研究内容

これまでの研究

ミトコンドリアや葉緑体を生み出した細胞内共生は現在でも多くの生物同士見られ、新たな機能と構造の獲得による真核細胞の進化の原動力となっています。しかしその成立機構は明らかにされていません。私達は繊毛虫のミドリゾウリムシParamecium bursariaとクロレラChlorella spp.との共生系(図1A)を用いて、真核細胞同士の細胞内共生である二次共生が成立する仕組みを明らかにしたいと考えています。ミドリゾウリムシは動物細胞でありながら、クロレラを共生させる能力を持っています。それぞれのクロレラは宿主のリソソームが融合しないPerialgal vacuole (PV) 膜と呼ばれる共生胞に包まれています(図1B)。ミドリゾウリムシとクロレラの細胞内共生は相利共生ですが、両者はまだそれぞれが単独で増殖する能力を維持しています。そのため、クロレラの除去実験や再共生実験を容易に行うことができます。これは、両者の関係が動物細胞と藻類の細胞内共生による新たな真核細胞誕生の初期段階にあることを示しています。ミドリゾウリムシとクロレラは、培養や再共生の容易さ等から、細胞内共生成立の初期過程を分子レベルで解明するのに適した材料であると考えられてきました。しかし、クロレラの再共生過程の詳細は明らかにされていませんでした。

 そこで、まずクロレラ除去細胞に共生クロレラをパルス的に与えチェイスする最適条件を確立しました。このパルスラベルとチェイスの方法を使って、ミドリゾウリムシの食胞に取り込まれたクロレラの運命を10秒単位で追跡することが可能になりました。この方法を用いて、クロレラが細胞内共生を成立させる過程の全容を明らかにすることができました。クロレラの再共生過程は次の4つのチェックポイントから成ります(図2)。

図2) クロレラの再共生過程と4つのチェックポイント。Fujishima and Kodama (2022)を改変。

4つのチェックポイントの写真。 Kodama and Fujishima (2010)を改変。

① 宿主から単離したクロレラとクロレラを完全に除去したミドリゾウリムシを混合してから3分以降に、アシドソームとリソソームが融合した宿主の食胞内で一部のクロレラは宿主の消化酵素に耐性を示して緑色を維持するが、残りは黄色く変色して消化が始まる。

② 混合30分以降に、ダイナミンが関与する食胞膜の出芽によってクロレラが食胞膜に包まれて宿主細胞質中に1細胞ずつ遊離する。

③ 細胞質中に遊離したクロレラを包む食胞膜が、宿主リソソームの融合を阻止するPV膜に分化する。

④ 共生クロレラを包むPV膜が宿主細胞表層直下に接着して安定化し、24時間後に細胞分裂を開始して細胞内共生を成立させる。

さらに、私達は各チェックポイントの調節に関して次の結果を得ました。

①のクロレラが示す消化酵素耐性は、クロレラの細胞周期、クロレラの宿主食胞内での位置、クロレラの種類、クロレラと宿主のタンパク質合成活性の有無とは無関係であり、一部のクロレラのみが消化酵素に耐性を示す理由は不明なままでしたが(Kodama et al., 2007, Protoplasma)、予め恒暗条件下で培養しておいたクロレラは、宿主食胞内での消化酵素耐性を失うことが明らかになりました(Kodama and Fujishima, 2014, FEMS Microbiol. Ecol. )。恒明条件下で培養したクロレラは、宿主食胞の酸性化を遅らせる働きがあることが示唆されています(Kodama et al., 2017, Symbiosis)。さらに、宿主外でクロレラを培養すると、定常期初期のクロレラと比較して定常期のクロレラは消化されやすいことが明らかになりました(Kodama and Fujishima, 2016, Biology Open)。

②の食胞膜から細胞質中への遊離は、一定以上の直径を持つ顆粒ならクロレラ以外の細胞やラテックスビーズでも誘導されました(Kodama and Fujishima, 2005, Plotoplasma)。この食胞膜のくびりとりには、ミトコンドリアや葉緑体が分裂する時にも重要な”ダイナミン”が関与していることが明らかになりました(Kodama and Fujishima, 2012, Protist)。さらに、食胞膜のくびりとりは非常に精度が高く、直径の小さなラテックスビーズとクロレラが食胞膜内に一緒に取り込まれた状態でも、クロレラ1細胞のみが精密にくびりとられることが分かりました(Kodama and Sumita, 2021, Plotoplasma)

