pixivファンタジアLS

企画名 pixivファンタジア Last Saga (略称【PFLS】)

企画目録 https://www.pixiv.net/artworks/72286886

主催者 :arohaJ 様

開催年 :2019

参加内容 :NPCファンアート、「炎神の神殿」関連

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炎神の神殿

ファンアートほか

【PFLS】神秘が微笑まなかった男の話


先生の元を発って、落ち着いた先はレッドヴァルでした。やっとまみえた王太子は多忙らしく、言い放ったのはこれだけでした。


「まずは成果を上げてみよ」


求められたのは国の発展に繋がる発明。廉価な武器を売りさばく傍ら、研究を重ねて結果を見せつけます。こと数字を出すことにかけては、僕の右に出る者はいませんから。


そう、国の発展。僕の求める兵器の開発には確かに必要不可欠なことです。しかし王太子改めエゼル王…貴方は僕の工廠を、数ある政府御用達機関の一つだと思ってはいませんか? こんな横並びの通達一つで規制をかけていい存在だと? 


ああ、もっと陛下への目通りが叶えば。そうすれば、こうした統制が如何に未来への可能性を摘むつまらないものか、御前で実証してあげられるというのに。

十分な支援を受けられるのは有難いことですが、締め付けがきつくてかないません。たしかに我々科学者は国を動作させる歯車の一つであると言えないこともないでしょう。ですが、翻って王であるご自身の方は、その埒外に居られるとでもお考えなのでしょうか。


そうですね。せっかくですから歯車としての自覚をお持ちの王のもとに参りましょう。



その国は規模には劣るものの、新しい技術に対しては貪欲に見えました…少なくとも国王は。模型を用いて機構の説明をしてみせれば食いつきも上々。

ひとしきり兵器の披露を済ませると、無理に答えなくてもいい、と前置きしてから王は僕に尋ねられました。


「エゼル王はこれをどのように運用しているのか」


…どこを見ているんですかディラン王? さっきまで僕の技術について興味深げに傾聴していた貴方はどこに行ってしまったのでしょうか。

それから先はずっと運用と維持にかかるコスト、コストの話です。うちの商品ほど費用対効果にすぐれたものはないと思うんですけどね。


結局わが工廠の兵器は部分的な採用にとどまりました。僕のプランをまともに採用するには、譜代の騎士団を含めた軍の人員の大幅な入れ替えが必要なんだそうです。

陛下に献上した動力部の模型は今頃、彼の書斎あたりで埃を被っていることでしょう。



やはり実際に戦にならないと理解しては頂けないようです。折良くエゼル王の即位時期に合わせたように、連合国には南北両面から侵攻が迫っていました。一方の戦線となるのは鉱山のあるジェルド、もう一方は森林地帯にあるローレルランドです。


ジェルドの鉱人族からすれば僕は商売敵でしたし、救援に向かうエゼル陛下の軍の麾下ではどの程度自由に動けるのか心許無くもありました。

一方でローレルランドは元々南方のエルダーグラン文化に属する地域です。連合に加盟したことで隣国の文化が流入してはいますが、国の産業形態は大きく変わらないため機械化はさほど進んでいないはずです。


こういうときに連合体制の下だと動きやすくて助かります。各国の王におかれましては僕の考える最新鋭の戦争に早く加わって頂かなくてはなりません。まずはディラン陛下に新型の砲をうまく使いこなすよう言い含め、レスリー女王の元へ営業に向かいます。


僕も礼儀作法は弁えていますから、ご自分の国土を侵された女王陛下にはたっぷり衷心を示しておきます。ミラセラ先生も人に物事を伝達するにはまず信頼を築くことが重要だと仰っていました。これぐらいやれば僕の話に耳を傾けて下さることでしょう!



魔法院のあるエルダーグラン地方では土地や集団によって文明の進歩の度合いにバラつきがありました。長命の種族は血縁集団でまとまって入植以前から持ち越してきた古い文化を継承していますし、東大陸と交易を行う者は当地の最先端の文物を取り入れています。先生の魔法院は大陸全土を牽引する学問の府の一つですが、一方で密林に潜む追放者のコミュニティにおいては知の恩恵とは縁遠い集団も少なくありません。


予測した通り、近年あらたに五王国の一角となったローレルランドは開発の途上にありました。

月影の樹海に入るにあたって、僕が燃える水の発明者であることは既に触れ回っています。ローレルランドで伐採される薪の代わりにジェルドの魔鉱石を使用したこの新しい燃料は、双方の国にそれぞれの益をもたらしたと言っていいでしょう。実際に屑鉱石を再利用できるようになって以降、ジェルドの鉱人族からファイアランド工廠への態度は格段に軟化しています。樹海の人々も僕のことを無下にはできないはずです。


