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CRESTプロジェクト

デバイスアートシンポジウム 「タマゴが先か、ニワトリが先か?──コンセプトとテクノロジーの関係を考える」

デバイスアート・シンポジウム特別講演

『テクノロジーの災難』

ゲスト講師:ウスマン・ハック(建築家)

2006年6月21日@秋葉原UDX6F:カンファレンス・ルーム

ハック:お越しいただきありがとうございます。今日は、私がこの5年間に取り組んできたプロジェクトについてお話ししようと思います。全部で9つあるプロジェクトは、大きく3つのカテゴリーに分類できます。私はこの3つの枠組みに沿って、自分の仕事を進めてきました。

最初にお話しするカテゴリーのことを、私は「儚い存在」と呼んでいます。私は建築を学び、建築の仕事に携わってきました。その中で「空間のソフトウェア」という概念に特に関心を持ってきました。手で触れることのできる物理的な構造よりも、その間で起きる現象に惹かれるのです。この「儚い存在」のカテゴリーから、3つのプロジェクトをご紹介します。

2番目のカテゴリーに含まれるのは、他の人たちとのコラボレーションと、自分にとって専門外の分野に関わるプロジェクトです。これらのプロジェクトは、私が機械いじりが下手だということがきっかけとなって生まれました。私は電子部品を扱っていると、火花を散らせたり、小さな爆発を起こしたりして失敗ばかりしてしまうのです。単に運が悪いのか、電気と相性が悪いのか、なぜだかは分かりませんが、とにかくハードウェアを扱うのが苦手なのです。その代わり、ハッキングは得意です。既成のテクノロジーを解体して、別の仕方で組み立て直したり、玩具を取り入れてみたりしながら、多くのプロジェクトが生まれました。こうしたやり方は制作するうえでとても便利な方法なのです。他の人たちとのコラボレーションという考え方も、これに関連しています。別の人が作ったものをベースに制作していくと何が起きるのか、と考えるのです。

3番目はサイバネティックスに関係しており、これにも3つのプロジェクトがあります。「サイバネティックス」という時、私は古典的な意味でこの言葉を使います。つまり、生物と機械における、コミュニケーションと制御のシステムの研究に触れているのです。これは1940~50年代に用いられていた、もともとの定義です。映画『マトリックス』を想起させるようなSF的なイメージのことではありません。我々はどのようにして意思の疎通を図っているのか、お互いを動かすどのようなシステムを持っているのか──その仕組みを理解するための学問です。研究では動物、人間、機械を似通ったシステムだと仮定しています。

さて、皆さんは私が40~50年前の古い事柄にしばしば言及することに気づかれたかもしれませんが、それには理由があります。私たちは現在、思いついたアイディアをほとんど具現化できるような時代に生きています。近い将来、完璧な実現化が可能となるでしょう。頭で考えたことは、何らかの方法で作ることができるのです。そんな時代だからこそ、自分たちが作り出すものの、美学的、詩的、形而上学的な意味を再考する必要があるのではないでしょうか。40~50年前には多くの重要な仕事がなされました。しかし、残念なことに新しい事象や新しいパラダイム、最新のハイテクをめざす競争のなかで、それらは次第に忘れられていったのです。

私の作品のスタイルは古臭く見えます。おそらくこれらの作品は、30~40年前にだって作ることができたでしょう。もちろん、LEDなど、いくつかの部品は最近発明されたものを使っています。しかし全般的に古いハードウェアを多く利用しています。そして私はあくまでも、他の人が遠い昔にすでに成し遂げた仕事を引き継いで、自分なりのアイディアをそこに継ぎ足しているだけなのです。以上が今日お話しする9つのプロジェクトの概要です。

#04-2-1: 「儚い存在 Ephemeral Stuff」

まずは最初のカテゴリー、「儚い存在」についてです。先ほど申しました通り、私は建築のソフトウェアとでもいうべき概念に興味を持っています。建築家としても仕事をしてきました。建物の設計には、金属ディテールの処理や、トイレやリビングルームの設計など、様々なことが関わってきます。仕事をするうえで私の指針になっていたのは、建築をひとつのシステム、またはソフトウェアとして捉えるという考え方です。この(小動物を写した)写真は私の言いたいことをよく表わしていると思います。2つの箱にはそれぞれ同じ数の小動物が入れられており、片方の箱は2度ほど気温が低く設定されています[温度が低い方の箱に入れられた動物たちは、互いに身を寄せあっている]。気温を少し変えただけで、空間の認識や関わり方がまったく違ったものになるのです。身体が空間とどういう関係を結ぶかということが建築の本質だと思うのですが、これはソフトウェアを変えただけで変容するものなのです。2つの箱はそっくり同じで、そこに住んでいる動物も同じ、プログラムが違うだけです。建築と「儚い存在」について考えるとき、私はこのようなことに特に興味を持ちます。

1-1:『センツ・オブ・スペース』(Scents of Space)

『Scents of Space』

最初にご紹介する『センツ・オブ・スペース』というプロジェクトでは、建築家の仕事で普段扱われることのない嗅覚に着目しました。建築を考えるときに思い浮かぶのは、視覚的な広がり、触覚的な要素、音の響き方などです。建築的要素として匂いはあまり意識されることはありません。そして、デザインに匂いが使われるのは、主に3つの場合があります。ひとつめは、もちろん香水です。セクシーさを強調したいとき、人は香りをまといます。2番目の用途は、例えばこんな場合です。日本ではどうか分かりませんが、ヨーロッパのパン屋などでは、店の外においしそうな匂いを吐き出す仕掛けが設けられていることがあります。道行く人に空腹感を感じさせて店内へと招き入れるのです。嗅覚を刺激し、客を呼び込む装置です。匂いの3番目の使い方は、ブランド戦略です。この方法はホテル・チェーンのデザインなどに使われています。同じチェーンに属しているホテルでは、世界中どこでも同じ香りがロビーに漂っているというわけです。確か、パリ地下鉄だと思いますが、パリを感じさせる独特の演出方法として、香料の調合を企画したという話を聞いたことがあります──この企画がその後、長続きしたのかどうかは謎ですが。

