「電子社会のパラダイム」(辻井重男編著、竹内 啓・鈴村興太郎・斉藤 博・石黒一憲・加藤尚武・池上徹彦・遠藤隆也共著)哲学者、法学者、経済学者、工学者などからなる研究プロジェクトの最終章「電子社会システムの課題」を文化人類学・情報生態学・デザイン思考的なHI総合デザイナーの視点からとりまとめ、現在のHI Ground Design活動に活用しています
(発行:新世社 発売:サイエンス社 2002.10.10)
「電子社会のパラダイム」 (第8章) 電子社会システムの課題
8.3 電子化関連技術の動向と課題
(1)みえない技術
(2)変化する技術
(3)複雑化する技術
(4)技術の捉え方
(5)共生する技術
8.4 社会システムの基本
8.2 「電子社会システム」プロジェクトの研究と課題
8.1 はじめに:オリジンにふれる
(注: 以下の図面は、図面上をクリックすることで大きくしてご覧頂けます。)
8.1 はじめに:オリジンにふれる
それ(it)は、とても小さなことから始まったような気がする。10年程前には,マルチメディアという言葉も流行った。その少し前から「諸個人と技術と社会の調和ある発展」とはどういうことだろうか,という思いが湧きあがってきていた。それは情報通信の新しいサービスやヒューマンインタフェース方式を設計するときの基底になっていたからである。
今では普通に使われている様々な言葉,例えばマウス,電子メール,パソコンなどからフラクタル,人工生命,心の社会などの言葉を生み出したオリジンの方々(たとえば,ダグラス・エンゲルバート,アラン・ケイ,ベルバー・マンデルブロ,クリストファー・ラントン,マービン・ミンスキーなど)に直接ふれあう機会を得、ワクワクする気持ちを抑えきれなかったことがつい昨日のような気がする。この10数年の間に,これらの各個人のオリジンの小さな思いから始まった諸活動が,より身近な技術・認知的人工物となり,企業活動に変化を与え、それが経済、政治、社会に大きな影響を及ぼしてきた。
(1)オートポイエティック・システムとコミュニケーション
(2)ミクロとマクロのリンク
(3)情報空間とコミュニケーション
(4)社会情報学
(5)オンライン・コミュニティ
8.5 社会システムにおけるコミュニケーション・リンク・情報
(1)パーソンズの概念的枠組み
(2)ルーマンの理論の基礎概念
(3)ウォーラーステイン
参考文献
8.9 むすび;調和ある発展に向けて
8.8 総合知に向けた思考のツール類
8.6 社会システムにおける選択
8.7 個人と社会,そして倫理
その当時,これらの諸相を図8.1のような図で表現して解説した(遠藤, 1993a)。図中の右回りの矢印の方向は,自然に回ってしまう技術依存の動きである。この自然の動きに対して,左回りの矢印の方向の動き,すなわち新しい環境としての人類史的視点,日常の生活の豊かさや新しい知の動態の視点を採る意識的な動きを加えることにより,人と技術と社会の調和ある発展を願う活動が必要であることを説いていた。
一つ一つの小さな技術の波も重なってくると大きな潮流となって世の中を動かし始める。一つ一つの技術や「認知的人工物」は小さくて魅力的なものでも、それらが関係付けられシステムとして津波のごとく押し寄せて、しかも様々な思いで使われ始めると、様々な社会的課題を生じさせることになってくる。そして、この諸課題に対処するために、人々は組織や政策や制度・法律などの「社会的人工物」をいろいろとつくりはじめる。この社会的人工物は、既存の伝統の制約下にある社会的人工物のシステムの中にフラグメントのようにしてつくられて埋め込まれようとするが、きれいな調和のとれたパッチワークのようにはめ込んだり、新たに追加したり取り替えたりすることは難しいことが多い。これらの動きのなかで人々の考え方・意識も少しづつ変化してくる。技術や認知的人工物の変化と社会的人工物の変化は、本質的に時定数が大きく異なっている。これらのことも問題を複雑にしている。
当時オリジンにふれて,みえるようにしてみたことで,今起こっていることの現象の関係性が少し見えてきたような気がしていた。本章では,よくみえていない「電子社会システム」について,様々な分野のオリジンの方々の考え方にふれながら,それらをまずマクロな視点から「みえるようにしていく」ことを試みたい。
8.2 「電子社会システム」プロジェクトの研究と課題
日本学術振興会の未来開拓学術研究推進事業「電子社会システム」プロジェクトの研究推進委員として途中から参加する機会を得,魅力あふれる研究推進委員や各プロジェクトのオリジンの方々に直接ふれる機会を得,再びワクワクする気持ちになると同時に,基本的なこと,「みえる」,「わかりあえる」ことの大切さを感じた。
システムは関係性のもとにあると言われる。また,人の洞察の基礎は抽象的な概念と知にあるのではなく,直観されたものにあるとも言われる。そこで,まずイメージ的に関係性を眺めてみることにした。
日本学術振興会の「電子社会システム」研究の目的の中をみてみると,「…… こうした電子化が進む社会のシステムを,豊かで活力に満ち,そして信頼感のもてる安定したものとするための指針,戦略および具体的手法を経済学,政治学,法学,倫理学,情報科学・工学などの面から総合的に,学際的に国際的なグローバル性を考慮しつつ探求する」とある。この文章をあえて図8.2のようなイメージで表現してみた。同図のなかに記した(a)~(f)の記号は,以下の各節の説明のためにその近傍の領域に関して便宜上付したものである。また,(d)の領域にある菱形の図形は,集合的選択や判断をイメージしたものである。なお,以下の本節は,同図の中の(a)の領域から全体をながめてみることに相当する。
