コモングラウンドノート

ここでは,コモングラウンド(人やAIの集まりで共有されている意識)についての議論をまとめます.

コモングラウンドは,Nishida(2018a)Nishida(2018b)で会話情報学における重要概念として導入され,西田(2022)で詳細に論じられました.

会話の進行にともない,参加者が共有している思いは,更新されていきます.会話がうまくいくと,話題はどんどん発展し,有益なものになっていきます.ここで会話の参加者が共有している思いのことをコモングラウンドと呼んでいます.実際は,コモングラウンドは,会話の進行の手段として使われる共同注意や焦点のようにどんどん変化していく短期的な存在から,参加者が共有し,ゆっくりと変化していく深い共有意識のように長期的な存在までの広がりがあります.原理的には,人々の集合に依存したものであり,人の集合が異なれば,コモングラウンドも異なり,相互に影響するものの,別々に発展していきます.例えば,4人家族を考えてみると,父と母だけのコモングラウンド,子どもだけのコモングラウンド,父あるいは母と子だけのコモングラウンドといった具合に,2^4-4-1=11通り存在することになります.

コモングラウンドの内容は時間の流れとともに発展し,さらにあるコモングラウンドが別のコモングラウンドのなかで参照されるという意味で埋め込まれ,複雑な相互関係を形成していきます.

一番困難なことは,コモングラウンドの存在は仮定できるものの,実際にその内容の真の姿を特定するすべはありません.多分こうだろうと推定するしかありません.

しかし,コモングラウンドの存在を仮定し,様々なことを手掛かりにして,その発展の姿を捉えたり,相互関係を推測することはできます.会話などを通したインタラクションを通してコモングラウンドがどう変化するかを捉えることは,私たちの社会知を捉えるために重要な役割を果たします.さらに,AIがコモングラウンドを推察した内容を管理し,それを実感が伴う形でコモングラウンド参加者たちに提示し,さらなる発展を支援することで,私たちのコミュニケーションはこれまでとは格段に強化され,私たちの集合知はとても強力なものになるでしょう.もちろん,人とAIのコミュニケーションも強固なものになります.

さて,上の言説では,暗黙的に「真実をすべて知ることのできる」全能知の存在を仮定して全能知の視点から,コモングラウンドを捉えています.では,全能知を有しない参加者たちはいかにしてコモングラウンドの内容を知り,発展させていくのでしょうか?

直観的には「心の理論」のような説明が考えられます.つまり,コモングラウンドの参加者たちがそれぞれにコモングラウンドに関わる「心の理論」を構築し,運用する.種々のインタラクションを通して,各自,自分の「心の理論」を発展させていくが,生命や文化の力でそれぞれの心の理論の発展の整合性が持続する,という説明です.会話に関わるこれまでの種々の知見がその傍証を与えます.会話情報学はそれらを統合して,会話とともにコモングラウンドがどのように発展していくか,総合的な理論を構築することを目的としていると言えます.

「心の理論」には,theory-theoryとsimualation theoryがある.常識的推論に基づくtheory-theoryに比べて,より原初的な脳メカニズムに基づくとされるsimulation theoryは魅力的に見えますが,人間 ― そして今やAIも ― の強力さのかなりの部分はtheory-theoryに由来するのではないでしょうか?この考えによると,生活の実践面では,theory-theoryの言うように,年代,文化,経験に応じた方法で私たちそれぞれがコモングラウンドのfolk theoryを作り上げていきます.言語使用で複雑なコモングラウンドを構築して,外部記憶によってそれを保持し,かなり確実に共有し,積み上げていくことができます.