しかし、嗅覚は五感の中で最も空間的であるのにも関わらず、匂いは空間的に扱われることはありません。なぜかといえば、匂いは拡散していくものだからです。制御することが難しすぎるので利用されることがないのです。例えば今ここに匂いを出す装置があるとします。30秒後には最前列に、45秒後には2番目の列まで、匂いが届くでしょう。そして5分後には部屋中に充満するだろうと思われます。そこへ新しい匂いが放たれたら、前のものと入り交じってひどい悪臭となってしまうに違いありません。空間の中で、匂いを用いるのは簡単ではないのです。

このプロジェクトでは空間の中で匂いをコントロールする方法を探りました。ひとつの匂いのブロックをここに、もうひとつのブロックはあそこに、という具合に、3次元的な塊として匂いを扱えないかと考えたのです。この発想を具体化するために用いた方法は単純なもので、匂いのための特別な風洞を作ったのです。風洞というのは、飛行機などを設計する際に、空気の流れを測定する実験装置です。トンネル状の装置の中に模型を入れ、時速200キロメートルものスピードで空気が送られます。たくさんの吹き出し口から出た空気は、それぞれが独立したまま、真っすぐに進むのです。我々が作った装置はこれに似ていますが、空気が流れていくスピードは、秒速0.2メートルほどです。非常にゆっくり進むため、風を感じることはありません【図1】【図2右】。空気は装置の入口のスクリーンから高気圧室に送られ、展示空間の手前の壁で匂いが付けられます。そしてトンネル状の展示空間の中に押し出された匂いのブロックはゆっくりと直進します。展示空間の中では匂いの境界を定めて、ゾーンごとに区分けしたり、匂いのコラージュを作ることができるのです。この写真【図2左】は装置の外観を写したもので、一面に取り付けられたファンが見えます。たくさんのファンが回っていたため大きな音がしていました。展示室の片方の壁から空気が送られ、反対側の壁に取り付けられた排気用の太いダクトから匂いが吸い出されます。排気ダクトの近くはいろんな匂いが混じりあって、それはもうひどい臭気です。作品の中の匂いはこのダクトから排出されるのですが、我々はひとつ大きなミスをしてしまいました。展示スペースに隣接する図書館に向けて排気ダクトを引っ張っていたのです。おかげで、大変な苦情を受けるはめになりました。

このプロジェクトには様々なバージョンがありますが、制作上の狙いのひとつとして、どのくらいの人々が匂いのゾーンを嗅ぎ分けられるかを知りたいと思っていました。我々は都市のコラージュを作ろうと試み、汗、コーヒー店、クリーニング屋など、色々な匂いを配置したのです。ただ、後から失敗に気づいたのですが、悪臭を部屋の低い方に持ってきてしまったので子供たちが可哀想でした。彼らが嗅いだのはゴミや車のタイア、汗の匂いばかりでした。匂いは真っすぐに進むので、ある程度の身長がないと、ひとつの匂いしか嗅げないのです。この仕組みはとてもシンプルなものです(ローテクは私の仕事に繰り返し出てくるテーマでもあります)。空気はチューブを伝って缶の中に送られます【図3右】 。ここに取り付けられているのは、通常は絵の具を入れて使うエアブラシです。このエアブラシに匂いが入れられています。そこから匂いが吹き出されて、展示空間の中で匂いのブロックを形成するのです。以上が『センツ・オブ・スペース』でした。

1-2:『スカイ・イヤー』(Sky Ear)

『Sky Ear』 (その1)

『Sky Ear』 (その2)

空間のソフトウェアというコンセプトへの関心から、匂いの実験をしたわけですが、同じコンセプトを巡る別の試みの紹介をします。『スカイ・イヤー』は電磁場に関するプロジェクトです。発端は6年ほど前、私がアーティスト・イン・レジデンスでIAMASに滞在していた時に遡ります。私は自分のスタジオで、ある時奇妙なことに気づきました。とてもきれいなスタジオで、私は5~6ヵ月の間、1日のうち20時間ほどをそこで過ごしました。ベッドもあって、腰を据えて作品を作れる態勢が整っていたのです。でも、所々に携帯電話の電波が届かない場所がありました(私が使っていた電話会社だけかもしれませんが)。電話をしながらスタジオを歩いていて特定の場所に来ると、必ず通話が切れてしまうのです。なぜかそこには電波が届いていない。やがて、私はそこを歩くとき、特定の電磁場に沿って空間を移動していることに気づいたのです。この電磁場は、ドアや壁や廊下といった伝統的な建築的要素のように、空間の中で私の居場所を定めていました。電話を受けたいときはこの辺にいればいい、電話に出たくない時はあの辺にいれば圏外だ、というように。私は自分を取り囲む電磁場が実際にどのような形をしているのか知りたいと思いました。3次元的な広がりを持っているに違いありませんが、どんな形なのか見当もつきませんでした。分かっているのは部屋のこっちとあっちでは質が違うということです。

私はまず、誰でも思いつくような実験から始めました。携帯電話の画面にある、電波の受信レベルを表示するアイコンを見ながら歩き回ったのです。ここではアンテナ1本、ここは2本、向こうは3本という具合です。そして電波の強弱を可視化した部屋の地図を作成し、空間全体を把握しようとしました。調べているうちに、この電磁場は常に変化していることが分かりました。ですから、正確な地図を描くことは簡単なことではありませんでした。インダストリアル・デザイン理論家のアンソニー・ダンは、こうした空間のことを「ヘルツ空間hertzian space」と呼んでいます。ヘルツ空間とは、私たちが使う器機や、身体などが発している電磁波の広がりのことです。私はこのプロジェクトを通して、ヘルツ空間を詳しく理解したいと思いました。

