2023.5.11. アメリカ生態学会の紀要に論文の紹介の写真などを載せています(英語です)。この記事はオープンなので無料で読めます。去年の10月に出ていたのですが、すっかり忘れていました。生息地の写真や宿主のカメムシを解剖した写真も載っているのでネジレバネがどのような生き物か少しわかってもらえるかもしれません。
https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/bes2.2017
2023.4.6. 今年度から京都芸術大学に移りました。学生時代を過ごした京の都も良いところですが、信州の自然の素晴らしさを日々思い返しています。
2023.1.3. ここ数年遊んでいた地中トラップ関係の成果の一部が論文になりました。地下性の昆虫は完全に素人で持て余しているので助っ人募集中です。
2022.9.5. 松本の昆虫学会が終了しました。運営側になるのは実は初めてでしたがこれといったトラブルもなく無事に終了できてほっとしています。2019年以来の対面開催で久々に直接お会いできた方も多く現地開催の利点を実感できました。
2022.7.8. ナガカメネジレバネBlissoxenos esakiiの生態を調べた論文が出ました。過寄生個体の中には成長が早くなり晩秋から冬に成虫になっているものがいることを報告しました。卒論生に取り組んでもらった研究です。
2022.4.8. 共同研究で進めてきたカリバチ類に寄生するネジレバネの分類を整理した論文が出ました。日本の種もかなり学名が変わりました。
2021.10.19. 論文の一般向けの紹介記事をアメリカ昆虫学会のブログに書いてもらいました(英語です)。自分自身の最近の写真がなかったので9月に乗鞍での調査中に同行者に撮影してもらい、それも載っています。
https://entomologytoday.org/2021/10/01/back-seat-driver-strepsipteran-parasite-bees-change-behavior/
ネジレバネは昆虫に寄生する寄生性昆虫です。基本的に、1種のネジレバネは1種か近縁な数種の昆虫を宿主として利用します。ネジレバネはこれまでのところ世界から600 種以上が知られており、日本からも50種が知られています。ネジレバネは無翅昆虫と言われるシミから蛹の期間を経ない不完全変態昆虫、幼虫から成虫になる間に蛹の期間がある完全変態昆虫まで様々な昆虫に寄生します。宿主として利用する昆虫のグループは基本的にネジレバネの科ごとに決まっています。ただし、中にはネジレバネの雌雄で違う宿主に寄生したり、一つの科の中に不完全変態と完全変態の宿主を利用するグループを含むものもいます。とにかく、ネジレバネは進化の過程で様々な昆虫を宿主として利用するようになり、その結果として現在の多様な宿主利用様式が見られるのです。
ネジレバネが宿主を変える時、不完全変態の宿主から完全変態の宿主に乗り換えるならば、ネジレバネはそれまでの宿主には存在しなかった蛹の時期を経験することになります。もちろんそれだけでなく、宿主を移れば新しい宿主を上手に利用する様々な変化を起こすでしょう。「現在地球上に見られる生物がどのように多様になってきたか」を解明するための重要な知見が「ネジレバネがどのように宿主の範囲を広げてきたか」を明らかにすることで得られると考えています。特に寄生者について、これまでその寄生者が使ってきた宿主から新しい宿主に移り、新しい種となる多様化の仕組みについての理解などが得られるだろうと考えています。
宿主を変えることで新しい種となったり、宿主とともに別の種になることを示すだけであれば他の寄生生物でも良いですし、すでに似たような研究は多くあります。ではネジレバネを材料にする理由は何でしょうか。その答えのひとつはネジレバネの宿主にあります。先に述べたようにネジレバネは様々な昆虫を宿主として利用しますが、ネジレバネの中で最も多様化しているのは膜翅目(ハチ)に寄生する一群です。全ネジレバネのおよそ半数の種がハチに寄生しています。膜翅目ではミツバチやスズメバチ、アリといった真社会性の生活様式を持ったグループが何度も進化し、多様化したグループでネジレバネの宿主にも真社会性を持った種が多く含まれています。そのため、真社会性と寄生者の進化の歴史を紐解くことを考えた時に最も優れた材料であると言えます。