なにしろ実際の戦場です、兵器の性能を説くのであれば実演してみせた方が話が早い。森林地帯である以上はどうしても樹木が視界の妨げになりますが、この問題に対しては広範囲を焼き払ってしまうことで対処が可能です。

樹海の中心には見晴らしのよい舞台が現れ、その威力のほどが敵味方の目に露わになります。デモンストレーションの場と実験場を兼ねた戦場の特等席でレスリー女王は目を丸くしていました。


「この戦、お前が実質的な軍師だとの評判を聞いたが…敢えて問おう。

機械と戦術のこと以外は全て考慮の外か?」


最新兵器の活躍により見事国を守った女王陛下から待っていたのはお褒めの言葉ではなく…大層なご高説でした。


「ディラン王に何と吹き込んだのかは知らないが、我は王として目先の勝利ばかり見ているわけにはいかない」


曰く、ジェルドの魔鉱石採掘にも労働者の人手と動力が要り、彼らを温め食べさせるための薪燃料が結局は余分に必要になること。

曰く、樹海の植生は隣接する農地での生産と密接に結びついており、ひとたび山火事でもあれば果樹や作物の育成計画が狂うこと。それが戦禍によるものであれば次の戦からは土地の農民が非協力的になること。


…たしかにかの開拓王アランの航海録には森を焼き、資源を採り尽くして荒廃した孤島の文明の挿話が記録されています。しかしここはラスト大陸ですよ? あまりに前提条件が異なります。大陸の資源を司る先住の古代種族がどれほどしぶとく強かな連中か、人狼系入植者の末裔である貴方ならご存知ないはずはないでしょう?



僕の先生はあらゆる分野について学ぶことを推奨していました。凡そ武器というものを成り立たせている魔法、工学、材料学に物理学。兵器の開発に閃きと活躍の場を与える兵法、国際関係学、人類学。いずれも製品の開発と普及には不可欠な知識であり、それらに目を開かせてくれたミラセラ先生には感謝しています。


しかし、世界のいくつかの学問分野には情報の隠蔽や研究規制を行う組織や集団が存在します。精霊術、薬草学、使い魔学に諸種族史…そういった体系では、真理へと至る道がいわば実質的に閉ざされている。


貴方達ワーウルフが後生大事にしている、農地の開拓と森林の管理に関わる学問もその一つです。旧大陸では大森林には大体居る精霊族の集団が樹木に関する知を牛耳っていましたが、ここラスト大陸ではさらに先輩風を吹かせる存在がいます。

ミラディアの精霊族があの密林でどうやって彼らと共存しているのかは詳らかではありませんが、大陸外から持ち込んだ豊穣の宝珠の力で自前の環境を構築できることが大きいのでしょうね。

翻ってここローレルランドの自然はよく出来ていて、人を寄せ付けない野生的な面と人の手が入って久しい馴らされた面との二つの貌を備えています。ミラディアと同様に故地の自然を模したイミテーションの環境ではありますが、見渡す限りの森が樹人と獣人の協働により改変された環境だというのは他に例を見ません。現代に再現されたお伽の国といっていいでしょう。


この風土をファイアランド地方の経済構造に接合させたのは他ならぬ貴方達です。長命種の逆襲に手を焼いていながら、今更この大陸の何に対して義理立てしているのか僕には理解不能です。


もともとこの地方にいた先住種族はどこに姿を消したのでしょうか。ジェルドやアンダーリアで調伏された竜族と同じです。ある者は五感で触れ得る世界から身を隠して撤退し、ある者は人間界に身を溶かし込んで様子を伺っているに過ぎません。彼らがこの大陸にどれだけの富と叡智を隠し持っているのか、いまだ誰にも分からないのです。


確かに僕の先生は多くの分野の知識に通暁するよう指導してくれました。でもそれは、より多くの経験を…より沢山の魂を、人知の限界を押し拡げる営みに奉げるためではないのですか? 自分達を律するなどと称して、自ら限界を定めてしまうような知識体系に優位や正当性を認めてしまって本当にいいんでしょうか? ひどい冒涜です。あんまりな話だ。