最初に着想を得てから3年ほどが経過しました。デザインに関する試行錯誤や、助成金集めなどを経て、いよいよプロジェクトの最終的な形が整ってきます。この空間を把握するためには、センサーをたくさん配列した装置が必要になるだろうと分かってきました。電磁波にリアルタイムで反応するセンサーを全部で1000個ほど、30メートル以上に渡って配置したい。そして電磁場を3次元的に捉えるために、測定装置を空中に持ち上げられるようにしなければならない。発想としては、レーダー探知機で空間を走査し、物体の位置を画面上に表示させるのに似ています。私はセンサーを配列した測定装置を徐々に空に持ち上げていき、空間に存在するものを光によって可視化したいと考えました。

この装置はヘリウムを充填した風船を1000個使っています。ひとつひとつに電磁場に反応するセンサーを入れました。私はただ何かに反応するものを作ることに興味がありません。ある事象を別の何かで置き換え、メタファーとして提示するだけでは面白くない。このプロジェクトでは、二重の意味で、インストゥルメントを作りたかったのです。ひとつには器具、器機という意味でのインストゥルメント──電磁場を測定する装置です。もうひとつは、楽器という意味でのインストゥルメント──創造する道具です。この雲のような構造体の中に、数十台の携帯電話を仕込むことにしました。センサーは30メートルに渡って配置されています。携帯電話を仕込んだ理由は、それ自体が電磁波を出す器機だからです。そして、地上にいる人々が雲のように浮かんでいる測定装置を眺める時、同時に音を聞くことができたらいいなと思いました。

皆さんは極地で起きるオーロラという発光現象をご存じだと思います。これは、大気中の電磁的な反応が光として表われ、視覚によって捉えられる現象です。これに似た現象で空電、またはホイッスラーというものがあります。これは人間の聴覚では直接捉えることができない音ですが、ラジオを使うと拾うことができます。ラジオを通して大気中に存在する電磁場の、とても美しい音が聴こえてくるのです。この自然界の音は何百万年も前から存在していて、人間がここに独自の音を加えるようになったのは、この100年のことです。プロジェクトの会場では、宙に浮かぶ雲状の構造体が電磁場に反応する様子を下から眺めながら、同時にその中で発生する音を聴くことができます。浮かんでいる構造体に組み込まれた電話機に電話をかけて音を聴く行為は同時に、新たな電磁場を発生させることになります。つまり、観察する行為が、観察されるものを変化させるのです。この作品は単純な反応を返す装置ではなく、とても複雑なシステムです。電話をかける人の人数によって装置を取り巻く電磁場が変化するのです。

装置のディテールの写真です。先ほどお見せしたプランからまた1年ほどが経過し、デザインに様々な変更が加えられています。風船の中にはセンサーが入っており、このセンサーのコイルがラジオ波を捉えるのです。この装置はとても単純な仕掛けになっています。皆さんは携帯電話が電波を受信すると、発光する部品を見たことがあると思います。この部品の内部には電磁波を電圧に変換する極小のコイルが仕込まれています。風船の中にあるのはこれと同じ部品で、発光部分は何色でも表現できるように緑色、青色、赤色の3色のLEDに接続されています。その他に、風船同士が互いに交信するための赤外線入出力器を取り付けました。これは雲状の物体を構成するたくさんの風船の内部センサーが互いに調整しあうためのB2Bネットワーク、バルーン・ツー・バルーン・ネットワークと呼べるかもしれません。この構造体は次のように構成されています。カーボンファイバー製の枠の中に30個の風船をまとめたものが1ユニットで、各ユニットに1台の携帯電話が入っています。全体で37ユニットあるので、計37台の携帯電話が使われています。全体像を見ると分かりやすいかもしれません【図4】。これが1ユニットで、30個の風船が入っています。全部で1000個以上の風船が使用されていますが、これは普通の風船に比べると大分サイズが大きいものです。これは風船をひとまとめにするカーボンファイバーの枠で、1枠に1台の携帯電話が入っています。

とても大きな構造体なので、組み立て作業には40人くらいの手が必要でした【図5】。また、風船をいっぺんに膨らませる方法を考えだす必要がありました。困ったことに、この装置は地上と空中ではまったく違う反応をするため、実際に浮かび上がらせる前に動作をテストすることができませんでした【図6】(動画)。映像が暗いので分かりにくいと思いますが、全体の幅は約30メートルあります。今聴こえているのが、先ほどお話ししました空電、またはホイッスラーです。電磁波をAMラジオで拾うとこのように聴こえます。光が点滅しているのは、センサー間で調整機能が働いていることを表わしています。先ほどお話しした通り、地上ではうまく調整できないので、空に浮かび上がってから自己調整機能が働くようにしてあるのです。観客が上を見ながら、雲に向かって電話をかけています【図7】。背景で鳴っているのはとても美しい音だと思います。これは合成音ではなく、自然に発生している音です。地面には観客が作品に電話をかけられるように、電話番号が映されています【図8】。

背景に写っているのはロンドンのグリニッジ天文台です。プロジェクトの会場としてこの場所を選んだのは、グリニッジ標準時(GMT)の基準となる、グリニッジ子午線が通っている場所だからです。ここでは、レーザー光線で経度0度を表す線が描かれています。最初は、世界中でこのプロジェクトを同時展開し、全てのタイムゾーンに会場を置きたいと考えていました。地球を一巡する電磁場の輪を作りたいと思ったのですが、あまりにも手間がかかりすぎるだろうということでやめました。

ビデオは画質が悪いので、写真を見た方が分かりやすいかもしれません。場所によって少しずつテクスチャーが変わっているのが見えます。そして、後ろに写っているのが子午線を示すレーザー光線と、グリニッジ天文台です。

1-3:『ホウント』(Haunt)