真社会性の生物の特徴は働きバチ(アリ)と女王が存在することに象徴されるように、巣の維持や防衛のための労働を行う個体(ワーカーやソルジャー)と生殖を行う個体の分業が起きることですが、真社会性を獲得した生物では多くの場合、巣の構成メンバーは増えます。寄生者からすると、真社会性を持った生物は多くの個体が密集して生活しているという宿主として利用するのにとても好ましい特徴を備えています。一方で、多くの個体が巣の衛生維持を行っているため、寄生者として侵入し蔓延することは難しいという側面もあります。真社会性のない宿主であれば寄生に成功した寄生者はそのまま成長できますが、真社会性の宿主の場合は寄生に成功したとしても、ワーカーが常に目を光らせて幼虫を管理し、寄生者に寄生された幼虫を選別して捨ててしまうことも起こりえます。このように真社会性の宿主はうまく利用できれば寄生者にとって最高の宿主となりますが、同時に利用するための障壁も高いのです。
膜翅目(ハチ)に寄生するネジレバネには大きく3つのグループがあります。カリバチに寄生するネジレバネ科(Xenidae)、ハナバチに寄生するハチネジレバネ科(Stylopidae)、アリに寄生するアリネジレバネ科(Myrmecolacidae)です。真社会性を持ったものとそうでないものでネジレバネの寄生がどのように異なるのかを比較するには一つのネジレバネの科の中に真社会性を持ったものとそうでないものに寄生する種がいてくれると助かります。膜翅目に寄生する3つのネジレバネの科のうち、アリネジレバネ科はアリがすべて真社会性を持つ*ため、真社会性を持ったものとそうでないものの比較をするには向きません。真社会性を持ったものとそうでないものの比較が可能なのは残りの2つになります。そこでまず、ネジレバネ科を対象にネジレバネがどのように宿主を変えてきたか、真社会性との関わりはどのようになっているのかを分子系統解析を行って明らかにしました。
ネジレバネ科ではアシナガバチやスズメバチのような真社会性の宿主を利用するグループが3つ、ドロバチやジガバチのような単独生活の宿主を利用するグループが2つ存在します(Bendaら 2019)。ネジレバネは真社会性の宿主から単独生活の宿主へ、そして逆の単独生活の宿主から真社会性の宿主への乗り換えを起こしており、単独生活のハチが真社会性を獲得する過程を寄生者として共に過ごしたようなことはなさそうでした。また、真社会性の宿主を利用する3つのグループについてもそれぞれに特徴があり、中にはあまり上手に真社会性の宿主を利用できているとは思えないようなものもいました。これら3つのネジレバネの特徴を相互に比較することで真社会性と寄生者の関係についての理解を深めていくことができると考えています。
ネジレバネの各科にはそれぞれに面白いトピックがあり、それらは今後の解明を待っている状態です。例えば、ハナバチに寄生するハチネジレバネ科でも宿主の真社会性との関係が気になるところですが、まだ未解明ですし、より複雑なことになっている気配があります。クシヒゲネジレバネ科(Halictophagidae)は一つの科の中に様々な宿主を利用するネジレバネの種を含んでいます。多様な昆虫目を幅広く宿主として利用するパターンが獲得された過程を解明できれば、広い範囲の昆虫に寄生して多様化することを可能にした特徴を理解できるかもしれません。アリネジレバネ科は雄はアリに寄生しますが、雌はキリギリスやカマキリといった直翅類の昆虫に寄生します。ネジレバネにおけるアリとキリギリス問題、雌雄異宿主性とでも言うべきこの異常な生活史がどのように進化し今も維持されているかという難題、は真社会性の進化の謎を解いたハミルトンですら注目したものの解けずに残されたままです。
ネジレバネというマイナーな昆虫を材料にしつつも生物の本質に迫れる研究をしていくのが私の研究方針です。もちろん、新種や生態の記載のような研究そのものをやりやすくするためのインフラ整備のような研究も地道に行ってきており、これからも続けていきます。
*真社会性の定義から外れるアリもいます