日本学術振興会の「電子社会システム」研究では,第1章で述べられているように4つのプロジェクトがそれぞれ専門の立場から,図8.3に示す課題について研究がおこない,得られた研究成果と知見は,さまざまな政策提言や実世界の問題解決のために活用されている(電子社会システム研究推進委員会, 2002)。なお,各プロジェクトの研究概要については,本シリーズの後続の4分冊を参照されたい。(各々の内容目次概要を図8.4に示す。)
システムとは、極めて複雑で変動する、全体として支配することはできない環境のなかで、一部は自己の秩序に、また一部は環境条件に基づいて自己を同一に保つようなものである。このような複雑なシステムに取り組もうとするときには、「協同の知」が必須となる。この「協同の知」が有効にはたらくためには、プロジェクト横断的に取り組める具体的課題やプロジェクトの人間関係が誘発する「相互依存構造」が生まれてくることがキーになる(植田・岡田, 2000)。直面している具体的課題に即したある特定の相互依存構造がプロジェクト間で生じたとき、それが図8.2の中の一部の線となり、異分野間の関係性がみえ始めると思われる。
そこで,各プロジェクト相互の関連性と課題を抽出するために,研究推進委員による各プロジェクト相互間のクロスレファレンス資料が作成された。それらも参考にしながら,2001年9月12・13日に浜松において行われた、「電子社会システム」プロジェクトの合同研究集会では、この相互依存構造を誘発するために専門を異にする専門家間の活発な討論が行われた(詳細な内容は(電子社会システム研究推進委員会,2002)を参照)。
「電子社会システム」研究における基本的課題のひとつは,各専門家間の研究の相互依存関係を意識的に誘発・深化する方法論を創出すると共に,それらを「わかりあえる」ようにすることである。
8.3 電子化関連技術の動向と課題
本節では,主として図8.2の(b)の領域から全体をながめてみる。
現在起こっている社会現象の表層的変化の主なものは,10年以上前にオリジンが見受けられたものである。現在最先端で研究されている技術や認知的人工物の現状をみていると,今起こっていることは,これから起こる大きな変化の前触れにすぎない感じがする。もう「Beyond Cyberspace」ということも言われている。現在おこっている現象に対応するだけでなく,将来を予期し,予期の予期にも対応できるような社会的人工物を準備していくことが必要となる。
これらに対応していくためには,図8.2のなかに暗黙に表現されているものをみえるようにし,「関係構造とプロセス、そして諸活動」を見極めておくことが大切である。
(1)みえない技術
「電子社会システム」における技術現象の見えの変化例を図8.5に示す。
いわゆるIT技術と言っても,次々と新たな技術の名称が現われてくる(例えば, 吉崎, 2001)。そして,IT技術は,人々のまわりにユビキタス(Ubiquitous, 遍在すること)環境として現われてきている。そして,それはナノテクノロジー(例えば, 川合, 2001)によってさらに高度化・複雑化し,人々のまわりをより見えないものにするとともに,人間の身体の中にまで浸透してこよう。
ところで,現在の社会に大きな影響を及ぼした技術のひとつが,コンピュータの技術であることは言うまでもない。この技術を牽引してきた学術団体の主なものの一つがACM(the Association for Computing Machinery)である。1997年にACMはコンピュータの歩み50周年を祝ってACM97を開催した。会議に先立ち,コンピュータに関連してきたリーダー達24名が『Beyond Calculation: The Next Fifty Years of Computing』(Denning, Metcalfe, 1997)としてコンピュータの未来と日常生活に及ぼす影響について,オリジナルあふれ,思考を刺激する論文・エッセイ集を発表した。会議後には会議を振返って発表者19名により『Talking Back to the Machine: Computers and Human Aspiration』(Denning, 1999)と題して,コンピュータが個人と社会にどのような影響を及ぼすかについて論じた。これらで述べられたことは,インターネットの急速な発展によって一般の人々や社会に現実のものとして今日現われてきた。
