Shiono's Researches

の機能デザインは気候変動に負けない農業生産の実現に不可欠です。塩野研究室では、世界最高峰の酸素イメージング技術と分子遺伝学的手法を融合させて環境ストレス(洪水、湛水)に対する植物の適応メカニズムの理解を目指しています。私たちは、農業のカーボンニュートラルの実現と気候変動時代における持続可能な農業生産に貢献します!

研究材料

イネ、野生イネ、オオムギ、ヒエ、トウモロコシ、トウモロコシ野生種、ブラキポディウム


Key words

根、環境適応、湛水、冠水、不良土壌、細胞壁(スベリン、カスパリー線)、植物栄養、植物ホルモン、カーボンニュートラル、耐湿性(Radial Oxygen Lossバリア、通気組織)

Key technology

酸素イメージング(2次元酸素オプトード)、質量分析イメージング(植物ホルモンイメージング)、 画像解析、共焦点レーザー顕微鏡、酸素センサ

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私たちが目指していること

気候変動によ干ばつと洪水の増加が世界的に問題る中、日本は雨の強度が高まり、集中豪雨や洪水のリスクが顕在化しています。我が国の農業をみてみると、水田イネ以外の作物を栽培する転作が推進され、畑作物の多く(オオムギ、ダイズ、コムギなど)が水田転換畑で栽培されています。 排水性が悪い水田土壌は、降雨により土壌が湛水しやすい環境です図1)。そのため、水の多い環境に適さない畑作物は生育阻害(湿害)を受けています。この湿害は日本の水田転換畑だけでなく、世界中で問題になっています。 私たちは「畑作物を水の多い環境でも順調に育てるようにする」ことを目指して研究をしています。

残念なことに、現状は、畑作物の耐湿性の強化どころか、なぜ耐湿性の高い植物が高い抵抗性を発揮できるのか?すら理解できていません。そこで、畑作物の耐湿性の向上を念頭に、私たちは耐湿性の強い植物の適応メカニズムの研究しています

適応メカニズムの研究を進めるにあたって、水田で順調に生育できるイネ、イネよりも洪水耐性が高いと考えられる野生イネ、様々な水環境に生きることができる水田雑草(ヒエ)を選びました。さらに、独自技術として酸素や分子の局在を可視化できる最先端のイメージング技術を開発、応用しています。湿生植物がどのように変動する自然環境適応するのか?独自技術を既存の生理学的、分子遺伝学的技術融合させ研究を進めています。

図1.水田転換畑で湿害をうけるオオムギ

もともとイネを栽培している水田転換畑は土壌の排水性が悪く、長雨などによって水がたまりやすい。水田転換畑で栽培されているオオムギ、コムギ、ダイズのほとんどが湿害を被り、品質低下や生産性が低下してしまう。写真は福井県内の水田転換畑で栽培されているオオムギ。苗立ちができず、土壌がむき出しになっている。1月ごろ。

塩野研究室の主要な研究

1. 作物への耐湿性の付与を目指した根の酸素通気制御機構の解明

イネをはじめ多くの湿地に生育する植物は、土壌中の酸素不足を補うために、茎や根に酸素を運ぶ管(通気組織)をつくります(図2)。さらに、根の基部からの酸素漏出を防ぐことで、呼吸活性の高い根端まで効率的に酸素を届けることで適応しています(図3, ROLバリア(酸素漏出バリア、Barrier to Radial Oxygen Loss)。私たちの研究室では世界でも数カ所でしかつかえない、根からの放射的酸素放出量を直接的に定量できる酸素電極を使うことができます。この酸素電極を使って、イネのROLバリアの形成プロセスが通気組織の発達プロセスとは異なることを明らかにしました(Shiono et al., Ann. Bot. 2010)。それから、これまではっきりとしなかったイネのROLバリアを構成する成分について分子生物学的な観点から説明することを試みました。具体的には、ROLバリアを形成している組織だけをレーザーマイクロダイセクションで集め、マイクロアレイによって網羅的に発現を解析しました。発現解析の結果、ROLバリア形成時にリグニンよりもスベリンの生合成に関わる遺伝子が数多く働くことが分かりました(Shiono et al., J. Exp. Bot., 2014)。続いて、ROLバリア形成時に遺伝子発現が上昇した遺伝子の機能解析をすることにしました。先の報告で同定した遺伝子の一つ、RCN1/OsABCG5というABCトランスポーターの遺伝子の変異体である、rcn1変異体を水田で育てるとその根が異常に短くなることが分かりました。詳しく調べてみるとrcn1変異体はROLバリアの構成成分と言われているスベリンが根の外側に形成できず、根の外側のアポプラスト輸送バリアの機能が失われていることが分かりました(Shiono et al., Plant J., 2014)。さらに、私たちは、RCN1遺伝子を含むスベリン生合成遺伝子とスベリン層の正常な構築を植物ホルモンのアブシジン酸(ABA)が正に制御することを発見しました(Shiono et al., New Phytol., 2022)。それまで、バリア形成を制御する植物ホルモンは知られておらず、この発見によりバリアの形成制御メカニズムの一端が初めて明らかになりました。さらに上流の環境感知メカニズムを明らかにすべく、バリアを誘導する様々な環境条件を比較したところ、湛水の継続により、分子状酸素が枯渇すると優先的に微生物に使用される硝酸(NO3-)の減少がROLバリアを誘導することを明らかにしました(Shiono et al., Plant Physiol., 2024)。現在、環境変化の感知とシグナル伝達機構を明らかにすべく、研究を進めています。 

