「都市経済学の学習ガイド」(付録D初校前バージョンをアップデートしたもの)
この内容は本の付録D「都市経済学の学習ガイド」の初校直前バージョンを改訂したものです。本の実際の付録Dとは内容、表記が異なっていたり、校正段階で修正されたミスや非整合性が残っています。他方、本より新しいところもあります。
本書『歩いて学ぶ都市経済学』を通じて、都市で見かけるさまざまな風景を経済学の視点で理解できることを紹介してきた。ここでは、さらに深く学びたい読者のために有用な文献や情報を整理して紹介する。
都市経済学の入門的教科書には以下のものがある。佐藤 (2023)は都市経済学・地域経済学両方の幅広いトピックについて入門的な解説を行っている。浅田・山鹿 (2023)や山崎・浅田 (2008)は日本の住宅問題などに特に詳しい。「都市経済学」と「地域経済学」との違いについては、佐藤 (2023)によると、「伝統的には都市経済学が主に大都市に注目するのに対して、地域経済学は地方も含む地域間の相互関係に注目してきた」、とされている。ただし、これも佐藤 (2023)が書くように現代ではその垣根が低くなっている。
浅田義久・山鹿久木 (2023) 『入門都市経済学』 ミネルヴァ書房.
佐藤泰裕 (2023) 『都市・地域経済学への招待状〔新版〕』 有斐閣.
山崎福寿・浅田義久 (2008) 『都市経済学』 日本評論社.
さらに学習が進んだ読者は以下の中上級教科書に挑戦するとよい。これらの特徴は数学やミクロ経済学の知識を前提としていることである。黒田ほか (2008)は入門教科書で解説された幅広いトピックについて理論モデルを用いた議論がされている。高橋 (2012)は都市経済学で用いられるミクロ経済学の解説も充実している中級の教科書である。金本・藤原 (2016)は立地規制など政策的な議論が充実している。
中上級になると空間経済学というタイトルがつく教科書が多くなる。空間経済学は都市経済学に比べてより広い地理的スケールの問題も取り扱う分野で、地域経済や国際経済も分析対象として含む分野である。ポール・クルーグマンは収穫逓増と差別化された財の競争を基本的枠組みとして、1980年代に当時は新貿易理論(New Trade Theory)と呼ばれるような国際貿易論の一大革新を起こした。さらに、クルーグマンと藤田昌久たちは収穫逓増と輸送費用を鍵概念として空間経済の問題に取り組み、新経済地理学(New Economic Geography)を開拓した。これによって空間経済学は大きな発展を遂げた。新経済地理学によって都市経済学と国際貿易論はともに空間を扱うという共通点が広く認識され姉妹分野といってよい存在になり、両方の研究をする研究者も増えてきている。クルーグマンはこの業績により2008年にノーベル経済学賞を受賞した。
藤田ほか (2000)は新経済地理学の開拓者たちによる古典的教科書である。藤田・ティス (2017)はより幅広い分野を扱った、大学院レベルの都市経済学・空間経済学の代表的教科書である。これらは研究書でもあり難易度が高いため、学習のためには、大学院レベルの空間経済学の理論が手際よくまとめられている佐藤ほか (2011)や国際経済学への応用も充実している曽・高塚 (2016)を先に読んでおいてもよいだろう。
日本は都市経済学者が世界に比べても多く、日本語の教科書が大変充実している分野であるが、外国の都市経済学の教科書を読むことで海外の都市問題などについても理解を深めることができる。ここでは4冊をリストアップしておく。Brakman et al. (2019)は空間経済学、都市経済学について広く扱う中上級の教科書である。Brueckner (2011)は高速道路における交通渋滞に一章を割くなど米国のトピック解説が充実している。O'Sullivan (2018)は幅広いトピックを扱っており練習問題が充実しているなど自学自習に向いている。O'Flaherty (2005)はホームレス問題、廃棄物処理、消防など都市問題を広く解説しているユニークな教科書である。
Brakman, Steven and Garretsen, Harry and van Marrewijk, Charles (2019) An Introduction to Geographical and Urban Economics: A Spiky World (3 edition). Cambridge University Press.
Brueckner, Jan Kenneth (2011) Lectures on Urban Economics. MIT Press.
O'Flaherty, Brendan (2005) City Economics. Harvard University Press.
O'Sullivan, Arthur (2018) Urban Economics (9 edition). McGraw Hill.
