戦乱の世界レギリア

企画名 :pixivファンタジアT 第一章「戦乱の世界レギリア」

企画目録 https://www.pixiv.net/artworks/49671871

主催者 :arohaJ 様

開催年 :2015-Apr.

参加内容 :NPCファンアートほか

2015~2018年らくがき

【PFT】迷い鳥【ザイリクSS】



この世に、私と同じ種類の人間がいることを知ったのはカラドアの名を最初に聞いたときだった。


触れる人間すべての価値を測りきり、無駄なく利用し、己の野望に巻き込んでいく―伝え聞く皇帝ガトの姿はその合理性を隠しもしないことで私の羨望を煽った。あのように生きることを己に許していたら私はどのような人間になっていただろうか? やがて相見えるときが来たならあの男は私に気づくだろうか?


だが、衆目のあるところで本性をさらけ出すほど私は迂闊でも愚かでもなかった。

奴はもういない。



亡命の将軍の報は二度にわたって届いた。最初は消えたとき、次は現れたときだ。いかなる逃亡路をくぐり抜けてきたのか、男の目は値踏みと猜疑の色に染まっていた。観察を続けるまでもなく「こちら側」に迷い込んできた人間だと分かった。


当時まだ登り日の勢いであった皇帝と同じく、男もまたその付け加えられた性質を隠さなかった…隠せなかったのだろう。彼はそのために侮られた。他者を利用して生きていくには本来、足場と元手が必要なのだ。

私がその足場を与えてもよかった。「こちら側」を生きる友として、処世の術を分かち合ってもよいとすら思った。

だがそれは不可能だった。ゾイがその望みを周到に秘めているせいだ。王として腹の内の見えない者をそこまで信頼する訳にはいかない。


いや、奴は秘めてなどいないのかもしれない。


私の理解の及ばぬ何か綺麗な夢を、あの男は抱いていた。諦めきれない全てのものを諦めようと、常に一人闘っている印象さえ受けた。それはかほどに、触れることをはばかられるものだった。


ゾイは私の道に迷い込んだだけの存在なのだ。かつては友も家族もいたはずだ。いつかまた理解者を見つけ、自身の道に帰っていくのだろう。でなければ、知らぬうちに私の手でその望みを打ち砕いてしまうときがやがて来るだろう。「そのとき」をいつまで引き延ばすことができるのか―そんな算段をしている私こそ異常というべきかもしれない。


だが、手放したくない。


「ゾイ、お前はそのままでいい」

先の謁見での戯れ言を口の中で繰り返す。

「…私を信じなくともよい。他の何者をも信じぬままでいてくれたら」


それは時の流れにも、私自身が敷いた道にも逆行する願いだった。また間違いなく、あの男自身の幸福にも。

それでもなお、願うことを愉しんでいる私がいる。今少しだけ、この束の間の余裕を惜しんでいたかった。



【PFT】原風景【ザイリクSS】



騎士団とは名ばかり、流民同然の傭兵団が、カラドア正規軍に編入されるにあたっては心底ホッとしたものだ。旅の戦友たちは皆喜んでいた。私も前途が広がるのを感じていたよ。

そして皆で忘れようとした。数年に渡る旅路で目にした難民の群れ、着の身着のままの娼婦たち、夜盗と化した孤児、わずかに道を違えたために生死の知れない仲間たちのことを。


私も忘れようとした。

人生の開幕劇を、忘れられるはずもないのだが。



「ゾイ、仕事だ。行ってこい」

「…どこへなりとも」

もはやお定まりの挨拶のようになった王の言葉に一も二もなく応じる。もとはカラドア皇帝の口癖だったはずなんだがどんな具合でうつったのやら。

「南アデリアで蜂起が頻発している。対応を任せたい。嫌ならナリア軍の編成と指導に回すが」


きたよ。

この王様はどういうわけだかこちらの都合を尋ねてくる。人使いの荒さはカラドア中枢と似たり寄ったりなんだが、これには面食らう。帰順した頃からやけに信用されるのが早いと思っていたんだ。絶対に試されている気がする。


「南アデリアには将軍の故郷があろう。土地の民を鎮めるならお前がうってつけだ」

それを聞いてようやく合点がいった。すでに三代目を数えるザイリク王国では民と土地とが結びつくという考えが強いんだろう。長年紛争続きだったアデリアにそんなものはない。

「私の生地は確かにそこですが。戦災が及んで住民は総入れ替えになっているはずです。地縁というものが希薄ですよ、西は」

「土地勘があるだけでもいい。案内をしてくれるか」

「と、土地勘ですか」

生家とその周辺のことを少しでも思い出せないかと必死で頭をひねる。自室の窓を埋める隣家の壁、店子の出入りを避けて長時間篭った書斎。

……


「ご期待には添えかねましょう。なにぶん、引っ込み思案な子供だったもので」

ええい、何を言っているんだ、私は。

そこは誠意をみせるところだろうが。

「子供?」

「本当に世間知らずな時分のことですよ。全くの温室育ちが右も左も分からないまま乱世に放り出されましてね。それ以降は戦火を逃れつ、追いつして遠方を点々としておりました。ですから、私に故郷はないものと」

「そうか」

あああ。断ってしまった。さらば信用。


心なしかうっそりと笑ってみえた王をしげしげと眺めてしまったのだろう、覗き返すような質問がこちらを追いかけてくる。


「本当に郷里の思い出がないのか」

「その後に色々あったもので」

「戦で荒廃した故郷を見るのは辛かろうと思ったのだが」

「どの土地に行っても戦禍の跡を目の当たりにするのは辛いものでしょう」

「お前にとっては何処も故郷なのだな」

「…一般論ですよ。本当に愛着など抱いていたらやっていけません」


猫なで声になってきた相手を態度で躱す。極めて腹の内の読めない王だが、ふと見えてくるときがある。この王は手駒を欲しがっている。帰順した敵将の扱いはザイリクにとって格好の広告塔だろうとは思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。幾つもの勢力が寄り集まるこの東レギリア連合で、土着の背景を、歴史を、人間関係を持たない将をこの人は欲しがっている。


…土着の背景を持たない?