4年後の2001年3月にはサンノゼにおいて,ACM1が「Beyond Cyberspace: A Journey of Many Directions」というテーマのもとで,サイバーワールドだけではなくリアルワールドとの融合を見つつ,技術は日常生活の中のユビキタス・コンポーネントとなっていくこと等が,ITのリーダー達によって論じられた。ちょうどIT不況と呼ばれるようになろうとしているシリコンバレーの中心で体験した会議であり,技術と人と社会について考えさせられる会議となった。会議後に『The Invisible Future: the seamless integration of technology into everyday life』(Denning, 2002)が発行されている。ここ数年間,ある意味で「みえない(Invisible)」がひとつのキーワードとなっている。コンピュータ自体もどんどんと見えない方向にある。(例えば『The Invisible Computer』(Norman, 1998)。)
この数年間の急速な変化にもかかわらず,技術開発の現場にいる著者にとっては, 現在見えている社会の変革は,緒についたばかりであり(例えば,『The Unfinished Revolution』(Dertouzos, 2001)),将来が全体として見えないところが不安を呼んでいる一因になっているとも思われる。
「電子社会システム」における基本的課題のひとつは,システムの「みえない」ものを「みえる」ようにすると共に,「わかりあえる」ようにすることである。
見えるようにし、わかりあえるためには,見えない情報の動きや社会のプロセスをみえるようにする学や技法(例えば(情報デザインアソシエイツ, 2002), (Jacobson, 1999))との協同研究や,いわば創造的コラボレーションのための認知科学と呼ばれる「協同の知」(植田・岡田, 2000)を利活用することが必要となる。
なお,過剰な「みえる」は,現実をありのままにとらえることを困難にすることもある点には留意する必要がある。例えば,現代人はメディアの中の世界を現実と見誤る危険性があり,政治のメディア化の危うさにも注意する必要があることが指摘されている(ヴィリリオ, 2002)。
(2)変化する技術
技術とその影響は変化し続けている。技術開発過程とそれの社会への影響の時間的関係を図8.6に示す。「電子社会システム」研究は,主として図中の「現在見えている社会」の現象を対象にしていることが多い。どこまで「将来現われてくる社会」の現象を予期できるかがキーとなる。
予期は企業活動においてもキーである。電子化に関するイノベーションに成功し業界をリードしてきた企業も,ある種の市場や技術の変化に直面したとき,図らずもその地位を守ることに失敗する(Christensen, 2000)。
「電子社会システム」における基本的課題のひとつは,変化への時間的適応である。
(3)複雑化する技術
最近起こった巨大銀行の電子化システムの問題にも予見されるように,電子化システムは,ますます大規模になり,異分野ともネットワーク化した複雑なものとなり,問題や事故が起こると,表面上はソフトウェア問題やヒューマンエラーということで片付けられるケースが多いが,問題の根はもっと根本的なところあると思われる。
問題の複雑化は情報技術自体がもたらしている面も多い。企業や社会における諸活動の一部のできるところのみに技術を部分適用することの弊害もある。これらの問題に対処するために,複雑システムに対応する新しい情報技術を開発しようとする研究もおこなわれている(例えば,大須賀節雄, 2002)。
米国では将来の社会の変化として10の変化の側面;
すなわち,
・コミュニケーション形態の変化 ・情報を扱う形態の変化
・学習形態の変化 ・商取引の性格の変化
・仕事のあり方の変化 ・医療現場の変化
・設計/製造の方法の変化 ・研究方法の変化
・環境への対応の変化 ・政策実施の変化
に対応する新情報技術を研究開発しつつある(大須賀節雄, 2002)。
問題を解決しようとして情報技術を導入して新たな問題が生じると,それを解決するために新たな情報技術を開発するといったサイクルは,電子化システムの実態をますます複雑にしている面もある。特に,電子化システムのバージョン・アップ時やシステムの結合や融合時において,それ以前のシステムを自己参照,改定していくときの技術的・社会的な方法論に留意する必要がある。
「電子社会システム」における基本的課題のひとつは,複雑なシステムを「自己参照」的に,ますます「複雑化」して「みえない」ものにしつつある点にどう対応していくかにある。
(4)技術の捉え方
ところで,そもそも「技術」と何か? 「技術」という用語やそのイメージの捉え方は様々であるが,世の中に現象として現われてくるときには,例えば図8.7に示すようなみえとして現われてくる。開発や生産などにかかわるMaking,出来上がった製品や情報通信システムなどそのものにかかわるArtifact,それらの使用などにかかわるUsing,その技術のコンセプトや開発プロセスにおける考え方などにかかわるThinking,技術情報や知的所有権などにかかわるInformation,標準化/デファクト・スタンダード戦略や社会における実運用などにかかわるOperationなどのみえとして現われてくる。これらのみえとしての捉えられた技術の諸側面は,例えばMakingは主としてメーカーや産業としての経済問題として,Operationは国家間の政策問題や倫理の問題などとして関係してくる。例えば「電子社会システム」研究の各プロジェクトは主として,図8.8に示すような技術の側面と関連していると思われる。
「電子社会システム」における基本的課題のひとつは,技術の捉え方の転移のメカニズムとその多様な側面への適応である。