金本良嗣・藤原徹 (2016) 『都市経済学(第2版)』 東洋経済新報社.
黒田達郎・田渕隆俊・中村良平 (2008) 『都市と地域の経済学[新版]』 有斐閣.
佐藤泰裕・田渕隆俊・山本和博 (2011) 『空間経済学』 有斐閣.
曽道智・高塚創 (2016) 『空間経済学』 東洋経済新報社.
高橋孝明 (2012) 『都市経済学』 有斐閣.
藤田昌久・ポール・クルーグマン・アンソニー・J・ベナブルズ (2000) 『空間経済学―都市・地域・国際貿易の新しい分析』 (小出博之 訳) 東洋経済新報社.
藤田昌久・ジャック・F・ティス (2017) 『集積の経済学』 (徳永澄憲・太田充 訳) 東洋経済新報社.
ここで本書の章立てから見た場合、各章の内容が標準的な都市経済学の教科書で扱われる章とはどのように対応するのか簡単に説明しておこう。
第1章、第2章のテーマであった商業集積、企業集積は都市経済学の基本的な教科書においては「産業立地」「企業立地」「集積の経済」といった名前の章で扱われていることが多い内容である。第3章、第4章のテーマであった通勤、住宅は「住宅市場」「都市内土地利用」といった名前の章で扱われていることが多い内容である。
第5章で扱った地形は都市経済学の教科書では扱われることが少ない内容である。自然地理が都市の大きさや産業を決める重要な要因であること自体は当然都市経済学で広く認識されており、研究レベルでは所与の要因として考慮されるものの、例えば傾斜が大きいと土地利用がしづらいなどといった点は経済学の教科書で改めて説明を要することではないと判断されているなどの事情があるのかもしれない。第6章の規制は「土地利用規制」「土地利用政策」といった名前の章で扱われていることが多い。第7章で取り上げた観光の内容は「集積の経済」「都市内土地利用」と関係するテーマではあるが、観光自体が都市経済学の教科書の対象となることは少ない。しかし、都市経済学のツールを使って理解できる重要な現象の一つである。
第8章はいくつかのトピックにまたがっており、建物の再開発のタイミングに関しては「資産としての土地と建物の耐久性」(金本・藤原、2016、第3章)といったトピックで扱われることがある。破壊からの再生、停滞については研究が進んでいる分野ではあるが、その背景にある理論的メカニズムについて研究者が合意しているものがないため、教科書としてはまだ扱われていることが少ない。第9章は取引費用や情報の非対称性が都市や住宅市場にどのような影響を与えたかというトピックである。取引費用や情報の非対称性はミクロ経済学の教科書で扱われる標準的な内容であるが、それを都市の発展に応用する研究はまだ進展中であり都市経済学の教科書で扱われることは少ない。
第10章で扱った行政単位の最適規模、合併の影響などに関しては「地方政府」「公共部門」「都市地域政策」などと言った章で取り上げられることが多い。こうしたトピックは公共経済学、(地方)財政論の教科書でより専門的に取り上げられるトピックでもある。第11章で扱った高速交通網は「空間経済学」という名前の章に対応する。第12章の国内移住に関しては「地域間移動」「人口移動」といった章に関連している。国際移住に関しては都市経済学の教科書の対象となることは少ないが、第7章同様、都市経済学が役に立つ分野である。
逆に典型的な教科書の章立てから見た場合を考えよう。どの分野でもそうであるが、教科書には説明の難易度に加え、どの現実の現象をどれだけ説明するか、理論的説明を重視するかなどの点においての特色が存在する。それでも、多くの教科書に共通する内容として、
・都市形成メカニズム(都市規模の違い)
・産業・企業立地
・住宅・土地利用
・土地利用政策、土地利用規制
・交通
・地域間人口移動
・公共財(インフラ)供給・財政
などがある。
本書の内容がこれらに関連していることは先に説明したとおりだが、教科書の対応部分をみると取り上げられている理論や現象が本書の内容とは(かなり)異なることがある。これは①教科書は理論ベースであることが多く、個別具体的な自然地理的環境は取り上げられないことが多いが、本書で対象としたような風景を形作る大きな要因であること、②都市風景を変える要因として観光、移民などは都市経済学の応用トピックであり、(これらが比較的新しい現象であることもあり)基本原理を説明する教科書における優先順位は低いかもしれないこと、③本書においては筆者たちが面白いと考え紹介したいと思った最近の研究があるトピックが重点的に取り上げられていること、などの要因が考えられる。本書で歩いて学びながらも、あわせて、腰を落ち着けて標準的な都市経済学の教科書を勉強する必要があることもわかる。
