作/いずるは
作/いずるは
【赤瞳の魔術師】
この国には、立派な魔術師がたくさんいます。
皆さんも、彼らが様々な場所で活躍しているところを見たことがあると思います。
国を守るお仕事、皆さんの生活を守るお仕事、便利に過ごせるようにするお仕事。
その中でも最も力が強いのは、赤い目の魔術師です。今は、一人しかいません。
大きな魔術をたくさん使って、皆さんを助けてくれます。
皆さんも、立派な魔術師を目指しましょう。
--*--*--*--
その少女が一歩、往来を行けば、全ての人間が足を止め振り返る。尊敬、羨望の眼差しを投げかけ、口々にその名を呼ぶ。
「魔術師様!」
「ロメリア様!」
少女はその美しく、鮮やかな赤い瞳を柔らかく細め、応えるように手を振り返した。歓声は止まず子供たちが足元に駆け寄る。優しくその頭を撫でて、少女は往く。
しっかりとした、自信のある足取り。ぴんと張った背筋。使い魔である黒い猫を肩に乗せ、象徴的な大杖を携え、たっぷりとしたローブの裾を翻す。非の打ち所のない天才、不世出の能力。彼女の持つ燃えるような赤い瞳は、この世界で最上位の魔力を持つ証だ。誰もが憧れる最高峰の魔術師、それが彼女、ロメリア・ヴィオラセアだった。
少女はやがて街の出入り口、大門に立つ。小さく詠唱された呪文に従い、ふわりと周囲の風が逆巻いた。浮かせた杖にそっと腰掛けると、その身は風を伴って上空へと浮かび上がる。
――少女が向かうは、虚域《うろ》。魔力が溜まり、澱むことによって発生する力場だ。放置すれば異形を排出し続け、その地域は人の住めない死んだ土地となる。
通常であれば発見され次第、国家術師によって封鎖、滅却されるが、向かう場所はすでに虚域に陥って久しい。最早、誰も手が出せない程に。
街はすでに遠く、冷たい風が頬を裂くように流れていく。少女は先ほどとは打って変わり、無表情で正面を見据えていた。周囲に誰もいない今なら愛嬌を振りまく必要もない。
否、見ているのは、一人いる。
『もっと楽しそうにしたらいいのに。これから大活躍するんだからさ』
肩に乗った黒猫が笑う。黒猫の形をしているが、重さはほぼない。風を切って飛んでいるにも関わらず、そのひげはそよとも動いていなかった。
「そんなこと、できない」
唇を固く引き結んだ表情は硬い。指先が白くなるほど、強く杖を握り締めている。
少女の目指す目的地は国境線近く、村一つを飲み込み森を侵食する巨大な虚域だった。動植物と人間を飲み込んで吐き出された魔物は数知れず、これ以上広がらないようにと戦闘は激化している。騎士団にも犠牲は多く、それがまた虚域の餌となる。
端的に言えば、死地だった。
『もしかして……、この戦場で死ぬと思ってる?』
愉悦を含んだ声で黒猫が囁く。そして安心させるかのように少女にすり寄った。
『大丈夫だよ。僕が、ついてるから』
キミを死なせたりしないよ、と黒猫は酷く優しく嘯いた。
--*--*--*--
「お姉ちゃん、おそーい!」
甘えるような声が、姉を呼ぶ。王都から少し離れた小高い丘、かつて砦として使われていた古城。そこが魔術師ロメリアの住居だった。古い石造りの城内は魔術で灯された明かりが煌々と並び、窓は綺麗に磨き上げられ、部屋には埃一つない。
そして、しんと静まり返っていた。
故に、少女のかわいらしい声がよく響く。
「ねぇ、まだぁ?」
食卓に座る少女が声を上げた。幼さの残る顔立ちには、若干の苛立ちを含んでいるものの、それにすら愛嬌が滲んでいる。燭台の明かりがその艶やかな赤い瞳に反射し、美しく揺らめく炎のようだった。
「……遅くなってごめんなさい、ロメリア」
少女、ロメリアの背後から恐る恐るといった様子でもう一人の少女が現れ、料理を運び始めた。温められたシチュー、小麦のパン、新鮮な葉野菜のサラダ。どれも丁寧に作られているのがわかる品々。食卓に並べられたそれを見、ロメリアはひと際大きな溜息をつく。
「なに? これ。つまんない料理」
その声はぞっとするほどに冷たい。明らかな侮蔑の色を乗せて、傍らに立つ姉を見上げる。何気なく指を振り上げ、そして下ろした。
「!」
その動きに従って、立っていた少女の膝から力が抜け、妹の足元に跪く。心拍数が跳ね上がった。呼吸は浅くなり、手を白くなるほど握り締め、脂汗が滲んで身体が小さく震える。
「かわいいかわいいアルスお姉ちゃん」
つま先で姉、アルスの顔を上げさせた。目は合わない。深い水のような、冥く、澄んだ青い瞳は忙しなく視線を彷徨わせている。
それが、余計に惨めで、憐れだった。
「残り滓みたいな魔力しかないお姉ちゃんが、生きてられるのは誰のおかげ?」
「ロメリアのおかげ……です」
「そうだよね! お姉ちゃんみたいなのは、ここじゃ生きていかれないもんね!」