しがらみに囚われた王侯貴族にはもう期待できません。せいぜいこの戦を利用して、思いつく限りの実験をやれるだけ試みるだけです。

そう腹を決めた頃でした。君が戦地に姿を現したのは。


僕がばら撒いた兵器に対して同じ兵器の形で「反論」をもらえる日が来るとは。しかもその発想は、大陸で手に入るどんな書物からもかけ離れた見識を要するものでした。


俗に「読書とは著者との対話だ」という言葉がありますが、納得のいかない話です。対話を成り立たせる等価な交換がそこにはありません。

読む者は自身の思索を双方向的に伝える術を多くの場合持ちませんし、記した者は己が筆致から読者が何を読み取るのかを完璧にコントロールすることができません。まあ、実際には大多数の読者が目前に明快に表された真理すら読み解く力を持たないのですが。いずれにせよ読む側と読まれる側は対等ではない。


僕と対話を成り立たせられる者は今までに居ませんでしたし、どんな形であれ僕のことを読み解けた者もほとんどいないはずです。

だから僕はこの世界を一冊の書物のように読み解きました。およそこの世は読む側と読まれる側が対等に語り合える場所ではありませんでしたから。僕は著作を残していません。誰かに好き勝手に読まれるのは御免でしたから。

僕が世界に書き込んだものは僕が世に放った兵器の現物と図面、そして君に宛てたこの手紙だけです。


およそ人の作る道具は、使う人々のニーズと設計者の思想を否応なしに語るものです。ブルーランドで君が見せてくれた兵団には君の経験と…僕の兵器を読み解いてくれた形跡があったはずです。あのときはエゼル王が没してしまって鹵獲し損ねましたが、あの混乱さえなければ僕達は対話できたはずなんです。エゼル陛下だって、僕が前線に近づくことぐらい大目に見てくれていればあんなことにはならなかったのに。


この図面は今のファイアランドでは実現不可能とされている装置の青写真です。うちの工廠は「提供した技術を五王国外に横流ししない」条件で支援を受けていますが、これはまだ純粋に僕の頭の中だけにあるアイデア。契約違反には当たらないはずです…僕の秘書には後で相談した方が一応よさそうですね。




矢文の要領で打ち込んだ砲弾に対する返答は、期待していたそれよりも遥かに原始的で野蛮なものでした。若い女性である貴女があのような者たちを身辺において平気な質だというのは、これまた意外なことです。


これまでみてきたように、一国の君主に取り入るには大変な困難と気苦労を伴います。僕の理論を拒んだレスリー女王はとうに亡く、ディラン王は何を思ったのか僕を頼ってくれる頻度が格段に減りました。エゼル王は鉱人族の女王のもとで療養していたようですが、正直エルダーグランの長命種にも通じるような秘密主義の匂いがぷんぷんしますね。下手に近づくとこちらが危うくなりそうです。


いかに才覚があってもスポンサーを得られなければ世界を変えることはできません。一人でノーザリア皇帝の寵を得るだけでなく、無学そうな配下の荒くれ者をもあれほど味方につけられるとは。貴女は何者なのでしょうか? 貴女がノーザリアにもたらした兵器と秩序は、きわめて無慈悲で強力なものです。そうした透徹した論理が、貴女が周囲に向ける前時代的な大らかさや人道主義と同居しているのは理解に苦しみます。



先の手紙に書いたように、僕には夢があります。

それは強力な大国が幾つも並び立つ世界。世界中の国が、優れた科学者の集団を擁して兵器の開発を競い合わせる。そんな時代の到来です。


五王国連合においてもレッドヴァル工業地帯とジェルドの鉱人族の間では平和的な技術開発競争が行われていますが、なにも友好国間である必要はないのです。


技術が社会を豊かにし、豊かさが人命の価値を押し上げ、生が喪われることへの恐怖が国家を強固にする。国家は更なる技術の発展に力を注ぎ、数限りない人の生を支えると同時に脅かす。


それは、古くは生贄や魂の代価などと呼ばれた契約に近いものです。限られた王や英雄が個人的な願いと引き換えに差し出していた人の生の可能性を、膨大な人間の営みに拡大することで理論的には無限の発展が可能になります。


そのような世界が完成し、機関として稼働した暁には、無尽蔵のエネルギーを秘めた兵器を続々と生み出せることでしょう。膨大な魂の価値を反動力とすることで、きっとどんな結末にも至ることができる新しい世界となるはずです。


僕の夢見た世界について、貴女なら何かを知っているのではないでしょうか。あの手紙は一抹の期待をかけた仄めかしのつもりでした。だけど貴女はあくまで口をつぐみ続ける。


だから、さようならです。

僕も叡知を隠し立てする人種に憤りを感じてはいますが、無理に秘密を暴こうとするほどの身の程知らずではありませんから。