私たちヒトを含む多くの動物は、舌の味蕾で口にした食べ物の成分を感知して、そのシグナルを脳へ伝達することで味を感じます。基本五大味として、甘味・うま味・苦味・酸味・塩味が知られています。甘味・うま味の受容体としては、それぞれTAS1R2/TAS1R3およびT1R1/T1R3の1種類のダイマーが知られており、それぞれグルコースやグルタミン酸といった成分を受容し、これらはエネルギー源として好意的に摂取されます。一方で苦味の受容体(TAS2Rs)については、多数の遺伝子から構成され、ヒトで25種類・マウスで35種類・イヌで15種類と、生物種によっても様々です。苦味受容体が成分を受容すると、一般的に毒物などの危険シグナルと認識して、忌避的な応答を示します。野生という危険にありふれた環境で生物が生存していくために、広範な危険物質を認識できるように、苦味受容体を多く持つように進化してきたのでしょう。
私たちが食べ物を口にすると、食べ物は口腔内で咀嚼され、いわゆる「混合物」の状態になります。そのような中、様々な食成分が味蕾で感知され、各々味を呈する結果、私たちは複合的に味を感じています。この複雑性こそ、私たちが様々な食品や料理を楽しむことができる1つの要因でもあるのでしょう。しかしながら、「どのような味を呈するのか」や「どのように味を呈するのか」が分かっていない食成分・食成分同士の相互作用が山ほどあります。これに対して私たちは現在、主に食成分と味覚受容体の反応に着目した研究を展開しています。ヒトを含む様々な生物の味覚の分子基盤を、食成分との相関も含めて明らかにすることで、「よりおいしい食品の開発」・「嫌いなものを食べられるようになった」といった技術開発などへの貢献により、食を通じた人々の健康・幸福の実現に繋げたいと思っています。またおいしいものを求めるのは、ヒトだけではありません。味覚に基づく様々な生物の食性の理解および行動変容技術などへの応用を目指して、様々な生物の味覚受容体の研究も展開中です。
味覚システムを構成する味覚受容体やシグナル伝達関連の因子などの舌以外の器官での発現が、古くから知られています。私たちが着目しているタフト細胞は、味蕾細胞と遺伝子発現プロファイルが非常に類似している稀少な細胞集団であり、胃、小腸、大腸などの消化管や気管や膵管、尿管、胸腺といった様々な組織に存在しています(Kozono et al., Biol. open 2022)。このタフト細胞は、1950年代に電子顕微鏡による観察で発見されたのですが、これらがどのような生理機能を持っているかは長らく謎に包まれていました。2016年に、小腸のタフト細胞が寄生虫感染時の免疫応答にイニシエーターとして機能することが明らかにされ、現在ではウイルスや細菌感染時の免疫応答など、様々な病原体のセンシングに関与していることが分かっています。また癌や炎症性腸疾患などの疾患との関連性も分かってきており、世界中でタフト細胞に関する研究が加速的に進んでいます。しかしタフト細胞がこれらの機能をどのように発揮しているのか、その分子メカニズムの全貌は解明されておらず多くの謎が残されています。私たちは、タフト細胞の病原体センシングにおける分子メカニズムを、味覚システムや形態的特徴の観点から明らかにするための研究を進めています。
顕微鏡を用いると生物の組織や細胞、食品自体や成分など様々な試料を可視化することができます。電子顕微鏡はナノメートルサイズ(1 nm =10-9 mでとんでもなく小さい)の形態情報を、蛍光顕微鏡を用いれば試料内の分子の発現・位置の情報を取得することができます。生物組織では主に味蕾細胞やタフト細胞という組織内の小集団細胞を対象に、電子顕微鏡を駆使した形態解析を行い(Kozono et al., Biol. open 2022)、その機能も含めた研究への展開を目指しています。また食品自体や成分を化学的に、そして生理学的に知るだけではなく、顕微鏡を用いて構造的に理解することは、例えばその食感などを理解することに繋がります。
細胞は細胞外から刺激を受けると、シグナル伝達を介して、刺激に応じた応答を引き起こします。Ca2+シグナリングはシグナル伝達経路の一つで、「味蕾細胞による味感知」や「タフト細胞による病原体センシング時の免疫誘導」においても重要な役割を果たしています。その他にも、膵臓での消化酵素の分泌、受精、神経発生などありとあらゆる生理機能に不可欠です。細胞応答レベルでいくと、Ca2+シグナリングは、遺伝子発現や細胞増殖、細胞移動、タンパク質分泌、代謝、細胞死などを制御しています。
さて「Ca2+シグナリングという一つの連絡網で、なぜこれほど多くの生理機能・細胞現象を制御することができるのでしょうか?」これには、Ca2+シグナリングの調節がカギとなっています。もう少しか嚙み砕いて説明します。細胞内では、通常「Ca2+」が小胞体に貯蔵されていますが、細胞が刺激を受けると、Ca2+カスケードが働き、小胞体から細胞質へイノシトール三リン酸受容体(IP3Rs)というCa2+チャネルを介してCa2+が放出されます。これにより細胞質Ca2+濃度が上昇し、エフェクタータンパク質を制御することで、種々の細胞応答が誘導されます。実は、刺激時の細胞質Ca2+濃度の経時的変化をプロットすると、独特のCa2+波形を描くことができますが、その波形パターン(強度・持続性・速度・振幅等々)は、細胞種やシグナル伝達関連因子、刺激・受容体の種類、調節因子によって多種多様であり、これにより下流ではたらくエフェクタータンパク質が異なり、刺激に応じた細胞応答のみを誘導できると言われてきました。しかしながら、このCa2+波形を調節する因子の探索・解析は十分に進んでおらず、調節因子によるCa2+波形の制御を明らかにしていくことは、「様々な生命現象の-刺激と誘導される細胞応答の間-」を理解する上で欠かせません。これを理解できれば、様々な生命現象やシステムの制御メカニズムの理解、ひいては疾患における治療標的の新規探索などの応用につながると考えています。私たちはこれまでの研究で、Jaw1という因子がこのイノシトール三リン酸受容体IP3Rsを介したCa2+シグナリングを調節することを明らかにしてきました(Kozono et al., J. Cell Sci. 2023; Kozono et al., Sci. Rep. 2025; Okumura and Kozono et al., Sci. Rep. 2022)。現在も引き続き、Ca2+シグナリングを調節する新規因子の探索や機能解析を進めています。