もしあなたが建築や都市計画の背景知識がある方ならば、おなじ対象を扱う学問である、都市経済学の考え方を理解するのはより容易かもしれない。Bertaud (2018) は、都市計画の実務家による著書である。本書でも強調されているとおり、都市経済学では都市の形はさまざまな主体の思惑が市場によるせめぎあいを通じて決定されると考える。一方で、都市計画は、市場がもたらす秩序をインフラや公共空間の整備などの設計によって修正し、住民の厚生を向上させることを目的とするとBertaud (2018) は言う。また、都市計画者が実際の政策実務を担う一方、都市経済学者は学術論文執筆を行うという分業の形態が見られるが、都市の設計が市場の成果をどのように修正し、あるいは改悪するのかについて、都市計画学と都市経済学の間で相互理解を深めることは、より良い都市設計を実現する上で重要だとBertaud (2018) は述べている。本書でも再三触れてきたように、経済学においては因果関係の特定に関心が強く、ある要因がある結果に影響を与えているという主張をする際に、他の要因の影響を見落としていないかなど、その妥当性について突きつめて考えるという特徴がある。これはさまざまな主体の思惑の帰結を定式化するという、経済学の特徴によるものである。このような、経済学で発達した手法や蓄積された知見は、政策実施の現場においても有用な指針となることが期待される。
大学院レベルの教科書以上の内容を学ぶためには本書で取り上げたような専門論文を読む必要がある。それに加えてトピックによっては研究の概説書、研究書、あるいはサーベイ論文が存在する。中島 (2024)は本書で解説できなかった数量空間経済学について解説しているほか、本章第2章や第7章のコラムで紹介したオルタナティブデータ、リモートセンシングデータの解説も行っている。サーベイ論文については、英文になるが経済学ではJournal of Economic Literature, Annual Survey of Economicsというサーベイ論文雑誌が存在しその分野の第一人者によるサーベイ論文が掲載されている。
都市経済学は最近は数量空間経済学(quantitative spatial economics)を用いた研究が一大潮流となっているが、まだ大学院レベルの教科書は刊行されていない。Redding and Rossi-Hansberg (2017)は数量空間経済学の開拓者による同分野のサーベイ論文である。また、本書第8章および第9章では歴史的な現象を分析した研究を紹介したが、歴史的現象分析を通じた都市経済学研究はここ20年ほどで大きく進み、Regional Science and Urban Economics誌の94号(2022年)で「都市経済学と歴史」という特集が組まれた。その中でもAllen and Donaldson (2022)とHanlon and Heblich (2022)とLin and Rauch (2022)は包括的なサーベイ論文ではないが分野第一人者たちが研究分野を展望しており、その内容は本書第8章と第9章のトピックと関連が深く、これらを読めば歴史的現象分析を通じた都市経済学研究のフロンティアにかなり近付ける。
そのほか、経済学のほとんどの分野にはHandbook シリーズというサーベイ論文を多数掲載した本があり、都市経済学においてはHandbook of Regional and Urban Economicsというのが5巻分(第1・2巻1987年、第3巻1999年、第4巻2004年、第5巻2015年)刊行されており、第6巻目の刊行もされたばかりである。オンライン版も発行されており所属機関からアクセスできる場合は活用するとよい。
都市経済学に限った話ではないが、研究のフロンティアを知るためには教科書やサーベイ論文で学んだあとは個別の雑誌掲載論文の精読が欠かせない。都市経済学の研究論文は経済学総合誌にも都市経済学専門誌にも掲載される。また経済学論文の公刊には時間がかかるため興味のあるトピックにおいて重要な貢献を行っている未出版論文(ワーキングペーパー)も把握して精読する必要がある。また、ワーキングペーパーが報告される学会やセミナーへの参加も研究者が常に行っている活動である。コロナ禍以降多くの学会、セミナー報告がオンラインでも視聴可能になり、最先端の知識を吸収するコストが下がっている。自分にとって読む価値がある未公刊論文の把握、精読には専門的訓練が必要だが、雑誌・ワーキングペーパー・学会・オンラインセミナーのリストなど、有用なリソースへのリンクを本書サポートサイトに公開予定である。
Allen, Treb and Donaldson, Dave (2022) "Persistence and Path Dependence: A Primer." Regional Science and Urban Economics, 94, 103724.
