2.Study

学部・大学院ではクモの行動・進化に関する基礎研究を行っていました。現在は農地のクモの多様性について研究しています。

1. クモ類を対象とした基礎研究

1—1. ゴミグモのゴミリボンの役割 (九大・卒業研究)

クモの網上にみられる装飾物は、視覚的に獲物を誘引することが知られています。ゴミグモの仲間は脱皮殻や餌の食べかすなどをよせ集めて作った「ゴミリボン」を網に吊るすことが知られていますが、これらも同様の役割を果たしているのでしょうか?本研究では、ゴミグモ(Cyclosa octotuberculata)という種を用いて、ゴミリボンのある網とない網を人為的に作成し、野外で餌捕獲率を比較することで、餌誘引の可能性を検討しました(Baba 2003 Acta Arachnol)。

1—2. ナガコガネグモのバリアー網の役割 (サイドワーク)

ナガコガネグモは平面状の円網と、不規則な立体状の網(バリアー網)を付け加えた円網の2タイプの網を使い分けることが知られています。バリアー網は構造上、鳥やハチの攻撃を受けるのを妨げる捕食者防衛機能を持つと考えられますが、その機能は検証されていませんでした。本研究では、ナガコガネグモのバリアー網の使い分けに関わる要因を特定することで、対捕食者防衛機能の可能性について検討しました(Baba & Miyashita 2006 J Ethol)。

1—3. チリイソウロウグモの宿主適応による形質分化の仕組み(東大大学院・修士・博士研究)

チリイソウロウグモは他の造網性クモ類の網に侵入して餌を盗む「盗み寄生性」のクモです。本種は日本本土と南西諸島で、クサグモ、スズミグモという系統の異なる宿主を利用しています(Baba & Miyashita 2005 Acta Arachnol)。本研究では、この宿主利用の違いがチリイソウロウグモの餌盗み行動や生活史の進化にどのような影響を与えるかを地域間比較により明らかにしました( 馬場・宮下 2008 Acta Arachnol, Baba et al. 2007 Ecol Entomol, 2012 Anim Behav, 2013 Popul Ecol, Reviewed in 馬場 2009 Acta Arachnol)。 

1—4. アシナガグモにおける鋏角長の多様化の仕組み (二見恭子・高田まゆら・谷川明男博士らとの共同研究)

アシナガグモ属のクモは非常に大きな鋏角を持ち、顕著な性的二型がみとめられます。この性的二型の程度は種間で異なり、雄が極端に大きな鋏角を持つ種もいれば、雌雄ともに大型の鋏角をもつものもいます。アシナガグモ類は交接時に雌雄が互いの鋏角を噛み合わせて固定する交接前行動を示すことと、オスでは鋏角を用いた闘争が観察されることから鋏角長の多様化には交配に関わる複数の選択圧が関わっていると推測されます。本研究では交配における鋏角の役割と、アシナガグモ属における鋏角長の性的二型の進化パターンを明らかにすることで、鋏角長の多様化をもたらした進化的背景について考察しました (Baba et al. 2018 Behav Ecol)。

1—5. ヤミサラグモ属における交尾器形態の多様化の仕組み(井原 庸博士との共同研究)

ヤミサラグモ類は体長2-3 mmの林床に生息する微小なクモで、移動能力の低さにより、交尾器形態に著しい地理的分化がみられます。この仲間はメスが体に対して不釣り合いに大きな交尾器をもち(写真参照)、オスの交尾器の形もメスの形に合わせて協調的に変異するという興味深い特徴をもちます。オスとメスの交尾器の形状は厳密な「錠と鍵」の関係が成り立つことから、この交尾器進化には雌雄間の共進化が関わるものと推測されます。本研究ではヤミサラグモ種間の系統関係を明らかにすることで、交尾器形態の分化に関わる過程と要因の解明を試みています (Nakano et al., 2017 Zool Sci, Baba, Ihara et al. in prep.)。

1—6. クモ類の記載分類

日本には約1600種類ものクモが知られていますが、まだ多くの未記載種が存在します。特に南西諸島のハエトリグモについては正体不明の種が多く、日本のクモ相を解明する上でこれらの分類学的研究が急務といえます。こうした背景から、私は南西諸島における未記載種のハエトリグモを中心に分類学的な研究を進めてきました (Baba 2006 Acta Arachnol, 2010 Acta Arachnol, 2013ab, Acta Arachnol; Baba and Tanikawa 2017 Acta Arachnol, 2018 Acta Arachnol, Baba, Yamasaki & Tanikawa 2019 Aracnology)

※喜ばしい事に、近年、若手のハエトリグモ研究者が増えてきたため、近い将来には日本産ハエトリグモの全容が明らかにされるものと期待できます。今後は、他の手薄なグループ・単発の未記載種の記載等を手掛けようと思っています。