『Haunt』

これも「儚い存在」、または見えない存在というテーマに関連するプロジェクトです。この作品ではあまりにも物質からかけ離れて、不可視の領域にこだわったため、具体的に見せるものが無くて困ってしまうほどです。これは心霊現象が起きる空間をテーマとしたプロジェクトです。私たちが幽霊のような異質な存在を感知して、恐怖を感じる場所について考えました。私は建築家なので、空間を構築することに興味があります。そして空間の構築に関わるには、私たちがどのように空間を認識しているのかを理解することが重要です。人間が周りの環境とどう関わっているのかということを知らなければいけません。そこで私はあることに気づきました。心理学者が人間の心を研究する時、健常とされる人と、精神疾患を持つ人との比較を行なうことがあります。そうすることによって脳のメカニズムを知ることができるからです。同じように、私は建築家として異常な空間を研究しなければならないと考えたのです。以上が、心霊現象が起きる場所に興味を持った経緯です。

リサーチをしていくと、幽霊が出ると言われる場所には、非常に高い頻度で超低周波不可聴音が発生していることを指摘する資料が数多く見つかりました。超低周波不可聴音というのは人間の可聴域よりも低い音のことです。これは耳では聞き取れませんが、体で感じることはできます。ドラムンベースやレゲエ、ダブのコンサートに行くと、体で振動を感じますが、あれも超低周波不可聴音です。私たちは特定の周波数にさらされると、意識できないのに身体が振動して、その結果気分が悪くなります。心霊現象が起きると言われる場所では、しばしば18~19ヘルツの周波数が出ているそうです。1秒間に18~19回の振動数ということです。面白いことに、この数字は人間の胃の振動数と同じなのです。この周波数にさらされると、人は吐き気をもよおしたり、気分が悪くなることがあります。さらに、この周波数は眼球を振動させます。それとは気づかぬうちに眼球が震え、視覚に異変が起きます。目の端で影のようなものが見えたりするのです。このように、超低周波不可聴音は非常に興味深い現象を引き起こします。その他にも湿度などの要素があります。じめじめした空気に囲まれると、肌が違和感を覚え、薄ら寒く感じられます。空気の流れなども影響しているでしょう。

もうひとつ、とても興味深い現象としてここでも電磁場が関わっています。心霊現象が起きる場所では、複雑な電磁場が発生していることが多いそうです。心理学の実験によると、電磁場は人間に2つの影響を与えるらしく、ひとつには、宗教的な感動を引き起こす---目に見えない存在を感知させる力があるそうです。2つめは、暗示の効果を高めるということ。例えば、あるテキストを人に読ませる場合、普通の場所よりも電磁場が発生している空間で読ませた方が、テキストの内容を信じることが多いというのです。超低周波不可聴音と電磁場が人体に与える影響について書かれた資料を当たっているうちにこうした現象を知り、自分でも実験してみることにしました。こんな簡単なことを今まで誰もやらなかったことが不思議でしたが。要するに、空っぽでニュートラルな空間を用意して、先ほど挙げた条件を追加していくと心霊現象が起こせるのではないかと考えたわけです。

最初に述べた通り、このプロジェクトに関してはあまりお見せできるものがないのですが、体験者のインタビュー映像を流します【図9】。このプロジェクトでは、空っぽの部屋を用意して、見えない所に電磁場を発生させるためのコイルと超低周波不可聴音用のスピーカーを設置しました【図10】【図11】。少しインタビューを見てみましょう──「背後に何かいるような気がした」「局所的におかしなことが起きている場があった」「ある場所にいると、安心感が得られた」「喉が締めつけられる気がした」「背後で咳が聴こえたと思ったら、今度は前の方で聴こえた」。全部で100名の被験者にこの空間を体験してもらいました。そして被験者のうち、25名は電磁場を、25名は超低周波不可聴音を、25名はその両方、残りの25名は仕掛け無しというように、グループごとに違う環境を作ったのです。もちろん、彼らは自分がどんな環境に入るのかを知らされていません。被験者には空間の中で感じたことをマップにしてもらったので、それぞれの条件にはどんな影響があるのかを知ることができました。これが、被験者が書いてくれたマップです【図12】 。いろんな体験が記されていてとても面白いですよ──「突然、誰かに見られている感じがした」「回転する模様が見えた」「床の近くで影が動いた」「不思議な光の球を見た」「蝶々がいたような気がした」等々【図13】【図14】。

#04-2-2:コラボレーション/専門外の分野

冒頭で述べた通り、『センツ・オブ・スペース』や『ホウント』などのプロジェクトはハイテクを使わないので、今から50年前でも制作できたと思います。私はローテクをよく使います。別にこだわりがあるわけではなくて、単にハイテクが得意じゃないので自ずとローテクに頼らざるを得ないのです。また苦手分野を補うため助けが必要になるので、コラボレーション作業も多くなります。私はいわゆる「デザイン」が得意ではありません。デザインが本当に好きな人は、50枚もの美しいデザイン画を2週間で描き上げてしまいます。私にとって、デザインをすることはちっとも楽しいことではありません。むしろ、24時間続く産みの苦しみを味わうようなつらい行程です。苦痛を乗り越えやっと完成しても、もう見る気も起きないのです。

私は、コンスタントという建築家が構想した『ニュー・バビロン』(New Babylon)というプロジェクトにとても大きな影響を受けました。彼は6~7年前に亡くなったばかりですが、最も旺盛な活動をしていたのは1950年代です。当時フランスを中心とするヨーロッパでは、芸術家や哲学者、政治理論家などで構成されたシチュアシオニストというグループが活動していました。コンスタントという建築家は彼らと親交がありました。彼は地球の周りをぐるりと取り囲む建築を構想したのですが、これは建築家によって設計されたものではなくて、住む人々が自ら作った建物が寄り集まって有機的に伸びていく建築のコラージュです。コンスタントの構想は、物質、またはハードウェアの世界で、今日のオープンソースの概念を先取りしていたのです。興味深いことに、彼は匂いや音で空間を構築する試みについても話していました。そして、誰でもアーティストになって、創造の現場に加わることができると考えていました。コンスタントは私にとって学ぶところの多い重要な人物です。彼は私がしたいと思っていることをすでに全部やっていて、私は彼がやり残した隙間を埋めているだけだという気すらします。

