有機物 × 量子効果 × 精密測定技術
「有機物」は元来、「生物に由来する物質」として分類化された物質群で、身近なものとしては天然物由来のタンパク質やゴム、油、プラスチックなどが馴染みがあるかと思います。有機化学の発展により莫大な種類の有機物が発見・合成され、様々な機能性を実現してきました。
有機物は電気を流さない絶縁体と考えられてきましたが、1950年代以降、多くの日本人研究者の貢献もあり、導電性有機物の開発が進みました。そして近年は有機ELディスプレイや有機太陽電池などの話題も耳にすることが増えたかと思います。「有機エレクトロニクス」として実用化が進みはじめており、有機物は製造コストや環境負荷の低減化、そして柔軟性という特徴から更なる発展が期待されています。
しかし、有機物中で伝導性を担うπ電子の基礎的な性質にはまだまだ分かっていない部分がたくさんあります。特に、今後の量子デバイスへの発展にあたってπ電子の量子物性の理解は重要となります。そこで私は基礎的な面から有機物の量子物性の研究を行っており、測定対象となる有機物の開発・合成に加え、最先端研究に必要な精密測定技術の開発も全て行っています。この測定技術はもちろん有機物だけでなく様々な物質系にも応用でき、物性研強磁場施設のパルス強磁場を用いた共同利用にも活用されています。
1. 有機物中のπ電子が示す量子物性の開拓と理解
2. 新規有機伝導体の開発・合成
3. 極限環境下精密物性測定技術の開発
1. 有機物中のπ電子が示す量子物性の開拓と理解
π電子が示す量子物性は多岐に渡ります。伝導性・磁性・誘電性・構造物性等の観点から多角的に研究を行っています。特に強相関π電子の伝導性・超伝導に興味をもって研究を行っています。左の図はκ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2という有名な有機超伝導体の分子構造です。BEDT-TTFと呼ばれる分子上にあるπ電子が結晶中で遍歴的となっています。低温電気抵抗の温度依存性を見ると約10ケルビン以下で電気抵抗がゼロになって超伝導状態になっていることがわかります。
このような超伝導状態では、電子の自由度が重要と考えられている非従来型機構によって発現すると考えられています。その起源や特徴の理解に加え、BCS-BEC crossoverやFFLO状態といった特殊な超伝導の詳細も調べています。
・超伝導
S. Imajo et al., Phys. Rev. Mater. 7, 124803 (2023).
S. Imajo et al., Nature Commun. 13, 5590 (2022).
S. Imajo et al., Phys. Rev. B 103, L220501 (2021).
S. Imajo et al., Phys. Rev. Lett. 125, 177002 (2020).
・磁性
S. Imajo et al., Chem. Mater. 37, 297 (2025).
S. Imajo et al., Phys. Rev. B 105, 125130 (2022).
・強誘電
S. Imajo et al., Phys. Rev. Lett. 132, 096601 (2024).
S. Imajo et al., Phys. Rev. B 103, L201117 (2021).
2. 新奇有機伝導体の開発・合成
当然のことですが、実験をするためには研究対象の試料が必要です。実験の測定手法によって大きなサイズの単結晶が必要になったり、または薄膜が必要になったりと状況が変わります。共同研究者に試料合成・提供を依頼することはもちろんありますが、有機伝導体の合成を行っている研究室は世界的にも多くないため、欲しい測定試料は自前で合成することもよくあります。また、研究中に思い浮かぶアイデアを試して新しい物質の合成にも挑戦しています。思い通りの新しい物質が得られることもあれば、偶然、予想もしない物質が得られることもあり、新しい研究の種となります。
・新奇有機伝導体の合成
S. Imajo et al., Phys. Rev. Research 1, 033184 (2019).
L. Martin,... S. Imajo, Inorg. Chem. 56, 14045 (2017).
3. 極限環境下精密物性測定技術の開発
最先端の研究を行うためには最先端の精密実験手法が必要となることがよくあります。しかし、その実験に必要な装置は市販されていない・または非常に高額であることが大半です。特に、極低温・強磁場といった極限環境下での測定は状況に応じて測定のカスタマイズが必要となることから汎用化が非常に困難です。そこで、各測定に合わせて自分自身で測定法の考案・装置系の構築・測定プローブの作成を行い、世界で唯一の測定手法・測定環境の構築に挑戦し、最先端研究の実験研究に活用しています。特に、熱力学量の精密測定を目標とした装置開発を行っています。左の図はパルス磁石と測定系の写真・パルス磁場中で高精度・高速で熱測定を行うために開発した測定プローブの概略と装置系のセットです。
・希釈冷凍機+ハイブリッドマグネット+熱容量測定
S. Imajo et al., Phys. Rev. Lett. 129, 147201 (2022).
・パルス強磁場中での精密熱容量測定手法・装置の開発
S. Imajo et al., Rev. Sci. Instrum. 92, 043901 (2021).