【防犯技術指導協会】
会社概要
本講座を主催している「防犯技術指導協会」の「会社概要」です。1998年創業です。
【 運営事業者】 :防犯技術指導協会
本講座を主催している「防犯技術指導協会」の「会社概要」です。1998年創業です。
【 運営事業者】 :防犯技術指導協会
🔑本講座主催の「防犯技術指導協会」の「会社概要」です。
✅会社概要 (クリックしていただきますと、拡大できます。)
✅ 会社概要 (上記がうまく表示されない場合は、下記をご覧ください。)
【会社名】防犯技術指導協会
【代表者】伊澤浩一
【所在地】栃木県宇都宮市若松原1-23-11
【事業内容】鍵職人の養成講座の実施。鍵開け工具の販売。
【事業形態】個人事業
【設立年月日】1998年4月17日
【電話番号】028-655-6082
【メール】kagi.school@outlook.jp
✅ご挨拶
🔑ここにたどり着いていただきありがとうございます。
(上記の文章をクリックしてください。内容が表示されます。下記の項目も同じです。)
このホームページはなかなか見つからなかったと思います。
田舎の隠れ家的な小さな鍵の学校を見つけていただきありがとうございます。
しかも、現在、ここをお読みいただいているのは、
読み辛い、このサイトのいろいろなページを貴重なお時間をかけてご覧になっていただいたことだと思います。
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございます。
何かのご縁があるのかなと思います。
正直言いまして、月に全く講習がないことが続く時もあります。
廃業の危機も何度もありました。
サラリーマン時代の貯金や親の遺産を取り崩したりして、
何とかしのいだりしますが、本当にもうだめかと思うと、
何かのご縁のある方からのご予約が入ったり、
口コミでいらっしゃる方がいらっしゃったりして、
何度も危機を乗り越えてきました。
お陰様で、27年以上生活させていただいております。
本当に、ありがたいことでございます。
🔑🆕独り言「縁について」
私も高校・大学は理系の端くれでしたので、科学万能で、科学的に証明されたものしか信じませんでした。
従って、例えば、「輪廻転生」とか「縁」とか「ハイヤーセルフ」とかのスピリチュアル的なことは全く信じませんでした。
しかし、年を重ねるに従い、人生を振り返ると、上記のようなものを、信じたくなるようになりました。
何度も廃業の危機にあったこの仕事を長年続けられたのも、人生においても、
仕事で困ったりしたときや、事故や重い病気などで危機的な状況の時に、その都度お助けマンが現れて助けてくれました。
このようなことが続き、過去世に縁があった人が、お助けマンになって現れてくれたのかなと思うようになりました。
科学では説明できない「縁」に救われて今を生きているなということをしみじみ感じるようになりました。
最初は、運が良かったと思っていましたが、幸運が何度も続くと、これは運ではないなと思うようになりました。
運というものも根底には縁があるのではないかと思うようになりました。
さて、まさに星の数ほどある星の中から、銀河系の端っこのほうにある太陽系の地球に生まれ、
数ある国の中から日本に生まれ、数ある生命体の中から人類に生まれ、
今、偶然同じ時代に生きています。
そして、数多くある仕事の中から非常にマイナーな仕事である鍵職人に興味を持ち、
少なくない鍵の学校から当方のホームページにたどり着き、
読むのが嫌になるくらい沢山あるページの中から、
このページのこの文章を、たった今読んでいただいている不思議なご縁。
チョットだけ先に地球の日本に生まれ、(勝手に)鍵の世界であなたをお待ちしておりました。
変な奴だとお思いでしょう。
私も、若い頃この文章を読んだら「こいつ大丈夫かな?」と思います。
ただ、講習は、過去世か現世の何かのご縁に対する恩返しの精神で頑張っているということを、
ちょっとだけつぶやきたかっただけで、このようなスピリチュアル的な話は、講習では一切しませんので、ご安心ください。
今後、「縁」により、実際に講習でお会いできた際には、無駄話はせず、知っている鍵の技術を全力でお伝え致します。
