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脳の臨界点仮説
複雑系科学の分野では、脳が秩序と無秩序の境界にある臨界点付近で機能しており、その状態こそが高度な情報処理能力を可能にしているという「脳の臨界性仮説」が提唱されています(Beggs & Plenz, 2003 etc.)。健常な脳では、臨界状態が保たれているとされる一方で、てんかんや統合失調症などの機能不全では、この臨界性からの逸脱が報告されています(Zimmern, 2020)。
私はこの仮説に基づき、「脳はどのようなメカニズムで臨界状態から逸脱するのか?」「その逸脱をどのように制御すれば、脳機能を回復できるのか?」といった問いに対して、数理モデルや理論神経科学の視点からアプローチを行っています。
神経ネットワークの構造と自己組織化臨界(Self-organized criticality;SOC)
脳は臨界状態において情報処理能を最大化するとされており、この臨界状態を自律的に維持するメカニズムとして、自己組織化臨界(Self-Organized Criticality; SOC)と呼ばれるフィードバックシステムが提案されています(Bak et al., 1987 etc.)。この枠組みにおいては、シナプス可塑性が代表的な内部調整因として位置づけられています。したがって、SOCがどのように維持されるのかを明らかにすることは、脳機能の安定性や脳疾患の発症メカニズムを理解するうえで重要な手がかりとなり得ます。
一方、神経ネットワークの構造的特性(トポロジー)も情報処理や神経ダイナミクスに大きな影響を与えることが知られています。健常な神経ネットワークは一般に、スモールワールド性、スケールフリー性、およびモジュール構造といった特徴を有していると報告されています(Heiney et al., 2021)。しかし、これらの構造的特徴がSOCに与える影響については、これまで十分に解明されていませんでした。
本研究では、単純化された神経ネットワークモデルを用いたシミュレーションを通じて、ネットワーク構造がSOCの実現に与える影響を検討しました。その結果、臨界状態を実現するために必要なシナプス可塑性の時間スケールが、ネットワーク構造に応じて異なることが明らかになりました。さらに、ネットワーク構造と可塑性の時間スケールの組み合わせにより、異常な神経活動に対応するDragon kingが出現することも確認されました。特に、高次数のハブノードを持つスケールフリー型ネットワークにおいては、広範な可塑性の時間スケールにわたってDragon kingが出現することが示されました。
これらの結果は、神経ネットワークのトポロジーがSOCの実現に影響を与える可能性を示唆しており、神経系における臨界性の理解を深める新たな理論的基盤を提供するものです。
Sugimoto, Y. A., Yadohisa, H., & Abe, M. S. Network structure influences self-organized criticality in neural networks with dynamical synapses. Frontiers in Systems Neuroscience, 19, 1590743.