私たちの最終目標は「オオムギなどの耐湿性の低い作物を水田転換畑でも順調に育つようにする」ということです。そこで、耐湿性の高いイネのROLバリア形成機構を理解する傍ら、畑作物の耐湿性を高めるために重要な因子、遺伝子を耐湿性の低い植物と比較することで明らかにしようと試みています。耐湿性の低い植物として材料としているのは同じイネ科で湿害が問題となっているオオムギ、加えてイネ科植物の新しいモデル植物であるブラキポディウム(Brachypodium distachyon)です。特にブラキポディウムは新しい実験材料であるために、耐湿性の評価がなされていませんでした。そこで、耐湿性の強化の研究に先駆け、私たちはブラキポディウム(Bd21)が他の畑作物同様に耐湿性が低く、通気組織やROLバリアの形成ができないということを確認しました(Shiono & Yamada, Plant Root, 2014)。これらの材料を利用して畑作物への耐湿性の付与を目指しています。 

関連するプレスリリース: 

- 新しい環境感知メカニズムの発見!植物は水が多いことをどうやって知るのか?(2024年6月) プレスリリースHPへ

- 世界で初めて、イネなどの湿生植物が根腐れを防ぐ植物ホルモン特定!(2021年11月) プレスリリースHPへ

図2. 通気組織 通気組織は地上部と根をつなぐ細胞間隙である。

酸素は通気組織の中を濃度勾配に応じた拡散により移動する。植物種によって全く形成しないもの(Aミナトカモジグサ, Brachypodium distachyon)、土壌が過湿状態になると誘導的に形成するもの(B オオムギ, Hordium vulgare)、過湿状態にならなくても排水性の良い土壌状態で恒常的に形成するものがある(イネ, Oryza sativa)。Bars = 100 μm. (塩野, 根の研究, 2016)

図3. ROLバリアの機能

過湿状態の土壌では酸素は通気組織を通じて地上部から根端まで輸送される( 黒矢印) 。酸素は拡散によって通気組織内を移動するため、根の基部において酸素は根端方向に向かうだけでなく、放射状酸素放出(radial oxygen loss, ROL として根から放出される(緑矢印)。非湿生植物は根の基部から放射状酸素放出として失われる酸素が多いために、根端まで供給できる酸素量が少なくなる(A) 。湿生植物(wetland plants)は根の基部側に放射状酸素放出を抑制するはたらきをもつ「ROL バリア(barrier to ROL) 」を形成することで根端までの酸素の長距離輸送を可能にしている(B, 赤色線) 。ROL バリアは植物の湿害抵抗性を高める3つの機能を果たすと考えられている(紫色) 。まず、根端に届けられた酸素は活性の高い細胞の呼吸に利用される(a) 。さらに,根端から酸素を放出することで還元化した土壌を酸化する。これによって、有毒物質を無毒化して根端の保護を可能にする(b) 。一方、根の基部側ではROL バリアの主要成分である疎水性の極長鎖脂肪酸であるスベリンが外皮において、酸素の流出を妨げるだけでなく、有毒物質の根への流入も防ぐと考えられている(c)。  (塩野, 根の研究, 2016)

2. 野生種のもつスーパー耐性遺伝子の探索

イネは耐湿性の高い植物ですが、洪水が頻発する地域や湿地には栽培イネを凌駕するような強い耐湿性形質をもつ植物がいるかもしれません。その発想に基づいて、私たちは乾燥した場所から湿潤な場所まで広く分布するヒエ属、野生イネの耐湿性形質を評価してきました。ヒエとアマゾン川流域に自生する野生イネ(Oryza glumaepatula)の中には水が多い環境にならなくても常にROLバリアを形成できる種がいることを発見しました(Ejiri & Shiono, Front. Plant Sci., 2019; Ejiri et al. Plants 2020)。現在、Oryza glumaepatuaが持っている恒常的にROL barrierを形成する遺伝子の単離に向けて精力的に研究を進めています。

図4. アマゾン川に自生するOryza glumaepatulaの根系

イネが栽培化で失った、スーパー耐性遺伝子が野生イネには眠っているかもしれない。(Miyashita & Shiono, unpublished)

3. 2次元酸素オプトードによる非破壊酸素イメージングによる植物の低酸素環境適応の研究

2次元酸素オプトードは非破壊で空間的な酸素分布を定量できる新しい光技術です。2次元酸素オプトードは室内の実験室、植物工場だけでなく、野外でも原理的に利用できる技術です。私たちは、植物を対象にした2次元酸素オプトードシステムの構築に、国内で初めて成功しました(図5, Shiono et al., Front. Plant Sci. 2022)。

私たちは2次元酸素オプトードを使って、50年前に予想された子葉鞘の酸素取り込み機能(シュノーケル効果)の実証に成功しています。この技術をさらに発展させ、現在、湛水土壌における植物の適応応答の理解に挑戦しています!