過去世などでお世話になったかもしれない何かのご縁のあった方に、講習でお返しするのが私の現世での使命なのかと勝手に思っております。
そういったことで、もう少し、「ご縁」のある方のお役に立てるこの仕事を続けたいと思っています。
🔑講習を始めた理由
開講した1998年ごろには鍵のスクールの多くは、50万円~100万円ぐらいしました。
数十名の生徒さんを集め、インストラクターが、開け方を説明して、自分でコツをつかむまで練習すると言うスタイルが多かったです。
自力でコツをつかむと言う方法ですので、努力の末コツをつかんだ時には自信につながると言う利点があります。
また、それまでは、鍵屋になるのにはどこかの鍵屋に勤めて10年以上働いて独立すると言った方がほとんどでしたから、短期間の勉強で開業できると言うことで、画期的なことでした。
フランチャイズですと講習費だけで400万円ぐらいし、その他もろもろで2000万円~3000万円したりするところもありましたから、料金的にもそれらに比べるとずっと格安でした。
ただ、残念なのは、コツを自分でつかまなければなりませんから、練習のため、何十日も通ったり、
遠方ですと延べ十日以上も宿泊したりしますから、交通費や宿泊費を考えますとかなりの費用が掛かってしまいます。
会場スペースの都合上、練習に行くのも歯医者のように予約制になったりしますから、6ヶ月以上も時間が掛ることも多かったようです。
従って、億劫になったり、生活費に困るようになったりして、挫折してしまう人も多いと聞きました。
小生の鍵職人としての知識と経験を生かし、何とか短期間で出来ないかと考えました。
そこで、短期間にするため、まずマンツーマンにすることを考えました。
なお、講習費に関してですが、50万円~100万円と言った高額の講習費は頂いておりませんが、料金を下げすぎますと、悪用目的な方が気楽に受講しに来て、犯罪の手助けをする恐れがありますし、
開講当初はもっと低料金にしていた時代もあったのですが、他の学校の嫌がらせを受けたこともありますので、あまり下げられない状況にあります。ご理解ご了承願います。
🔑広告宣伝しない理由について
講習の案内は、無料で出来るこのホームページ、「はてなブログ」的な簡単なブログと「YouTube」サイトぐらいしかありません。
有料で宣伝広告をすれば、沢山生徒さんが来ます。
ただ、講習は代表兼専任講師の私伊澤が一人で行なっております。
講師を雇ってもいいのですが、精度を落としたくないので、雇っていません。
沢山いらっしゃれば、収入も増えますが、月に20日以上講習がありますと(たまたま、講習が続いてそうなったことがありますが)、経験上、10日を過ぎる頃には、やはり、集中力がほんの少し劣ってしまいます。
遠方よりお越しいただき、少なくない講習費を払っていただいておりますので、当方も全力で講習を実施しますので、結構疲れます。
月に5~8日ぐらいの講習がパワーを充電して講習をするのに理想です。
かと言って、それより少ないと生活が成り立たず、廃業の危機に陥りますので、難しいのですが…。
そういった事で、宣伝広告はしておりません。
沢山お越しいただくと、講習精度が下がるからです。
✅ 御注意
①「鍵職人養成講座」という当方と全く同じタイトルで通信講座をやっているか、やっていた宣伝ブログがございますが、当方とは一切関係がありません。
当方は、開講当初の1998年から一貫して、マンツーマン教育です。
ピッキングなどの技術は、通信講座では教えられない技術だと考えておりますので、過去も現在も、通信講座は実施しておりません。
②当協会と良く似た解錠講習がございます。
講習内容や料金体系、文面までが非常に良く似ております。
当協会で修得した内容を教えておりますのでよく似ているのですが、当協会の関連機関ではございません。
当協会から習って、実務経験もなく、習ったものを同じかちょっどだけアレンジして学校を始めた方も多いです。
見分け方としては、私にばれないように代表者を表示していない学校に多いです。
✅同業者の方へ
当協会のホームページの文面をまねしているところを見かけます。