(5)共生する技術
技術が人,仕事,組織,社会に及ぼす問題は早くから指摘されていた。その問題に対応するために,電子化システムのデザイン(設計)そのもののあり方に遡って,研究開発をおこなうムーブメントもあった。特に1980年代のスカンジナビア諸国におけるデザイン運動では, デザイン哲学としてデカルト,ハイデッカー,マルクス,ウィトゲンシュタインなどの思想が考察され, 現実の仕事場におけるデモクラシーのためのデザインとしての実践活動に適用されてきた(Ehn, 1988)。
人と技術との共生を目指した「人間中心設計」の名称での諸活動なども盛んにおこなわれている。(例えば,『Human Machine Symbiosis: The Foundation of Human-centred Systems Design』(Gill, 1996)。)コンピュータなどの人工物を介したヒューマンコミュニケーションがひととひとを近づけたり遠ざけたりしたりすることの課題(Endo, 1993b),ひととロボットとの対話の課題(Endo, 1992a),ひとの共同作業環境に関する課題(Endo, 1992b),ひととコンピュータ・情報通信システムの間や,電子化された組織や社会の間などで,様々な視点のヒューマンインタフェースの課題が生じていることも指摘されてきた(Endo, 1992c)。
1997年11月にOECDは「21世紀の科学技術:経済・社会・環境がめざす安定したゴール」をテーマに討論が行われ,今後25年間の科学技術の発展に伴う良い面と悪い面の両方,好機とリスクの両方が考察されている。この会議の要点が『21世紀の技術:ダイナミックな未来の有望性と危険性』(OECD, 1998)としてまとめられている。
電子化に伴うセキュリティやプライバシーの問題は,当然重要な基本的課題のひとつである。(例えば(辻井, 1999)。)
一般的に情報技術と呼ばれるものの歴史的基本のひとつである,バネーバー・ブッシュの1945年の論文である「われわれが思考するごとく(As We May Think)」に立ち戻ると共に,経済問題に必要な情報の基本である時間と場所の問題に焦点をおいて,情報技術を用いた経済と文化の新しい結合の道筋も検討されている(今井, 2002)。
「電子社会システム」における基本的課題のひとつは,技術との「共生」に関する基本的考え方を意識し,それを外在化することである。
8.4 社会システムの基本
本節では,主として図8.2の(c)の領域から全体をながめてみる。
「社会システム」に関する主な理論としては,歴史的にみると,タルコット・パーソンズの「社会システム理論」,ユルゲン・ハーバーマスの「コミュニケーション行為の理論」,ニクラス・ルーマンの「社会システム理論」があげられる(佐藤, 1997)。
(1)パーソンズの概念的枠組み
今年はパーソンズ生誕100年の記念すべき年にあたる。パーソンズは社会における「秩序問題」,すなわち,相互に自由・平等・独立の関係を前提にした近代人の場合,社会的秩序はありうるのか,もしありうるとすれば,社会秩序はどのように形成され,維持されるのか,について追求した(高城, 2002, p.35)。社会秩序を可能にするには3つの「自発的な制度的コントロール」のメカニズム,すなわち,家族連帯などのゲマインシャフト(共同社会)的連帯,市場のルール,国家のような外的に組織された機関による制裁の適用,が考えられる。しかしながら,秩序は結局のところ「価値の再生とその制度への有効な具体化によってのみ,もたらされる」というのが一貫した認識であった(高城, 2002, p.38)。これらの課題に対応するために, 秩序問題を「自己の行為と他者の行為の連関」の問題として捉え,医療におけるミクロな社会関係の観察から四機能図式を考案し,それを一般化されたマクロな社会関係にも適用できるようにAGIL図式(後期においてはLIGA図式)とよばれる概念図式(図8.9)として展開している。
どのような行為システムであれ,システムがシステムとして存続するためには,4つの機能的問題を多かれ少なかれ,解決しなければならない。これを,システムの機能的要件とよび,機能的機能とされる機能とは,適応Adaptation,目標達成Goal-Attainment,統合Integration,潜在的パターンの維持と緊張管理Latent Pattern Maintenance and Tension Management,であり,頭文字をとってAGIL図式とよばれている(高城, 2002, p.134)。AGIL図式は図8.9のイメージにもみられるように,構造分化図式としても意味づけられている。
晩年には,人間存在に課せられている制約, すなわち人間の条件を理解することは,人間が直面している諸問題に光をあてることによって,人間の自由をさらに拡大することにつながるとして,この機能図式をさらに大幅に拡張し, 人間が個体としてまた類として直面している現代的諸条件を考察するための概念的枠組みとして展開している(高城, 2002, p.211)。
「電子社会システム」研究における基本的課題のひとつは,学問の専門化を超えた包括的な概念的枠組みを構築することである。
(2)ルーマンの理論の基礎概念
