流鏑馬神事
流鏑馬神事
✿流鏑馬神事とは✿
島根県鹿足郡津和野町に伝わる「津和野流鏑馬神事」は800年以上の歴史を持つ伝統行事で、毎年4月の第一日曜日に執り行われます。流鏑馬とは疾走する馬上から矢を射る古来の神事であり、武士の技芸としても知られています。小笠原宗家に伝わる鎌倉時代の装束、武具に身を固めた射手が長さ約250メートルの馬場を駆け抜け、三つの的を次々に射抜きます。まさに神に捧げる厳粛な儀式であり、その姿は圧巻です。この神事は五穀豊穣や地域の安寧を祈るものであり、同時に古式ゆかしい礼法や所作が受け継がれる場でもあります。津和野の春を告げる風物詩として、多くの観光客や写真愛好家が訪れます。城下町美しい町並みと歴史を感じる津和野の流鏑馬の迫力を、ぜひ現地で体感してください。
✿日本最古の馬場✿
馬場は全長約250m、幅約27m。馬は馬場末から馬場元に向かって走ります。双方に大幕を張り、男埒と女埒の間の疏に砂を入れ、走りやすくしています。
的場は全部で3か所。的場の中央に高さ約1.5mの竹で作った竹串を立て、的板を挟みます。一ノ的まで約31m、二ノ的まで約76m、三ノ的まで約76m、留口まで約35mの長さに馬場割りをしています。
この広大な流鏑馬の馬場は、時の津和野城主・吉見正頼が鎌倉の鶴岡八幡宮の馬場を模して造ったものと伝えられます。今では全国で唯一、原型を完全に残す横馬場形式のものであり、昭和41年5月に県の史跡に指定されています。
馬場は長方形で、東側のゆるやかな傾斜面の芝生は藩主をはじめ藩士の臨席する場所でした。他の三方は堤で囲まれ、中には3か所の的場をもつ中堤があります。その周囲が長円形の環状の疏になっています。騎射手はこの疏の周りを馬を走らせて馬上からかぶら矢で的を射ます。
✿流鏑馬神事の復興✿
津和野百景図・第三十六図「鷲原のやつさ」
鷲原八幡宮の流鏑馬神事は、天下泰平や五穀豊穣を祈願する神事として徳川時代盛んに行われていましたが、明治27年には流鏑馬の継承者もなく途絶えていました。昭和32年、津和野弓道会が鷲原八幡宮に「歩射流鏑馬」を奉納してからは、地元の鷲原青年会によって農耕馬での我流の流鏑馬を復活させました。これが流鏑馬復活の発端であり、現在の「津和野流鏑馬保存会(※)」の始まりでもあります。
昭和51年には、小笠原弓馬術礼法教場三十世範士・小笠原清信氏が鷲原八幡宮の流鏑馬馬場をご見学され「古代の原型をそのまま残しておることで、”日本唯一の馬場である”」と深く感嘆されました。その後「この地で古式流鏑馬を復活しよう」と話がまとまり、昭和52年、清信氏のご指導のもと古式に則った流鏑馬が厳粛に執行されました。
以来小笠原宗家以下同門諸氏のご指導、町民各位のご支援・ご協力により今日まで続いており、平成8年には津和野町教育委員会より津和野町指定無形民俗文化財の指定を受けました。
※津和野流鏑馬保存会・・・令和7年度の会員は男56名、女21名となります。
✿令和8年流鏑馬神事✿
令和8年4月5日(土)春季例祭ならびに流鏑馬神事を滞りなく斎行いたしました。関係各所の方々に心より感謝を申し上げる次第でございます。
〇開催日:令和8年4月5日(土)
〇時間:午前の部10時頃~、午後の部13時半頃~
〇御朱印:通常御朱印1種、特別御朱印2種(→御朱印について詳しくはこちら)
〇授与品:当たり的、鏑矢、馬蹄守り 等
〇入場料金:無料
〇駐車場:当日は「津和野温泉なごみの里 道の駅」を利用可 200台(無料)
その他詳細については、津和野町観光協会へお問い合わせください。