Hanlon, W. Walker and Heblich, Stephan (2022) "History and Urban Economics." Regional Science and Urban Economics, 94, 103751.
Lin, Jeffrey and Rauch, Ferdinand (2022) "What Future for History Dependence in Spatial Economics?." Regional Science and Urban Economics, 94, 103628.
Redding, Stephen J and Rossi-Hansberg, Esteban (2017) "Quantitative spatial economics." Annual Review of Economics, 9, pp. 21–58.
中島賢太郎 (2024) 『空間経済学の実証研究: 数量空間経済学とオルタナティブデータ』 三菱経済研究所.
本書で解説したような自然実験的アプローチの計量経済学については、川口・澤田 (2024)が詳細に解説している。その前段階としての数式を用いない解説を行っている入門書として伊藤 (2017)や中室・津川 (2017)があり、中級レベルの解説書として安井 (2020)がある。計量経済学については末石 (2015)や西山ほか (2019)が定評のある入門的教科書である。都市経済学の実証研究は地理的空間的情報をデータとして扱うので地理情報システム(geographic information system:GIS)の知識が必要になることが多いが、河端 (2022a)や河端 (2022b)は経済学のGIS利用における代表的入門書である。なお本書で説明した理論はミクロ経済学を分析ツールとしており、神取 (2014)をその代表的教科書として挙げておく。
安井翔太『効果検証入門〜正しい比較のための因果推論/計量経済学の基礎』 技術評論.
伊藤公一朗 (2017) 『データ分析の力』 光文社.
神取道宏 (2014) 『ミクロ経済学の力』 日本評論社.
川口康平・澤田真行 (2024) 『因果推論の計量経済学』 日本評論社.
河端瑞貴 (2022a) 『経済・政策分析のためのGIS入門 1:基礎 二訂版 ArcGIS Pro対応』 古今書院.
河端瑞貴 (編) (2022b) 『事例で学ぶ経済・政策分析のためのGIS入門: QGIS,R,GeoDa対応』 古今書院.
中室牧子・津川友介 (2017) 『「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法』 ダイヤモンド社.
西山慶彦・新谷元嗣・川口大司・奥井亮 (2019) 『計量経済学』 有斐閣.
末石直也 (2015) 『計量経済学 ミクロデータ分析へのいざない』 日本評論社.
以下は都市や都市にまつわる現象について学術的観点から平易に解説がされている本であり、教科書と合わせて読むことで都市で起こる現象への理解をさらに深めることができるという点で、本書と同じような使い方ができる本である。
山本 (2022)は東京やニューヨークといった大都市が形成される要因について、集積の経済をベースにした都市経済学理論での説明を輸送費用の低下や情報通信技術の発達などの現実とあわせてわかりやすく解説している。本書でカバーできなかった「東京のような大都市は少子化を加速させるのか」「東京は大きすぎるのか」という日本にとって重要な論点に関しても都市経済学的にはどのように考えるべきなのかを解説している。山崎・中川 (2020)は人口減少時代における住宅や土地に関する問題について、持ち家と借家の選択問題や災害リスクと住宅立地などの身近な事例を経済学的観点から平易に解説している。本書第7章でも引用した有賀 (2023)は京都の都市としての歴史・現在・未来を展望しており、随所に都市経済学が応用されている。
グレイザー (2012)は米国における都市経済学の第一人者が都市が人間生活をいかに豊かにしてきたのかについて幅広く解説している。モレッティ (2014)はなぜ「いい仕事」が特定の地域・都市に集中するのかを都市経済学・空間経済学の観点から解説し、特にイノベーション産業の地域全体への雇用創出効果を重視している。サクセニアン (1995)はやや古い事例になるがイノベーション産業についてカリフォルニア州シリコンバレーと当時のライバルであったボストン・ルート128地域を比較研究してさまざまな洞察を解説しており、モレッティ (2014)と補完的である。ジェイコブズ (2010)の著者ジェーン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)は都市経済学者ではないが当時米国の自動車社会化および米国の都市計画を痛烈に批判し、その都市論は経済学を含む学術界に大きな影響を与えた。多様性など活力のある都市の条件についての彼女の考察はいまだに都市経済学者にインスピレーションを与え続けており、一読の価値がある。
そのほか、「ブラタモリ」(NHK系列)や「空から日本を見てみよう」(テレビ東京系列)といったテレビ番組も都市を学ぶために有用であるし、いわゆる街歩き本も近年多く出版されている。街歩き本は網羅的に紹介できるものではないが、一冊だけ紹介すると山納 (2019)は街の風景について解説するという点で本書のコンセプトに近く、より多くの風景が取り上げられている。こうした街歩き番組や本で取り上げられている風景と本書で解説した経済学的考え方を合わせることで都市への考察を深めることができるだろうし、面白い研究アイデアも見つかる可能性が高い。
エドワード・グレイザー (2012) 『都市は人類最高の発明である』 (山形浩生 訳) NTT出版.