関連するプレスリリース: 

- 世界初!酸素可視化センサでイネが水中で発芽する仕組みを見える化!2022年8月) プレスリリースHPへ 

図5. 2次元酸素オプトードでとらえた子葉鞘のシュノーケル効果。

Scale bar = 10 mm. (Shiono et al., Front. Plant Sci. 2022)

4.植物ホルモンの量と分布をイメージングする技術開発

植物ホルモンは多くの遺伝子の働きを調節する陸上植物が普遍的にもっている低分子の化学物質です。その局在や量的変化が植物のかたちづくりや植物の環境応答の制御に関わることから、これまで量と分布を同時に検出する技術が求められていました。従来から行われている免疫染色は分布はわかるものの定量性がないという問題。FRET法は生きた細胞のまま定量的に観察できるものの、顕微鏡下での観察や形質転換の必要から使用範囲が限られてしまうという制約がありました。分子のイオン化手法と質量分析装置の進歩により物質の量と局在を可視化できる質量分析イメージングが植物でも利用できるようになってきました。そこで、私たちは最新の質量分析イメージングにより、アブシジン酸(ABA)とサイトカイニン(tZ)を同じ切片から同時検出することに成功しました(図6; Shiono et al., J. Agric. Food Chem., 2017)。複数の植物ホルモンの同時イメージングはこれが世界初の報告でした。質量分析イメージング技術を駆使して、これまでに私たちは7種類の植物ホルモンとその関連物質の同時イメージングに成功しています(Shiono and Taira, J. Agric. Food Chem., 2020)。質量分析イメージングは野外で育つさまざまな植物を対象にしても植物ホルモンの分布と局在を可視化できる技術です。私たちは、この技術を応用して、植物の環境適応の研究を展開しています。 

関連するプレスリリース: 

- 世界初!複数の植物ホルモンの量と分布の可視化に成功20179月) プレスリリースHPへ  

図6.イメージング質量分析による2種の植物ホルモンの同時イメージング

水耕栽培したイネの根端の縦断切片をつくり、切片上のアブシジン酸(ABA)とサイトカイニン(CK, trans-Zeatin)の同時検出をした。(Shiono et al., J. Agric. Food Chem., 2017)

5. 畑作物の湿害抵抗性を高めるための新しい栽培技術の開発

植物ホルモンのひとつであるエチレンは通気組織(図2)の形成など、植物の湿害抵抗性に関わる応答に関わることが知られていました。湿害を被りやすいオオムギなどの畑作物は過湿ストレスを受けてからエチレンを発生させ、通気組織の形成を開始します。そのため、しばしば過湿環境への順化の遅れが致命的になります。そこで、過湿ストレスを受ける前にエチレン発生剤であるエテホンを根に処理することで、オオムギの湿害抵抗性を高められるかどうか検証しました。その結果、エテホンを処理することで根の張り方が変化し、湿害抵抗性が高まることを明らかにしました(図7; Shiono et al., Plant Prod. Sci., 2019)。

畑作物であるオオムギは根の酸化力の強化に重要なROLバリアを形成できません。オオムギにイネのROLバリア誘導の中心的役割を果たすアブシシン酸を外生的に処理すると、根にROLバリアとアポプラスト輸送バリアを誘導できることも発見しました(Shiono and Matsuura, Ann Bot, 2024)。

以上の結果は、水耕液を用いた実験室内での結果なので、土壌や圃場で実用できるのか?検証を進めています。 

関連するプレスリリース: 

- 水の多くても生られる畑作物の開発に光明! オオムギへ湿地に育つ植物がもつ湿害回避能力を付与(2024年3月)

図7. エチレン発生剤であるエテホン処理による湿害軽減効果

過湿ストレスを被る前にエテホンを処理することで、根の活性を維持して湿害による根腐れを軽減することに成功した。写真は水耕液を使った過湿ストレスを7日間行ったオオムギの根の様子。根の活性はTTC染色により可視化した。高い呼吸活性を示す部位が赤く染色されている。(Plant Prod. Sci., 2019)

6. その他のテーマ

・乾燥ストレス、塩ストレスへの順化に対して根のスベリンのバリアがどのように寄与するのか? 

・湿生植物や水生植物がもつ湿地環境に適応する未知の戦略に関する研究