2024年、大阪女学院大学は開学20周年を迎えました。記念イベントの中で行われたパネルディスカッションでは、卒業生と在学生がそれぞれの学びや仕事を語りました。
「しっかり勉強した4年間が自信になった」「英語のスキルだけではなく“何を語るのか”。自分の考えを伝える。互いに意見を言い合えるようになった」など女学院スピリットあふれるトークが展開されました。(開学20周年記念イベント 2024年9月ホームカミングデーにて開催)
卒業生3名と在学生1名が関根聴先生、奥本京子先生と共に登壇。まずOJに入学したきっかけは?
「大学開学のことを新聞の全面広告で見て、〝英語で何かを学ぶ〟ということに惹かれた」という1期生の笠井さん。
同じく1期生の西川さん、4期生の中谷さん、現4年生の濱野さんに共通していたのは「第1志望ではなかったけど、高校の先生の勧めで」。
皆さん「英語を学ぶなら大阪女学院に」と入学に至ったようです。
そして入学してからは・・
「1年生や2年生の時は朝から6時まで必修で時間割いっぱい!」「朝早く来て夜遅くまで大学にいるというのは私も同じだった」。4人が異口同音に語りました。
そして中谷さんのこの言葉「いっぱい宿題が出て大変だったけど、おかげですごく学びになったし、 同じように頑張る友達が周りにいたから、頑張れた4年間だったと思います」。20年前も今も、こういう声、ほんとに多いのです!
「授業で特に思い出すのはディスカッション」と笠井さん。「普段仲のいい友達でも、授業のディスカッションでは意見が違うこともある。自分が思っていることを言い、相手も思っていることを言って、ガチバトルみたいな雰囲気でも、終わったらすぐ普段どおりに戻る、こういう関係が、それまでの学校教育の中で受けてきた感じにはなかったからすごく新鮮でした」。これもまさしく“OJあるある”の一つです。関根先生も「ディスカッションをしっかりやって、授業が終わったら一緒にお菓子をつまんでたりするね(笑)」。
「“英語で学ぶ”というところは本当にキーポイントだなと思って」という西川さん。「文法や単語も大事だけど、一番大事なのは『何を伝えたいか、自分の思いがどうなのか』だと思います。その訓練が授業の中で出来ていました。本当に授業の中身は難しくて、考えないと置いていかれる、と必死でしたが。結果として、4年間みっちり勉強したという自信になって『あの時やってよかったな』と思います」。
「社会に出てからも思うのですが、トピックに関して自分の意見を言い合えるというのはすごく大事です。日本人は遠慮して他の人の意見に合わそうとするけど、そういう時は〝女学院魂〟みたいなのが出てきて、思っていることを言っちゃいます(笑)」と笠井さん。
この中で一人だけ現役学生の濱野さんはWGL専攻の4年生。「WGL専攻は1年の時から授業が全部英語で、留学生が多いので意思疎通も英語。英語で伝えたいことを伝えられなくて、簡単なことしか言えなくて、 本当に伝わっているのかという不安はめっちゃありました」。最初は苦労したといいますが、最終学年の今は英語で卒論を完成させるGP(卒業研究)に取り組んでいるところ。「WGL専攻でリーダーシップを勉強してきて、GPでは『リーダーシップは先天性か、後天性か』というテーマで研究しています」。
社会人の3人に「大学時代の学びがお仕事にどんなふうに繋がっているのか、お聞きしたいですね」と奥本先生。
現在、日本語教師として活躍する中谷さんは「最初に就職した外資系ホテルでは、宿泊予約の部署で英語の4技能をフルに使っていました。5年ほどで転職して、今は日本語教師をしています。日本語を教えることに興味を持ったのは、大学時代の台湾へのセメスタ留学がきっかけでした。現地の友達から『日本語を教えて』と言われて説明しようとしたら、簡単じゃないなぁと。その思いがずっとあったんです。今の仕事では英語を使うことは少なくなりましたが、教室が地球みたいな感じで、本当にいろんな国があるなとか、いろんな国でこんなことが起こっているんだとかを肌で感じるので、大阪女学院で学んでいた世界のトピック、その内容はすごく自分に繋がってるなと思います」。