アナリー・サクセニアン (1995) 『現代の二都物語』 (大前研一 訳) 講談社.
ジェイン・ジェイコブズ (2010) 『アメリカ大都市の死と生』 (山形浩生 訳) 鹿島出版会.
エンリコ・モレッティ (2014) 『年収は「住むところ」で決まる: 雇用とイノベーションの都市経済学』 (池村千秋 訳; 安田洋祐 解説) プレジデント社.
有賀健 (2023)『京都:未完の産業都市のゆくえ』新潮選書.
山崎福寿・中川雅之 (2020) 『経済学で考える 人口減少時代の住宅土地問題』東洋経済新報社.
山本和博 (2022) 『大都市はどうやってできるのか』筑摩書房.
山納洋 (2019) 『歩いて読みとく地域デザイン: 普通のまちの見方・活かし方』学芸出版社.
この節では日本の都市に着目した研究、あるいは日本のデータを用いて都市経済学理論を検証した実証研究のリストを読者の便宜のために掲載する。本書で取り上げたものも再掲し、構成の都合上取り上げられなかったものも掲載している。都市における差別、大気汚染、災害、交通事故など、本書で取り上げられなかったトピックはその他に掲載した。このリストは包括的なリストでなく本書で解説されているトピック、手法に親和的であるものに限られていることを明記しておく。日本においては、本書のコラムで解説したような取引関係データ、GPSデータのようなオルタナティブデータ、衛星画像データに加え、地価データなども充実しており、それらを使った研究も精力的に展開されいてる。
1章:Miyauchi et.al (2025), Nakajima and Teshima (2018), 中島(2021)
2章:Miyauchi (2023)
2章コラム:Kondo (2017), Miyauchi et.al (2025), Inoue et al. (2017a), Inoue et al. (2017b), Inoue et al. (2019)
3章:なし
4章:Tabuchi (2019), Kawabata and Abe (2018)
5章:Yamasaki (2025)
6章:Nakajima and Takano (2023)
7章:Kondo (2019), Morikawa (2017)
7章コラム:Kuroda and Sugasawa (2023), Nakagawa and IIzuka (2020)
8章:Davis and Weinstein (2002), Takeda and Yamagishi (2024), Harada et al. (2022), Takano (2023), Okazaki et al. (2019)
9章:Yamasaki et al. (2023)
10章:Weese (2015), Motohashi and Toya (2024), Kuroda (2018)
11章:Bernard et al. (2019), Inoue et al. (2017), 田村(2016), Nakajima (2008), Nakajima and Okazaki (2018), Yamasaki (2025)
12章:Suzuki and Doi (2022)
その他:Nakagawa et al. (2007), Naoi et al. (2009), Hidano et al. (2015), Yamagishi and Sato (2025), Kang et al. (2024), Kawaguchi and Yukutake (2017), Sugasawa et al. (2024b), Akesaka and Shigeoka (2023), Sugasawa et al. (2024a)
Akesaka, Mika and Shigeoka, Hitoshi (2023) ""Invisible Killer:" Seasonal Allergies and Accidents." (Working Paper No. 31593). National Bureau of Economic Research.
Bernard, Andrew B., Andreas Moxnes, and Yukiko U. Saito (2019) “Production Networks, Geography and Firm Performance,” Journal of Political Economy, 127 (2), 639–688.
Davis, Donald R. and David E. Weinstein (2002) “Bones, Bombs, and Break Points: The Geography of Economic Activity,” American Economic Review, 92 (5), 1269–1289.
