2025.5.22
abstainは「控える、自制する」を意味する動詞で、中英語期にabsteine(n)として(古)フランス語のabstenirから借用された。abstenirは古フランス語のastenirが変形したもので、ラテン語のabstinēreから発達したものである。abstinēreは接頭辞abs-とtenēreから成り、'hold'の意味を表すtenēreは英語のtenantの語源でもある。
接頭辞abs-は接頭辞ab-に遡り、cやtの前ではabs-となる。abstainの借用元のフランス語では<b>を含むabstenirと<b>を含まないastenirがあるが、OEDによるとラテン語のabs-は古フランス語でas-となり、後にラテン語に倣い、改めて<b>を持つabs-になったようだ。フランス語における語源的綴字、再ラテン語化の例と言えるだろう。
『英語語源辞典』でabstainの次の見出しになっているのは、「(とくに飲食などに)節度のある」の意味を表す形容詞abstemiousである。こちらはラテン語のabstēmiusを語源に持ち、接頭辞abs-と*tēmus、形容詞語尾の-iousから成る。*tēmusは'intoxicating drink'を意味するtēmētumから派生したもので、印欧祖語で'dark'を表す*temə-に遡るそうだ。
したがって、abstainとabstemiousには語源的な関係はないのだが、『英語語源辞典』にはabstemiousについて、abstainとの連想で17世紀にはしばしばabsteniousが用いられたと注記されている。確かに元の語源は異なるが、「自制する」ことと「飲食について節度を持つ」ことには意味的な関連があるように思われ、それが語形にも影響して<m>が<n>に書き換えられたのかもしれない。
参考文献
「Abstain, V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Abstemious, Adj.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Ab-, Pref.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/ab_prefix?tab=etymology#9424048. Accessed 22 May 2025.
キーワード:[Latin] [French] [analogy] [folk etymology]