兄和田念仏剣舞
(あにわだねんぶつけんばい)
米里・兄和田地区に伝わる【兄和田念仏剣舞】のはじまりは、大同3年(西暦808年)です。権大僧都法印全行院忠慶という僧が、出羽の羽黒山(山形県鶴岡市)に籠って仏道修行中、たまたま訪れた3人の旅僧から「念仏剣舞こそ悪魔を退散させ如意繫栄をはかる菩提である」と悟され、剣舞を教授されました。その忠慶が、自ら巻物をしたためて羽黒山で習得した念仏剣舞を兄和田部落に伝授したものです。
※忠慶は山岳信仰を通じて仏道修行に入った修験者(山伏)であったという説もあります。
下大内沢大念仏跳人踊
(しもおおうちざわだいねんぶつはねんどおどり)
江刺地区内に数多く伝わる念仏剣舞の中で、大念仏風流の念仏踊りはこの【大内沢大念仏跳人踊】と玉里の【天人子踊】だけです。
この念仏踊りは、平泉藤原氏のころ京都から来た金堀りが伝えたものといわれています。伝本は火災のため焼失してしまいましたが、和讃本1帖が保存会により保管されています。盆の14日から16日まで踊られ、依頼があれば米里の町のほか伊手や梁川地区まで行って踊っていたそうです。踊り子は主に子どもでした。
※現在、大内沢大念仏跳人踊は活動はしておりません。
岳神楽(下川辺神楽)
がくかぐら(しもかわべかぐら)
大償神楽(早池峰神楽)の流れで、明治時代にこの地域に伝承されたといわれます。下川辺地域の火防と五穀豊穣、無病息災を祈願し、御神楽を奉納したことが始まりです。現在、米里で活動しているのはこの神楽団体のみで、11区・12区に伝わる御神楽を一堂に会して受け継いでいます。
米里地区にあった神楽団体
〇早池峰岳流学間沢神楽
〇中沢神楽
〇妙祇山神楽
種山ヶ原太鼓
(たねやまがはらだいこ)
種山ヶ原のふもとに位置する、米里・木細工(きざいく)地区の木細工小学校(現在閉校)の生徒と、その父兄により結成された太鼓グループです。子ども太鼓、大人太鼓ともに4曲あり、地域のイベントや種山高原山開きなどでご披露していました。※現在は休止中です
【演目】
パート1 種山ヶ原の響き
パート2 実りの秋
パート3 豊作の喜び
パート4 フィナーレ let's go samba