年以前に借用され、『英語語源辞典』に記載された中英語の語形はabi(s)meとなっているが、<s>のないabimeの方が早くに用いられたと注記されている。そして、『英語語源辞典』では<s>が挿入されたabismeは古フランス語に倣った綴字で15世紀末から用いられたと述べられている(ちなみに現代のフランス語は<s>のないabîmeとなっている)。<s>が挿入された綴字は語源的綴字ということになるが、『英語語源辞典』ではラテン語ではなく古フランス語に倣ったものであると書かれている点が引っかかる。OEDを確認してみると、<s>を含むabysmの綴字の定着は"probably reflects the influence of classical Latin abyssus"とのことで、おそらくラテン語の影響なのではないかと記されている。ラテン語とフランス語のどちらの影響を受けたのか、あるいは両方から影響を受けたのかを区別するのは困難であることが多いが、『英語語源辞典』がラテン語の影響とする場合とフランス語の影響とする場合の線引きをどのように行っているのかが気になるところだ。
また、『英語語源辞典』にはabysmの<s>の発音について、「この-s-は発音されなかったらしく1616年でもまだtimeと押韻していた。今の発音は綴字発音」と記されている。語源的綴字によって挿入された<s>は初めは発音されず、後に綴字の通りに発音される綴字発音(spelling pronunciation)によって、現在の/əˈbɪzəm/となったようだ。
参考文献
「Abysm, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Abyss, N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Abysm, N.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/abysm_n?tab=etymology#1951967. Accessed 24 May 2025.
キーワード:[etymological spelling] [spelling pronunciation] [French] [Latin] [Greek]