③のPV膜の機能の獲得には、共生クロレラが光合成時に合成するタンパク質を必要とし、クロレラのタンパク質合成を選択的に阻害すると、PV膜の膨張、宿主細胞表層直下からの遊離、およびPV膜内のクロレラの消化が同調的に誘導されることが明らかになりました(Kodama and Fujishima, 2008, Protist; Kodama et al., 2011, Protist)。食胞膜からPV膜への分化は、クロレラが食胞膜から出芽して15分以内に起こります。(Kodama and Fujishima, Protist, 2009)。

④のクロレラの宿主細胞表層直下への接着はまず宿主の前端または後端以外の場所から起こります(Kodama, 2013, Symbiosis)。クロレラの接着は、その場所に予め存在する細胞小器官のトリコシストの局所的除去を伴い、共生クロレラの有無がトリコシスト数と配置を可逆的に変化させていることが明らかになりました(Kodama and Fujishima, 2009, Protist; Kodama and Fujishima, 2011, Protoplasma)。さらに、共生クロレラの消化から得られた栄養物質が、ミドリゾウリムシのトリコシストの合成を促進する可能性を示唆する結果が得られました(Kodama and Miyazaki, 2021, Current Microbiology)。細胞を高速で遠心することで、表層直下に接着した共生クロレラの離脱を誘導することができ、離脱したクロレラは宿主の原形質流動によって再び接着することも明らかになっています(Kodama and Fujishima, 2013, Protist)。細胞表層直下から離脱したクロレラの再接着にはミドリゾウリムシの防御の機能を持つ細胞小器官であるトリコシストは不必要ですが、ミトコンドリアとは共局在しているのが観察されました(Kodama and Fujishima, 2023, FEMS Microbiology Letters)。表層直下への接着後、クロレラは宿主の栄養状態に合わせて分裂を開始し、細胞内共生を成立させます(Kodama and Fujishima, 2012, Env. Microbiol.)。Spongilla fluviatilisの共生藻は接着しませんが(Kodama and Fujishima, 2007, Protoplasma)、Mayorella viridisの共生藻は接着できることが分かっています(Kawai et al., 2017, Symbiosis)。また、元の共生クロレラを感染させるとクロレラは1細胞ずつPV膜に包まれて細胞表層直下に接着するが、自由生活性のクロレラを感染させるとクロレラは複数個が1つの膜に包まれて、細胞表層直下に接着することが分かりました(Kodama and Endoh, 2023, Current Microbiology)。

細胞内共生の成立機構を解明するために、山口大学、静岡大学、基礎生物学研究所との共同研究で、クロレラと共生前後の宿主細胞のトランスクリプトーム解析を行いました。その結果、クロレラとの共生によるミドリゾウリムシの遺伝子発現の変化が初めて明らかになりました。発現が変化する宿主の遺伝子数は6,698でした。共生によって発現量が変化する遺伝子群には、ストレスタンパク質遺伝子や、抗酸化作用をもつグルタチオン-S-トランスフェラーゼ遺伝子などが含まれていました(Kodama, Suzuki et al., 2014, BMC Genomics)。

また、50年以上前にミドリゾウリムシから単離した共生クロレラ(Chlorella variabilis, NC64A株)も、クロレラ除去細胞への共生能力維持していることが明らかになりました(Kodama and Fujishima, 2015, Biology Open)。現在は、ミドリゾウリムシとの共生前後のクロレラのトランスクリプトーム解析を行っています。

世界で初めて、ミドリゾウリムシ の食胞膜とPV膜を飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS:Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry)で解析し、PV膜内にはオリゴ糖が含まれていることを初めて明らかにしました(Aoyagi et al., 2019, Anal. Chem.

また、ミドリゾウリムシの細胞内にクロレラが共生すると、宿主ミドリゾウリムシのミトコンドリア数が減少し、その機能も低下することを複数の方法で初めて証明しました(Kodama and Fujishima, 2022, Scientific Reports)。

 

目指すところ

二次共生は細胞の進化の原動力となった普遍的生命現象で、地球上の至るところで繰り返して行われています。この研究成果は、生物多様性を創出した細胞内共生の成立機構の解明に突破口を与えるだけでなく、サンゴと褐虫藻の共生のように生態系に重要な役割を果たす現象の保全にもつながると期待しています。また、ミドリゾウリムシを用いた水環境改善や、水生生物の餌として活用するなど、環境改善やSDGs実現に関する取り組みも行なっています。