ルーマンは,非常な速さで発展している「一般システム理論」と社会学の関連を作り出しながら,新たな理論体系を展開している。彼の「社会システム理論(Luhmann, 1984)」は膨大で難解と言われているが,現代の社会システム理論の一つのレファレンスとなっている。そこではまず,システム理論における三つの分析水準が示され(図8.10),社会システムの一般理論に対して一般システム理論の水準における「パラダイム転換」がどのような影響を与えているかの問いが立てられ,それに答える用意をととのえることから検討がはじめられている。
ルーマンの「社会システム理論」の基礎概念と時間の問題について,その項目をまとめたものを図8.11に示す。ダブル・コンティンジェンシー,コミュニケーション,相互浸透,自己準拠,オートポイエシススがキー・アイディアとなり,いわば社会科学と自然科学を架橋する理論を目指していると言えよう。
「電子社会システム」における基本的課題のひとつは,システムの分析の水準を明確にすると共に,システムの基礎概念と時間の問題の枠組みを創出していくことである。
(3)ウォーラーステイン
1994年から1998年の間,国際社会学会の会長であったウォーラーステインは,三つの展望の観点,すなわち, いわゆる「二つの文化」すなわち科学と人文学との認識論的再統合,社会科学諸学科の組織上の再統一と再分割,そして社会科学が知の世界の中心に就くことの観点から社会科学の将来性について検討している(Wallerstein, 1999, p.413)。現状の「社会学の文化」に対しては,6つの項目,すなわち,形式的合理性の概念, ヨーロッパ中心主義, 時間の多元的実在と時間の社会的構築,複雑性研究と確実性の終焉,ジェンダー,いまだかって存在したことのない近代(モダン),に関する挑戦を提起している(Wallerstein, 1999, p.392)。
「電子社会システム」研究における基本的課題のひとつは,具体的挑戦を明確にすることである。
8.5 社会システムにおけるコミュニケーション・リンク・情報
本節では,主として図8.2の(c)の領域におけるコミュニケーション,リンクや情報の視点から全体をながめてみる。
(1)オートポイエティック・システムとコミュニケーション
ルーマンは,人間が社会の部分ではなく社会にとっての環境の一部であると考えており,システムの構造とはそれを維持するためのものではなく,構造それ自体が常時変動することが構造を維持する唯一の方途であると考えていた(佐藤, 1997, p.21)。
ルーマンによれば,社会システムと人間の心理システムは、どちらもオートポイエティック・システムである。オートポイエティック・システムというのは、システムと環境との差異にもとづきながら、システムの構成要素を他の構成要素によって循環的・回帰的に再生産するシステムである(佐藤, 1997, p.240)。心理システムは、意識を基底的な要素とし、意識によって意識を再生産し,社会システムは、コミュニケーションを基底的な要素にし,コミュニケーションによってコミュニケーションを再生産する。社会システムと心理システムは、どちらも自らを自己準拠的に構成する自律的なシステムシステムである以上、相互に環境をなしている。社会システムと心理システムは、互いの環境をなしているにもかかわらず密接不可分な関係にあり、そうしたオートポイエティック・システム間の関係を示しているのが「相互浸透」の概念である(佐藤, 1997, p.241)。行為・コミュニケーション・意識(思考)の錯綜した関係を読み解くことが, 秩序問題を解決する手掛かりであると考えられる(佐藤, 1997, p.252)。
「電子社会システム」研究における基本的課題のひとつは,行為・コミュニケーション・相互浸透・情報の概念を電子化による影響を考慮して再構築し,準拠点とするサブシステムからみた社会的統一性を記述することである。
(2)ミクロとマクロのリンク
社会学の歴史をみてゆくとき,そこには大きく二つの分析視座があった。
社会とは複数の部分から構成される複合体であり,構成要素としての部分を検討することによって考察を与えようとするもの(ミクロ理論)と,社会とは確かに複数の部分から構成されているが,そこには部分に還元できない全体としての固有の特徴をもっており,全体を部分に分解しては全体のもつ固有の特徴を理解できないと考えるもの(マクロ理論)である。近年,このミクロ,マクロという視座をふまえながら,それに対して別様の視座としてミクロ-マクロ・リンクという立場の提示がある。これはミクロ,マクロそれぞれの理論体系を批判的に検討し,新たな観察体系を提示しようとしているものであるといえる(Alexander, 1987, p.4)。
例えば,「複雑かつ不確定な制度的秩序におけるミクロ相互作用とマクロ構造の相互浸透」(Alexander, 1987, p.224)に関し,4種類のミクロ相互作用として,経済的相互作用(市場交換),政治的相互作用(意思決定),共同的相互作用(連帯的な相互扶助,共同行為),社会的・文化的相互作用(合理的討議)を,また4種類のマクロ構造として,状況的規制,実定法,共同規範,普遍的価値を考え,図8.12のようなミクロとマクロの関係を表わしている(Alexander, 1987, p.4)。
