書いてみた
Novels
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「寒い……。さっさと買い物を済ませてしまいましょう」
ぐっと冷え込みが激しくなり、布団から起き上がるのもより億劫に感じる。
そんな寒さの中、今日はスーパーに食材の買い出しに来ていた。
野菜売り場は、冷蔵庫でありながら外よりも暖かく感じる。
「あら、ほうれん草」
我が家でほうれん草を食べるときは必ずと言っていいほど、「胡麻和え」にする。
あの頃は、ただ私が胡麻和えを好きで作っていただけなのに、冬になると、夫や娘たちから「ほうれん草の胡麻和え」がリクエストされることが増えていった。
(……今日の小鉢は決まりね。)
いそいそとほうれん草をかごに入れ、今にもスキップしだしそうな勢いでレジに向かう。
小雪が散る中、母の心は懐かしさで十分暖かいのだった。
片付けをしていると、机の上から日記を見つけた。
表紙には「毎日書くこと!」と大きく書かれ、端には小さく「vol.3」とあった。
部屋に散らばっていた本やノートには全て目を通したが、「vol.1」や「vol.4」の類は見つからなかった。
とはいえ、"自分"を知るための大切なものに変わりない。
期待を胸に、ノートを開く。
『あなたは、誰ですか?』
ページの中央に黒色で書かれていた。
次のページ、さらに次のページ、全てのページを確認する。
1ページ目以外、全て白紙だった。
その1ページ目すら、何も情報がない。
「…ボクの方が聞きたい。」
正直、手詰まりだった。
部屋から出てきたものといえば、大学の教科書、ノート、パソコン、スマホ、その他送付物。
パソコンは暗証番号がわからず開けられない。
スマホは顔認証で開けられたが、SNSアプリもなく、ほぼ初期状態だった。
『あなたこそ、誰ですか。』
ボクは、机の上にあった青色のボールペンで日記に追記する。
何がどうなっているのかわからない不安や怒りが込み上げてくる。
『パソコンは開けられない、スマホにも情報がない。唯一見つけた手がかりがこのノートだった。そんなこと聞かれても、ボクはなにも知らない。』
(何をしているんだ、ボクは。)
ノートに書く手を止め、床に寝転び天井を見る。
ボクは、ボクがわからない。
何が好きで、何が嫌いかわからない。
ボクの名前も、年齢も、性別も、
"自分"とは異なると思うだけで、具体的に何なのかわからない。
目を閉じ、心の中で問う。
「ボクは、誰なんだ。」