上記の「御注意」に書いたスクールの方々がほとんどですが、講習内容だけでなく、文面までまねするのは残念です。
特に、「講座の特徴」や「良くある質問」の文面や内容のまねが多いです。
文章は、自らの経験や知識に基づき、知恵と労力を注ぎ込んでつくった著作権の存在するものです。
講習内容や文章は、ご自分の知識と経験を生かして作ってください。
鍵業界の健全な競争・発展のためにもよろしくお願い致します。
A.「防犯技術指導協会会員」は当協会で、基本コース以上を修了された方です。
当協会の認定の「鍵職人」の方です。
「防犯技術指導協会」とは、私伊澤浩一が会長で、鍵の講習の事業をしていますが、当協会の講習を受講後、独立開業された修了生が、会員です。
試験制度はありませんし、入会金や年会費などもありません。
手前味噌ですが、1998年からきちんと講習を実施していて、この業界では有名な協会ですので、同業者からも、きちんと習った鍵職人と評価してもらえますので、是非、講習を受講されて、仲間(会員)になってください。
✅伊澤代表&専任講師ってどんな人? (詳細は、それぞれをクリックしてください。)
🔓栃木県生まれで、ほぼ、栃木育ち🔓
大学時代以外は、栃木に住んでいます。
田舎生まれで田舎育ちです。田舎者なので、都会暮らしは、どうも性に合いません。
小中学校時代は、 とにかく毎日遊んでいました。
日々の宿題は、帰りがけに、川に捨ててしまい、 やっていかなかった記憶があります。
夏休みなどの宿題も見かねた 母親がやってくれていました。
小さい頃から、人に理不尽に物事を強制されるのは 嫌いだったようです。
宿題をやる意味が分からなかったので、しませんでした。
小学校の頃は、毎日、家に帰るまでは、 買い食いは禁止だったので、一旦帰宅して、
ランドセルを投げ捨てお小遣いを貰って、 また、学校まで行き、学校の隣の駄菓子屋で物を買い、
見つけた友人と草野球やメンコや かくれんぼなどをしました。
休日は、近所でまた誰かを見つけて、人数に合わせて、 山遊び川遊び探検ごっこに戦争ごっこ、
夏は、虫取りやプール、冬は、スケートや雪合戦、 日が暮れて家に帰ればテレビに漫画。
父親はガテン系の仕事でしたし、 母親も良い意味で放任主義でしたので、強しろなどとは一言も言われませんでした。
もっとも、私に限らず、当時は多くの少年が、 原作のサザエさんに出てくるカツオのような
少年だったと思います。
あまり進学校ではない普通の県立高校に真ん中ぐらいの成績でなんとか入学できました。
中学校時代の友人の多くが、中卒で就職していましたから、高校に入れただけでも、良かったのですが、
普通科でしたので、このままでは良いところに就職できないと思い、一念発起して、勉強というものを初めて本格的にすることにしました。
急にやりだしたので、父親に「そんなに勉強してどうするんだ!」と怒られたことを思い出しました。
勉強は、中学校時代は定期テスト前の一夜漬けだけでしたので、最初は全くやり方が分かりませんでした。
また、小中学校のサボりのつけで、暗記科目が全くだめでした。
特に社会や英語、漢字の書き取りはひどかったです。
でも、色々試行錯誤したり、小学校の教科書を買って、1から勉強し直していくうちに、徐々に成績が上がりました。
高2の3学期の学研や旺文社の模擬試験(当時はその2つがメジャーな全国模擬試験でした)では、冷やかしに書いた東京大学の理科1類や京都大学の理学部の合格可能性が50%にまでなりました。
でも、その後の油断と浪人はできないという経済的な理由と最後は社会の日本史・世界史の暗記部分の致命傷の結果、高校で初めて習い暗記の少ない倫理社会で受験できる 北海道大学を受験しました。
北海道大学卒;
30年以上も前ですから、今の札幌とはかなり違います。
札幌駅から徒歩5分ぐらいと立地条件は良いところだったのですが、窓は隙間だらけで、冬は家の中にあるインスタントラーメンの残り汁が凍るぐらいの寂しい6畳1間に住んでいました。
トイレ・水道は共同で汲み取りボットン式でした。
風呂は無く、歩いて10分ぐらいの銭湯に行きました。
冬はアパートに帰るまでの間に髪の毛がバリバリに凍ります。鼻毛も息を吸うと凍り、吐くときに溶けます。