「電子社会システム」研究における基本的課題のひとつは,電子化による影響を考慮してミクロ-マクロのリンクを再考することである。
(3)情報空間とコミュニケーション
「情報社会」とよばれる現代社会を把握するためには,情報・記号・意味をめぐる原理的な検討を避けて通るわけにはいかない(正村, 2000, 序)。電子化は,まさに言語情報や意味的情報の写像形態の変容をもたらしている。言語情報は,脱時空的なパタンとして意味を生成し(情報内レベルの内容写像),さらに意味の多様な組み合わせを産出すること(情報間レベルの内容写像)によって,現実を超えた可能性を開示する。脱時空的な意味を発生させる意味的情報の内容写像をつうじて,現実の世界は,可能性のなかからの選択として構造化される(正村, 2000, p.82)。図8.13は,そうした内容写像の構造をモデル化したもので,当該社会のなかで成立する一切の記号的情報を包含した地平構造Ⅰを「情報空間」,記号的情報が指示する一切の対象や事態を包含した地平構造Ⅱを「現実空間」,記号的情報によって表現される一切の意味を包含した地平構造Ⅲを「可能空間」として表現している(正村, 2000, p.83)。このように表現することからはじめて,情報の時間写像と空間写像を含めた時間と空間の課題,自己写像と相互写像をふくめた反省的意識の課題,原初的コミュニケーションと分節的コミュニケーションなどを含めた社会的コミュニケーションの課題,そしてシミュレーション社会の課題などへと理論が展開されている(正村, 2000,)。
また,貨幣・真理・規範・権力・影響力などの情報の受容段階で作用するコミュニケーション・メディアについて,それらが社会に分離と結合をもたらす複合的な作用を及ぼすなかから,社会が形作られることについてもみておく必要がある(正村, 2001)。
「電子社会システム」研究における基本的課題のひとつは, 情報・記号・意味・コミュニケーションをめぐる原理的な検討を再強化すると共に, 電子社会システムの具体的な課題に対応するための方法論を開発することである。
(4)社会情報学
情報化(社会)過程の遍在性(ubiquitousness)への認識から「社会情報」というコンセプトが醸成され,社会情報学(Social Informatics)という名称のもとに活発に研究が進められている(小林ほか, 1997)。そこでは,情報化の契機が全体社会にどのように埋め込まれ,それによってどのような社会変動が生じ,またそこからどのような可能性と問題性が生じているかを解明することを課題としている。また,社会情報システム学として,社会において新たな情報環境を生成する情報システムを,社会システム論,情報システム論,社会情報の意味論からなる三つの領域の複合領域における問題として総合的に研究が進められている(小林ほか, 1997, p.109)。
(5)オンライン・コミュニティ
インターネットの普及によって,様々なオンライン・コミュニティ(インターネット・コミュニティ,バーチャル・コミュニティ)におけるコミュニケーションがおこなわれている。オンライン・コミュニティの研究では,例えば,人々の間のインタラクションをネットワーク図式化したソシオグラムが, CMC (computer-mediated communication)の導入によって大きく変化し,コミュニティが活性化する様子や、社会的インタラクションに焦点をあててコミュニティにおける協調活動や信頼などに関する社会性(Sociability) の課題について,具体的に観察・分析・評価し,進化するコミュニティをサポートするためのコミュニティのデザイン法などもあわせて研究されている(例えば,Preece, 2000)。
「電子社会システム」研究における基本的課題のひとつは, 実際に稼動しているシステムを観察・分析・評価するための方法論を開発すると共に,実システムにリアルにフィードバックしつづける方法・ツール類をもつことである。
8.6 社会システムにおける選択
本節では,主として図8.2の(d)の領域から全体をながめてみる。
図8.2の(c)の領域においてシステムの要素間やシステム間でお互いに影響しあい,そこへ電子化の影響があり,関係性に変化がおころうが,影響することとそれを社会として選択することとは別である。
社会的選択の諸課題に関しては,アマルティア・センの研究がレファレンスとなり,学ぶことが多い。(例えば,(鈴村・後藤, 2001),(Sen, 1970),(Sen, 1977),(Sen, 1992),(セン, 2002))。
社会的選択のテーマとしては,図8.14(鈴村・後藤, 2001, p.238の内容をイメージ化したもの)に示すものがあげられている。
これらの詳細な研究のなかで,例えば, 「公共政策を設計するにあたっては,その政策のさまざまな目的や優先事項を選択するために正義の諸要求やひとびとによって表明された価値を精査するのみならず,正義の感覚をも含めてひとびとが受容しているさまざまな価値を幅広く理解する必要がある」とあり,公共的な価値がひとびとによって受容されるルートとして4つの異なる可能性を列挙している(鈴村・後藤, 2001, p.244)。そして,社会活動における価値の役割を理解するためには,これらの4つの種類の公共的価値の受容ルートを総合するような広大な概念的ネットワークが必要だとセンは考えている(鈴村・後藤, 2001, p.245)。ここでは,これらの内容をイメージ化したものを図8.15に示す。
