脳がいかにして発生、発達するのか。この大問題に対して我々は、個々の細胞の振る舞いを見るというアプローチで取り組んできました。脳発生の興味深い点は、神経細胞や神経細胞の情報処理を支えるグリア細胞が、脳深部で生じ、そこから脳表層まで移動して機能を発揮することです。我々は発生過程のマウス胎仔にプラスミドDNAを直接導入する方法、すなわち子宮内電気穿孔法を開発しました(Tabata et al. 2001)。この方法は遺伝子導入法として簡便であるばかりでなく、GFP発現ベクターを導入した場合、脳深部から移動する神経細胞をそれまでのどの方法よりも鮮明に可視化できるという点において非常に優れています。こうしてラベルされた神経細胞を共焦点レーザー顕微鏡でタイムラプス観察すると、神経細胞は決して一直線に脳表面に向かうのではなく、移動開始直後に多極性の形態になり、非常にゆっくりと移動しながら特徴的な突起伸縮を繰り返した後に、速い移動モードであるロコモーションに変化することを見出しました(Tabata et al. 2003)。この多極性-双極性移行は、多くの神経細胞移動障害の脆弱段階であり、脳形成障害の病態理解に重要な知見となっています。
子宮内電気穿孔法による遺伝子導入
子宮内電気穿孔法による遺伝子導入の概念図。側脳室にプラスミドを注入し、電気パルスをかける。
妊娠14日目に子宮内電気穿孔法によりGFP発現ベクターを導入して継時的に固定した脳の切片。時間とともに遺伝子導入された細胞が脳深部から脳表面へ移動することがわかる(Tabata, H., & Nakajima, K. (2008). Development, Growth & Differentiation, 50(6), 415-424. より転載)。
多極性細胞を経る神経細胞の移動段階
子宮内電気穿孔法によりラベルされた細胞の挙動を観察する過程で、これまで記載のない奇妙な動きをする細胞の存在に気づきました。これらの細胞は神経細胞のロコモーションよりも速く、またジグザグに動くことから、この動きを不軌道性移動と名付けました。細胞系譜解析を進めた結果、これらはアストロサイト前駆細胞であることがわかりました。また逆に、アストロサイト前駆細胞をラベルして動きを確認したところ、不軌道性移動の他、血管をガイドとする血管ガイド移動が観察されました。両者の移動様式はおよそ50%ずつであり、アストロサイト前駆細胞はこれらをスイッチしながら灰白質へと移動します。血管ガイド移動にはCxcr4/7とIntegrin β1の活性化が関与しており、これらの分子を阻害することで、アストロサイトの脳表層への分布が低下しました(Tabata et al. 2023)。興味深いことに、アストロサイト前駆細胞は血管を足場として移動するだけでなく、血管形成に関与することを示唆する観察結果を得ています。つまり、脳形成におけるアストロサイトと血管の発生は相互依存的であると言えそうです。
不軌道性移動(Erratic migration)
左から右に時間経過を追う。アストロサイト前駆細胞の奇跡をマジェンタで示す。この移動様式では移動速度は最大100µm/hrで、神経細胞のロコモーション(30µm/hr前後)より速い。また移動方向をランダムに変化させる。(Tabata et al. 2023, より転載)
血管ガイド移動(blood vessel-guided migration)
血管ガイド移動(Blood vessel-guided migration)。左から右に時間経過。血管は血管内皮細胞がDsRedで光るマウス(Flt1-DsRedマウス、滋賀医科大学 依馬正次教授よりご恵与)を用いて可視化されている(赤)。血管を足場として脳表層側へと移動する。
アストロサイトは脳発達過程において、神経細胞のシナプス形成に重要な役割を果たすことが報告されています。またアストロサイトは血液脳関門の形成や維持に関わっていることも知られています。前述のアストロサイト発生と血管形成の相互作用と合わせて考えると、脳形成過程では、神経、血管、グリアの複雑な相互作用が関与していると言えます。さて、妊娠期の母体炎症反応は、産児における神経発達障害の発症リスクを上昇させることが知られています。また、アストロサイトは炎症反応に強く反応する細胞であり、形態や遺伝子発現が変化して活性化状態となります。こうしたことから我々は、母体炎症において、アストロサイトの発生障害が生じている可能性を考えました。そこで発達障害様行動異常を生じることが既知の母体炎症モデルマウスにおいて、アストロサイトの移動と配置を観察したところ、確かにその乱れを検出しました。現在、その分子機構、アストロサイト発生障害によりもたらされる脳血管形成、血液脳関門、およびシナプス形成への影響を解析しています。これらの研究を通して、神経発達障害の新たな病態理解と治療法の開発を目指しています。