2-1:"Low Tech"

"Low Tech" (その1)

"Low Tech" (その2)

最初のプロジェクトは『ローテク』といって、必要性から生まれたものです。例として、95年に制作した作品の写真を見て下さい。今なら、BASICスタンプや簡単なチップを手に入れればすむことですが、当時はまだそんなものはありませんでした。私はハードウェアを扱うのが苦手で、うっかりするとすぐに火花を散らせてしまいます。そこで制御システムを作るために独自のプログラムを組みました……ソフトウェアなら得意なのです。このディスプレイには光に反応するセンサーが取り付けられています。画面には白と黒のパターンが出るようになっていて、リレーを通して出力の切り替えができる仕組みです。これが私にとって初めてのローテクの試みでした。客席にいらっしゃるデザイナーやアーティストの皆さんもきっと、このように分解したキーボードの部品を作品に流用したことがあるのではないでしょうか。簡単に入力システムを得られる方法ですね。

これはインドで行なったプロジェクトの写真です。いっしょに作業をした学生たちは建築が専門ではなかったので、空間を扱うことに慣れていませんでした。私たちは、ビニール袋と扇風機を使って空気で膨らむ構造体を作りました。空間デザインを専門としない人々による共同作業なので、最初は皆戸惑っていましたが、コツが掴めてくるに従ってのびのびと制作に励んでいました。どこでも手に入る簡単な材料で、新しい空間を作り上げることができるのが面白いと思います。ハサミとセロテープさえあれば改良を加えられます。

さて、私は友人のアーダーム・ショムライ=フィシェル(彼も私と似た分野で創作活動をしています)と共に『ローテク』のPDFマニュアルを作ろうと思い立ちました。そのなかで、玩具やガジェット、安く手に入るデバイスを分解して中に入っているセンサーを利用する方法を伝授するのです。発端となったのは、ブダペストで見つけた猫の玩具です【図15】 。値段が1つ100円くらいだったので、たくさん買っても出費は1000円程度ですみました。この玩具と組み合わせるためにサウンドセンサー、タッチセンサー、音声出力、猫の目を点滅させるための電気出力を用意して、私たちは簡単なインタラクティブ・システムを構築しました。200円くらいで買えるレーザーポインターをラジコンカーのタイアに取り付けると、空間に美しい線を描くことができます。そして、この仕掛けをたくさん用意すれば空間全体をレーザー光線で埋めつくせます。実際にやってみると、3~4年ほど前にICCで観たダムタイプの作品を思い起こさせるような効果が出ました。レーザーを多用したダムタイプの作品は、高そうでしたが、私たちは1500円程度の予算で似たような空間を作ったのです。これはまた違う作品の写真です。私たちはとても安い値段で接近センサーを作る方法を見つけました。きっと日本でも売っていると思いますが、赤外線を放射する銃とそれを受けて光るバッジがセットになっている玩具を使ったのです。バッジと銃を並べて置き、直接反応しないよう、間に仕切りを設けました。何かが近寄ってくると、そこに赤外線が反射してバッジを光らせるという仕組みです。この装置に近づくと、猫が反応して目からデジタル信号を送り、また他のものを反応させます。

PDFマニュアルには、猫の玩具やトランシーバーを使ったワイヤレス・ネットワークの構築方法などが載っています。中でも、私たちが気に入っているのは「動力付きリモート・ステップセンサー」というアイディアです。展示空間でステップセンサーを使う時に厄介なのは、データや電源のためのケーブルの存在です。作品を独立して置きたいのに、邪魔な配線に悩まされます。この案では、とても安い手動電源付きの懐中電灯を利用しました。ハンドルを握ると電気が起きて、明るくなるタイプです。この懐中電灯をトランシーバーに括りつけました【図16】【図17】。これを踏むとトランシーバーが作動し、信号が送り出されます。信号を受信した猫は、また新たな信号を発して他のものを動かすというわけです。私たちは猫コンピュータの制作にも取り組んでいます。ANDゲートやORゲートを含むいろんな仕掛けが組み込まれています。猫をたくさんつなげて作った、猫メモリーもちゃんとあります。

写真では分かりにくいかもしれませんが、この部屋は完璧な「インタラクティブ空間」になっています【図18】。音声や携帯電話、足踏みなどに反応する仕掛けがあり、レーザー光線や蒸気が出てきたり、音が鳴ったりして、何でも揃っていました。これだけの要素を詰め込んだのに、予算は5000円程度です。このPDFファイルはネットから無料でダウンロードできます。このサイトではウィキ(Wiki)を使って、皆が自分のローテクなアイディアを披露したり、意見交換ができる場にしました。最近はこういう場──例えば「Make Magazine」『Instructables』など──が増えてきていますね。

2-2:『コンフィギュラブル・Tシャツ』(Configurable T-shirt)

『Configurable T-shirt』 (その1)

『Configurable T-shirt』 (その2)

次は、まったく趣が違う作品です。私は建築を専門分野としているので、まさか自分がTシャツをデザインすることになるとは思いませんでしたが、数週間前に日本のある会社から、ワールドカップで自国を応援するためのTシャツをデザインしないかという依頼を受けたのです。私はワールドカップで特に応援したい国もないし、先ほど述べた通り、デザイナーでもありません。そこで思いついたのが、着る人が絵柄を自由に決められるデザインです。このTシャツならどんな国の旗でも描き込んで応援できます。黒地のTシャツに青と黄色のピクセルが印刷されていて、黒い油性ペンでピクセルを塗り潰して好きなようにデザインできます。専用のウェブサイトの画面上で自分のデザインを作成してギャラリーに追加することもできますし、公開されている他人のデザインに変更を加えることも可能です。現物のTシャツの方も、水性ペンを使えば何度でもデザインを変えられます【図19】【図20】