◆これまでに命名した種(8種+投稿中)

ミナミヤハズハエトリ Mendoza ryukyuensis Baba 2006

ワイノジハエトリ Marpissa mashibarai Baba 2013

クマドリハエトリ Marpissa yawatai Baba 2013

シマヤハズハエトリ Mendoza suguroi Baba 2013

ヨシタケイヅツグモ Anyphaena yoshitakei Baba & Tanikawa 2017

ヤマヒメアシナガグモ Pachygnatha monticola Baba & Tanikawa 2018

オオサワヒメアシナガグモ Glenognatha osawai Baba & Tanikawa 2018

アカオビハエトリ Siler  ruber Baba, Yamasaki & Tanikawa 2019


◆日本新記録の報告(5種)

カラオビハエトリ Siler collingwoodi 南西諸島(西表島)(Baba 2010)

タイリクコマチグモ Cheiracanthium taegense 対馬 (Baba & Yoshitake 2016)

ヨツトゲセンショウグモ Ero aphana 沖縄島・西表島 (Baba, Katayama & Tanikawa 2017)

ネッタイチリグモ Oecobius marathaus 石垣島 (Baba, Ohno, Hosokawa-Ukuda & Tanikawa 2017)

タイリクヤバネウラシマグモ Phrurolithus splendidus 屋久島 (Suguro, Baba & Yamauchi 2018)

◆稀産種の分布記録

ヤマトジャノメグモ Anepsion japonicum 屋久島 (Baba, Suguro & Yamauchi 2015)

1—7. トリノフンダマシ(Cyrarachne spp.)は湿度の高い夜に網を張る (先輩の研究を論文化)

トリノフンダマシの仲間はガを捕食するのに特化した習性をもちます。本グループがつくる横糸の粘糸は、極めて強い粘着力をもつのですが、この粘着力が高湿度条件下でないと機能を発揮しないこと、さらにこれに対応して、湿度が高い条件でないと網を張らないことが、野外調査と室内実験の両面から明らかになりました(Baba et al. 2014 Naturwissenshaften)。

2. 農地の生物多様性に関する研究 (就職後の仕事)

2—1. 農地周辺の草地におけるクモ類の多様性 (平舘俊太郎・吉武 啓博士らとの共同研究)

クモ類は農地の広食性捕食者として害虫密度の抑制に重要な役割を果たすと考えられます。クモ類は生活史を農地内で完結せず、周辺環境から移入してくるため、その個体数・多様性を維持するためには周辺の土地管理が重要です。特に草刈り等を含む植生管理は、クモにとっての物理的生息環境や餌資源となる植食性昆虫類を同時に改変するため、その群集構造に大きな影響を与えうると考えられます。この影響を明らかにするため、私達は農地周辺の植生管理が異なる草地を対象にクモ類の種数・個体数を比較し、人間活動がクモ類の群集構造に与える影響を明らかにしました (Baba et al. in prep.)。

2—2. 水田内におけるクモ類の多様性と生態系機能 (田中幸一博士らとの共同研究)

農業害虫の天敵あるいは環境保全型農法の効果を表す指標生物として有用なアシナガグモ属やコモリグモ科のクモの個体数の決定機構について研究を実施しています。野外調査をもとに、周辺景観とクモの個体数との関係を地理情報システム(Geographic Information System)を用いて解析を行ったところ、水田内のアシナガグモの個体数は周囲の森林面積割合が多い水田ほど多いこと、さらに森林による影響の強さはグループや種によって異なることがわかってきました(概要は馬場・高田 2015; 馬場 2015; Baba & Tanaka 2016aを参照)。また、アシナガグモ属のクモが多い水田ほど、水稲害虫の個体数が少ないパターンなども明らかになってきました。この仕組みを明らかにするため、現在各種の生態的特性についても調査を進めています(Baba & Tanaka 2016b Biol Control; Baba et al. 2018 BioControl, Sorgog, Tanaka & Baba 2023 Agric Ecosyst Environ)。

2—3. 景観構造が畑地の天敵類に及ぼす影響の解明  (奈良県農業研究開発センター・宮崎大学との共同研究)

保全型生物的防除とは,圃場管理や薬剤施用の改善を通じて,圃場周辺に生息する土着天敵の多様性や密度を高めることにより、害虫密度を抑制する害虫防除体系のことです.一方,圃場は農薬の使用や耕起等の人為的攪乱によってしばしば生物の生息に不適な環境となるため,生息地となる周辺環境からの影響を考慮することも重要です。本研究は、奈良県の4地域にある露地ナス圃場での,ナス花上における個体数調査をもとに,ナスの害虫類の有効天敵として知られるヒメハナカメムシ類 Orius spp.に対する周辺景観の影響を,空間解析により明らかにしました(馬場ら 2016 応動昆)。

