慶應義塾大学大学院 文学研究科 英米文学専攻所属の寺澤志帆のホームページです。
慶應義塾大学大学院 文学研究科 英米文学専攻所属の寺澤志帆のホームページです。
12月1日より、下記の新しいRSSフィードに移行しました。以前のRSSフィードを登録されていた方にはお手数をおかけしますが、新しいRSSフィードの登録をよろしくお願いいたします。
新RSSフィードのリンク:https://politepol.com/fd/TI5F8hEvgrRE.xml
2025.12.3
apostrophe「アポストロフィ」は do not の省略形 don’t に見られるような、文字の省略を表す記号、または boy’s などに見られる属格・所有格を表す記号「’」の名前である。『英語語源辞典』によると apostrophe の語そのものの初出年は1530年、OED での省略記号の名称としての初出年は1598年とされており、近代英語期に入ってから用いられるようになった語である。また、OED はアポストロフィの属格・所有格を表す記号としての使用の成り立ちについて、次のように説明している:
it originally marked merely the omission of e in writing, as in fox’s, James’s, and was equally common in the nominative plural, esp. of proper names and foreign words (as folio’s = folioes); it was gradually disused in the latter, and extended to all possessives, even where e had not been previously written, as in man’s, children’s, conscience’ sake. This was not yet established in 1725. (“Apostrophe, N. (2), 2.”)
初めは e の省略に限定されており、且つ所有格だけでなく複数主格を表すのにも用いられていたが、複数主格を表す用法は廃れた一方、 e が現れない語にも使用が拡張されて所有格を表すマーカーの一部として用いられるようになった。また、この所有格を表す記号としての用法は OED によると18世紀まで確立しなかったとあり、英語史においては比較的最近のこととなる。
apostrophe そのものの名称については、(古)フランス語の apostrophe または後期ラテン語の apostrophus「母音の省略の記号」から借用された。ラテン語の apostrophus はさらにギリシャ語の apóstrophos「顔をそむける」から借用されたもので、接頭辞 apo-「(...から)離れる」と stréphein「向く」から成る apostréphein「顔をそむける」に遡る。『英語語源辞典』によると、語末の -e は無声で3音節に発音されるべきであるが、同じギリシャ語の語源に遡り、同じ綴字の apostrophe「頓呼(法)」(/əpɔ́strəfi/ と発音)と混同して4音節となったと述べられている。同根語で本来は異音同綴異義語だった apostrophe「頓呼(法)」との発音上の混同により、「アポストロフィ」を表す apostrophe と「頓呼(法)」を表す apostrophe が同音同綴異義語の関係になったということになる。
また、『英語語源辞典』には18世紀まではラテン語のまま apostrophus の形で用いられることも多かったとあり、OED の語形欄でも16世紀から18世紀まで apostrophus の綴字が見られたことが述べられている。さらに、William Shakespeare の Love’s Labour’s Lost (1598) における “You finde not the apostraphas, and so misse the accent.” (Act IV, Scene 2, l. 119) のセリフについて、『英語語源辞典』には apostraphas はラテン語形の誤形であり、また衒学的に、語源的な「行間休止」の意味に用いたとする説もあると説明されている。このセリフは doubt の <b> をはじめとする語源的綴字を綴字通り発音すべきだと主張する場面もある、衒学者の Holofernes のものであり(Holofernes については「11. †abhominableとabominable」も参照)、 Holofernes が学者ぶってラテン語の知識をひけらかしていると見せかけて、実は正しいラテン語を使っていないとすれば中々面白い場面であり、Shakespeare の手の込んだ言葉選び(語形選び)が感じられる。
参考文献
「Apostrophe (1), N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Apostrophe (2), N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Apostrophe, N. (2)” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/apostrophe_n2?tab=meaning_and_use. Accessed 3 December 2025.
キーワード:[homonymy] [Shakespeare] [Latin] [Greek] [French]
2025.12.1 『英語語源辞典』でたどる英語綴字史の更新履歴を「Update History」に移行しました。
2025.12.1 RSSフィードを変更しました。
2025.10.17 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ(heldio)」#1601. 英仏語のアルコール漬けの語源的綴字 --- 「英語史ライヴ2025」より camin さん,寺澤志帆さん,川上さんのラリーに出演させていただきました。
2025.10.14 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ(heldio)」#1598. khelf 寺澤志帆さんと allay を語る --- 「『英語語源辞典』でたどる英語綴字史」よりに出演させていただきました。
2025.10.10 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ(heldio)」#1594. 続・コーパスとは何か? --- khelf メンバー3名で議論していますに出演させていただきました。
2025.10.9 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ(heldio)」#1593. khelf メンバー4人でコーパスを語る --- 「英語史ライヴ20205」よりに出演させていただきました。
2025.10.7 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ(heldio)」#1591. 声の書評 by khelf 寺澤志帆さん --- 寺澤芳雄(著)『聖書の英語の研究』(研究社,2009年)に出演させていただきました。
2025.9.29 Voicy 「英語の語源が身につくラジオ(heldio)」#1583. alligator でワニワニパニック --- khelf 寺澤志帆さんと語るに出演させていただきました。
2025.7.7 本日発行のKeio History of the English Language Forum (khelf) 『英語史新聞』第12号 第1面に拙著「星を見ながら語源をめぐろう」が掲載されています。
2025.5.1 新企画「『英語語源辞典』でたどる英語綴字史」を始めました。
RSSフィードのリンク:https://politepol.com/fd/TI5F8hEvgrRE.xml