ウェブギャラリーには現在、350点ほどのデザインがアップされているので、いくつかお見せしましょう。自分では絶対に思いつかないような絵柄がたくさんあって面白いです。これは、ワールドカップの日本チームを応援するものですね。「With confidence 2003」、可愛い花模様、「Go Japan」、「Welcome to Heaven: Die」──皆が思い思いにデザインしています。このギャラリーの特徴のひとつは、一覧にある絵柄をクリックすると、それが作画用の画面に読み込まれ、他人のデザインに変更を加えることができるというものです。例えば、ここに「I LOVE YOU」とデザインされたものがありますが、別の人によって「LOVE NEAT -o- rama」という風に変えられています。この写真では私たちがTシャツを実際に着ていますが、先ほど言った通り、私のデザインはだめですね。横が私の妻と義兄のデザインです【図21】。こうしたコラボレーション作業をご覧いただけばお分かりかと思いますが、一連のプロジェクトは、デザインすることへの抵抗感から生まれています。人のためになるような立派な動機ではなく、自分の責任は最小限にとどめて、後は他人に任せてしまおうという発想です。

2-3:『オープン・バーブル』(Open Burble)

『Open Burble』

一連のコラボレーション・プロジェクトの中で最後にご紹介するのは『オープン・バーブル』といって、始めの方でお見せした『スカイ・イヤー』を発展させたものです。『スカイ・イヤー』では、インタラクティブであるはずの作品と観客との距離がとても離れていることが気になっていました。見に来てくれた人たちも、実際に構造体に近づいて直接触りたいと思っているようでしたが、危険すぎるためにそれができませんでした。

私は、『スカイ・イヤー』に人々が掴まって、押したり揺すったりできたらいいなと考えました。観客が直接作品を空に浮かべて、動かせる方法はないものかと構想を練っていました。それと同時に、2つのイメージが頭にありました。私は昔から『ジャックと豆の木』に出てくる、豆の木を作りたいと思っていました。天まで届く植物が出てくる童話を皆さんもご存知でしょう。もうひとつ、仏陀が蜘蛛の糸を伝って地獄に降りていくというお話を聞いたことがあります。天と地を昇り降りするという発想や、天国と通じる通路というアイディアが気に入っています。

これは即席で作った試作品です。風船を使って空に伸び上がる構造を作ろうと思ったのです。さらに規模を大きくするとどんな感じになるか、Photoshopで増やしてみました。このプロジェクトでは、参加する人々が主役になります。彼らはもはや観客ではなく、自分たちで全ての作業を行なうのです。彼らにはカーボンファイバーの枠で括られたユニットが渡されます。1ユニットの中には7つの風船と、7つのセンサーにLEDが付いた装置が含まれます。この枠はとても大きなリング状になっていますが、重量は200グラムしかありません。だから子供でも持ち上げられます。参加者はグループに分かれて、このユニットを組み合わせていきます。リング状の枠は、互いにどの方向からでも接続できるので自由に形を作ることができるのです。全てのユニットを合体すると高さ60メートルもの巨大な構造物ができあがります【図22】【図23】【図24】【図25】【図26】

タイトルに使った「バーブルburble」という単語には幾つかの意味があって、そのひとつは、乱流に関係しています。例えば「空気のバーブル burbles of air」という場合、気流の境目で空気が乱れている場所を指します。もうひとつの意味は、感情が高ぶっていて上手く話せない時、言葉が無秩序に出てきて意味をなさない時──これを「バーブルburble」と言います。タイトルは、空に浮かび上がった構造体が揺れている様子を表わし、また、参加者の発する声が構造体に命を吹き込むという意味が込められています。

参加者たちは地上でこの物体を動かし、制御しています。彼らを指揮する人はいません。参加者自らが組み立てた形が、空に向かって伸びていくのです。このプロジェクトは今度の9月初旬、シンガポール・ビエンナーレで実現される予定です。参加者たちはあちこち走り回るでしょう。入り組んだパターンを描いたり、構造体を振ったり揺らしたりするかもしれません。私が思い描いているのは、彼らの動きから生じた波動がこの雲のような物体を通って天に向かって昇っていくというイメージです。同時に、彼らが雲に向かって呼びかける声も波動となって空に昇っていきます。皆が思いっきり大声をだしたり、叫んだりしてくれると良いのですが……。歌ったりリズムをとったりしてくれればなおいいですね。イベントが終わる頃には喉が嗄れているかもしれませんが、皆で素晴らしい何かを生み出した記憶が参加者たちのなかに残るといいなと思っています。

この写真は初期の試作品のユニットです。カーボンファイバーの枠組みとケーブルがあって、風船とセンサーが付いています。そしてこれは、実行中のプロジェクトをイメージした図です【図27】。実際こんな感じになるかもしれませんし、まったく違った形態になるかもしれません。どういう形になるかは、参加者次第です。

#04-2-3:サイバネティックス

最後のカテゴリーはサイバネティックスに関係しています。残り時間が少なくなりましたので手短にお話しします。私にとってサイバネティックスという言葉の本来の意味を理解することはとても重要です。最初に述べた通り、サイバネティックスとは、生物や機械における制御とコミュニケーションの問題についての研究です。サイバネティックスは、人間が機械のようになるべきだと主張しているわけではありません。また、映画『マトリックス』に出てくるようなサイバースペースを意味しているのでもありません。そうではなく、簡単に言うとこういうことです。私はあなたが考えていることを正確に知ることができないのにも関わらず、どうしてあなたと意思の疎通を図れるのだろうか? あなたは私とどうやってコミュニケーションを成立させているのか? 意思の疎通が可能になるのは、双方が相手の姿や声などの情報をもとに推測をし、相手を理解したかのように振る舞うからです。そして互いに、まとまりがあって意味をなすと相手が了解できるような反応を返すからこそ、コミュニケーションが成立するのです。サイバネティックスの研究では、様々なかたちのコミュニケーションが議論の対象になります。人間対人間、機械対機械、人間対機械、または人間と環境などという具合です。これからご覧いただくプロジェクトでは、私たち人間が機械とどのような関係性を結んでいるのかを探りました。物質的な意味での関係性ではなく、人間と機械が互いにどのような影響を及ぼしているのかを知りたかったのです。

