園芸作物には、野菜、果樹、花き、鑑賞樹木、イモ類、きのこ、薬用植物など、多様な植物種が含まれます。中でも、同質六倍体のサツマイモや、ゲノムサイズが非常に大きく、染色体構造が十分に解明されていない薬用植物など、ゲノム構造が複雑なために解析が進んでいない種が多く存在しています。ゲノム配列は、分子遺伝解析や遺伝子機能解析を行うための基盤となる重要な情報です。しかし、園芸作物においては高精度なゲノム配列がまだ整備されていない種が多くあります。そこで、私たちはこれらの園芸作物を対象に、最新のゲノム解析技術を用い、全ゲノムのde novoアセンブリやゲノム構造解析を行っています。
園芸作物の中でも、栄養繁殖によって増殖される果樹やキクなどの花き作物は、品種の不法流出が特に起こりやすく、品種権の保護の観点から大きな問題となっています。また、種苗の品質管理においても、品種の取り違えが疑われた場合には、正確な品種名の同定が必要になります。そこで、私たちは不法に栽培された品種の識別や、種苗の品質管理を目的とした品種識別のためのDNAマーカー開発を行っています。
園芸作物の育種では、生殖様式や利用部位、次世代を作るまでの年数によって、用いられる手法が異なります。また、品種として開発された種苗をどのように増殖するか、入手した種苗から農産物をどのように生産・販売するかといった観点でも、育種や種苗のあり方が変わってきます。たとえば、イチゴ品種は従来、「ランナー」によって苗を増殖する栄養繁殖型品種が中心でしたが、苗の増殖にかかる手間を削減する目的などから、近年では種子繁殖型品種の開発が進められています。イチゴは高次倍数性植物で、遺伝様式が複雑とされていますが、ゲノム情報を活用して、栄養繁殖型および種子繁殖型のそれぞれに適した育種法の開発を行っています。
作物の生長状態や環境データから生育を予測する手法の開発は、さまざまな作物で進められています。特に、デジタル情報を用いて植物の形質値を大規模に取得するPhenomics(フェノミクス)研究は、これまでにない大量のデータを植物研究にもたらすことから、今後の植物研究の新たな柱として期待されています。
当研究室でも、これまでに開発したPhenomicsデータ取得技術を活かし、大規模なデジタルデータを用いた植物の生長予測に関する研究に取り組む準備を進めています。
概要
キク (Chrysanthemum morifolium)は世界3大花きの一つにかぞえられ、日本における切り花生産の約4割を占める重要品目です。キクは日が短くなる秋に咲く短日植物であり、夜間に光を当てて人工的に開花時期を調節する「電照菊」栽培が広く普及しています。最近の研究から、キクは短日条件で花を咲かせるホルモン「フロリゲン」を合成する一方で、長日や暗期中断電照下では花芽分化を抑制する「アンチフロリゲン」を合成し、積極的に開花を抑制していることがわかってきました。現在は、キクがどのようにして夜の長さを測り開花を制御しているのか、その分子機構について研究を進めています。加えて、冬季の休眠やキクに特徴的な頭状花序の形成メカニズムについての研究もおこなっています。
キクはなぜ真夜中に光を当てる「電照栽培」によって効率的に開花を抑制することができるのでしょうか?キクの「フロリゲン」をコードする遺伝子FTL3の発現は電照によって抑制されるものの、弱いフロリゲン活性を持つFTL1などの発現は電照条件でも高いままでした。花成誘導条件である短日条件 (SD)と抑制条件である暗期中断条件(NB)下の葉で発現している遺伝子を網羅的に解析した結果、NB条件の葉で特異的に発現する遺伝子を見つけました。この遺伝子はフロリゲンであるFTと同じPEBPファミリーに属し、花成抑制活性をもつTFL1/BFTと構造的に高い類似性を示したことから、Anti-florigenic FT and TFL1 family protein (AFT)と命名されました (Higuchi et al., 2013)。
キクの安定形質転換体やプロトプラストへの一過的遺伝子導入実験から、AFTが強い花成抑制活性を持つこと、AFTはFTL3と同様にbZIP型転写因子FDL1と相互作用し、FTL3の花成促進活性を阻害すること、葉で合成されたAFTタンパク質が接ぎ木面を横断し、茎頂まで長距離移動することがわかりました。さらに、AFTの発現が夜間の光照射によって誘導されること、さらには光に敏感な時間帯が日没から一定時間後に現れることを明らかにしました。上記の結果から、AFTが長距離移動性の花成抑制因子「アンチフロリゲン」の実体であることを世界で初めて示しました。
ハナスベリヒユ (Portulaca umbraticola)は近年、真夏の花壇用として広く流通している花きであり、早朝に開花し午後には閉花し始める一日花です。また、ハナスベリヒユが含まれるナデシコ目植物にはアントシアニンではなくベタレインが蓄積することが知られていますが、ベタレインによる花色の遺伝様式についてはほとんど研究がなされておりません。ハナスベリヒユを対象に、花の開閉リズム、花色の遺伝様式や花弁におけるベタレインの生合成に関する研究を行っています。
ハス (Nelumbo nucifera)は観賞用(花ハス)や食用(レンコン)を目的として広く栽培されている重要な園芸作物です。東京大学は、大賀一郎博士が東京大学旧厚生農場の敷地から発掘した約2000年前のハスの種子を発芽させることに成功し(大賀ハス)たことをきっかけにハス遺伝資源の収集・保存を開始し、現在では附属生態調和農学機構(西東京市)に国内最大規模となる花ハス遺伝資源を保有しています。ハスの開花と地下貯蔵器官(レンコン)の形成、ならびに花器官形成の分子機構についての研究をおこなっています。