2—4. 環境保全型農法が生物多様性に及ぼす影響 (農環研メンバーらとの共同研究)

農地の生物多様性を守るため、化学合成農薬や化学肥料の使用量を減らした環境保全型農業が世界中で推進されています。しかし、国内においてその効果の有効性を示す科学的根拠が乏しい状況でした。私達の所属する農業環境変動研究センター(前・農業環境技術研究所)では、農水省の委託研究プロジェクトを通じて、この環境保全型農業が生物多様性に及ぼす影響を検証してきました。その結果、有機農法や特別栽培型農法は、水田における水鳥やカエル・魚類・クモ・トンボ・植物など様々な分類群の個体数や種数を増やすことが明らかになりました(Katayama et al. 2019 J Appl Ecol; Baba et al. 2019 J Insect Conserv; Baba et al. 2023 Wetlands)。これらの成果の一部は「生物多様性の調査・評価マニュアル」としても公開されています。

2—5. 耕作放棄に伴う生物相の変化 (楠本良延博士らとの共同研究)

近年、農地の生物多様性の新たな脅威として、農業従事者の減少や高齢化等にともなう耕作放棄の問題が注目されています。特に伝統的農業・管理によって維持されてきた日本の里山において、生物多様性に与える影響は大きいと考えられますが、国内では関連した研究例が少ない状況です。そこで、私達は食物網において中間的な栄養段階に属し、環境指標性が高いクモ類を対象に、耕作放棄の影響を調べました。耕作放棄地は放棄年数や土壌水分条件によって、植生が著しく変化し、生物の個体数や多様性に影響を及ぼすと考えられるため、局所環境の影響に注目しました。茨城県内の植生遷移段階と土壌水分条件が異なる耕作放棄田および、現行水田において、捕虫網による掬い取り法によってクモ類を採集し、1) 放棄前後のクモ類の個体数や種多様性を比較し、2) 植生遷移(初期・中期・後期)と土壌水分条件が、クモの個体数や種数に与える影響を調べました (Baba et al. 2019 Ecol Eng)

2—6. オオハシリグモの食性(亘 悠哉博士らとの共同研究)

オオハシリグモ Dolomedes orion は日本最大の徘徊性のクモです。水辺に生息し、陸生節足動物からカエル・水生生物まで利用することから、陸と水の食物網をつなぐ重要な役割を果たすと考えられますが、具体的なデータはこれまで提示されてきませんでした。そこでエサメニューのデータを野外調査や文献調査、聞き取り調査により収集しました。その結果、本種は陸生昆虫から、淡水生のカニ類・エビ類、そしてカエルやトカゲなど極めて幅広い食性を示すことが分かりました (Baba et al. 2019 J Arachnol)

2—7. その他の共同研究・研究成果

・先端技術を駆使した土壌-地上の食物網の全容の解明 (東樹宏和氏らとの共同研究)

 (Toju & Baba 2018 Zool Lett; Suzuki et al. 2023 Nat Ecol Evol; Toju et al. 2024 PNAS Nexus)

・形質介在効果を利用した環境に優しい害虫防除技術の確立 (坂本洋典氏との共同研究)

・人間の文化的活動に見られる生物多様性(片山直樹氏との共同研究)

Katayama & Baba 2020 Ecosystem Service

・喜界島でアブラコウモリを初記録(木元侑菜氏・勝原涼帆氏・亘悠哉氏との共同研究)

木元他 2021 哺乳類科学

・海上のクモ相(藤田健一郎氏との共同研究)

Baba & Fujita 2021 Acta Arachnologica

・沖縄地方のクモ相(大野豪氏との共同研究)

Baba & Ohno 2024 Journal of Asia-Pacific Entomology

3. DNAメタバーコーディング技術を用いた生態学的研究

3—1. 環境DNAメタバーコーディング技術による水田の生物多様性の評価

農業の拡大・集約化に伴う生物多様性の劣化・損失を抑えるため、化学合成農薬・肥料の使用を減らした環境保全型農業の普及・推進が図られています。こうした背景から、環境保全型農業が水田の生物多様性を保全する効果を評価する研究が実施されていますが、水田の生物多様性を把握するには多大な調査労力と生物種を同定するための専門的知識を要するため、より簡便な生物多様性の評価手法を確立する必要があります。そこで、近年新たな生物モニタリング手法として注目されている環境DNAメタバーコーディング法を用いて水田の生物多様性評価を試みました。この技術は環境中に存在する生物のDNA情報を分析することで、特定分類群の生物種を高感度で網羅的に検出できるため、より簡便かつ包括的な水田の生物多様性評価が可能になることが期待されます馬場・片山・山迫・山本・池田・伊藤 2022 昆虫と自然; Katayama et al. submitted)。

3-2. Natural Samplerを活用した環境DNAによる陸地の生物多様性評価

準備中