3-1:『フロータブル』(Floatables)

『Floatables』

前に携帯電話の電波の受信状況を調べたのと同じように、wifi(ワイファイ)空間を可視化してみようと思い立ったことが、このプロジェクトのきっかけです。私たちを取り囲むwifi(家庭やオフィス、コーヒーショップなどにある無線ネットワーク)は、ますます私たちの行動パターンに影響を及ぼしています──例えば、ノートパソコンを抱えながら座る場所を求めてうろうろする、といったように。そしてまた、私たちは他人が出入りする空間に個人的なデータ・スペースを広げていて、技術さえあればそうしたデータ・スペースはいくらでも覗き見ることができます。私はまず、wifiが特定の空間にどのように広がっているのか、言うならば「wifi景観」を理解しようと考えたのです。そこでアパートの部屋の中を、ノートパソコンを持って歩き回りました。無線LANの接続状況を、50センチメートル間隔で上下左右に測定していったのです。部屋中を歩き回ってwifiの強弱を測っていくと、ある一点、まったく信号が届いていない場所を発見しました。面白いことに、そこだけ無の状態、wifiの空白地帯があったのです。これは研究してみる価値があるなと思いました。測定を続けていると、自分の設定したネットワークの他にも、近所の人のネットワークが部屋に入り込んでいることが分かりました。しかし、それもwifiの空白地帯には届いていませんでした。

都市空間では、我々が使用する様々な器機がデータを外に漏らしています。傍受のための機材やノウハウがあれば、簡単に携帯電話の通話を盗聴したり、メールを読んだりできます。窓の外から室内の様子を盗み聞きしたり、テレビでどのチャンネルを観ているのかを調べたりできます。そのうえ、空からは人工衛星が監視しています。ある意味、プライベートな空間というものはまったく存在しません。もちろん、自宅は論外です。なぜなら自分が住んでいる家は唯一自分に割り振られた住所がある場所だからです。そこに居ることで私たちは他からアクセスしやすくなっており、身元も明らかになっています。もし本当にプライベートな空間を作るならば、戸外、それも都市の真っ只中でなければなりません。

私は都市を浮遊しながら、空白地帯を作る装置を構想しました。【図28】この想像上の装置はGPSやwifi、匂いなどをシャットアウトします。椅子の上に座っていた人が残していった熱、あの生暖かくて不快な感じも排除できるのです。この装置はエアコンのように空間を浄化します。外から見た自分の存在を消してしまえる、完全にプライベートで隔絶された空間なのです。電話もかかってきません。監視カメラに写らないように周囲を光学的に撹乱します。上空から衛星に捉えられないようにするカモフラージュ機能もあります。もちろんこの装置は常にふわふわと漂いながら、移動しています。特定の場所に留まっていれば、居場所が分かってしまうからです。これがその構想をまとめたスケッチです【図29】

。実現化を手伝ってくれそうなエンジニアを見つけたので、これからの展開が楽しみです。

3-2:『イボルビング・ソニック・エンバイロメント(進化する音響環境)』(Evolving Sonic Environment)

『Evolving Sonic Environment』

これはなかなか説明するのが難しい作品です。通常、作品を作る側は、人々“に”体験してもらうモノを制作します。何かそこにモノがあって、人々はそれを体験するために展示空間を訪れます。このプロジェクトでは、人々“を”体験するモノを作りたいと思いました。体験するものとされるものの関係を逆転しようとしたのです。そういうわけで、来場者はこの空間を訪れても特に見るべきものがありません。このプロジェクトで我々は、人工知能が空間の占有率をどうやって認識していくのか、その過程を知ろうとしたのです。ここでは、脳に似た機能を持つ人工ニューラル・ネットワークを構築しました。このシステムは空間の中にどのように人間が分布しているのかを理解しようとします。説明が難しいのですが……。これらの装置はプログラムされているわけではなく、すべてアナログです。それぞれの構成分子は、何をすべきかあらかじめ設定されているわけではありません。それらは相互に音声というか、超音波で、情報をやり取りします。そして部屋の中に人が入ってくると、交信方法を変更します【図30】。それぞれの構成分子が振る舞い方を変化させるのです。その過程は、脳が機能する方法と非常によく似ています。もう少し詳しく見ていきましょう。

これがそのデバイスです。【図31】【図32】スピーカーとマイクがあり、後ろ側には単純なアナログ回路を組み込んだ装置があります。この装置は私が設計したものではありません。プロジェクトを共同で制作した心理学者で、コンピュータ科学者のロバート・デイビスによるものです。彼は人工ニューラル・ネットワーク設計の専門家でもあります。皆さんには、この記録ビデオの背景音が聴こえていますか? 非常に高い音なので聞き取れない方もいらっしゃるかもしれません。高い周波数の可聴範囲には個人差があるからです。部屋の中を満たしている超音波は一定ではなく、常に周波数を変えています。展示期間中、ずっと変化し続けていました。今流れている音は、人間に聴こえるように実際よりも10オクターブ低くしてあります。我々は周波数の変動の記録を取り続けていました。そしてその移り変わりを、その時々に部屋の中にいる人数と比較しました。この図で黄色くなっている部分に、あるパターンが表われています。これは部屋の中に特定の人数が存在しているということを示しています。こちらの線をたどっていくと、周波数が分かります。このプロジェクトを始めて2~3日経つと部屋は学習していきます。例えば、1人が入ってきたことを認識するとある周波数を出します。別の人数になると、また違う周波数を出します。時間が経過するにつれて、変化に迅速に反応できるようになっていきます。

この図を見ると、非常にはっきりとしたパターンを描いているのが分かります(この時の入室者数は忘れましたが)。周波数の変動がくっきりと見えます。もう一方の図は、部屋が学習する前のパターンです。こちらは先ほどのパターンに比べるとずっとランダムで混沌としています。両方とも、部屋にいる人数は同じですが、最初のパターンはプロジェクト開始から3~4日経過した頃のものです【図33】。[編集部・注:【図33】は講義当日にハック氏が掲示した画像とは異なりますが、周波数パターンの異なるサンプルが3つ並べられ、入室者の人数や滞在時間などによってパターンが変化することが示されています].

