研究内容 (Y染色体とトゲネズミ)

Key words: 性決定、Y染色体、X染色体、進化、遺伝子、哺乳類、トゲネズミ

性はどのように決定されるか?

私たちの細胞中には、男女で組み合わせが異なる染色体が存在し、大きい方をX染色体、小さい方をY染色体とよびます。X染色体を2本もつ (XX) と女性に、XとY染色体を1本ずつもつ (XY) と男性になります。つまり、Y染色体をもつと男性に、もたないと女性になります。もう少し詳しく説明すると、Y染色体上に存在するSRYという性決定遺伝子が働くことで性が決まります。まだ母親の胎内で胎児が成長している初期の頃、胎児のおなかの中に「未分化な生殖腺」ができます。これは将来、卵巣あるいは精巣になる元の器官です。もし、胎児がXYであれば、SRY遺伝子が働き、生殖腺が精巣になります。一方、XXであると、SRYをもたないため、生殖腺は卵巣になります。ヒトだけでなく、地球上に生息する有胎盤哺乳類のほとんどが、この仕組みで性が決定されています。

性染色体はどのように進化するのか?

XとY染色体は、元々は一対の同じ染色体でした。哺乳類の祖先種が登場したのが今から約3億1千万年前といわれており、この頃はXもYも同じ大きさで遺伝子数も2,000種類以上あったと考えられています。ところが、長い進化の年月を経て、現在のYとなる染色体に、有害な突然変異などが蓄積し、Y染色体はどんどん小さくなっていきました。もともと2,000種類以上あった遺伝子も、現在ではたったの50種類程度(重複を除く)しかありません。数は少ないながら、残されたY染色体上の遺伝子は精子形成や精巣発達にはたらく重要な遺伝子に進化し、男性にとってなくてはならない遺伝子となりました。しかし、このままY染色体の遺伝子が減っていくのならば、Y染色体は消失し、男性がいなくなり、ひいては人類が滅亡してしまうという説があります。

Yをもたない不思議なネズミ

私たちは、Y染色体や性決定メカニズムの進化の謎を解明するために、大変奇妙な染色体をもつトゲネズミを材料に研究を行っています。トゲネズミは南西諸島に生息する日本の在来固有種です。哺乳類でありながらY染色体をもたず、オスもメスもX 染色体を1本しかもちません。また、哺乳類の性決定遺伝子であるSRYももちません。SRYなしにどうやって性を決めているのか?Y染色体なしに、どうやってオスは生まれてくるのか?Y染色体はどうして消えてしまったのか?私はこの不思議な染色体をもつトネズミを対象に、様々なアプローチで研究を進めています。(写真提供:河内紀浩)

私たちが目指すもの

生物のオスとメスがどのように決まるのか、とても不思議に思ったことが私の研究の出発点です。哺乳類の場合は、X染色体とY染色体にその秘密がかくされています。XとYのミステリーを、可能な限り解き明かしていきたいです。また、トゲネズミという特殊な例を研究することで、今までにわからなかったXとYの謎が、少しずつですが、明らかになってきています。例えば、Y染色体の消失が、直接的にオスの消滅にはつながらないことが、トゲネズミの研究からわかりました。もちろん私たちヒトが、トゲネズミと同じ進化の道をたどるとは限りません。しかし、Y染色体消失について検証できるモデル生物は、世界中をさがしてもトゲネズミだけです。残念ながら、トゲネズミは生息環境の縮小や移入種による捕食などで、生息数が激減しています。トゲネズミは日本の天然記念物にも指定されているため、私たちは国の許可を得て、保全のための捕獲調査グループに参加しながら、研究を進めています。私たちの研究をきっかけに、こんなに不思議でおもしろい動物が日本の在来種として存在することをできるだけ多くの人に知ってもらうこと、トゲネズミの保全活動のさらなる活発化につながることが目標です。

写真の説明(左から順に)

捕獲調査の様子. 南西諸島の自然が残された野山に入ります. 捕獲は国の許可を得て行います.

捕獲されたトゲネズミ. 体重や体側をはかり、調査が終わり次第、安全な状態で放獣します.

尾部先端のサンプリング. 捕獲された個体の一部は、尾部の先5mmをカットし、研究室へ送ります. 貴重な研究材料です.

細胞培養の様子. 送られた尾部組織から細胞の培養を行います.

培養された細胞. この細胞からDNAや染色体などの研究試料を得ます. 細胞は貴重なバイオリソースとして凍結保存もします.

実験の様子. 様々な分子生物学実験、細胞生物学実験を行います.

染色体の写真2枚. 目的とする遺伝子や、染色体の領域を蛍光で光らせて位置を確認することができます.