研究目標

大腸菌などのグラム陰性細菌は、細胞膜(内膜)の外側にもう一つの膜構造である外膜を持っています。外膜はグラム陰性細菌が細胞内の恒常性を保って生育する上で必須の構造です。外膜を構成する因子はすべて細胞質または内膜上で合成され、専用の輸送装置の働きで外膜まで輸送されます(図1)。私たちはリポタンパク質、外膜タンパク質、リポ多糖(lipopolysaccharide, LPS)といった主要な外膜構成因子の輸送装置がどのように働いているかを研究しています。

単細胞である細菌は、細胞表層を通して常に外的環境と対峙しています。細胞外の温度やpHなどの変化は、細胞表層の構成因子の変性を引き起こしたり、細胞表層の生合成を阻害したりすることにより、細菌に致命的なダメージを与える可能性があります。このような表層ストレスに対し、細菌は応答機構を備えて外的環境の変化に対応していています。大腸菌は複数の表層ストレス応答機構を備えていますが、中でも最も重要な表層ストレス応答機構の一つと考えられているのがσE経路です。外膜タンパク質のミスフォールディングや、LPSや外膜タンパク質の外膜へのアセンブリーの阻害が起こると、一連のシグナル伝達経路が活性化され、最終的にRNAポリメラーゼの置換型サブユニットであるσEが活性化され、ストレスに対抗して働く様々な遺伝子の転写を誘導します(図2)。私たちはσEによって発現制御を受ける遺伝子が具体的にどのような機能をもっているか、ストレス応答によって細胞表層の物理化学的性質がどのように変化するかについては明らかにすることを目的に研究を行っています。

細胞表層の生合成および品質管理における表層ストレス応答機構の役割を明らかにすることで、細菌からヒトまで保存された基本的な共通概念が得られるのではないかと考えています。また、グラム陰性細菌の外膜透過性の維持機構を理解することは、細菌感染症の制御を可能とする新たな治療薬の開発につながることが期待されます。

図1 外膜構成因子の輸送機構

図2 σE表層ストレス応答機構

図2 σE表層ストレス応答機構