Harada, Masataka, Gaku Ito, and Daniel M. Smith (2022) “Destruction from Above: Long-Term Legacies of the Tokyo Air Raids,” SSRN Scholarly Paper
Hidano, Noboru and Hoshino, Tadao and Sugiura, Ayako (2015) "The Effect of Seismic Hazard Risk information on Property Prices: Evidence From a Spatial Regression Discontinuity Design." Regional Science and Urban Economics, 53, pp. 113–122.
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Inoue, Hiroyasu, Kentaro Nakajima, and Yukiko Umeno Saito (2017b) “Localization of Knowledge-creating Establishments,” Japan and the World Economy, 43, 23–29.
Inoue, Hiroyasu, Kentaro Nakajima, and Yukiko Umeno Saito (2019) “Localization of Collaborations in Knowledge Creation,” Annals of Regional Science, 62 (1), 119–140.
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Sugasawa, Takeru,Taisuke Sadayuki, Naonari Yajima and Mariko Nakagawa (2024b) The stigma of in-home death: Impact on housing prices and rents in the Tokyo Metropolitan Area. (CSRDW Discussion Paper No. 72). CSRDW.
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Takano, Keisuke (2023) Path-dependence in the location of business agglomeration: Case of postwar land requisition. (CSIS Discussion Paper No. 181). Center for Spatial Information Science, The University of Tokyo.
Takeda, Kohei and Atsushi Yamagishi (2024) “The Economic Dynamics of City Structure: Evidence from Hiroshima’s Recovery,” mimeo.
Yamagishi, Atsushi and Yasuhiro Sato (2025) Persistent Stigma in Space: 100 Years of Japan's Invisible Race and Their Neighborhood. Review of Economics and Statistics, forthcoming.
Yamasaki, Junichi (2025) “Railroads and Technology Adoption in Meiji Japan,” Explorations in Economic History, Accepted.
Yamasaki, Junichi, Kentaro Nakajima, and Kensuke Teshima (2023) “From Samurai to Skyscrapers: How Historical Lot Fragmentation Shapes Tokyo,” tdb-caree discussion paper series, Teikoku Databank Center for Advanced Empirical Research on Enterprise and Economy, Graduate School of Economics, Hitotsubashi University.
中島賢太郎 (2021) 「サービス産業の空間分布」深尾京司編『サービス 産業の生産性と日本経済』第 11 章, 365–386: 東京大学出版会.
田村龍一 (2016) 「高速鉄道が知識移転に与える効果:日本の特許引用を用い た実証分析」『フィナンシャル・レビュー』, 128, 85–100.
コラムなどでさまざまなデータを紹介してきた。データにはさまざまな種類があり、その分類方法もいろいろな方法があるが、ここでは二つの分類を紹介する。
最初の分類方法はデータの収集主体による分類である。政府統計は政府が個票ミクロデータの収集および集計を行っている。第2章のコラムで解説したいわゆるオルタナティブデータと呼ばれるGPSデータ、ホームスキャンデータやクレジットカードデータ、民間信用調査会社の企業データは民間企業が収集したものである。この違いは以下で見るようにデータ使用のための方法の違いに直結する。
