中谷実穂さん
大阪女学院大学2011年卒業。ECC国際外語専門学校勤務。日本語教師。(2024年9月取材)
留学生対象の日本語学科で、日本語を教えるだけでなく進路指導も担う中谷さん。卒業して最初に就職したのは外資系ホテルだった。
「ホテルというとまずフロントをイメージされると思いますが、その後ろの仕事、宿泊予約の部署でした。国内・海外のお客様やエージェントから、毎日英語で電話がくる。予約表も英語、社内連絡も英語。英語を使って仕事したいと思っていたのが叶って、英語で聞いて読んで、話して書く、4技能を使って働いた5年間でした」。
英語力を「フルで使う仕事、すごくよかった」というが、なぜ日本語教師に転身したのか。きっかけは大学3年の時、台湾へのセメスタ留学での体験に遡る。
「台湾の人は日本が好きな人が多くて。『日本語を教えて』と言われることが多かったんです。『嬉しいと楽しいって何が違うの?』とか聞かれて説明しようとすると“なんか似てるなこの二つ……”。うまく説明できないなと思ったことが、ずっと自分の中に残っていて」。
日本語教師という仕事に興味を持つようになっていき、仕事の傍ら養成講座で学び、資格を取った。
【写真は、この日大学のキャンパスで再会した、教え子のイマルシさん(大学2年生)と】
ホテル勤務で活かした英語力、そして現職へのきっかけ。どちらも学生時代の学びや体験が元にあるようだが、「高校の時は大阪女学院のことを知らなかった。先生から『英語を勉強したいなら大阪女学院大学がいいよ』と勧められたんです」。
結果、入学してからは「朝早く来て夜遅くまで大学にいた。必死で課題をする毎日でした。いっぱい宿題が出て大変でしたが、そのおかげですごく学びになったし、同じように周りに一緒に頑張る友達がいたから、頑張れた4年間でした」。
ホテル時代の、電話1本で顔の見えない客とのやりとり。感謝されることもあれば厳しいクレームもあった。働きながら400時間以上の日本語教師養成講座に通うのはなかなかハードである。大阪女学院で毎日「必死で課題をやった」力が生きたに違いない。そして、台湾留学で感じたことをずっと胸に持ち続けていたこと。中谷さんからは、言葉への関心や、コミュニケーションを大切にする姿勢が、学生時代と社会経験とを通して豊かになっていったことがうかがえる。それはもちろん今の仕事への想いにも表れている。
「日本語で日本語を教えるという仕事なので英語を使うことは少なくなりましたが、教室が地球みたいな感じで、本当にいろんな国があるなとか、いろんな国でこんなことが起こっているんだというのを肌で感じるので、大阪女学院で1年生の時から学んでいた世界のトピック、その内容はすごく自分に繋がってるなと思います」。
進学クラスを受け持ち、日本で大学進学や就職をめざす留学生たちをサポートする今、「学生には、毎日教室に来るのが楽しいなと思ってもらいたい。いっぽうで、言葉はもちろん、時には礼儀やしきたりまで細かくアドバイスしています。挨拶から学び始めた学生たちが成長を遂げ、新たなステージに踏み出そうとする姿を見ると、この仕事のやりがいを感じます」。