改憲するとなにがいけない?
憲法の改正それ自体は、憲法そのものに規定されていることなので、全部が悪いというわけではありません。重要なのはその中身です。
憲法の基本的な原理――民主主義、基本的人権の尊重、平和主義を破壊するような改正は、法律論として行ってはならないだけでなく、国民の生活と権利を守るためには認めることができないものです。
いま唱えられている改憲案はどんな内容?
何がいけない?
2026年、自民党は憲法「改正」の内容について、次のような内容で整理しました。
1.安全保障にかかわる「自衛隊」の明記と「自衛の措置」の言及
2.大地震が発生した時などの緊急事態対応を強化
3.参議院の合区解消、各都道府県から1人以上選出
4.家庭の経済的事情に左右されない教育環境の充実
九条に関して言えば、①憲法「改正」により自衛隊をきちんと憲法に位置づけ、「自衛隊違憲論」は解消すべき、②現行の9条1項・2項とその解釈を維持し、自衛隊を明記するとともに自衛の措置(自衛権)についても言及すべき 、という内容です。
これは、単に自衛隊の名前が憲法に書かれる、ということではありません。自衛隊そのものが違憲かどうかを措いておくとしても、2014年に集団的自衛権の行使容認が決定され、2022年に敵基地攻撃能力の保有が決定された下での自衛隊は、すでに、アメリカの戦争のために他国に殴り込みができる、フルスペックの軍隊になっています。その軍隊の存在を認めるということは、名実ともに平和主義を捨て去ることになります。
日本は、1945年以来一度も戦争に参加することなく、警察予備隊が発足した1950年以来一人の戦死者を出すこともありませんでした。しかし、九条改憲を許してしまえば、日本が戦争に参加し、多くの自衛隊員が血を流す事態になることは、容易に想像がつきます。政府は実際に、多数の自衛官が亡くなることを想定して、葬儀や埋葬の準備を具体的に進めています。
また、自衛隊を憲法上の機関とすることによって、国民生活を自衛隊の活動にのために制限したり統制したりする根拠ができるという可能性があります。日本の歴史上、軍隊の行動のもとに国民生活が統制されたことは多々ありました。アジア・太平洋戦争中の「防空法」では、空襲対策のために各家庭で計画を立て、防空のための任務を果たさなければならない、ということまで決められたことがあります。
よく、「災害時に自衛隊を活用するためには自衛隊を憲法に明記することが必要」という意見が出されることがあります。しかし、現状、自衛隊は憲法上の規定なしに、災害派遣などの対応をすることができています。また、そもそも災害救助の専門機関が存在しないのが問題です。