体内に保持する魔力量は、瞳の色に現れる。最低ランクは紫、ロメリアの赤は最高ランクだ。最低に近い姉の瞳は、それだけで生きる価値がないとされる。なにせ小さな魔術を使っただけで音を上げるのだ。
「ほーんとかわいそう! 目の色変えられたらいいのにね」
生まれついてのその色は、その性質上何を以ても変えることはできない。低ランクは何をしても低ランクのまま、一生を終える。
「あ、でもお姉ちゃんみたいな鈍臭さじゃ、魔力があっても魔術なんか使えないかぁ」
肩を蹴り飛ばすとバランスを崩し、アルスは床に倒れ込む。いつものことだった。助けに来る者は誰もいない。城内にいるのは二人きり。
否、見ているのは、一人いる。
『もっと仲良くしたらいいのに。二人だけの家族なんでしょ?』
ロメリアの使い魔、黒猫が口を挟む。見るに見かねてというよりは、面白そうな声色が勝つ。
「仲良くしてあげてるじゃん! どこにも行く場所がないお姉ちゃんを、わざわざ一緒に住まわせてあげてるんだよ?」
『ロメリア優しい〜』
「でしょ!」
きゃらきゃらと甲高い声でひとしきり笑い、蹲るアルスを踏み付けて立ち上がる。そのまま部屋を出ようとするロメリアに、少女はか細く問いかけた。
「あの、食事は……」
「いらない。捨てといて」
あとに残されるのは、手を付けられず、すっかり冷めてしまった料理とアルスだけ。石畳の床は冷たく、指先も膝もじくじくと痛む。
けれどこれが、いつもと変わらない日常だった。今までも、この先も変わらず、ずっと続いていくだろう。それがいいことなのかどうか、少女にはわからなかった。
--*--*--*--
「ロメリア! ロメリア、どうして……!」
血の海に沈む妹を、服が汚れるのも厭わず抱え上げた。散らばったガラス片がきらきらと明かりを反射する室内。むせ返る程の鉄錆と生臭い匂い。温められた砂袋のような、ぐにゃりとした身体。強張った表情は恐怖。象徴だった赤い瞳は失われ、黒い眼窩が呆然と空を見つめる。乾き始めた赤褐色の血が、涙のようにその白く柔らかな頬に跡を残していた。
『あーあ、死んじゃったね』
ロメリアの使い魔がぬるりと顔を出す。
「どうして、この子を、守ってくれなかったの」
絞り出した声は震えている。疑問と、不信と、喪失感が嵐のように心の中を掻き乱す。二人きりの家族。彼女の他に、アルスの名を呼ぶ者はいない。
『僕にだって、できることとできないことがあるってことだよ。キミには、まぁまだわからないかもしれないけど』
で、どうする? と黒猫が近寄る。血溜まりに波紋が広がっていく。やがてその柔らかな猫足が、人の靴に変わる。
「どう、って……?」
燦爛たるシャンデリアを遮るように、一人の青年がアルスを見下ろしていた。その顔には三日月を思わせる笑みを浮かべ、血のように赤い瞳が光る。
『きっとこれから、キミにはいろいろな不幸が降りかかるだろうね』
びちゃり、一歩ごとに踏み付けながら大仰に手を広げ、その男は続ける。
『なにせ稀代の魔術師が死んだんだから。残ったのは、青い目のキミだけ。彼らはキミをどうするだろうね?』
「それ……は……」
『僕なら、キミを助けてあげることができるよ』
そっと耳元に口を寄せ、悪魔が囁く。甘い言葉、優しい声。
『キミが望むだけ、ずっとそばにいてあげる。僕に全部、任せてくれれば、それだけで十分さ』
頭に鈍く靄が掛かっていくようだった。思考が揺らぎ、霧散し、柔らかい部分を撫でられ、ぼろぼろと涙はこぼれ、極彩色の世界が、万華鏡の如く回る。
呼吸は浅くなり、鉄錆の匂いはどこか遠く、代わりに濃く甘い花の香りが広がった。
なにも、考えられなかった。引き摺り出された願いは、一つだけ。
少女が小さく頷いたのを見、彼は満足そうに頷く。そして愛しい者に触れるように、そっとアルスの涙を拭う。閉じた少女の瞼が再び開いた時、その色は燃えるような――、赤。
『今日からキミが、魔術師、ロメリア・ヴィオラセアだ』
使い魔の力が9割で謎の死を迎えた妹の姿を使い世界最高峰の魔術師としてごまかしながら生きる少女。
青い瞳は魔力が少ない。瞳の色が紫~赤になるにつれて魔力が多い。赤い瞳の魔術師はとても強い。
アルス
本来は青い瞳。亡き妹の名前と姿を使い世界最高峰の魔術師として生きている魔力をろくに持たない魔術師。
いつか終わりがくると思っているし、そのときは酷い死に方をするとも思っている。
姉妹仲はよかったのか悪かったのかもわからない。他の姉妹兄弟をみたことがないから。
ロメリア
死んでしまった世界最高峰の魔力と実力を持っていた魔術師。ろくに魔力を持たない姉のことをバカにしていた。
使い魔
姉の魂の方が美味しそうなので妹を殺して再契約をしている。使い魔が有利な形で。
怯えさせないために小動物の姿を使っている。
終わりなんて来ないし死ぬことも許していない。