また,異なる複数の集団に属するひとびとが,各集団がそれぞれ共有する《善》を内部的に整合化していくプロセスの中に,より一般的な正義の原理に対する規範的合意の可能性を発見しようとしている(鈴村・後藤, 2001, p.259)。個人は実際には異なる複数の集団に所属しており,各集団がそれぞれ共有する目的・規範・価値は当然異なっており。ときとして個人は異なる集団の矛盾・対立する要請に引き裂かれて,自己同一性の危機に見舞われる可能性がある。そのとき彼は,複数の集団間の目的・規範・価値の対立を,自己の内面的な分裂として再現する状況に置かれる。社会的な自我の観念は,個人の選択とは単なる私的関心に基づく自己利益の最大化行動ではなく,複数の目的・規範・価値に対する社会的関心を背景として,絶え間ない分裂の危機に置かれる自我を統一化する過程に他ならないことを,われわれに気づかせる役割を果たしてくれる(鈴村・後藤, 2001, p.259~251)。ここでは,これらの内容をイメージ化したものを図8.16に示す。
「電子社会システム」における基本的課題のひとつは, どのようにしてこれらの社会的選択や個人の選択の整合化プロセスに貢献していくかを熟慮することである。
8.7 個人と社会,そして倫理
本節では,主として図8.2の(e)の領域における個人に焦点をおきながら全体をながめてみる。
個人と社会に関しては,エリアスの『諸個人と社会』(Elias, 1939),パーソンズの『社会構造とパーソナリティ』(Parsons, 1964)などに基本的な課題が述べられている。一方,人としての個人の捉え方は段段と変化・深化・複雑化しており,ミンスキーの『The Society of Mind』(Minsky, 1985)では,個人のこころの中の社会について述べられている。
21世紀の人間と技術・社会の関係について,その様々な問題点をテーマに『21世紀の倫理を求めて』(加藤, 2000)が論じられている。「倫理」という言葉について,『比較思想事典』(中村, 2000)に現われている項目をもとにその思想関連をマップにしてみたものを図8.17に示す。アリストテレスの「Ethics」のなかでは,人生の目的からはじまり,喜びと幸せな人生までが記述されている(Thomson, 1976)。電子社会における倫理の課題はネガティブな面だけではなく,ポジティブな面の展開も考えることが大切である。それが,図8.2の(e)の領域にある,豊か,活力のもてる,につながることにもなると思われる。
信頼感については ,人間の心のあり方の基盤を,心をもった人間が作り出す誘因構造である社会的環境に求めるアプローチをとることにより,個人の心と社会の関係を進化ゲームとしてとらえて明確にされた「信頼の構造」(山岸, 2000)が参考になる。
「電子社会システム」における基本的課題のひとつは,個人と社会にとって望ましいと思われる状態に関する関連マップ案をダイナミックに表わし,それらのイメージを共有することである。
8.8 総合知に向けた思考のツール類
本節では,主として図8.2の(f)の領域から全体をながめてみる。
「電子社会システム」の研究は,インターディシプリナリィ(Interdisciplinary)で,国際的で、いわゆる文系・理系の融合領域の課題であり,しかも日々流動的現象を前にして,緊急に現実の政策に提言などのフィードバックをさせていかなければならない研究でもある。外部とのダイナミックなフィードバック・ループ(Feedback Loop)を具備した方法論や研究戦略ツール類を開拓しながら進めることが大切である。
ハイエクは,「適切な社会秩序という問題はこんにち,経済学,法律学,政治学,社会学,および倫理学といったさまざまな角度から研究されているが,この問題は全体として捉えた場合にのみうまくアプローチできる問題である」(Steele, 1996, p.40)と述べている。また, 「ハイエクにとって,主要問題は,どんな人もその一部しか把握できないある複雑な環境のなかで,どう行動するかを知ることである」(Steele, 1996, p.78)といわれている。
一方,「ルーマンが捉えた現代社会は、脱中心化された社会である。成層化された社会から機能分化を遂げた社会への転換によって現代社会が現出したとみている。現代社会の統一性があるとすれば、分化したサブシステムとサブシステムの単純な総和ではなく、特定のサブシステムを準拠点にしその観点から観察された統一性しかもはやありえない。そうした準拠点となるサブシステムごとに多様な社会的統一性がみられることになる」(佐藤, 1997, p.418)ともいわれている。
一部しか把握できない個にとって,ある観点からどのようにして全体をみていくのか,ここにはいわば「総合知」が求められていると言えよう。
以下では,このいわば「総合知」に向けた思考のツール類(の文献)の基本となると思われるものを概観してみる。(図8.18の下方のハコのなかにその例となる項目名を示す。)
