研究内容 (鳥の性決定)

Key words:性決定、性分化、生殖、発生、鳥類、ウズラ、ニワトリ、ゲノム編集

鳥の「性」の決まり方

鳥は、性的二型(雌雄で異なる形質)が大変大きい動物です。クジャクに代表されるように、オスは色鮮やかで立派な羽根をもち、トサカや飾り羽根などの装飾を多く身に付けています。一方で、メスは比較的地味な装いをしています。また、オスは、求愛のためのダンスやラブソングを歌うなど、行動にも大きな性差があります。地球上にはおよそ1万種以上の鳥が生息しており、これら鳥類は多様性に富む性的二型をもっています。そして、その性差をもたらす最初のステップとなる、「性決定」は鳥類において非常に良く保存されています。鳥類の性は、哺乳類と同様に、遺伝子とその遺伝子が存在する染色体 (性染色体) によって決まります。しかし、鳥類の性染色体の組み合わせは哺乳類と異なり、大きいZ染色体を2本もつ (ZZ) とオスに、Zと小さいW染色体を1本ずつもつ (ZW) とメスになります。この性染色体上に存在する遺伝子により、性が決定されることは、古くから知られていますが、鳥類では、その遺伝子がどのようなものなのかはわかっていません。また、性決定遺伝子のみならず、性が決定された後に、どんな遺伝子がどのようにはたらくのか、詳しいメカニズムはほとんどが未解明のままです。

鳥類の重要な位置づけ

「性決定」という観点からみると、鳥類は脊椎動物の中では、中間的な存在だと考えられています。鳥類は、私たち哺乳類と生殖腺 (精巣や卵巣のこと) の形がとても良く似ています。また、生殖腺を形づくる遺伝子も、全てではありませんがよく似ています。哺乳類と共通点をもつ一方で、魚類、両生類、爬虫類とも共通点をもっています。これらのグループは「性ホルモン」の支配力が優勢で、ひとたび性が決まっても、性ホルモンの作用によって性が転換してしまいます。魚類のカクレクマノミは、集団の中で一番身体が大きい個体がメス、二番目に大きい個体がメスになります。もしメスが死んでしまったら、二番目だったオスがメスに性転換します。このように雌雄が固定的ではなく、両者の間を行ったり来たりできるような性質を「性の可塑性」とよんでいます。鳥類は、哺乳類との共通点をもちながらも、その他のグループがもつ「性の可塑性」も持ち合わせ、脊椎動物の性の進化を考える上で重要な位置づけにいます。

ニワトリの「性」の重要性

鳥類の代表的なモデル動物はニワトリです。ニワトリは①有精卵が比較的安価で手に入りやすい、②卵で胚発生するため、胚のみを独立して操作できる、③胚が大きくて観察・外科処置などが簡単である、などのメリットから、古くから発生学の研究に用いられてきました。卵の殻をあけて発生途中の胚に様々な実験処置をほどこし、ラップでふたをしてまたあたためれば、胚は育っていくので、研究材料としてはとても扱いやすく、魅力的です。また、ニワトリは世界中で卵、鶏肉が食べられており、大変有用な産業動物(家禽)です。家禽としても、ニワトリの性はとても重要です。なぜなら、卵をとるにはメスが必要です。また、鶏肉をとるには身体が大きくて筋肉がたくさんつくオスが好まれます。

ニワトリをつかった性決定メカニズムの解明は、農学などの応用研究分野においても大変重要です。鳥類の性決定研究がすすんでいない原因のひとつとして、鳥類では遺伝子導入動物 (トランスジェニック動物) の作製が難しいことがあげられます。哺乳類では、マウスをモデル動物として、遺伝子を導入したり、逆に目的とする遺伝子を壊したりすることが可能です。例えばオスになるための遺伝子をXXのメスに導入してやると、遺伝的にはメスでありながら、身体はオスになります。このように性が転換する現象を利用して、性決定のメカニズムは研究されていますが、鳥類での報告はほとんどありません。私たちの研究室では、ニワトリ初期胚を用いたトランスジェニック技術を確立し、性決定に関わる様々な遺伝子の解析を行っています。また、最近はニホンウズラを用いたゲノム編集技術の確立も行っています。私たちの研究室では、基礎生物学的にも応用生物学的に重要な、鳥類の性決定における分子基盤を明らかにすることを目指しています。

写真の説明(左から順に)

若いオスのニワトリ. 成長したニワトリを実験に使うことは、ほとんどありません.

卵の中で発生中の初期胚. 左:孵卵開始48時間目、右:56時間目. 写真右下の黒いバーは0.5mmの長さを表しています. 血管が赤くみえます.

GFP遺伝子を導入した初期胚 (上段) と細胞 (下段). GFP遺伝子が発現すると、緑色に光ります.

様々な染色実験. 生殖腺 (精巣や卵巣になる組織) の組織切片を使って、様々な分子発生学的実験を行います.

有精卵の卵殻を開けるところ. 写真ではピンセットであけていますが、ダイヤモンドカッターで切ることもあります.

遺伝子導入を終えた卵を卵殻にもどすところ. 卵黄中に青く見える部分は、遺伝子導入のためのウィルス液を注入した部分です.

リングで固定された卵. ラップでふたをして、リングと輪ゴムで固定します.

孵卵中の遺伝子導入された卵. 37~38℃であたため、発生させます.