次に集計単位による分類方法がある。この分類の中ではまず個票データと集計データという区別がある。個票データはミクロデータともいい、個人や家計、企業や工場のような個別主体が観察単位となっているデータである。集計データはミクロデータをそれより大きな単位に集計したものである。例えば市町村、都道府県といった地域的単位への集計や企業であれば産業といった単位に集計がされているデータのことである。第7章コラムで解説したような衛星画像データや、第9章で筆者たち自身の研究として解説した古地図データはそこに含まれる情報をどのように取り出すかによって住宅や店舗などの個票データも構築しうるし、地域や、地域を一定の大きさの格子(メッシュ)に区切ったもの単位のデータを構築することもできるので、個票データや集計データという分類に完全には合わない面がある。したがって、ここでは独立に空間データと呼び、本節の最後に独立に取り上げる。なおメッシュデータには行政区域に依存しない統一的な単位で地理情報を管理可能で経年比較や地域間比較が容易になるという利点があり、こうした空間データの分析単位としてよく使われるものである。
実際にどのようなデータが存在するのかについては前節の各論文のデータセクションを参照するのがよいが、日本における代表的なデータリソースとしては以下のものがある。
もっともよく使われるデータは政府収集の政府統計調査によるデータである。政府統計調査はもともと個票データが収集されているが、それが、都道府県、市区町村、メッシュなどさまざまな地域的単位に集計された政府統計集計データが政府統計の総合窓口である e-Stat のウェブサイト(https://www.e-stat.go.jp)で網羅的に提供されている。
その集計データのもととなっている政府統計調査の個人や企業の個票データのアクセスについては現時点では統計法第33条第1項第2号により「公的機関等が公募の方法により補助する調査研究を行う者」として二次利用を申請するのが経済学の研究者として標準的な方法である。この手段の経済学研究における典型例としては日本学術振興会の科学研究費助成事業(いわゆる科研費)に採択された上で利用申請を行うというものであるので、その資格を持たない大学学部生などにとっては残念ながら難しい。ただし、博士後期課程大学院生には、例えば一橋大学経済研究所共同利用・共同拠点のプロジェクト研究に応募するなどの手段がある(2024年現在)。
政府収集のデータの中でも第2章のコラムで解説した日本の特許データに関しては、知的財産研究所が特許庁の特許情報標準データをデータベースとして整備している。これは大学の学部生でも登録すれば利用可能な個票データである、という点で特筆に値する。
民間企業が収集したデータを使用するには、主に(i)研究者へのデータ提供について民間企業と契約を締結しデータを提供している研究機関に申請して使用する、(ii)個別に民間企業と交渉しデータを購入したり、使用契約を結ぶ、という手段がある。どちらの手段で利用するのであっても個票データ使用ができる場合もあれば何らかの単位に集計したデータ使用となる場合もある。
まず(i)に関しては、民間データを含めた幅広い都市・地域関係のデータを、東京大学空間情報科学研究センター(Center for Spatial Information Science: CSIS)が個票データ、集計データともに大学所属研究者に提供しているほか、集計データでは政府の地域経済分析システム(RESAS:リーサス)によって分析ツールも含めて提供されている。また、第2章コラムで紹介した企業間関係のデータの一つである帝国データバンクの企業データに関しては、大学院生であれば同社が一橋大学と共同で設立した一橋大学帝国データバンク企業・経済高度実証研究センター(TDB-CAREE)で匿名化されたデータの研究目的使用の申請が可能であり、政府統計個票以外に網羅的に企業の個票データが使用可能である希少なケースである。
(ii)に関してはケースバイケースで、研究目的でデータ提供を行ったり、共同研究を行う民間企業はあり、筆者たちも第2章で言及した名刺交換データの分析をSansan社と共同して行うなど、さまざまな企業と共同研究を行っている。
空間データに関しては、地理情報システム(GIS)に関連するデータは国土地理院の国土数値情報ダウンロードサイト(https://nlftp.mlit.go.jp/)が地形)、土地利用、公共施設などさまざまな情報をGISデータとして整備し、無償で提供している。前述の東京大学CSISでもさまざまなデータが提供されている。第7章コラムで解説した衛星写真画像データで最も使われる夜間光データについては、写真撮影元であるNASAを含めさまざまな機関で提供されているが、米国コロラド大学earth observation groupのサイト(https://eogdata.mines.edu/products/vnl/)で利用しやすい形で提供されている。また、第9章で紹介した筆者たち自身の研究で用いた古地図は過去の土地利用について有用な情報を提供している。今まで研究に使われていない古地図は多く存在しており、電子化すれば新たな研究ができる余地は大いにある。
政府統計個票は特に日本においては前述のとおり、大学学部生、大学院生にとっては利用のハードルが高い。しかし、本書の各所で説明してきたように、都市経済学の実証研究においては特許データ、古地図電子化データ、衛星画像データ、民間企業のデータなど、大学学部生、大学院生にとってもアクセスが可能なデータがよく使用されている。またインターネットサイトから研究者自身でユーザー行動データを収集することも可能になってきている。API(application programming interface)が使用可能であればデータ提供者が用意した正式なデータ取得インターフェースで構造化されたデータを効率的に取得可能であるし、ウェブサイトから自分のプログラムを使って自動的にデータを収集する方法であるウェブスクレイピングを用いることができる場合もある(ただしその際には法的、倫理的問題を確認した上で行う必要があることに留意されたい)。実際、新たなデータの発掘や、データの革新的な使い方は大学院生による論文でも多く見られているので、意欲的な読者にはぜひ挑戦してほしい。