まず,社会システムのさまざまなところで自己参照・自己言及性が基本となっている(Luhmann, 1990)。自己参照をおこなうためには,さまざまな差異をみ,それを反復し,持続する活動が必要となる(Deleuze, 1956)(宇野, 2001)。差異は,不平等とも関連し,「何についての平等/不平等か」,「何に関して平等を求めているのか」から問い直すことが必要になる(Sen, 1999)。このような観点は,人間が多様な存在であるところから必要となる。人間の存在をみようとすると,まず「身体」, 「知覚」,「言語」,「意味」ということばからはじまり,「行動の構造」そして「秩序」の概念を考える必要がある(たとえば(加國, 2002))。そしてさまざまな概念や考えは人から人へ感染し増殖し,さまざまなヴァージョンの形をとって個体群全体へと浸透していく。このようないわば「表象の感染」を考える必要がある(Sperber, 1996)。これらの過程で,個人の内面に入ってきた印象(Impression)は,理解され解釈(Interpretation)されて,身体のそとへ表出される。(遠藤, 1998)。
このようにして表出されたことがらや内面に蓄積された「情報」は,いきもののようにさまざまな特質をもちながら, 生成し繁殖し消滅していく。その間に進化し,消費され,力をもち,ひとや社会に大きな影響を及ぼす。このような情報そのものの「生態」を考える必要がある(長尾, 1992)。これらの情報の生態にかかわる情報技術は,ひとびとのローカルな生活の場でのシステムとなっていく。この場においてひとびとが技術を利活用しながら,どのような価値観をもちどのようにコミットメントしていっているかという, ひとと生活と技術が共生するローカルなシステム環境について観察・熟慮していく方法論が必要である(Nardi, 1999)。
このようなローカルなシステムから段々と大規模化・複雑化した多様なシステムが無数に存在する社会システムでは,いわゆる部分最適ではなく全体との整合性をもふくめた全体システムとしてのうまみを発揮するためにも,システムの知を学び参考にする必要がある(たとえば(木嶋・出口, 1997),(飯島・佐藤, 1997))。システムとシステムとの「間」の関係がいかにして成り立つかという問題は,社会システムにおいても基本的課題である。この「間」すなわち「インター」をわかりあえるための基底について考えてみることが必要である(遠藤, 1995)。
(図8.19に,このインタフェース問題の基底の概要と,そのインタフェース問題を解くために必要とおもわれる「わかりあえるマクロな認知工学(CE: Cognitive Engineering)」の例を示す。)
すべては関係性のもとにあるといわれている。上述のさまざまな考えの関係性をみて理論体系とするには各々の「知のオントロジー(オントロギー)」(佐伯, 2000)が必要である。そして,それらを総合するための「総合知のオントロジー」を構築することが望まれる。
これらの緒活動を通じて,社会と技術の関係について深く考えながら(Mitcham, 1994),各人の内面の進化と社会・技術との調和的発展に向けて,「社会的なものの創発」を考えるホーリスティックで、リアルタイムに現実社会にフィードバックするダイナミックな「電子社会システム」のシステム科学を再構築していくことが基本的課題であると思われる。
8.9 むすび;調和ある発展に向けて
「文明」とは『易経』や『尚書』など儒教の古典にあることばで,「天下文明なり(『易経』乾)「濬哲文明なり」(『尚書』舜典)というように使われていた。それは社会秩序の安定や個人の徳を褒め称えることばであり,物質文化の優秀性を示すシビライゼーションとは異なっていた(鶴間, 2000, p.103)。また,理論(theory)と劇場(theater)とは、ギリシャ語(thea' 英語のsight)を語源としている。言語の意味体系の内側で、みえるように説明するのが理論の役割ということになる(佐伯, 2000, p.29)といわれている。もう一度,「文明」の原義に戻りつつ,より「みえる」ように努めていきたい。
10年程前にドイツのフライブルグ大学恒例のシュヴァルツヴァルト(黒い森)を歩く教職員エクスカーションに参加する機会があった。森の中で暢気に歩いていたら,自然に経済学部のフランケン教授ご夫妻と一緒に並んで歩んでいる自分に気が付いた。自然・景色の話しや社会の話しで盛り上がり最後尾になってはいたが,森林浴を楽しみながら歩いていた。唐突であったが、「ハイエクに学んだことで最も印象に残っていることは何ですか?」と聞いてみた。しばらく遠くに目をやりながら長らく考え込まれていたが,「ひとは教えられたように,ものごとを見る,ものごとが在る,と思っている」と独り言のように話してくれた。しばらく沈黙が続いた。とても長い時間・道のりであったが,遠くにゴールとなる村の教会の尖塔が見えてくるまで周りの景色は目にはいらず,筆者の心の中では彼のことばが,なんども繰り返されていた。本章を書きながら,今この言葉を反復する必要を感じている。
本章が,人と社会と技術の調和ある発展に向けて,差異と反復・持続を熟慮しつつ,自己参照的,オートポイエシス的に転回させていくための,総合的な諸活動のひとつのきっかけとなれば幸いである。
参考文献:
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