3-3:『Wifi カメラ・オブスクラ』(Wifi Camera Obscura)

『Wifi Camera Obscura』 (その1)

『Wifi Camera Obscura』 (その2)

最後は『Wifiカメラ・オブスクラ』という、とても古典的なプロジェクトをお見せします。今までは古いといっても、せいぜい過去50年程度だったのが、今度は一気に500年ほど前に遡ります。カメラ・オブスクラはとても古い技術だからです。このプロジェクトもまた共同で制作されてもので、『ローテク』をいっしょに制作したアーダーム・ショムライ=フィシェルと、スウェーデンのハッカー、ベングト・ショーレンとのコラボレーションです。

17世紀と18世紀の西洋において、周りの環境を描くうえで最も重要だったのは光学的な要素です。西洋で発展した美的概念で、ピクチュアレスク(絵画的な、絵から抜け出したような)という感覚がありますが、これも光の捉え方に密接に関係しています。美しい景観を描いた絵画は光の表現を基礎としていました。そしてそれは同時に、人々が環境を整える方法にも影響を与えます。例えば、画家が美しい庭園を見て、絵を描くとします。すると、その画家の視点は建築家にインスピレーションを与えて、美しい景観に合うような建物の設計を促します。空間を把握するうえで、いわゆる「客観的」な視点を得るために考案された最初の技術が、カメラ・オブスクラでした。これは光によってイメージを作り出す装置で、仕掛けはとても単純です。暗箱(旧式の写真機の胴体部)に小さな穴を穿ち、そこから光を取り入れます。穴から入ってきた光は、箱の反対側の壁に像を結びます。

今写っているスライドは、キューバ出身の写真家の作品です。彼は光が通るための小さな穴を1つ残して、部屋全体が暗くなるように窓や開口部を遮光しました。それから長時間の露光をかけて、窓の外に広がる美しい都市風景を印画紙に定着させたのです。これは、古典的なピクチュアレスクの感覚に基づく作品です。しかし、現代人にとってのピクチュアレスクとは何かと考えてみると、それはもはや可視光線に依るものではなく、ラジオ電波、wifi、その他の電磁波によって形作られているのではないかと思います。新しいピクチュアレスクという概念が、どういう定義になるのかはまだ確立されていません。でもこれらの要素が我々の生活に大きな影響を及ぼしていることは事実です。例えば、私の住んでいる部屋では、ドアによってwifiネットワークが遮断されてしまいます。だから、ドアをいつも空けていられるように空間をアレンジし、電波を受信しやすいように作業テーブルを置く場所を工夫しています【図34】

これはwifi空間を可視化するために、カメラ・オブスクラの原理を利用しようという構想です。wifi的な景観を捉えるため、次のような仕掛けを思いつきました。wifiに対する暗箱、つまり、wifiを通さない素材で作った箱に穴を開けます。2.4GHz帯のwifiは、その穴を通って箱の中に侵入します。穴の反対側にある壁には一面にセンサーを取り付けます。これを実現するには、USBのwifiドングルをたくさん並べてもいいと思います。各ポイントの信号レベルを測定し、壁全体に届いているwifi信号の強弱を把握するのです。図を見るとイメージしやすいと思いますが、wifiの透過率が違う物質を部屋に配置します。例えば、コンクリートはwifi信号をほとんど通しません。それに比べると、木材は高い透過率を持っています。人間の身体はまったくと言っていいほどwifi信号を遮蔽しません。煉瓦は2.4GHz帯の周波数を反射します。このように、様々な素材でできた物体を配置した部屋の中にwifi暗箱を置いて、wifi空間の図像を得ようと計画しました。箱の中は図のような仕掛けにしようと考えました。一方の壁には穴が開けられており、反対側の壁には受信機が配列されています。しかし、この案を実現するにはUSBのwifiドングルをたくさん用意しなければなりません。そこで思いついた別の案をもとに作ったのが、次にお見せする試作機です。ここでは、プリングルズの空き缶を使ってwifiのためのアンテナを作りました【図35】。このアンテナを用いると、wifi信号の届く範囲を延長することができます。プリングルズ缶の筒の長さと直径がwifi信号を集めるのにちょうど良いのです。このアンテナで空間をスキャンしようという発想です。受信機をたくさん並べる代わりにスキャナーを使い、リアルタイムでwifi空間を可視化します。プリングルズ缶でなくても、このような揚げ物用の金属網を利用してアンテナを作れます。

プロジェクトの完成予想図を作ってみました。まず、普通のカメラ・オブスクラでは、このように部屋の風景が映し出されるでしょう【図36】──人が立っていて、煉瓦の構造物があり、壁とwifiのアクセス・ポイントが見えます。次に、wifiカメラ・オブスクラを使うと同じ空間がどのように見えるか、大まかな予想図を作ってみました【図37】

。アクセス・ポイントが明るく光っています。信号は天井や壁、真中の煉瓦の構造物によって跳ね返されています。木材は少し明るいけれど、うっすらと透明になっています。人間の身体は完全に透明ですが、骨がどうやって写るかは分かりません。X線写真のようにはっきりと見えるかもしれませんし、染みのように写るのかもしれません。それは2ヵ月後にこのプロジェクトが完成した時のお楽しみです。 [このプロジェクトは『Wifi Camera』というタイトルで現在も継続中です]

以上で講演を終わります。ありがとうございました。

[翻訳: 野澤朋代]

ウスマン・ハック、ウェブサイト:Haque Design + Research

http://www.haque.co.uk/index.php

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