航空業界のLCCで営業部門に携わる西川さんは「卒業してから約6年間、在阪の教育系の会社に勤め、在学中に台湾にセメスタ留学した経験から台湾に関わる仕事がしたいと思い、転職して今は航空会社におります。海外のマーケットを中心に担当していて、英語や中国語が仕事に役立っています。プレゼン資料を作ることもたくさんあって、大学でやっていたことの延長線上だなと感じます。文章をまとめる時に、ペーパーの書き方で学んだことも生かされていますね」。
NPO職員の笠井さんは「私は卒業してから専門学校に行って精神保健福祉士の資格を取り、精神科の病院で働いた後、ホームレス状態の方の支援をするNPOに転職して、今はNPOの2つめのところで働いています。大阪市西成区の釜ヶ崎と言われるところで生活困窮の方の支援をする団体です。もともとホームレス問題に関心があって、それを周りに言うと変に思われるから言わずにいました。この大学に入ってからは、友達や、特に国際協力コースの友達は、そういうことを言っても全然おかしい扱いはしないし、一緒にボランティア活動に行ってくれたりしていました。そんな中で、今後もホームレス問題に携わっていきたいという考えが強くなっていきました」。
この日はホームカミングデー、そして開学20周年記念イベントということで、会場には卒業生や懐かしい旧教職員の方々が。また「総合キャンパスプログラム演習」の授業の一環として大学・短大の1年生たちも席にいました。
そこで「ここにいる在学生に、こんな勉強したらいいと思うよ、こんな大学生活を過ごしてみるといいんじゃない、というコメントをお願いします」と関根先生。
まず一番近い先輩、4年生の濱野さんは「私は大阪女学院で本当にいろんなことを経験させてもらいました。リーダーシップトレーニングに参加してビッグシスターもやったし、学内のコンテストも2年の時と4年の時も出たし、自分でいろいろ企画してイベントをやったり、大学祭に出たり。韓国に1年間留学もしました。1年生のみんなには今を楽しんでたくさん勉強して、学生だからこそできる特別な環境をフルに活かしてほしいなと思います」。
「私も在学中、活動は何でも顔を出そうと思っていました」という中谷さん。「入学してビッグシスターの先輩を見て『自分もやりたい』と思ったし、学友会、リトリートやボランティアなど、何かあれば全部参加していました。イベントとか、企画してみんなでやっていくという経験は仕事でも役にたつのでおすすめしたいです。また、海外プログラムにも短期でも長期でも、なんでもいいから参加した方がいいなと思います。人生の中で本気で勉強に集中できる時間は今しかないと思います。本当に大学の時間は貴重な時間です」。
「たくさんの苦しい・嬉しい・苦しい・嬉しいを経験して、1年生から4年生までの動きを折れ線グラフにするのを想像してみてください」と語りかけた西川さん。「それで4年間が終わった時、グラフの始まりと終わりを引っ張って伸ばして、それが長いと、振れ幅が大きかったということですね。こんなに長い線になった、というのが自信になって、良かったなぁとあとで思えるので、大変なことも前向きに捉えて頑張ってほしいと思います」。
「過去に戻れるならどこに戻りたいか?と聞かれたら、大阪女学院時代に戻りたいとすごく思っている」というのは笠井さん。「4年間があっという間で、やり残したことがいっぱいあるなと思います。学生時代が1番時間があるんだよと、私もよく上の世代の人たちに言われてきたけど、本当にそうだと思うので。いろんな人と話をしたり、考えを聞いたり、交流したりということが大学生時代にできると、社会に出た時にいろんな人の意見も聞けるようになるし、自分の考えることを伝えられる人になれる。大阪女学院の強みというか。この強みを吸収して、ぜひ4年間、学費の元を取って(笑)、いっぱい学んでほしいなと思います」。