「陛下」

この人が一度侵攻したアデリアの状況について無知なわけがない。


「わ…私に色よい返事ができないと初めからお分りで?」

「あえて行きたいと言うならそれも構わんが」

「…その、」

「私は二度は訊かん」


どうやら、用意された選択肢は初めからナリア一択のようだ。あの女騎士とまた顔を付き合わせることになるのか。現地の将兵の練度と適性をみるだけならば何ということもないが、また誰かから怨恨を向けられるのだけは恐ろしい。些細な摩擦が起こるたびに王の威光を嵩にきていると思われるのだろうか。正直、胃が痛い。


「肩書きを二つほど増やしてやろう。ナリアで動きやすいようにな」

とんとん拍子で話が進む。

あんたの厚意には皇帝の逆鱗とは別種の怖ろしさがあるんだよ!


王の一存で手に入ったこの不安定な地位にしがみついていくのは本当は不安で仕方がないんだ。それだのにこの王は、この依存的な立場から降りさせてくれない。考えてみれば当たり前だ。その方が王にとって都合がいいからだ。

その手には乗るか。


「行って参りましょう。ただ、ゼニア殿にも同等の権限を」

できる限り目に力を込めて応える。

「悪目立ちするのはご免です、どのみち私は憎まれ役ですから」


「ゾイ」


ふいに部屋の空気が軽くなり、それまでそこにあったのが威圧感だったことに気づく。


「お前はそのままでいい」


王が苦笑まじりに言った。


このままで。今の関係を、今の状態を続けるのか。


いいわけがないんだ。私自身が一番わかっている。わかっていながらどこにも踏み切れない。たとえ利用されるがままだとしても、不意の裏切りに遭うよりはずっとマシだ。

もう、それでいいんじゃないのか。たった一人の人間の意図さえ読み誤らなければ最低限の安心は得られるんだから。適切な距離さえ保てば大抵の人間と折り合えると自負していた、あの頃の私はもういない。


「…ナリアの民心を慰撫するにはゼニアに頑張ってもらった方が都合がいいからな。お前は憎まれ役を演じて、事あるごとに折れてみせてこい。そうすれば彼らは納得しよう」


王があくまで仕事の話をしていることに気づいて、思考が現実に引き戻される。あのゼニア殿が私との小芝居につきあう道理がないから、つまりは私一人で腹芸をして来いというわけだ。


『貴公には志というものがないのか?』


かの女騎士に言い放たれた言葉を思い出す。反帝国の信念のもとに戦ってきた特異な傭兵団の長。妥協を許さないタフな世界観の持ち主さまだ。

ナリアから落ち延び、ザイリクに至るまでに何ヶ国も経巡ったという。そのほとんどで彼女は抗戦を主張し、ときに無視され疎んじられ、ときに敗れて悪罵を投げつけられた。それだけの挫折を続けたというのに、何故まだ国というやつをそんなに信じることができるのか。


そんな苦労をするくらいなら志なんていらないだろう。軍人ってのは、ことに傭兵ってのは本来ただ生きていくためにやるものなんだよ。あんたが特別なんだ。

そう言いたくもなる。私にはとても真似できない。


ジス公ですらそうだ―誰も彼もザイリクを、どんな望みも載せることができる空の戦車のように考えている。

あの王は荷が増えることに頓着しない。それは寛容だからじゃない。邪魔になればいつでも棄てられる人だからだ。きっと、載せたときと同じくらい無頓着に。


―せいぜい重荷だなんて思われないようにしておくれよ。

そう忠告したところで、どうせ彼女は嫌味としかとらないだろう。見ちゃいられない。守りたいものなんて抱えれば抱えるほど、つらい思いをする数が増えるだけだろうに。



王の元を辞去する瞬間、何か言いたげな目線が背後に突き刺さるのを感じた。振り向いてその正体を確かめようとしたときにはもう、足が謁見の間を離れていた。



そうして今。私はまた背を向けようとしている。紆余曲折の旅路で目にした難民の宿泊地争い、ドレスに鎧を仕込んだ娼婦たちの言い分、私の逃亡資金をあらかた剥ぎ取っていった孤児たち、わずかに道を違えたために今も旅寝の仲間たちから。

戦火が生んだ流浪の民の―私の分身の運命から。


彼らの側に立つ資格が今の自分にあるだろうか。王命を帯びた身で彼らと向き合うなんてことが今の私に可能だろうか。


ままならない身の上に気を取られるがまま、故郷の記憶を封じる文句が思わず口をついて出る。


さあ行ってこい、ゾイ。仕事だ。