でも、当時はそんな暮らしが当たり前と思っていましたから、辛くはありませんでした。
むしろ、雄大な自然と開拓精神でたくましく、他人には優しい北海道の人々に触れて、良い意味で人生観が変わりました。
北大に行って良かったと思いました。
当時の北大は、入学時には理類というところに500人以上が入学し、2年の中間地点で成績と希望で学科を選ぶスタイルでした。
入学時には、物理学科志望でしたが、暮らすうちに自然の研究に興味が移り、林学科を選びました。
元栃木県庁上級職員;
年功序列の世界ですから、傍から見るよりストレスの多い仕事です。
特に北海道でのんびり暮らしていた自分にはストレスを強く感じました。
当時、ストレスが原因で自殺する県職員が年間5~10人ぐらいいたそうです。
実際、私の勤めていた職場でも、仲の良かった就職して2年目の上級職の後輩が自殺しています。
他人事ではありませんでした。
公務員を辞めた最大の原因です。
理不尽なパワハラをする上司が多かったのも辞めた理由の時一つです。
相談なしに辞めたので、身内にはひんしゅくものでしたが、辞めてすっきりしました。
元進学塾講師;
30歳台はこの仕事をしていました。
小学生から高校生までに主に算数・数学・理科を教えていました。
私は、学歴偏重主義者ではありませんが、まるでロールプレイングゲームのように、最初は普通の子が、自発的に勉強するようになり、徐々にレベルアップして東大などに入るのを見ているのはこの仕事の醍醐味でした。
授業時間とその前後1時間のミーティング以外は基本的に仕事がありませんから、時間がたっぷりありましたので、この時期に解錠の研究と解錠のサイドビジネスをしていました。
人に教える仕事と鍵の仕事を合体させようと思いたち、塾を辞め、現場の鍵屋さんではなく、教える立場の今の仕事を始めました。
🔓主な資格🔓
【国家公務員上級甲種(現Ⅰ種)試験合格】
長男だったことなどから、県庁に就職しましたが、もし、こちらに就職していたら、今頃は、 天下りの繰り返しで、その都度、高額の退職金を貰い、悠々自適の生活だったかも。
でも、小学校の時に人に強制されるのが嫌いで、宿題もやらなかったし、パワハラも大嫌いな性格ですから、すぐ辞めていた可能性が高いです。
国家公務員よりはパワハラが少ないと思われる、県庁も辞めたぐらいなので…。
逆に、上司や議員先生のパワハラに耐えて頑張っていたとしたら、とってもいやな性格になっていたかもです。
元官僚で、関西の県の知事になった人がいますが、あんな性格になっていたかもです?
金ではなく、好きな仕事を出来ていることが幸せだと思う今日このごろです。
【行政書士】
本業は、鍵の仕事ですが、1998年から25年以上行政書士の登録をしておりました。
ただし、2023年8月で廃業しました。
【宅地建物取引主任者】
取ったけど、すっかり忘れました。
【実用英語検定2級】
中学3年の時に、4級を取り、塾講師時代の32歳の頃、本来は理系なのですが、中1の英語の授業も、ちょっとだけさせられたので、2級を取りました。目指せ1級!(口だけです。)
【測量士補】
大学時代に取りましたが、今は全くできません。
🔓趣味🔓
【解錠の研究】
講習の無い日は(無い日がほとんどですが)、ネットの文献や動画を見たりして、新しい解錠技術の発見と研究をしています。
紙の文献を東京などまで探しに行かなくてはなりませんでしたが、良い時代になりました。
和訳もしてくれますので、楽ちんで、楽しいです。
【瞑想】
CDなどの誘導瞑想を聞くのですが、すぐ寝てしまいます。
未だにほとんど成果はありませんが、いつか奇跡が起こることを期待して週に3~5回続けています。
【道の駅巡り】
近隣の道の駅や農産物販売所に安い食料を買い出しに行きます。
道の駅は、我々年金生活者の聖地です。
【ゴルフ】
月に1回ぐらい、格安の場所を探して、1500円~2500円の割引クーポンを使って行きます。
30代、若いな~☺️
円熟の境地か😊
1998年から2023年まで、登録していました。
登録番号の最初の2桁の98が、1998年登録という意味です。
防犯技術指導協会の仕事が本業でしたので、行政書士のほとんど仕事はしていませんでした。