2022年6月23日に出る予定の『学研の図鑑LIVE昆虫 新版 DVDつき』への協力という形で生きている状態のネジレバネの雄の成虫を撮影したので、その際に使ったノウハウを文章としてまとめておく。ここに書かれている内容を読んでよく理解すれば誰でもネジレバネの雄を写真に収めることができるので、専門家を称している人に写真提供を依頼せずとも済むようになる。手法を公開するかについて少し悩んだが、ノウハウを秘匿して写真提供等の依頼を独占するより、多くの人に撮影対象として狙ってもらったほうが知見や知名度も増えて良いだろうと判断して公開することにした。
一番よく撮れた写真は上述の図鑑に使われているので是非とも確認してほしい。図鑑には使わなかったが、ダイナミックに動き回っているところを撮影したボツ写真がたくさんあるので、その一部を載せておく。これはこれでネジレバネの雄成虫の雰囲気が伝わるのではないかと思う。
ここでは、一般的な昆虫の写真撮影やマクロ撮影の技術はあるものとして、ネジレバネの撮影に固有の問題とその解決策について書く。撮影を行うにあたって問題は2つあり、被写体となる雄成虫の入手と、休むことなく飛びまわる雄成虫の撮影である。雄成虫の特性に対応できる撮影環境を事前に準備して、そのうえで撮影材料を得ることができれば、撮影そのものは中程度の難易度である。
ネジレバネ雄成虫の入手
ネジレバネの雄は短命で小型種であれば数時間、大型種の寿命も1日に満たない。そのため、撮影のタイミングに合わせて都合良く雄を羽化させることができないと撮影の難易度、撮影に費やされるコストが跳ね上がってしまう。何日もいつ羽化するかわからないタイミングを待ち続けるのは厳しい。
では、どうやって羽化のタイミングを調整するか。先人の論文を読むと、ライトトラップで得られた、ネジレバネに寄生されたハチを飼育していたら朝に羽化したなど、わずかにそれらしい情報があるがあまり助けにならない。そこでさらに私自身の経験を振り返ってみると、夜間であっても部屋を明るくすると飼育していた宿主から雄が羽化してくることを何度か経験している。このあたりの情報から、どうやらネジレバネの雄は時間ではなく明るさや温度などの条件に反応して羽化しているらしいと推測された。ハチに寄生するネジレバネは巣の中で羽化してしまうと巣の外に脱出できない可能性が高いため、宿主が巣の外の明るい場所にいることを察知して羽化しているのだろう。
推測を積み重ねたが、問題は実際に羽化するタイミングを調節できるのかどうかである。ネジレバネの雄の蛹がついている宿主をずっと真っ暗な状態(全暗)にした恒温庫に入れて夏なら24℃、春や秋なら16℃で数日間飼育し、蛹が成熟して雄が羽化できる状態になったと思えるタイミングで明るいところに出すということをやってみた。その結果、羽化できる状態まで育っていたネジレバネの雄は明るくて暖かい外部環境に出すと1時間もしないうちに羽化してきた。日本産のネジレバネの何種かはこの方法で雄成虫が羽化するタイミングを調節できることがわかった。
ただし、全暗の条件で飼育している限りいつまでも羽化を延期できるかというと、そんなことはないらしく、雄成虫として羽化できる状態になってから数日から一週間程度で外部の条件があまり良くなくても羽化するようになる印象がある。正確に実験を行ったわけではなく、わずかな観察による話であるため不正確ではある。羽化のタイミングを調整できるのは数日程度だと思っておいたほうがよいだろう。しかし、数日程度のうちであってもこちらの都合の良いタイミングで羽化させることができれば、観察や実験はかなり容易になる。
まとめると、全暗の条件下で雄の蛹が寄生している宿主を飼育しておき、羽化させたい時に明るい環境に置くことで羽化タイミングの調節が可能である。
ネジレバネ雄成虫の撮影
マクロ撮影の準備を整え、ネジレバネの雄を羽化させるとついにネジレバネの雄の撮影にとりかかることができる。ただし、羽化して宿主の体外に出てきたネジレバネの雄は他の昆虫とは少し違った挙動をする。ネジレバネの雄成虫はずっと飛び回り、体内のエネルギーを使い果たして死ぬまで動き続ける。何かの容器に閉じ込めておかなければどこかに飛び去っていく。羽化して時間が経てば寿命が尽きかけてくると飛ぶこともできなくなり、弱々しく歩き回るようになってくれるので撮影は簡単になるが、何度もぶつかり続けた部位はボロボロになっており、見た目にも元気がなく見えるためよくない。
大きなビニール袋に撮影用のカメラから背景用の道具まで入れて、ネジレバネの雄もその中に入れて、冷却スプレーや炭酸ガスなどで麻酔をして活動を抑えてやればカメラのフレームに捉えてピントを合わせることはできる。しかし、ここにも問題がある。どの生き物でもそうなのだが、通常の姿と麻酔されて気絶している時の姿は大きく異なる。ネジレバネも同じく、触角の向きや脚や翅の様子が通常の状態と変わってしまう。また、麻酔はうっかり強めにかけるとそのまま死んでしまうため慎重に用いる必要がある。
生きている時の自然な姿を撮影するには弱く麻酔された状態から復活した直後、活発に飛び始める寸前のわずかなタイミングで撮影を行うのがよい。撮影のタイミングが早ければ麻酔されてフラフラになっている姿になり、遅れると飛び去ってしまって何も写っていない写真になる。麻酔が効いていない状態では、体をくねらせたり、ひっくり返っていたりととにかくじっとしてくれない。しかし、麻痺させて復活させてのサイクルを安定して回せれば十分な試行回数を稼げるので、ある程度の撮影技術があればよい写真を撮るのは難しくない。