我々の高度な知的活動を生み出す基盤となる脳、とりわけ大脳新皮質はその最も高次な機能を担う為、多細胞生物の構造でも特に複雑に進化して発達しています。しかしながら、その発達過程を俯瞰して観察してみると、発生期の非常に秩序だった細胞移動や、精密な軸索や樹状突起のネットワーク形成等、単純ではあるが緻密なステップの繰り返しによる論理的な設計思想が感じ取れます。一方で、何かの異常で正しい細胞配置が出来なくなってしまうと、脳が正常に機能出来なくなってしまいます。我々は、大脳新皮質の正常な発生過程を詳細に観察し、遺伝子欠損によって異常を生じた大脳新皮質と徹底的な比較観察を行うことで、『何が正常な大脳新皮質を作る為に必要なのか?』、『どうなると病気になってしまうのか?』を明らかにしたいと考えています。
哺乳類の大脳新皮質は、脳表に対して類似した性質を持つの神経細胞が脳表面に並行に並んだ6層から成る層構造を基盤としています(図1C)。発生期の大脳新皮質において神経細胞は、脳深部の脳室帯で産生され、脳表に向い移動し、サブプレート細胞とCajal-Retzius細胞という特殊な細胞が作るプレプレートと呼ばれる細胞層の間に割り入る様に配置されます(図1A~B)。その後、神経細胞が樹状突起を分化させて発達し、細胞があまり分布しない辺縁帯(成体ではLayer1となる)と呼ばれる領域を形成します。(図1B~C)。後から誕生した神経細胞はこの先輩の神経細胞を追い越して、辺縁帯直下で移動を停止し最終分化を行います。次々と誕生してくる神経細胞がこの過程を繰り返すことにより、最終的には早生まれの神経細胞が脳の深い部分に、遅生まれの神経細胞が脳の表層側に分布することになります。この層構造形成での異常は、ヒトでは滑脳症等を引き起こし、重度の精神遅滞等の原因となることから、神経細胞を正しく配置させるメカニズムの理解は、再生医療や治療薬の開発等に非常に重要な知見となります。
図1:野生型及びreelerマウスの大脳新皮質発達過程の比較
reelerマウスでは神経細胞の移動障害とLayer1消失という2つの異常が観察される。
滑脳症の原因遺伝子の1つであるreelinは、辺縁帯にあるCajal-Retzius細胞(図1A〜C)から分泌されるReelinをコードしており、この遺伝子に変異を持つマウスはreelerマウスと呼ばれ、大脳新皮質層形成機構を解明する為のモデルマウスとして古くから多くの研究がなされてきました(図1 D〜F)。reelerマウスでは脳室帯からの神経細胞の産生は正常に起こりますが、サブプレート細胞とCajal-Retzius細胞の間に入り込めず移動を停止してしまいます。後から誕生した神経細胞は先輩の神経細胞を追い越せず、最終的には早生まれの細胞が脳の表層側に、遅生まれの細胞が脳の深い部分に分布する異常な層構造が形成されます。
図2はreelerマウスでの神経細胞配置異常を、子宮内エレクトロポレーション法と呼ばれる方法で神経細胞を可視化して、実際に観察した結果です。この実験では遅生まれの神経細胞がEGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)という緑色に光る蛍光タンパク質でラベルされています。図2の左ではReelinタンパク質が発現している為、EGFPでラベルされた遅生まれの神経細胞が、正常に脳の表層側に移動しているのが観察されます。一方図2の右ではreelin遺伝子を欠いている為、EGFPラベルされた神経細胞が途中で移動を停止しているのが確認出来ます。
図2:reelerヘテロマウスとホモマウスへのEGFP発現ベクター導入による神経細胞配置異常の可視化
妊娠14日目のreelerのヘテロ接合型 (+/rl)あるいはホモ接合型 (rl/rl)マウス胎仔脳にEGFP発現プラスミドをエレクトロポレーションにより導入し、生後0日目に観察した様子。
これまでの多くの研究により、Reelinは神経細胞に発現するApoER2あるいはVLDLRに結合することが明らかにされてきました(図3)。Reelinのこれらの受容体への結合は、神経細胞内のDab1の特定のチロシン残基をリン酸化することで、下流のタンパク質を活性化し、神経細胞の移動や配置に大変重要な役割を果たしていることが明らかにされています。
図3:Reelin-Dab1シグナル伝達系
Cajal-Retzius細胞から分泌されたReelinは、神経細胞のApoER2/VLDLRによって受容され、細胞内のDab1のチロシンリン酸化を引き起こし、細胞内へとシグナルを伝達する。これにより、N-CadherinやIntegrinの活性化が起こり、神経細胞移動が制御されていると考えられている。
Reelin-Dab1シグナルがどのように神経細胞の配置を制御し、大脳新皮質層形成に関与しているかは不明でしたが、我々は、正常な環境化で一部の神経細胞でのみdab1をノックダウンし、二次的な影響を排除した状態でin vivoのニューロン移動を観察しました。その結果、Dab1はニューロン移動の最終過程にあたるターミナルトランスロケーションに関与していること(PMID: 21697392)、その移動過程がIntegrin α5/β1により制御していることを明らかにしました(PMID: 23083738)
図4:dab1ノックダウンによるターミナルトランスロケーション異常
胎生14日目のマウス胎仔脳にコントロールベクターあるいはdab1に対するノックダウンベクターをエレクトロポレーションにより導入した。コントロールでは神経細胞がの表面のlayer1(L1)付近まで到達していたが、dab1ノックダウン細胞では細胞体とL1までの距離が開いたままだった。神経細胞の移動最終過程であるターミナルトランスロケーションが障害されていると推定される。
また、我々は、これまで細胞質でのみ働くと考えられてきたDab1が、核移行シグナル(NLS)2つと核外移行シグナル(NES)2つを持つ核細胞質問シャトルタンパク質である事を明らかにしました(図5、PMID: 17062576、PMID: 26209842)。Dab1がNLS配列とNES様配列を持つことから、EGFPとの融合タンパク質として、培養細胞に発現させ、核外輸送を担うCRM1の阻害剤であるLeptomycin Bを作用させた所、通常(図5右下、control)では細胞質に主に分布するDab1-EGFP融合タンパク質が、核に強く集積する様子が観察されました(図5右下Leptomycin B)。この観察結果より、Dab1が遺伝子発現の制御等に関与する可能性が示唆されました。現在は、Dab1が発生中の脳あるいは生後の脳で実際に核に存在するのか、また、存在するのなら、その働きは何かを解析しています。
図5:Dab1の核細胞質間シャトリング
Dab1の一次配列中にNLSとNESを見出したため、Dab1が核と細胞質問をシャトリングしている可能性が示唆された。NESに結合して、核から細胞質へのタンパク質輸送を担う、CRM1をその阻害剤であるLeptoycin Bで阻害した所、Dab1-EGFP融合タンパク質が核に集積するようになるのを観察し、Dab1が核細胞質問シャトリングタンパク質であることを見出した。